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カテゴリ:映画( 58 )

映画月間が始まった!(EUフィルムデーズ2019)1

昨年は日程が合わず行くことができなかったEUフィルムデーズ。日本の映画市場では見事にスルーしそうな、EU各国の良質な映画を1本520円で(学生や高齢者はもっとお安い!)観ることができる良い機会です。

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ブログで振り返ると12年前に初めて行っています。仕事の都合ほかで毎年行くわけではありませんが、ラインナップはちゃんとチェックしています。
去年はイギリスからも出品があったのですが、今年はありません(ってなことまでチェックしてある)。この計画がすすめられたときには、2019年6月はイギリスはEU離脱になる、と想定というか確実視されていたからでしょうね。ヨーロッパを代表する二人の「牧師の娘」のうちの一人、テレーザ・メイ首相が辞任せざるを得なくなるほど、着地点が見つからなくなり・・・。まだEUにUKは残留しEU選挙までしたわけですが・・・。

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今年は前売りを買ってまで行く気まんまん!前売りには整理番号がついていて、先週の日曜に買った時点では20番台が多かったのですが、日曜日の「キオスク」は100番台に限りなく近い!なんでだろう・・・。

私が昨晩見たのは、ブルガリア映画「無限のガーデン」。
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幼いころ6月に両親を亡くした兄弟をめぐる恋愛映画です。
エリートな兄とアーティスティックな才能に恵まれた引っ込み思案な(「両親の死の哀しみを引きずり続ける繊細な弟」とパンフレットにはありました)は、映画の始まりのころは「エリート兄」と「社会性が低い弟」のような描かれ方に思えた。だけど、兄弟は実は仲が良くて、責任感の強い兄の心の奥底に潜む弱さ、繊細さが花屋の独特な感性を持つ女性店主の作る箱庭の中で香り立つ。一方、弟はいつまでも幼い弟ではない、一人の青年になっていたことを、彼自身も誰も思いもよらなかった形で知る。恋愛映画となっているけれども、兄弟愛の物語であり、二人の成長譚であり、人々の孤独であり、触れたくとも触れられない抑えた感情が余韻として画面いっぱいにあふれている、そういう映画でした。
画面もそしてストーリーも美しい映画でした!

今週は、職場で、私がもう少し注意深くあればよかったとつくづく反省することがあり、精神的にへこたれることがあった。上司をはじめ一件を知っている人たちは私の凹み具合に驚き、しでかした他部署の対応がいけないのだから気にしないようにと声をかけられることがしばしばあった。サポートしあううちの部署の緩やかさに甘えていたのが今回の一件が発生したことだと私はどうしても思っていた、そういう状況で見たこの映画が進み、終わった時、私もなんだかお兄さんのように自分を解き放つ気分になったのでした。
もちろん、映画と一緒で、その後がどうなるかは、誰もわからないのだけど・・・。

兄弟の各々恋愛がこの映画の軸なのだけど、映画の終わり、兄のモノローグが終わった時、私はふと夏目漱石の『それから』を思い出したのでした。私と来たら、高3の秋、人生でも3本の指に入るほど読書にいそしんだのでした。本当は一つでも英単語なり歴史用語の意味を暗記しておかねばならなかったはずなのに、様々なジャンルの本を読んだなあ。その時の1冊が『それから』で、同級生たちが夢中になっていたわかりやすい恋愛小説(コバルト小説)よりもずっとずっと胸がどきどきしたものでした。

ロビーにはブルガリア大使館関係者と思われる方々がいらしたので、勇気を出して原作(小説)があるのか伺ったらその方も関心があったそうでエンドロールまでチェックされたそうですが、「ない」とのことでした。その方も「美しい映画だったでしょう?」とおっしゃっていました。少し日本的ですね、とも。私は商業邦画は全くみないのでわからないけれど、そうなのかしら?

開演は夜7時から。職場から急いできたし、今週は精神的に疲弊した(私が売られたイヤミを買ったのがいけない)日々だったので、始まる前からなんとなーくウトウト。しかも、映画の始まりがはっきりしなくて(最初、機械の不都合でもあったかな、と思ったほど)、登場人物の紹介のようなシーンで一瞬目をつむったら、ほんの数秒のようだったけれど「え?何が起きた?」になっていた。いや、その5秒ほど(と推測)を見逃しても、映画のストーリーには大きな影響はなかったと思うのですが・・・。
美しい映像にのめりこむ一方で、ブルガリア語はまーったくわからないので字幕も追わなくちゃストーリーを勝手に作り出しかねない。
でも、そのうち、だんだんと「映画を観る目」の感覚が戻ってきて・・・。

今回、私は初めて長瀬記念ホールOZUに入りました。

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せっかく見やすいところに着席しても前に座った人の背丈によっては「ま、マジっすかあ?(号泣)」ということがある。でも「国立」の映画専門の博物館としてリスタートするにあたって改装したホールなのだから、そこはわかってるはずよね・・・とうっすら期待して座りました。期待通りだった!
ただ、音量が・・・。ささやき系のセリフもあるからだろうけれど、この映画の内容を考えると、特にBGMというかテーマ曲となっていたクラシック風の曲の音量が置きすぎて大きすぎて・・・。そこは残念でした。もちろん、私がテレビで映画を観ることが多く、ああいう「空間」の中は久しぶりだったから、慣れていなかったのかもしれません。

EU加盟各国の大使館、文化機関のみなさま、ありがとうございます!EUフィルムデーズは幸せな映画祭だなあ。
このあと3本、お世話になります!

by eastwind-335 | 2019-06-08 09:23 | 映画 | Trackback | Comments(0)

読んでから観た

久しぶりに、仕事とは関係のない本を一気に(といっても3日かけてだけど)読んだ!
それも映画を見たいから。
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登場人物の多い(なんといっても20名の生徒と彼らの親と、生徒たちとかかわった先生と、DDRの「同志」たち・・・)ノンフィクションであり、略語続きの機関名など、何度もページを行ったり来たりして、正直「すらすら読めました」とは言い難いのですが、大体の時代背景を頭に入れてから観たかった映画。

ベルリンの壁ができてからのこともそれほどよくわかっていませんが、できる直前のことも今一つわかっていない。
たぶん、ドイツに暮らす現代の若い人たちだってそれほど習っているわけではないのかもしれません。だからこそ、映画化されたのでしょうしね。
単なる「青春映画」とは言い難いので、原作を読んでおかなくちゃ、と思ったのでした。

