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5つの国のユルネバ

この時期に開催されているヨコハマフットボール映画祭に今年も行ってきました。
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観たのはドイツ映画「you'll never walk alone」。
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ドイツ映画といっても、英語のセリフが結構あるし、撮影国は「ハンガリー・オーストリア・アメリカ・イギリス・ドイツ」。ということで、最後に確認した字幕は4名(ひょっとしたら5名かな?)の連名になっていました。

主催者の上映前のあいさつでは「最初の20分はがまんしてください。そこから楽しくなります」って。

ほとんど予備知識なしで見に行ったので(公式HPにトレーラーもあったのですが、チラとみたかどうか、ってところ)、相当覚悟して見始めました。
今年の会場は、それまでの「ミニシアター系映画館」ではなく、横浜開港記念館ホール。予約番号順の入場。120番台のチケットをもっていた私。前のほうは若干あったけど、前は映画上映後のイベントにも参加するかどうか決めかねていたので空いたところに早く座らなくちゃーとあせって、よーし、ここ、と思ったら、私の前に座高が高く頭の大きな男性が!!!一日券を持っている人がそこを取っていたらしい(涙)。

写真は上映前の宣伝動画の時に撮りました。腕を高く上げて、ズームをかけてなので、前の男性は当然写っていません。
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ということで、私は自分の目の前の画面は全く見えないという状況。あー、1年半前のバイロイトの時を思い出します(とほ)。字幕は幸い画面下部に出るし、首をちょっと横にしたら半分の画面は見えたし、・・・だけど、右半分の画面は何が写っていたのかまーったくわからなかった。

映画は、ユルネバがどうやって誕生し、サッカーチャントとなり、リバプールのクラブのチャントから、ドルトムントのそれにもなり、「どんな時でもファンはチームと一緒なんだ」ということを示す世界各国のサッカーチャントになったのか、を一人のドイツ人俳優(Jaochim Krol)が追い求めていくというドキュメンタリー映画です。

主催者から「我慢かも」といわれた最初の20分余りは、私からすると、ユルネバは世界史の中で作られた曲なんだなーということがはっきりとわかって、そこだけでも感動だった。もともとは、オーストリア・ハンガリー時代にモルナール・フェレンツが作った戯曲「リリオム」をフェレンツが亡命したアメリカでリチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタインIIがミュージカル「回転木馬」にした、その中の1曲がユルネバなのです。以前、みすず書房のPR誌(『みすず』)で、第二次大戦後のアメリカのショービジネスの中でのユダヤ人問題や赤狩り問題を連載していた人がいて、関心をもって読んでいたことがありました。そこにつながる内容でもあり、そして、映画によってフェレンツの孫が語る祖父母の話、「回転木馬」ができるまで、そして、世界にそれが広まったのは、シナトラの歌であったり、2種類の方法で撮影をしたためにシナトラではない歌手が主演することになった同名映画であることも知りました。そう。映画がなければ、海を越えたリバプーではこの歌がチャントにならなかったのかも!?

しかし、これは「イギリス映画」じゃなくて「ドイツ映画」。私からすると「もう一人のヨギ」とも言いたくなる(単に名前が「ヨアヒム」だというだけですけどね)筋金入りのドルトムンターである俳優Krolは、BVB発祥の地に暮らす青年を訪れ、そして、結果としてBVBを産み出すことになったドルトムントの教会の今の司祭の語り(司祭はなんとストラの上にBVB色でかつBVBと入っているストラをつけてました!!)から、当時のドイツ社会における「フスバル」の価値、評価を知り・・・。

なぜドルでユルネバを歌うようになったのか。ドル風ユルネバの秘密とは?
そしてリバプー愛いっぱいのDie Toten Hosen(ライブの最後はユルネバだそう!)のメンバーとKrolのアンフィールドで語り合う「ユルネバ」。両チームともに、お互いが歌う「ユルネバ」は違う、とわかっている。

でも、サッカー愛は一緒!

リバプーとドルをつなぐのは、ご存じどっちの監督も務めた(片方は現在進行形ですね)ユルゲン・クロップ。彼の見る両チームにおけるこのチャントの違いの指摘、このチャントによって導き出される力の違いを、監督目線で語っています。WM06でドイツ人を感心させたという解説力がここでも発揮されてますよ!
またリバプー関係者の語る「ユルネバ」トークは単なるサッカーチャントじゃない。讃美歌のようなものだ、と。いつもともにいるのは、サッカーの時だけでない。ヒルズボロの悲劇(これは数年前に裁判が終結され、悲劇は群衆が生み出したのではなく、警察の対応のミスが原因であったことが最終的に認められました。事故があった時の映像も覚えていますが、それ以上に、認められたときの朝のBBCのニュースは私も覚えています)はユルネバによって癒される人たちもいるのである、と。そして、映画の中で知った、全国紙Sunとリバプール市民の緊張関係。メディアとサッカーという視点もちゃんとおさえてある映画です。

場面はあちこちと飛ぶので、そういう意味でもDVDで見直したい、良い映画でした。

映画上映後は、即座に退席する人も多いのですが、イベントとしては「みんなでユルネバを歌おう」がありました。ごひいきのチームのユニやマフラーで来るように、という案内があったので・・・
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ワタクシはFCB東京ファンクラブの一員という気持ちで赤いマフラーを持っていきましたよ!この日に合わせて、半年以上前に買ったFCBのおしゃれロゴの入っているニット帽もかぶっていきましたよ。
その歌唱指導をしてくれたのが、元JリーガーもいるYANO Brothers。最初はマフラーをかかげ、途中からは隣の人と肩を組み・・・。ちと50肩っぽくなりつつある私には苦行。加えて違う赤マフラーばかりの中で肩をすくめたくなりましたがでも、体をみんなで揺らしながらユルネバを歌えば、そんな気分もどっかにすっとび、楽しかったです。

映画祭の雰囲気は相変わらずサッカー愛にあふれていて、とってもよかったんだけど、上映会場が平たいところ、というのはどうかなあ。だいたい、男性のほうが圧倒的に多い映画祭で(特にこの映画はリバポーファンが多かった!)、背も高く座高も高く体格もよい中年も一定数いるわけで、そうなると、私なんか寄付しにいったような感じになってしまうわけです。けど、この映画祭で取り上げられる映画っていうのは、一部はすでにwowowで放映された著作権処理が比較的楽なものもあるのですが、たいていは「この映画祭のために字幕をつけた海外のサッカー映画(またはテレビドキュメンタリー)」なわけで、DVD化されることはないのです。だからやっぱり「行くしかない」わけで・・・。
それに、おまけで上映するのではなく、これは「映画祭」。そう銘打つ以上は、映画は「画面が見えてナンボ」という基本を忘れられちゃ困りますって感じ。
本当は、夏に野外映画上映とかあったりするといいんですけどねー。
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同時開催のフットボール文化祭で1冊500円で出ていた、過去の11Freunde2冊。

しかも、両方とも、雑誌用カバー付き!1冊は14年のWM14写真集「One night RIO」ミニ特集。「メッシよりうまいってことをみせてきなしゃい」と父ちゃんがゲッツエ坊やを送り出す写真が表紙。ひょっとしてラムたんも写ってるかなーと期待してたんですが、ま、肖像権の管理もキチっとしてそうなラムたんの写真はなし。コブタちゃんは2枚もあるのになー。後ろは2011年の号。ゲッツエが「期待の新人」扱い。ノイヤーも大きく取り上げられてます。シャルケからバイヤンへ移ってくるときだったからかな。

で、昨日帰宅して知ったけど、父ちゃん争奪戦が始まっているんですって?バイヤンはやめておきなしゃい(笑)。あそこは父ちゃんの好きにはやらせてくれないから。
ひさしく父ちゃんネタを日本語媒体で見ることがなかったので、今日は意外なところでつながってるなあーと感心しながら就寝しました。

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by eastwind-335 | 2018-02-12 13:00 | 映画 | Trackback | Comments(0)

まさかの終わり方だった

EMの試合以外はあまり見ることがないのですが、私はWOWOWを契約しっぱなしにしています。
時々、例えば、盆暮れの長期休暇1か月後あたりになると、無性に映画が見たくなって、あれこれと見逃していたものがないか、とその月に来た放送案内とにらめっこをします。

お正月は結局見られなかったのですが、昨日、「絶対にどこへも出かけない一日」と決めて、ためてあった録画を見ました。
その1本がアメリカ映画『手紙は憶えている』。公開は2016年の秋。公開される前のPRも積極的だったし、ドイツ映画もいわゆる「ヒトラー物」が続いたとき。BSの朝の国際ニュースショーでF原先生がおすすめする映画の1本にもなっていた。その時は、認知症が始まっているアウシュビッツサバイバーが、自分の家族を強制収容所で殺した男性を見つけ出すためのロードムービー的な紹介だったと思います。

それがWOWOWで初めて放送されるというので、録っておき、昨日、本日と二日がかりでみました。
重たい内容の映画でしたが、最後の最後、「え?真実はそこ?!」と思わず声を上げてしまったほど、よく練られた映画でした。

勧善懲悪モノかと思っていたのですが、違う、ちがう。そして、狂言回しのような存在で出ていた彼が、そうだったのか!と。彼のセリフで映画が終わるのだけど、歴史はまだこの問題を解決していない、ということと、アメリカ合衆国憲法の「修正第2条」のもたらす問題と、過去と現代のいくつかの問題を埋め込んだ内容になっていました。

また、音楽の使い方がうまかった。
ワーグナーか・・・。伏線だったのね。

そして、この映画に元天使、もとい、アルムのおんじ、ブルーノ・ガンツが出ていると最後のクレジットで気が付きました。え?え?どこ?とググってみたら、あそこで出ていた人がそうだったんだ!と。
おじいさん役うまいなーと思ったのですが、ブルーノ・ガンツってうちの母より1歳年長なのね。いつまでもなんとなく「50代」って感じがしていた私。いかんいかん。
でも、録画だったから、巻き戻すことができてよかったわ。映画館だったら地団駄踏んでたことでしょう(汗)。


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by eastwind-335 | 2018-01-21 19:16 | 映画 | Trackback | Comments(0)

やっと!