もともと私は原作通りのストーリーになるとは思っていなかったのですが、20人というそれぞれ「独立した人格」の持ち主(・・・って共産主義の社会では言っちゃいけないのでしょうが・・・)を数名のキャラクターにまとめて描いたので、えーっと、原作のここの部分の相当するのかなあ、と原作を思い出すのに必死。そして、生徒にとって「教師」はとっても大切なのに、出てくるのはこれだけか、とか、校長先生の立ち位置があんまりはっきりしなくてかわいそー、とか、色々と思うこともありました。

セリフ(つまり字幕)からももちろん、登場人物の背景が徐々にわかるようになっています。今回も字幕のおかげで、東ベルリンの暴動を知ったほどです。それぐらいセリフの「背景」にある歴史的事実や知識が私にはない・・・。こういう事実に基づく映画は、わかっていれば登場人物の立ち居振る舞いも「そうか!」とわかることがたくさんあるはずなのに・・。
だから、読んでいっておいてよかったー!
読まずに見ても「こういう時代に生きる若者の勇気が活かされるエンディングでよかった」と思うかもしれませんが、たぶん、それは生徒たちが口々に、自分たちが誰のせいではなく、「自分がした」というに至るまでの悲劇が背景にあって、そういう気持ちを持つことになったんだ、と思ったにちがいない。
でも、原作は、そういう「悲劇」はなかった。なしであそこへ至るまでには、生徒たちの親の存在もあった。親同士のつながり、子供のクラスメートと親とのつながり・・・。原作を読んでいて感動したのはそこでした。
だから、悲劇が起きるシーンに「それなしに描くことはできなかったのかしら?」と思いました。
(一方、原作にはない親子の別れのシーンに涙することも)。
あと、テオとレナとクルトの(恋愛)関係は、映画に本当に必要だったのかなあ、って。ま、ドイツの若い人たちに見てもらうためには仕方ないのかなあーと、数年前のドイツ映画祭でクラウメ監督が「若い人に自分の映画を見てもらいたい」とQ&Aで答えたのを聞いたことを思い出しました。

クラウメ監督にはもう一つ言いたい!
バッグを斜めかけ(昔の郵便配達人みたい)にしたテオが朝、校舎に入るシーンがあったのだけど、背中の真ん中よりちょっと下にバッグがあるその後ろ姿を見て「え?それは多分21世紀のカバンの掛け方!」と突っ込みそうになりました。
ボディーバッグをかけている21世紀の男の子だわよー!

すでにこの当時は、DDRにおいてキリスト教の活動は認められていても奨励はされていなかった。そういうことは原作でも映画のシーンで描かれていたのだけれど、描き方が異なっていた。映画の中の重要な「場」の一つになっていたと思う。ただし、原作にないことをそこに盛り込み、いくつかのストーリーをそこにまとめてしまっていた。まあ、そうしないと時間を上手く使えないってことよね、と自分を納得させたりして・・・。

親と子の関係も、え?それだけですか?!親だって子供の勇気に・・・(以下むにゃむにゃ)。
労働者階級一家の期待の星テオの温かい家族がこの映画の救われるシーン。私は、テオのお父さんを演じた役者さんをどこかで見た気がする、アメリカかイギリスのドラマかなあ?・・・あ!おでこから鼻にかけて「とーってもバラックみたい」!。バラックが筋肉もりもりになった感じ・・・と、出てくる度に「バラック」「バラック」と思っていたのですが、帰宅してキャストを確認してびっくり!(あんまり予備知識がないほうがいいかな、と思ったので、劇場案内しかチェックしなかった)
「アイヒマンを追え!」に出ていたロナルト・ツェアフェルトだったのね!
言われてみれば・・・と思うのですが。あんなにガタイでかかったでしたっけ?
それだけでなく、あの、いやーなランゲ文部大臣は「アイヒマンを追え」で伝説の西ドイツ検事フリッツ・バウアーを演じていたブルクハルト・クラウスナー!うわあ、実在した人物を演じるのがうまいのでしょうね!
ツェアフェルトとクラウスナーが対峙するシーンがあったのですが、もっともっと注意深く見ておくべきだった!

要するに、「クラウメ組」で作った映画だったのね、と帰宅後にわかった次第です。

主役は生徒たちだけれど、生徒の1945年から数年の体験、親の戦時中の体験がこの映画の大きな背景である、ということを考えると、もう少し「親」のことも描ければ、単なる「青春映画」にならずにすんだのかも。私も親の年齢(かそれ以上)になったので、親の言動にウルっときたことも・・・。

現実に1956年におきた事件として、統一後のドイツでドキュメンタリー作品を作っていた時もあるそう。でもその時は「DDRの政治性」を強調しすぎたものだったらしく、また、DDR内ではこの事件が「なかったこと」になっていたらしい。なので、それこそクラウメ監督に「ドキュメンタリー作品」を作ってもらいたいなあ。
原作の「後日談」は、現在の「難民問題」に通じるところもありますしね!


by eastwind-335 | 2019-06-01 13:48 | 映画 | Trackback | Comments(0)

アニエス・ヴァルダ逝去

さきほど、フランスの女性監督アニエス・ヴァルダが逝去したニュースを見ました。
すっごく残念。もう90歳だったのね・・・。

日本だと「おしゃれ監督」扱いされているような気がするけれど(ジェーン・バーキンの映画を撮っているから)、ヌーベルバーグの監督の一人だし(ヌーベルバーグの祖母、と言われているそうですよ!おばあちゃんかよーッとツッコミを入れたくなります)、ジェンダーをよく考え抜いている映画を撮っているし、ジャック・ドゥミ監督のパートナーだったわけだし、ドゥミの幼年期を撮った「ジャック・ドゥミの幼年期」のように対象者への愛情をリアルな問題も隠さずに描くことに長けているし・・・。もっと日本で紹介されていたらいいのになあと思う監督だった。