ようやく!
今年も楽しみにしていたEU Filmdaysの案内が、国立近代美術館フィルムセンターHPにも一部upされました。
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いまのところ、PDFによる閲覧しかできないのが残念ですが、このGW期間中、風邪でどこにも行けない私は、せっせと手帳に「行きたい映画」の予定を書き込んでいます。

5,6月の週末は結構予定が入っていたりするので、すべてを見ることは難しそうなのですが・・・。

で、6月のページを見て気が付いた。そうだ、コンフェデカップの年じゃあーりませんか!
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父ちゃん一家も出るこの大会。日本では「穿っちジャパン」が出場権を失った時点で、「あったっけ、こんな大会?」扱いになっていて、フジが放映権を持っているそうだけど、放送予定もなし。
自国がでるから大騒ぎして宣伝、なんてことやってる間は日本のサッカー偏差値は上がりません。
せっかくイギリスの賭けやが持ってない放映権だっていうのにねー。ま、巧い実況ができるアナウンサーはいまやみんなJスポに来ちゃった感があるしね・・・。この前も、コブタちゃんが出る試合、フジが権利を持っているトロントとの試合だったから、とかで、生中継していましたけれど、正直、アメリカのサッカーリーグの中継っていうよりも、「ブンデスにいたコブタちゃん」の説明に追われていた試合って感じが否めず。
いや、コブタちゃんに注目するのはいいんですよ。でも、解説までブンデスみたいなことしていたら、アメリカのリーグに対して失礼では?

おっと、話題を元に戻しましょう。
5月26日から始まるEU Filmdaysは小さな映写室で見るので、早めにいかねばなりませんが、字幕付きの各国の映画を見るチャンスになりますし、料金もお手頃。新作とは限らないけれど、自分が見逃していた!って映画があったり、各国の意図が見えるラインナップだったりと、私は参加できる年は、いつも楽しんでみています。

参加できる年はドイツ語圏の映画をまずファーストチョイスにしていたのですが、今年の「ドイツ」からの出展作品は、昨年の冬にドイツ映画祭で私はすでに見た「クリスマスの伝説ー4人の若き王たち」。
この映画には、ハッと息が止まりそうになるシーンが何度もあります。舞台は青少年向け精神病棟となっていますが、思春期のだれもが誰もが一度は考えるテーマを取り上げています。すごくよかったので、お勧めです。

イギリスのTVドラマ「刑事フォイル」が好きな私は、オーストリアの「エディットを探して」に注目をしています。「フォイル」にもMI6にかかわる女性が出てきますが、この「エディットをさがして」に通じるものがありそうな。
あとは、ハンガリーの「ホワイトゴッド少女と犬の狂騒曲」も気になるところ。
チェコアニメである「リトル・マン」は勝手な想像だけど、「人形の七つの恋の物語」を彷彿させる解説文。サントラを担当するチェコで人気というロックバンドも気になるなあ。

しかし、すでに予定の入っている夜がいくつもあったりして、上の映画も全部見られるわけではありません。残念!

日本の映画もいいものがあるけれど、正直、この頃は、「聖地巡り」とかいう内向きな行為を導き出す顎が尖って目がでかいアニメか、もういい年した女優・男優が「高校生」の恰好して「先生を好きになっちゃった、同級生に好かれちゃった、どうしたらいいの?」的な漫画の実写版ばかり。出演俳優を見る限りは大人向けかと思いきや、公共放送やら民放の不倫ドラマの最終回のその後を映画化とか。
まったく、日本ってどうなっちゃってるのか、心配だわ。
アニメや小説の実写版じゃなくて、監督が脚本家とじっくりオリジナルの作品を作ってほしいんだけどなー。
ま、朝ドラだって、ようやく「実在の人物をモデルにした」内容のおままごとドラマが終わったと思いきや、脚本家が「主役がこの子じゃないと書かない」といってそれを許す公共放送だから、しかたないのかなあ。

2020年に向けて、日本人の感性の幼稚化が一層進みそうだなー。私が年を取ったってことかもしれないけれど、私と同世代の脚本家が軽々しく他人のふんどしで仕事をしているのを見ていると哀しくなる。

最近の日本語の小説も、なーんとなく「初めから映像化ありき」みたいな話の展開のものが売れていて、読み手に任せた想像ではなくて、作家に任せた映像を字で構築させられてるような感じがして。読み手の自由さが少ない小説が増えた気がする。

せめて、映画ぐらい、映画ぐらい!と思うんですけれどね~。

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by eastwind-335 | 2017-05-06 17:58 | 映画 | Trackback | Comments(0)

字幕付きサッカー映画上映!

ブンデスの監督たちを追った映画「Trainer!」。

DFBも制作協力をしている(はずの)この映画が2月に数日だけですが横浜にて上映されるとのこと!

今年も2月11日から17日までの1週間、ヨコハマフットボール映画祭(YFFF)が開催されるそうです!
去年は、父ちゃん一家の「ホンモノの夏メル」じゃなかった、「Die Mannschaft」が字幕付きで上映されたのでした。今年は何かな~?と期待していたら、おお、「Trainer」とは!

それだけでなく、3.11後のベカルタ仙台時代のテグラモリ丸を描くドキュメンタリー「勇者たちの戦い」、ネパールの女子サッカーを描く映画「スナカリ」、全盛期をすぎた選手の再起をめぐるドラマ「U-31」、マンUとアーセナルの名物キャプテンとの舌戦ともいうべき「キーンとヴィエイラ」ほか、今年も「サッカーが好きな誰か」のための映画祭になってます。

2本は見に行きたいな~。
昨年、この会場で普通の本屋では取り扱わない、商業誌では絶対に取り上げないテーマから語るサッカー雑誌を買うことができたのも、意外なそしてうれしい体験でした。

Wir fahren nach ヨコハマ!