彼女の作品が日本で上映される時は、私自身がてんぱっていて、なかなか上映に気が付かなかったことが多くて・・・。

私が彼女の作品を見たのは、1990年3月のベルリンのホテルのテレビ(arte)にて。
宿を予約せず、思いついたように(実際、そうだったのだけど)、私は3月16日夕刻に、私はミュンヘンからえっちらおっちら電車にてベルリンに到着したのでした。
ユースがいくつもあるから、とインフォメーションに聞くと「今日は満室よ!」と。でも1つぐらいキャンセルがあるかも・・・と言われ、電車、バスを乗り継いで行ったのだけど翌日からじゃないと空いていないと。翌日からの予約をすませ、はた、と困った。
まだ学生だったからホテルはちょっと・・・と思ったのだけど、宿無しは困る。また、駅に戻りインフォメーションに行くしかないなーとバスに乗り込んだ。スーツケースを持つアジアの女性は私一人で(当然か)、親切なおばあさんが「私の隣に座んなさい」と席をたたいてくれました。
カタコトのドイツ語で会話が始まり、「まあ、Zoo駅のインフォメーションで空いているところに・・・」という私の事情を知ったおばあさんが「大丈夫、大丈夫だからね」と言うのです。
私は当初「大丈夫、駅で予約が取れますよ」という意味だと思っていたのだけど、下車してわかったのは、実は彼女は息子夫婦、孫と一緒に乗車していた、ということ。彼らに私の事情を説明し「学生だからそれほど高くなくて、安全なホテルをみつけてきて!」と命じ、息子さんが「6000円ぐらいだけどいいかな?」とホテルを見つけてくれたのでした。

私はご厚意から宿が見つかったことにお礼を言うのが精いっぱいで、私は彼らの連絡先をうかがうことなく、彼らとはホテル前でお別れをしたのです。

ホテルの部屋に入るとテレビがありました。つけると、ジェーン・バーキンがドイツ語をしゃべている!(笑)。
「カンフー・マスター!」でした。よく聞き取れた、というわけではないのですが、内容はよくわかり、後日、日本語字幕を付けたものを見たときにびっくりしたほどです。それだけ、研ぎ澄まされた精神状態になっていたのかなあ。

この「カンフー・マスター!」を撮ったのがアニエス・ヴァルダ。
ヴァルダと出会いはベルリンで、ですが、印象強く彼女の作品を見たのは、先にも書いた「ジャック・ドゥミの少年期」で。もともとは、ドゥミ特集を有楽町の映画館でやっていて、「ロシュフォールの恋人たち」が面白く、どんな子供時代だったのだろう、という関心をもって「少年期」を見た。
ぐいぐいぐい、と引っ張られた。彼女の母性が全体をくるんでいるのだけど、それは甘ったるくない。かわいくてお茶目だけど、リアルというか、ちょっとした棘もあったり。「5時から7時までのクレオ」は繊細で、リアルで・・・。ドキュメンタリーの手法を上手く取り込んだ作風がとてもよかった。思えば、カンフー・マスターもバーキンの私生活の一部が反映されていたのよねえ。
16年にパリで数日過ごしたときには、彼女の事務所があるダゲール通りも歩いてみた
この通りを描いた映画もあるという。
彼女をしのんだ映画特集が名画座であるといいなあ。ダゲール通りを描くDVDも再販されるといいなあ(紀伊国屋書店さん、おねがいしまーす!)。昨日、ルーブル美術館のガラスのピラミッドを一瞬のうちに「隠した」JRとの映画、見てみたいから再演されないかなあー。

昭和から平成に変わったころの私の日々にさりげなく関わっていたヴァルダの逝去が、あと数日で平成が終わる日だったというのは、私にとっては非常に象徴的。私にとっての「平成の終わり」についつい重ねてしまう(彼女の活動は昭和から積極的だったけれどね!)。

R.I.P.


by eastwind-335 | 2019-03-30 06:33 | 映画 | Trackback | Comments(0)

ドイツ映画祭で「希望の灯り」を見てきた

今年は開催されたドイツ映画祭。昨日終了したようです。
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ラインナップが発表され、どれか一つでも見られないか、と手帳とにらめっこ。

結局1本しか見られなかった。
しかし、すでに日本で公開されたものがあるので、それはDVDになってからでも見る機会があるだろうし、4月以降、この映画祭で取り上げた映画がロードショーとなる。GWは日本にいるので(しかも私は連休ではなく飛び石)、お楽しみも取っておかねば。

私が見た映画は「希望の灯り」。
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チケットを予約した後で、4月からのBunkamuraでのこの映画の上映を知り「あららー」とも思ったのですが、映画祭の良いところは、監督や主演役者さんとのティーチインがあること。もちろん、映画館でパンフレットを買えば、監督の映画への意図はわかるのだけども、ティーチインはいろんな人たちの「思いがけない質問」があるので、ワクワク感が強い。

映画はこれから一般公開されるので、ドイツ映画祭のパンフをそのまま引用しておくだけにします。
「旧東ドイツのとある巨大スーパーで働き始めたクリスティアンは、その未知の小宇宙にそっと降り立つ - 長い通路、延々と続く商品棚、フォークリフトのシュールなメカニズム。軽い気持ちでクリスティアンの気を惹こうとするマリオンに、クリスティアンは恋をしてしまう。ところが急にマリオンは職場に来なくなり、落ち込むクリスティアンは、かつての惨めな生活に引き戻されていく。
ステューバー監督は、壁崩壊から30年、旧東ドイツの地方で単純労働者として運命を共にする人々の生活と、その密接な人間関係をこれまでとは違った視座から描いた。現実、憧れや夢などが堅実にフレーミングされた映像の中に収められ、巨大スーパーの冷たい宇宙は、魔法をかけられたような空間に変貌する。」

実は私はこの文章をを読んだはずだったのだけど、頭に残っているのはここだけ「旧東ドイツのとある巨大スーパーで働き始めたクリスティアンは、その未知の小宇宙にそっと降り立つ」。
私はスーパーが好きで、旅に行けば必ず現地のスーパー(といってもドイツはどこへ行っても「アルディ」などのチェーン店ばかりで、個人スーパーを見つけることが難しいのですけど)に行くから、この映画は見なくちゃ!と。

えてして、私は、日常においても、文章を最後まできちんとよんで、そのうえで(つまり納得して)取り組む、ということが少ない。動物的というか、どこかがひっかかったら取り組む。
特に映画については「見てみなくちゃわからない」わけですし。
紹介で使われる写真についていえば、私はあんまり「信用」していない。普通はポスターを見て映画をイメージし、「行ってみようかな」になるのでしょうけれど、私は映画の中でこういう「絵」になるところもあるんだろうな、って感じ。