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by eastwind-335 | 2017-01-20 06:22 | 映画 | Trackback | Comments(0)

語り継ぐ映画

大晦日から元旦にかけてヨメ修行から、例年に比べると早めに解放された私たち夫婦。
夕方には自宅に到着。
家人は風邪が抜けないままの年末突入して実家へ行き、実母の「心配」という名の詰問でノックダウンしました(ワタクシが何度「年末に体調が悪いのはいつものこと」と言ってもシウトメは「私は耳が遠いから」と聞き入れません・爆)。家人が「風邪を老人に移すのはわるいから」と言い張り、いつもより早くに「私たちのおうち」へ逃げかえる姿勢に。私には、帰りの電車の中で、この3が日は寝正月と宣言してました(笑)。
おかげでお雑煮も不要とのこと。お節は元旦に食べるからわざわざは用意してありませんが、お節に入ってる「お酢系の料理」は私にとっては「作り置きおかず」ですので、冷蔵庫内にスタンバってます(笑)。

私は、寝正月はもったいない、と二日からちょっくらおでかけ。海辺の街の両親にバレたら叱られそう(笑)。私はこの年になっても、子供の時のように「三が日は家で静かに過ごしなさい」といわれてます。
うちの近くの通りを箱根駅伝の選手が走りすぎるのをみながら(ほんと、あっという間に走り抜ける!)駅へ向かい、恵比寿へ。

もう上映が終わったと思い込んでいた「ニコラス・ウィントンと669人のこどもたち」を見てきました。
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正月2日にしては10名ほどが着席していました。
私は映画の原作ともいうべき本を数冊読んでいたので、ああ、そうだったんだ、こうだったんだ、と映像を見ては、ウルっとしてましたけれど、一方で、ロンドンをはじめイギリスを襲う空襲の体験を語る口調には「生きるためのユーモア」を感じさせるものがありました。もっともっと哀しいことを体験しているからなのか。

子どもたちを救うために、正攻法だけでなく、ちょっぴり早めにハンコを押しただの、政府にかけあったうえで保護団体を作ったものの、たった二人の団体で、名誉事務局長を名乗り、チェコスロヴァキアに暮らしていたユダヤ人の子供たちを助けようとしたなど、よくぞ捕まらずに!と思うような綱渡りも経験したニコラス。しかし、彼はたいていのことをまるで「物語を読み聞かせるかの如く」ユーモアたっぷりに話していた。ただ、1939年9月の250名ほどの子供たちが出発間際に第二次世界大戦となってしまい、救出ができなかった、ということを悔やむその表情に、右手でしたことを左手に知らせなかった一つの理由はここにあるのではないか、とつくづく思いました。

ウィントンによってイギリスへ送られ、そして現在を「生きている」ことは、「子どもだけは安全な場所へ」と願う親の勇気があってこそなのだと心に置いて生き抜いてきた「かつての子供たち」。

信念をもって行動をすれば、道は拓けていく。
そのウィントンの思い受け継ぐ人たちには、単に彼を知って、ではなく、自分の命をも保証してくれた人がしてくれたことだから、と思う「かつての子供たち」の子供や孫もいる。

つくづく、この映画を「パディントン」に重ねた日本の宣伝が哀しくなった。確かに、「パディントン」はキンダートランスポート運動に重なる部分もあると思う。キンダートランスポートの体験を自叙伝にまとめた本をすでに読んでいたときはあまり気が付かなかったけれど、映画を見ると、「輸送された子供たち」を引き受けた家族はまるでパディントンを受け入れたブラウン一家のよう・・・。パディントンがブラウン家に到着した夜の騒ぎに似たような思い出を語る体験者もいました。でもこの映画の本質はそこではない。
時代は変わっても、直接的な戦争とかかわらずとも、ウィントンの思いを受け継ぎ、誰かの命のために自分たちができることは何かを考える、その勇気と知恵を持つことの大切さやその気づきがこの映画のテーマだったと思います。

その一方で、「くまのパディントン」に関連付けて日本で(大人に対して)この映画を紹介した以上は、この本を単に子供が夢中になる児童書とみなすだけではなく、2度目に読む人たちに対しては「キンダートランスポート」を背景に読み直すよう呼びかける声があってもよいのかも。オトナの読み直しって、そういうことなのかな、と。そして、20世紀にこの本を「楽しく読んだ」者として、21世紀にこの本を読む子供たちに、暗国の地ペルーからやってきた一匹の子クマの「ものがたり」ではなく、私たちが生まれてくる前に実際におきたことを時を超えて「クマ」が語っているものなのだ、とどこかで伝えるのがこの映画を見た者の責任なのかな、と。これも「戦争の悲劇を忘れない」「戦争を語り継ぐ」一つの方法なのではないか、と。

さてさて、恵比寿の映画館では次はこれを見よう!と思う映画のチラシなどももらい・・
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オーストリアのドキュメンタリー映画「0円キッチン」が面白そうでした!
外へ出るとちょうど12時。
恵比寿にちなんだおめでたい催しをやってましたよ!
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今日は家で籠って「たまっている"犯罪心理捜査”ドラマ」をまとめてみます!昨日第7シーズンを見終わり、今朝から第8シーズンへ突入です!正月から見るドラマじゃないってわかってますけどね(笑)。