さて、この映画は大きな事件が起こるというよりも、日常を小さなエピソードでつないでいく。その中で特に主人公のクリスティアンの「恋愛感情」「職場への適応」「信頼」「失望」「再生」が描かれていく。自分たちの一員として迎え彼を見守る守護天使のような同僚たち。全く舞台は異なるし、監督のメッセージも、視点も違うけれど、私は「ベルリン・天使の詩」のスピンオフのような感じがしました。

仕事帰りだったこともあり、時々瞬きをしてしまうことがあった。数秒だろうけれど、その瞬き自体が惜しく思われ・・・。DVDで細かく見たら見逃したことがいろいろあることでしょう。ある方のサイトのコメント欄で2度この映画をご覧になった方のコメントを読みました。2度目に見たら見逃していたことがいくつもあった、と。

商業映画とはいえ、見直したい映画だと思います。

上映後のティーチインも40分以上にわたり、多くの方が質問を行っていました。
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ドイツ語でなさる方もいて、すばらしいなー、と思いました。質問の一つには「原題と邦題」にかかわるものがありました。
原題はin den Gaengen(通路で)。邦題は「希望の灯り」。
外国語の複数形を日本語に訳すことが難しい、という究極の問題がエベレストより高く、マリアナ海溝より深く存在しています。

私はGang(通路)から「Ausgang(出口)」を勝手に連想してしまい、「出口」を求めるクリスティアンの「日常」というロードムービーのようだなあ、と、映画を見ながら思っていました。映画はスーパーの通路が印象的に使われているのだけど、そのままでいい、のではなく、再生のために向かう出口が彼に見つかりますように、と映画中思っていたのです。登場人物の一人一人が(バスの運転手でさえも!)出口をほのかに示す灯のように感じられました。

監督の意図とは違う見方をしてしまうワタクシをお許しください。
意図通りに読まない(読めない)のは今に始まったわけではないのです。小学校以来、特に国語の授業で「作者は何を考えていたのか」という設問があると途端に窮屈に思いました。いま、生きていない作家がどう考えていたかなんて、正解があるのだろうか、と。

そういう私ですので、質問と監督や俳優からの言葉の往来の中にいながら「ほほう、そう見るべきだったのか」と自分の足りなさを反省。

一つだけ驚いた質問がありました。クリスティアンが恋するマリオンの実生活を描くシーンへの質問。
質問者はステキな家で、夫はインテリっぽくて・・・と、マリオンの生活を評したうえで、DVがこういう環境でも起きるのか、という質問をしていました。
私はその質問に驚いてしまいました。え?え?DVっていうのはどういう状態であったって起きる(といわれている)のに。チラと映る夫からインテリを感じ取れたのはどうしてかなあ?というよりも、インテリや生活が安定しているからといってDVが起きないという根拠は?「暴力」は貧困の算出じゃないのに!
同じシーンを私は「こんな田舎に住宅街にあるような家がポツンと立っていて、しかも、セミデタッチハウス(一つの住宅を二つの入り口から使うイギリスの住宅様式)っぽくて。ドイツらしからぬ感じ。でも、ま、これはファンタジーっぽい映画だし。それともいまのドイツの地方都市にもそういうところがあるのかな」と思いながら見ていたからです。こういう家じゃなくてはいけない、と思っているのはマリオンなのか、それとも夫なのか、とか。新築の家の中は決して「ドイツの雑誌」のようにピチーっと片付いていなかったのも印象的だった。でも「生活感」もなかった。そこに「DV」の存在を感じたのですが・・・。

主演男優のフランツ・ロゴフスキが、ドイツ人と日本人の「家」に対する文化的な感覚の差を彼自身の言葉で説明したうえで、こう考えられるのでは、と話してくれたのが印象的でした。日本映画もこうやって外国で「制作国と上映国」の文化の違いを伝え揉まれて行っているのでしょうね。
全体に、監督と役者さんがそれぞれの質問者へきちんと向き合っているのが印象的でした!
こういう質疑応答を難なく聞くことができたのは、すべては通訳の方のおかげ。


私は彼女の通訳の時に結構当たるのですが、いつも的確ですごいなーと思います!私が毎朝見ているZDFのHeuteやARDのTagesshauの同時通訳でも活躍している方だと思います(声からすると)。
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私は配給会社の人もいれば「ロードショー広告に原作の紹介をしていながら最後に<品切>としてあるのは、新潮社からいわれたのでしょうか?それとも新潮社へ「増刷せい!」という思いからでしょうか?と伺ったところです。もちろん、いい年齢の大人なので「場」を読み言いませんでしたが。あの新聞広告を見て「え?」とひっかかる人は私ぐらいなのかな(爆)。

また来年度も映画祭、してくださーい!ドイツ大使館のみなさーん!

私は、ロードショーだと「時間があったら」と思い結局見逃した、と言うことが多いのだけど、映画祭は期間限定のため見逃せない。
どれが公開されるか、というのは映画祭のスケジュールが最初に出たときにはわからないので(少なくとも観客には)、私はいつも悩んでしまう。
本当はドキュメンタリー映画は見ておいた方がいいのだろうなあ。だって、なかなかドキュメンタリー映画は上映されることが少ないから。
でも、「ロミー・シュナイダー その光と影」だと、どこかで、それこそ会場になったユーロ・スペースあたりで上映してくれるかも、と期待しています。
同じことは「父から息子へ 戦火の国より」もひょっとしたら・・・と。ドイツ映画祭でも賞をとっているようだし・・・。岩波ホールとかどうかなあ?この映画だったら間違いなく藤原帰一センセー好みで(笑)、メディア各所で取り上げてもらえそうな気がしますけど。

映画祭の公式サイトの各映画の紹介に日本語で「日本語予告」がついていないものを選んでみればよかったかな。「プチ・ブルの犬」は私が大学生の頃見ていたNHK教育テレビのドイツ語講座のスキットを思い出させるものがあり・・・。それは若いカップルがワイン農家に滞在しながら収穫の手伝いを行うウルラウプ(休暇)、という「ドイツではあるある」な過ごし方を紹介していたのですけれどね・・・。
映画はもちろんそんな単純な話ではないようですが・・・。日本で上映されないかなー?EU映画祭でもいいからもう一度上映されないかなー?!この映画は「見逃した!」感が強いです。