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by eastwind-335 | 2017-01-03 09:55 | 映画 | Trackback | Comments(2)

Q&Aがパンフレットに反映されますように

昨晩、定時で上がれる!とわかったので急いでドイツ映画祭の夜の上演作品「アイヒマンを追え」を見てきました。
これは1月ごろロードショーになるので、映画の詳細に触れるのは避けますが、多くのナチズム裁判に携わった、ドイツの名物検事総長「フリッツ・バウアー」とアイヒマン裁判までの日々を、彼の死後10年たって明らかになった史実を踏まえて造られた映画です。ドキュメンタリー映画ではないので、当然ながらドラマ性をもつ「フィクション」な部分がありますが、その部分によって、より1950年代のドイツの法曹界とアンダーグラウンド(特に性的嗜好に関する問題)がわかりやすくなっています。

この映画祭は各作品が期間中に2回ずつ上映され、その都度監督や出演者たちとのQ&Aの時間がとられています。

このQ&Aがよかった!
一等最初は、日曜夜に見た映画のQ&Aでも司会をしていた明治大学のドイツ映画研究の先生。司会者が最初に質問するのは掟破りであると断りながらした、ベルリン映画祭に行く飛行機の中で、映画祭で、帰国の飛行機で、DVDでと都合10回はこの映画を見たが、東京でのドイツ映画祭の映像で1か所だけ違っていた場所があることを指摘しました。それはキーマンになる女性(実際は女装した男性という設定で、女優が演じている)の下着姿。ドイツ版ではガウンの下は一糸身にまとわずらしいのですが、日本版はガウンと赤い下着を身に着けていた。実は私はこのシーンは「ずいぶんと中性的な体つきだなあ」と思い、次のシーンのバウアーと部下のセリフで「え?え?あれ、男性だったって設定だったわけ?」と気が付いたのです。ああ、鈍感だな、私・・・と思っていたのですが、このシーンは「日本向け」に撮ったのかという質問でした。答えは「アメリカ市場向け」とのこと。この監督は映画に裸が必要とは思わないのだそうですが、この映画だけは、このシーンだけはそれが必要と思い、キャスティングもこだわったのだそうです。でも、アメリカ市場用はこのままではダメとアドバイスがあって2テイク撮ったそう。
で、日本もアメリカ版が来たらしい。あー、いや、その、仕方ないよね。日本の映倫はもとはと言えばGHQの基準だもんね。ええ。
しかし、あのアメリカ市場向けのシーンは、うーん、驚き半減だわよ、っていうか、セリフがなかったら意味ないぐらい。

原題と英語版のタイトル、そして日本語タイトルの語感の差を指摘するQ&Aもありました。英語版については監督の知るところだったそうですが、日本語版タイトルをドイツ語に直したのを聞いたときには、監督、マジで驚いてましたねえ。私も映画を見終わった時「アイヒマンを追え、なんだけど、バウアーの苦悩とかストレスはこのタイトルじゃ通じないなあ」と思いました。ちょっと残念に思います。しかし、バウアーの名前じゃ観に来ないかも。

ほかにも何人かが質問し、どの人に対しても、監督はとても丁寧に熱く答えて(応えて)いました。知的な監督でしたよ!
特にドイツ語話者が二人も質問をしたので、監督にとってもリラックスできたのではないでしょうか?このドイツ語での応答を日本語で分かりやすく逐次通訳していらしたかた、声からすると、NHK衛星放送のZDFの同時通訳もなさっている方ではないかしら?と想像するのですが、本当に大変なお仕事、お疲れ様でした。

その応答のなかで知ったこと
・この映画はもともとフランスに暮らすユダヤ人が書いた戦後ドイツのナチス裁判の本を監督が読んだことがきっかけだったそうです。
・日本ではこの数年、バウアーが何らかの形で(ドラマの引き締め役として)登場するドイツ映画が公開されているけれど、たまたま公開が重なっただけで、実際にバウアーのことを知っているドイツ人はそれほど多くない。(つまり、バウアーはいまドイツで注目されつつある人物、なのでしょうね)
・監督もフランクフルト育ちだけど、映画の話になるまで知らなかった(このことについては、現在、バウアーの評伝?を出版予定の会社で翻訳をしている日本人から軽い?突っ込みがありました。あのツッコミは個人的にはいただけないと思いました。うまい例では言えませんが、失礼な感じがしました)。だから若い人に見てもらって、現在のドイツのナチに対する姿勢の歴史や民主主義とは個人の行動の選択に支えられていることを知ってほしい(おおざっぱに言えば)という気持ちがある。でも公開されたときの観客の多くは中高年だったとのこと。

そんな監督の熱い思いに応えて一番最後に質問したのが、まさに「若い世代」代表!前夜見た「四人の王たち」の主演女優うさぎちゃんでした!
若い世代として映画に感動したこと、そして、この映画のなかでも重要なセリフ「(ユダヤ人としての)個人的な復讐ではなくドイツのために」(これまたおおざっぱに言えば)はバウアーが実際の発言に基づくのか、映画の脚本として書かれたのかという質問をしました。
うわー、この子、本当に演者なんだなあ、って私は心底感心しちゃいましたよ!

監督は、セリフは作られたものだけれど、そのセリフが生まれるまでに、バウアー本人が出演したフィルムを観て、彼の資料をきっちり読み込んだ、と。

そんなこんなで充実した時間をすごしました。
しかし、もし、こういうこともしてもらえたら嬉しかったな~ってこともありました。
明治大学の先生は前夜の映画の時も、出演者が、いまドイツで注目されている、もしくはベテランであることをいくつもの作品をあげて紹介してくれたのですが、

日本で公開されていない映画のタイトルを原語でグチュグチュいってもわからないでーす!

この日もセンセーはお気に入りだか注目している「女装した男性を演じた女優さん」の話をし始めました。監督がその逐次通訳を聞いた後で「映画の完成まで5年かかった。この女優は自分の映画に出た後の作品で注目されるようになったのだ」と軽い訂正を入れていました。このセンセーがすごくドイツ映画がお好きなのだということはわかります。しかし、もしそういう話をしたいのだったら、というか、私がQ&Aの司会を担当するんだったら、手作りであったとしても出演者のフィルモグラフィを用意して配布するけどなあ~。もしくはゲーテのHPに特設ページを作るとか。だって、多くの日本人にとっては、やっぱり「日本語字幕」あってのドイツ映画なわけで、ハリウッド映画のようになんでもかんでも上映してもらえるわけじゃないんですし。
(先生としては、関心を持ったんだったらググったら?って気持ちだったかなあ?まあ、燕の子よろしく与えられる情報だけで満足しちゃいけませんよね。ただ、個人的には私は人をググるのは好きでない)

とはいえ、こういうドイツ映画愛たっぷりな先生の講義に出られる大学生は羨ましいです。講義の間は字幕なしでドイツ映画を見てるとしたらちょっとツラいけど。
でも不思議だけど、自分が関心があるときは、脳内同時通訳器が頭の中をものすごい勢いで回り始め、「わかった気がする」んですよね。


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by eastwind-335 | 2016-10-18 20:25 | 映画 | Trackback | Comments(0)

病院+クリスマス+ドイツ=ウサギ

土曜日から六本木でドイツ映画祭をやっているので、昨晩行ってみました。
私が見たのは「クリスマスの伝説 4人の若き王たち」。たぶん、日本でロードショーはしないでしょうから、というのが見に行く理由でした。
青少年向け精神病院でクリスマスを過ごすことになった4名のティーンエイジャー(日本語で適切な表現がないので、こう書いておきます)の2,3日のこと。

4人の王とは、クリスマスの降誕劇になぞらえて子供たちに1月6日にやってくる3人の王(私は学校時代に「東方の3博士」とならった気がしたけれど)+アルフォンゾ大王(だったと思う、たぶん)。
4人が精神病棟に入った理由はさまざまで、それは断片的に、言葉で、映像で描かれる。
最初は裕福な少女ララとグルジア(ジョージアという字幕になってなかった!)出身(移民なのか?)の少年フェージャの二人の関係が、そしてそこに親の離婚によりクリスマスを父親と過ごすことになっていたアレックス(すごい怪我をした形で登場!)、そして隔離病棟から精神病棟への試験的に移されたいかにも「不良」な感じのティモが新入りとして入ってくる。

ティモの存在は、病院の管理側にも危機感、先入観を導き出し。
ララたちも、ティモとの距離感をどうとってよいのかわからず、戸惑ったりおびえたり。
怖がらないのは彼らの担当医であるヴォルフ医師。まるでその名前のように一匹狼であり、社会から疎外されがちなオオカミの子を守る群れの父のようであり。

暴力性が問題であるティモも、心の弱さやさしさがその暴力によって隠されていることを、様々な問題が起きる中で子供たちは知っていき、そしてクリスマスの夜、4人は小さな冒険を終え、病院に戻ると・・・。

ストーリーは「よくある」といってもいい展開。正直言えば、10年以上前にみたイタリアの小児病棟を描いた映画「かぼちゃ大王」なんかとかわらない。規範を破り病棟を抜け出す、という点では、これまで日本でも上映されたドイツの(青年向け)病院映画と括れるんじゃないかな?

ただし、じゃあ、日本でも似た映画があるか、と言われると、日本は「小児病棟」を描く映画すらあまりないのだけれど。

映画自体は「ハっ!」と息をのむところがあったり、わらったり、学校の教室でも体験できるようなことだったので、そして、私は荒れた中学校を卒業しているので思い出すこともあったりして、感情移入もしやすくて90分があっという間に過ぎました。

ちょっと気になったのは、いつまでドイツで「クリスマスの夜の奇跡」が描けるだろうか、と映画を見ながら私が思っていたこと。
この映画は2015年制作だったので、難民騒動の影響はほとんどない。しかし、これからのこういう群像劇には、なんであれキリスト教にシンパシーを感じていたり、その宗教観がいくばくかといえどもある社会環境で育ってない子供たち、むしろキリスト教とは異なる宗教観によって育ちそれが自分の規律である子供たち抜きで「ドイツの青少年たちのすがた」を描くことは難しいだろうな、って。