商業映画は今年は「メランコリー」という色合いで来ているのかなあ?
すでに日本でも公開された「未来を乗り換えた男」は先にも書いたようにDVDで・・・と思いながら解説を見て驚いた!
これは藤原帰一センセーがNHKBSの世界のニュースの「映画紹介コーナー」でも紹介していた。でもその時は、現代の難民問題のことと絡めての解説だったのだけど、改めてドイツ映画祭のサイトの解説を読むと・・・。
私の2018年一推し本(といっても誰かにお勧めしたことはありませんけどね)『第七の十字架』の作家であるアンナ・ゼーガースの作品の映画化だったとは!!!
まずは原作を読まねば・・・。と公式チラシをこの映画の公式サイトでチェックしたら、アンア・ゼーガースの「トランジット」が原作とはわかるけど、収録書名とか出版社の名前がない!
ググったら「中央公論社が1975年に刊行した「新集世界の文学42」に収録されている、と」。
おやまあー!(驚!)。

『第七の十字架』も文庫本化されたことだし、またゼーガースの作品が注目されるといいのだけどなあー。彼女の本は「ヨーロッパの教養」ですよ、ってことなのでしょう?日本では、教育のグローバリゼーションとか言ってるけれど、「アメリカ英語」をやっておけば万事OKって感じ。世界の火薬庫になっているのは実はヨーロッパだっていう視点はないんだよねえ。さく越えにとびかからんとするバカ犬(アメリカ大統領)の無駄吠えにおどおどする隣人(うちのお子ちゃまシュショー)じゃ、無理かなあー。世界地図的にも日本の「右」はアメリカで「左」はヨーロッパ大陸ですね。右向け右しかできないのだから、彼には無理な姿勢かな(爆)。

by eastwind-335 | 2019-03-16 10:48 | 映画 | Trackback | Comments(0)

帰国便で見た映画

なかなか時間がうまく取れず、映画館で映画を見ることはもちろん、毎月利用料を払っているのにWOWOWでも映画を見ることはありません。
ドイツ映画祭も行きたかったけれど、だんだんと仕事の予定が入ったりして、難しい感じが・・・。

通常、国際線に乗る時は、行きも帰りも「夜便」が多く、搭乗したら寝てしまうのです。しかし、今回は帰国便は昼間であり、日本到着も夜だったので、あまり機内では寝たくない。そうだ、ANAだとスターアライアンスだから数は少ないけれどドイツ語やフランス語、スペイン語などの映画も上映しているんだった!とガイドブックを開く。

あった!どちらも日本公開未定とのこと。

まずは「アダムとイブリン」。ドイツ映画。ZDFと3SATの共同資本のようです(クレジットを見る限り)。
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1989年の夏から秋の数か月を、旧約聖書のアダムとイブの物語を下敷きに描いたもの。
(ちょっと、機内案内の内容には異議あり!一人で旅に出ます、じゃないですけどねー。彼をおいて友達カップルと旅に出ますなんですけどねー。それゆえの展開なんですからねー。数日後にはアダムだって合流するんだし)
東ドイツという「楽園」の終わりの時。夏の太陽によって秋に実るのがリンゴだとしたら、この1989年のリンゴは東ドイツの体制崩壊。
西ドイツからの一人の男性を「蛇」にたとえ、アダム(というあだ名の男性)とイブリンのカップルが「自由」(西側社会)というリンゴをかじってしまい・・・。
1989年の夏、というのは私は大学4年生で、卒論をせっせと書いていたとはいえ、時間のある夏休みで、西ドイツでの1か月の語学研修から戻ってまだ3、4か月ぐらいのことで、またいつかドイツに行ってみたいという思いが強くて、ハンガリー経由オーストリア入国ができるようになった「ピクニック作戦」も関心し、そしてドイツ史を学んでいた友達以上に注目していました。
静かな映画だった。日本で上映されるドイツ語映画(つまり「日本人がステレオタイプとして思うドイツ語映画」)とはちょっと違う。私は見終わった時に「小津映画っぽいなあ」と思った。
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そしてとても「色」がきれいな映画だった。
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アダムが仕立て屋で、布地の色や質感を大切にしていることをセリフだけでなく、画面全体から「色」や手先では感じられないけれど、でも、感覚として感じられる何か、を醸し出している、いい映画でした。
でも。商業映画としては日本では評価されないかも。
というのは、旧約聖書のことを知っていないと、というのもあるのだけれど、映画の背景も30年近く前となると若い人にはピンとこないかも。
西ドイツからの電波は国境を超える、というのもあの頃のシンボルであり、西側のラジオの情報は東側でも受信が可能で、あの夏の毎日毎日の静かだけど大きな揺るぎがラジオを通して、そして西側世界に属する私たちは海外特派員の報告によって、それを知っていたけれども、今と違って「瞬時」ではなく、夜のテレビニュースという「定時」を待たなければいけなかったこと、という「時の流れ」「情報の流れ」「流れ方のスピード」が今と全く違っていたことを知っていない人がみると、「やっぱりドイツ映画って退屈」ということになっちゃうのでは?
という点においては、この映画は50歳以上の日本人には「ドイツ映画の意外さ」を知ることができる小規模ながら良作だと思う。
映画を見ながら「本当に私ってたぐいまれな時に西ドイツの1か月を体験していたんだなあ」と思いました。あの夏にドイツへいても、あの当時の私の語学力だと自分のことで精いっぱいだったはず。でも、数か月前は西ドイツは落ち着いていて、その中での個人にとっての大きな体験が私にはあって、逆転の発想ともいえるような「ピクニック事件」については日本語で聞ける。学生で時間はたくさんあり、たった1か月の生活で得た見聞やイメージからその事件について両親に、自分なりの解説を加えることができた。
その夏書いていた卒論は、何百年も前の時代のことが背景だった。そこにどっぷり漬かっていた。一方で、数か月前には考えられなかった変化が目の前のテレビから伝えられている。その両者の刺激でどうにかなってしまいそうだった。そんな夏が1989年の夏でした。
そういうことを私は映画をみながら思い出していました。

2本目はフランス映画「シンク・オア・スイム」。
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これは、パリ紹介のサイト「オヴニ」でも紹介されていた映画。去年のカンヌで評判になった映画。
その時からとっても見たかった!
日本の「ウォーターボーイズ」もきっと影響を与えているに違いない。フランスの地方都市の冴えない中年男性たちが、シンクロナイズドスイミングに出会い・・・。エスプリたっぷりの映画。
これも、日本でいわれる「フランス映画」とはちょっと違うかな?フランス映画っていうのは小粋で、おしゃれで・・・って感じだろうから。
とにかく、もう大笑い!機内でも私は声をあげて笑ってしまいましたし、自分でも「ヤバい!」と反省するほど、ツボにはまり、笑いながら膝を叩いてしまったり。家で映画を見ているときのような感じ。
いやいや、本当に笑いました。
フランス映画祭ではもう上映されたのかなあ?
WOWOWで放送してくれないかなあ?したのかなあ?
中年の悲哀、それぞれの背景。そしてフランス映画だとありえない「ハッピーエンド」。ありきたりな映画といえばそれまでなのですが、演じている俳優たちがこれまた上手。
かつては「美男」俳優だったはずのジャン・ユーグ・アングラードが!マチュー・アルルリックが!
監督はジル・ルルーシュ。
もう、ほんと、笑いは止まらないし、いっぽうで、彼らの悩みにも共感ができる。

私も中年になったのねえー。

スクリーンで映画が見たくなってきたー!!!

by eastwind-335 | 2019-03-08 08:16 | 映画 | Trackback | Comments(0)

Holizonte2019がやってくる!Ja, Ja, Ja!

夜9時になると眠たくなるのでアジア大会のポイチ・ジャパンの試合すらろくにみていないけれど、2月になったら、仕事帰りや土曜のお稽古事、はたまた日曜の朝の「日常」ののちにでも映画を見たいなーと思う毎日です。

そして2月になりました。
結局は、私は時間の使い方が下手で、週の頭に図書館から「予約していた本が届きましたよ」と言われても、図書館が8時まで開館してくれるおかげで今日ようやく閉館時間ぎりぎりに駆け込むありさま。

今年はサッカー映画の祭典、ヨコハマサッカー映画祭もいけそうもない。
ま、これはお楽しみ会が続くからでもあるのだけれど・・・。
本当は映画よりも、連載を楽しみにしていた津村記久子さんのトークショーに行きたかったのだけど、お稽古の日と重なっちゃって・・・。

今年はドイツ映画祭HORIZONTE2019が渋谷で開催されると伺い、そちらもチェック中。
いくつか見たい映画があるのだけれど、日程というか時間が合わない・・・。
ここで紹介された後にロードショーになる場合もあるけれど、たいていは一期一会。
見逃したくないのだけれどなあ・・・。




by eastwind-335 | 2019-02-01 21:40 | 映画 | Trackback | Comments(0)

5つの国のユルネバ

この時期に開催されているヨコハマフットボール映画祭に今年も行ってきました。
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観たのはドイツ映画「you'll never walk alone」。
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ドイツ映画といっても、英語のセリフが結構あるし、撮影国は「ハンガリー・オーストリア・アメリカ・イギリス・ドイツ」。ということで、最後に確認した字幕は4名(ひょっとしたら5名かな?)の連名になっていました。

主催者の上映前のあいさつでは「最初の20分はがまんしてください。そこから楽しくなります」って。

ほとんど予備知識なしで見に行ったので(公式HPにトレーラーもあったのですが、チラとみたかどうか、ってところ)、相当覚悟して見始めました。
今年の会場は、それまでの「ミニシアター系映画館」ではなく、横浜開港記念館ホール。予約番号順の入場。120番台のチケットをもっていた私。前のほうは若干あったけど、前は映画上映後のイベントにも参加するかどうか決めかねていたので空いたところに早く座らなくちゃーとあせって、よーし、ここ、と思ったら、私の前に座高が高く頭の大きな男性が!!!一日券を持っている人がそこを取っていたらしい(涙)。

写真は上映前の宣伝動画の時に撮りました。腕を高く上げて、ズームをかけてなので、前の男性は当然写っていません。
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ということで、私は自分の目の前の画面は全く見えないという状況。あー、1年半前のバイロイトの時を思い出します(とほ)。字幕は幸い画面下部に出るし、首をちょっと横にしたら半分の画面は見えたし、・・・だけど、右半分の画面は何が写っていたのかまーったくわからなかった。

映画は、ユルネバがどうやって誕生し、サッカーチャントとなり、リバプールのクラブのチャントから、ドルトムントのそれにもなり、「どんな時でもファンはチームと一緒なんだ」ということを示す世界各国のサッカーチャントになったのか、を一人のドイツ人俳優(Jaochim Krol)が追い求めていくというドキュメンタリー映画です。

主催者から「我慢かも」といわれた最初の20分余りは、私からすると、ユルネバは世界史の中で作られた曲なんだなーということがはっきりとわかって、そこだけでも感動だった。もともとは、オーストリア・ハンガリー時代にモルナール・フェレンツが作った戯曲「リリオム」をフェレンツが亡命したアメリカでリチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタインIIがミュージカル「回転木馬」にした、その中の1曲がユルネバなのです。以前、みすず書房のPR誌(『みすず』)で、第二次大戦後のアメリカのショービジネスの中でのユダヤ人問題や赤狩り問題を連載していた人がいて、関心をもって読んでいたことがありました。そこにつながる内容でもあり、そして、映画によってフェレンツの孫が語る祖父母の話、「回転木馬」ができるまで、そして、世界にそれが広まったのは、シナトラの歌であったり、2種類の方法で撮影をしたためにシナトラではない歌手が主演することになった同名映画であることも知りました。そう。映画がなければ、海を越えたリバプーではこの歌がチャントにならなかったのかも!?

しかし、これは「イギリス映画」じゃなくて「ドイツ映画」。私からすると「もう一人のヨギ」とも言いたくなる(単に名前が「ヨアヒム」だというだけですけどね)筋金入りのドルトムンターである俳優Krolは、BVB発祥の地に暮らす青年を訪れ、そして、結果としてBVBを産み出すことになったドルトムントの教会の今の司祭の語り(司祭はなんとストラの上にBVB色でかつBVBと入っているストラをつけてました!!)から、当時のドイツ社会における「フスバル」の価値、評価を知り・・・。

なぜドルでユルネバを歌うようになったのか。ドル風ユルネバの秘密とは?
そしてリバプー愛いっぱいのDie Toten Hosen(ライブの最後はユルネバだそう!)のメンバーとKrolのアンフィールドで語り合う「ユルネバ」。両チームともに、お互いが歌う「ユルネバ」は違う、とわかっている。

でも、サッカー愛は一緒!