さて、登場人物の一人ララを演じた女優さん(Jella Haase)と監督へQ&Aが上演後にありました。aが一つ多くついている元気なウサギちゃんって感じの、どこにでもいるような若いお嬢さんでした。Haaseさん出演の映画を司会をした明治大学の(ドイツ映画が専門とのこと!)のセンセーが紹介してくださってましたが、モゴモゴした口調で最後まで聞き取りにくかった。聞き間違えでなけれな「くそったれ、ゲーテ」だったように思います。タイトルから想像すると、私たちが古典や文語体の文章で高校時代の国語の時間に悩むようなものなのかな?パート2までできている作品のようだし、ゲーテ好きな高齢者にもそうではない若い人にも楽しめる映画みたいだから、日本でもこういう映画祭やEUフィルムフェスに出してくれたらいいのになあ。
質問は、同じような環境で働く教師からの発言もあったりで、最後まで残っていてよかった。
そういうところまで楽しめるのが、こういう映画祭の良さ。今日も仕事帰りに1本見られるといいのだけれど・・・。


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by eastwind-335 | 2016-10-17 05:46 | 映画 | Trackback | Comments(0)

自分の旅の思い出とつながる映画のこと

私が『くまのパディントン』が好きなことは、すでにブログでも時折書いています。
その大好きなパディントンと、これまでの私の旅の思い出が重なることを去年知りました!
大学4年の卒業旅行で訪れて以来20年ぶりだったベルリンのフリードリヒ駅前の銅像。
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翌年、新婚旅行以来これまた10余年ぶりに訪れたロンドンのリバプール駅で見かけた銅像。
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この二つの関係については、ブログでも書きました。
でも、そのときは、「キンダートランスポート運動」について知っただけでした。

去年、とあるブロガーさんが映画「パディントン」のことを取り上げていました。この方は主にドキュメンタリー映画の翻訳をなさっているので商業映画の「パディントン」(しかも、そのときはまだ日本での上映が未定だった!)をなぜ取り上げるのか不思議に思いながら記事を読みました(こちら)。
映画には、ルーシーおばさんが、第二次世界大戦のイギリス人とキンダートランスポート運動の関わりから、パディントンを暗黒の地ペルーからロンドンに送り出しても大丈夫だと思った、とパディントンにいうセリフがあるのだそう。つまり私も目にしたあの子供たちの銅像の運動のことが紹介されているらしい!
ググると、著者マイケル・ボンドがロンドンから疎開してきた子供たちを思い出しながら最初のシーンを書いたことが日本語でも紹介されていますが、そこにはキンダートランスポート運動のことは書いてありません。その出典注はBBCにつながり、彼の戦争中の体験の紹介を読むことができます。しかし、直接キンダートランスポート運動については触れられていません。ただし、次の文章もまた興味をひくところです。

"At that time Caversham Park was staffed almost entirely by refugees: Russian and Polish people and different nationalities," he said.

"My Paddington Bear books also had a character who was a Hungarian refugee - Mr Gruber.

戦争の「せ」の字も出てこないパディントンシリーズですが、実はそういう体験が背景にあった児童文学なのか!と。


さて、私が未来社のPR誌『未来』を定期購読していることも何かの折に書きました。9月末日にその秋号が届きました。
一つ一つの連載は通勤時のお楽しみにとっておきたいけど、そうはいっても、やっぱり開きたい。ということで、先週の土曜日の朝、未来社の新刊紹介が載っていた裏表紙から逆にページをめくり、営業部からの案内のページまで目を通しました。
すると、「キンダートランスポート」という文字が。
1本の映画の紹介でした。それが「ニコラス・ウィストンと669人の子供たち」です。
映画の紹介HPはこちら。動画では予告編を見ることもできます。
その予告編の始まりに「パディントン」のモデルになった子供たちの話、と大きく出てきます。

個人的には、このコピーは正直「ルール違反」な気がしました。
どの程度、映画の中に「パディントン」の話が出てくるのか?
しかも、映画紹介のところでは一度たりとも「パディントン」の名前はなく、また、日本でもこっそり封切られた実写版「パディントン」(未見)の宣伝においてこういう歴史的背景をメディアがちゃんと取り上げた記憶もなく・・・。
例えば、パディントンの「オフィシャルサイト」(キャラクターグッズ管理会社の運営)によれば、一切そういう話は出てこない。
私はパディントンの日本語版を出版している福音館書店のメールニュースも登録しているけれど、パディントンの映画化がされたときですらそのような話は全く出ていない。