リバプーとドルをつなぐのは、ご存じどっちの監督も務めた(片方は現在進行形ですね)ユルゲン・クロップ。彼の見る両チームにおけるこのチャントの違いの指摘、このチャントによって導き出される力の違いを、監督目線で語っています。WM06でドイツ人を感心させたという解説力がここでも発揮されてますよ!
またリバプー関係者の語る「ユルネバ」トークは単なるサッカーチャントじゃない。讃美歌のようなものだ、と。いつもともにいるのは、サッカーの時だけでない。ヒルズボロの悲劇(これは数年前に裁判が終結され、悲劇は群衆が生み出したのではなく、警察の対応のミスが原因であったことが最終的に認められました。事故があった時の映像も覚えていますが、それ以上に、認められたときの朝のBBCのニュースは私も覚えています)はユルネバによって癒される人たちもいるのである、と。そして、映画の中で知った、全国紙Sunとリバプール市民の緊張関係。メディアとサッカーという視点もちゃんとおさえてある映画です。

場面はあちこちと飛ぶので、そういう意味でもDVDで見直したい、良い映画でした。

映画上映後は、即座に退席する人も多いのですが、イベントとしては「みんなでユルネバを歌おう」がありました。ごひいきのチームのユニやマフラーで来るように、という案内があったので・・・
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ワタクシはFCB東京ファンクラブの一員という気持ちで赤いマフラーを持っていきましたよ!この日に合わせて、半年以上前に買ったFCBのおしゃれロゴの入っているニット帽もかぶっていきましたよ。
その歌唱指導をしてくれたのが、元JリーガーもいるYANO Brothers。最初はマフラーをかかげ、途中からは隣の人と肩を組み・・・。ちと50肩っぽくなりつつある私には苦行。加えて違う赤マフラーばかりの中で肩をすくめたくなりましたがでも、体をみんなで揺らしながらユルネバを歌えば、そんな気分もどっかにすっとび、楽しかったです。

映画祭の雰囲気は相変わらずサッカー愛にあふれていて、とってもよかったんだけど、上映会場が平たいところ、というのはどうかなあ。だいたい、男性のほうが圧倒的に多い映画祭で(特にこの映画はリバポーファンが多かった!)、背も高く座高も高く体格もよい中年も一定数いるわけで、そうなると、私なんか寄付しにいったような感じになってしまうわけです。けど、この映画祭で取り上げられる映画っていうのは、一部はすでにwowowで放映された著作権処理が比較的楽なものもあるのですが、たいていは「この映画祭のために字幕をつけた海外のサッカー映画(またはテレビドキュメンタリー)」なわけで、DVD化されることはないのです。だからやっぱり「行くしかない」わけで・・・。
それに、おまけで上映するのではなく、これは「映画祭」。そう銘打つ以上は、映画は「画面が見えてナンボ」という基本を忘れられちゃ困りますって感じ。
本当は、夏に野外映画上映とかあったりするといいんですけどねー。
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同時開催のフットボール文化祭で1冊500円で出ていた、過去の11Freunde2冊。

しかも、両方とも、雑誌用カバー付き!1冊は14年のWM14写真集「One night RIO」ミニ特集。「メッシよりうまいってことをみせてきなしゃい」と父ちゃんがゲッツエ坊やを送り出す写真が表紙。ひょっとしてラムたんも写ってるかなーと期待してたんですが、ま、肖像権の管理もキチっとしてそうなラムたんの写真はなし。コブタちゃんは2枚もあるのになー。後ろは2011年の号。ゲッツエが「期待の新人」扱い。ノイヤーも大きく取り上げられてます。シャルケからバイヤンへ移ってくるときだったからかな。

で、昨日帰宅して知ったけど、父ちゃん争奪戦が始まっているんですって?バイヤンはやめておきなしゃい(笑)。あそこは父ちゃんの好きにはやらせてくれないから。
ひさしく父ちゃんネタを日本語媒体で見ることがなかったので、今日は意外なところでつながってるなあーと感心しながら就寝しました。

by eastwind-335 | 2018-02-12 13:00 | 映画 | Trackback | Comments(0)

まさかの終わり方だった

EMの試合以外はあまり見ることがないのですが、私はWOWOWを契約しっぱなしにしています。
時々、例えば、盆暮れの長期休暇1か月後あたりになると、無性に映画が見たくなって、あれこれと見逃していたものがないか、とその月に来た放送案内とにらめっこをします。

お正月は結局見られなかったのですが、昨日、「絶対にどこへも出かけない一日」と決めて、ためてあった録画を見ました。
その1本がアメリカ映画『手紙は憶えている』。公開は2016年の秋。公開される前のPRも積極的だったし、ドイツ映画もいわゆる「ヒトラー物」が続いたとき。BSの朝の国際ニュースショーでF原先生がおすすめする映画の1本にもなっていた。その時は、認知症が始まっているアウシュビッツサバイバーが、自分の家族を強制収容所で殺した男性を見つけ出すためのロードムービー的な紹介だったと思います。

それがWOWOWで初めて放送されるというので、録っておき、昨日、本日と二日がかりでみました。
重たい内容の映画でしたが、最後の最後、「え?真実はそこ?!」と思わず声を上げてしまったほど、よく練られた映画でした。

勧善懲悪モノかと思っていたのですが、違う、ちがう。そして、狂言回しのような存在で出ていた彼が、そうだったのか!と。彼のセリフで映画が終わるのだけど、歴史はまだこの問題を解決していない、ということと、アメリカ合衆国憲法の「修正第2条」のもたらす問題と、過去と現代のいくつかの問題を埋め込んだ内容になっていました。

また、音楽の使い方がうまかった。
ワーグナーか・・・。伏線だったのね。

そして、この映画に元天使、もとい、アルムのおんじ、ブルーノ・ガンツが出ていると最後のクレジットで気が付きました。え?え?どこ?とググってみたら、あそこで出ていた人がそうだったんだ!と。
おじいさん役うまいなーと思ったのですが、ブルーノ・ガンツってうちの母より1歳年長なのね。いつまでもなんとなく「50代」って感じがしていた私。いかんいかん。
でも、録画だったから、巻き戻すことができてよかったわ。映画館だったら地団駄踏んでたことでしょう(汗)。


by eastwind-335 | 2018-01-21 19:16 | 映画 | Trackback | Comments(0)

やっと!

ようやく!
今年も楽しみにしていたEU Filmdaysの案内が、国立近代美術館フィルムセンターHPにも一部upされました。
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いまのところ、PDFによる閲覧しかできないのが残念ですが、このGW期間中、風邪でどこにも行けない私は、せっせと手帳に「行きたい映画」の予定を書き込んでいます。

5,6月の週末は結構予定が入っていたりするので、すべてを見ることは難しそうなのですが・・・。

で、6月のページを見て気が付いた。そうだ、コンフェデカップの年じゃあーりませんか!
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父ちゃん一家も出るこの大会。日本では「穿っちジャパン」が出場権を失った時点で、「あったっけ、こんな大会?」扱いになっていて、フジが放映権を持っているそうだけど、放送予定もなし。
自国がでるから大騒ぎして宣伝、なんてことやってる間は日本のサッカー偏差値は上がりません。
せっかくイギリスの賭けやが持ってない放映権だっていうのにねー。ま、巧い実況ができるアナウンサーはいまやみんなJスポに来ちゃった感があるしね・・・。この前も、コブタちゃんが出る試合、フジが権利を持っているトロントとの試合だったから、とかで、生中継していましたけれど、正直、アメリカのサッカーリーグの中継っていうよりも、「ブンデスにいたコブタちゃん」の説明に追われていた試合って感じが否めず。
いや、コブタちゃんに注目するのはいいんですよ。でも、解説までブンデスみたいなことしていたら、アメリカのリーグに対して失礼では?

おっと、話題を元に戻しましょう。
5月26日から始まるEU Filmdaysは小さな映写室で見るので、早めにいかねばなりませんが、字幕付きの各国の映画を見るチャンスになりますし、料金もお手頃。新作とは限らないけれど、自分が見逃していた!って映画があったり、各国の意図が見えるラインナップだったりと、私は参加できる年は、いつも楽しんでみています。

参加できる年はドイツ語圏の映画をまずファーストチョイスにしていたのですが、今年の「ドイツ」からの出展作品は、昨年の冬にドイツ映画祭で私はすでに見た「クリスマスの伝説ー4人の若き王たち」。
この映画には、ハッと息が止まりそうになるシーンが何度もあります。舞台は青少年向け精神病棟となっていますが、思春期のだれもが誰もが一度は考えるテーマを取り上げています。すごくよかったので、お勧めです。

イギリスのTVドラマ「刑事フォイル」が好きな私は、オーストリアの「エディットを探して」に注目をしています。「フォイル」にもMI6にかかわる女性が出てきますが、この「エディットをさがして」に通じるものがありそうな。
あとは、ハンガリーの「ホワイトゴッド少女と犬の狂騒曲」も気になるところ。
チェコアニメである「リトル・マン」は勝手な想像だけど、「人形の七つの恋の物語」を彷彿させる解説文。サントラを担当するチェコで人気というロックバンドも気になるなあ。

しかし、すでに予定の入っている夜がいくつもあったりして、上の映画も全部見られるわけではありません。残念!

日本の映画もいいものがあるけれど、正直、この頃は、「聖地巡り」とかいう内向きな行為を導き出す顎が尖って目がでかいアニメか、もういい年した女優・男優が「高校生」の恰好して「先生を好きになっちゃった、同級生に好かれちゃった、どうしたらいいの?」的な漫画の実写版ばかり。出演俳優を見る限りは大人向けかと思いきや、公共放送やら民放の不倫ドラマの最終回のその後を映画化とか。
まったく、日本ってどうなっちゃってるのか、心配だわ。
アニメや小説の実写版じゃなくて、監督が脚本家とじっくりオリジナルの作品を作ってほしいんだけどなー。
ま、朝ドラだって、ようやく「実在の人物をモデルにした」内容のおままごとドラマが終わったと思いきや、脚本家が「主役がこの子じゃないと書かない」といってそれを許す公共放送だから、しかたないのかなあ。

2020年に向けて、日本人の感性の幼稚化が一層進みそうだなー。私が年を取ったってことかもしれないけれど、私と同世代の脚本家が軽々しく他人のふんどしで仕事をしているのを見ていると哀しくなる。

最近の日本語の小説も、なーんとなく「初めから映像化ありき」みたいな話の展開のものが売れていて、読み手に任せた想像ではなくて、作家に任せた映像を字で構築させられてるような感じがして。読み手の自由さが少ない小説が増えた気がする。

せめて、映画ぐらい、映画ぐらい!と思うんですけれどね~。

by eastwind-335 | 2017-05-06 17:58 | 映画 | Trackback | Comments(0)

字幕付きサッカー映画上映!

ブンデスの監督たちを追った映画「Trainer!」。

DFBも制作協力をしている(はずの)この映画が2月に数日だけですが横浜にて上映されるとのこと!

今年も2月11日から17日までの1週間、ヨコハマフットボール映画祭(YFFF)が開催されるそうです!
去年は、父ちゃん一家の「ホンモノの夏メル」じゃなかった、「Die Mannschaft」が字幕付きで上映されたのでした。今年は何かな~?と期待していたら、おお、「Trainer」とは!

それだけでなく、3.11後のベカルタ仙台時代のテグラモリ丸を描くドキュメンタリー「勇者たちの戦い」、ネパールの女子サッカーを描く映画「スナカリ」、全盛期をすぎた選手の再起をめぐるドラマ「U-31」、マンUとアーセナルの名物キャプテンとの舌戦ともいうべき「キーンとヴィエイラ」ほか、今年も「サッカーが好きな誰か」のための映画祭になってます。

2本は見に行きたいな~。
昨年、この会場で普通の本屋では取り扱わない、商業誌では絶対に取り上げないテーマから語るサッカー雑誌を買うことができたのも、意外なそしてうれしい体験でした。

Wir fahren nach ヨコハマ!

by eastwind-335 | 2017-01-20 06:22 | 映画 | Trackback | Comments(0)

東風のささやかな毎日のささやかな記録


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