子どもにむつかしい話だから?
でも、福音館書店のような出版社だったら「平和」を子供と考えるときの手がかりとして、取り上げそうに思うのだけど・・・。
ニコラス・ウィストンのドキュメンタリー映画を観なくては!ということで、まずは映画の前売りを購入。
a0094449_17183817.jpgチェコで発売されていたウィストンの切手が特典でついていました!
11月26日から公開されますよ!やっぱり専門書(未来社の『キンダートランスポートの少女』、ミネルヴァ出版の『ユダヤ人児童の亡命と東ドイツへの帰還』)を図書館から借りてこなくては。
確認のために「実写版パディントン」のブルーレイも購入。仕事がひと段落した夜、久しぶりに夕食の時間がほぼ一緒になった家人と二人で見ました。
個人的には、パディントンの実写化には疑問を覚えていたのですが、すごくよくできた映画でしたよー。原作を踏まえていそうでそうでないような、ではあるのですが、つい先日ロンドンに行ったばかりのワタクシ、もう、ほんと、「わかる、わかる!」と大笑い。
たしかに映画の途中で、キンダートランスポートをイメージさせるセリフやシーンが2度ほど出てきてしんみりしました。
1960年代のイギリスから半世紀たち、原作に描かれたロンドンの中産階級の生活が21世紀バージョンに変わってた!。ブラウンさんは「リスク管理」がお仕事。ブラウンの奥さんはイラストレータというお仕事を持ち、子供たちは寄宿舎ではなく街のグラマースクールに通学している、という設定になっていて。
画面の小さな変化とか、原作にはないところでも笑える話になっていた。まるでモンティー・パイソンな感じでもありました。そういう点では、元ネタがはっきりしている映画だった。ああ、イギリス人だったら、またはロンドンっ子だったらもっとわかるものがあったと思う。
とはいえ、個人的には、ブラウンさん一家とパディトンとの出会いは原作をきちんと踏まえて、ブラウン夫妻とパディントンだけにしてほしかったなあ、とか、ロンドンは昔と変わらないタクシーなんだから、べとべとになったパディントンがタクシーの運ちゃんをハラハラさせるシーンがあってもよかったのに、とか、えー、あのダッフルコートは買わないとだめじゃーん、とか、やっぱり原作をいとおしむ思いも強くあります。

特典として出演者コメントも結構な長さで収録されていました。パディントンの声を担当した役者さんの語りのなかに、1950年代の東欧からイギリスへの移民の風景が、マイケル・ボンドが「パディントン」を書くきっかけになった、と監督から説明があった、とありました。
なんか、いろんなことが錯綜しているようですが、社会風刺をきちんとしている「イギリスらしいイギリス映画」です。現代のイギリス社会と移民の問題についても、イギリスの象徴であるバッキンガム宮殿の衛兵を用いながらチクリと描いていました。

さて、パディントンが好きだ、という割には、私の本棚には「くまのパディントン」(福音館)は数冊(それも最近の翻訳)とロンドンに行った折に買った洋書しかありません。子供の時は図書館で借りたから、なのです。しかし、5年ほど前、めぐりめぐって子どもの時に手に取った装丁の『くまのパディントン』が私のものになりました。
a0094449_17192332.jpgいまもこのサイズの本はありますが、カバーを外すとこの色、柄ではないのです!

頂いたままでしたが、この夏、「そうだ、ロンドンに行くんだし~」と読み返した際に奥付にある初版の日付を何気なくみてびっくり!
a0094449_17190891.jpg
やだー。私とパディントンって双子みたいなもん?!(・・・ってこの本を所有して5年は経つというのにようやく知った私。)

そうそう、10月2日はこのブログの誕生日でして、なんと10歳になりました。10年間も続けることができるほど、自分がネタ満載体質なのか、と唖然としています。
ま、ここはパディントンの言葉をかりて言い訳でも。
「ぼくの行くところ、いつも何かしら事件が起こるんです。ぼくって、そういうたちのクマなんです」

夜寝たら、朝がきて、一日たりとも同じ日にならない(事件がおきる)日々と、その一日一日を共にできる人たちがいることに感謝しています。

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by eastwind-335 | 2016-10-08 18:32 | 映画 | Trackback | Comments(0)

アステリックスはフランスのモンパイか?

帰りの機内で見た映画について。
このごろは、機内で映画をみることはなく、寝て時差調整をしているのですが(もしくは起きて本を読んでいる)、往復とも面白い映画を1本ずつ、それも着陸寸前に映画も終わるという時間帯に見ました。

往路はドイツ語の児童映画。サッカーに関係する映画。日本未公開とのこと。ドイツの子供映画にありがちな展開ではありましたが、じわーっと感動する内容でした。ケストナーの「飛ぶ教室」のサッカー版みたいな感じ。原作者が監督だとか。また、もう何作も作られているらしいです。最初から見てみたいなあ(なんでも第一シーズン、第1作から見たい・読みたいオンナ)。
帰りはフランス語の「アステリックスとオベリスク」シリーズの最新作。
日本では「アステリックス」は完璧に無視された感じですけれど、ヨーロッパの子どもも大人もみんな知ってるマンガの実写版。私はドイツ語版を何冊か持っています。ドイツで「mannga」が注目されるようになったころ、フランクフルトの本屋さんで特集していたので買ったのです。UバーンでもSバーンでもDBでも、ティーンエージャーたちが持っていたので、気になっていたところでした。
その実写版は1度だけ日本でも上映されたものの日本では定着せず・・・。
オベリックスは名優ジェラード・ドパルデューが演じてるんですけれどねえ~。
その最新作?(2014年公開)が機内上映映画の一つだったのです。

初めて実写版を見たのですが、あんまり面白くて、クスクス笑うどころではなく膝を叩き、声が出ないよう(だって機内だから)口を押え・・・。
歴史がわからないと、とか、その国の風習とか国民性を予備知識としてもっていないと、面白さがわからないと思うのですけれど、わかっていると、もう、本当にたまらない!
しかも3週間の休暇のうち最初に1週間はイギリスにいたし(笑)。まさに「そーそーそうなのよ!」な感じで。

私の好きなモンティパイソンもそうなのだけど、揶揄ってるけど、それが誰もが「不満に思わない」ですむような内容。むしろ、すべてがメタファのようで、裏読みも面白い。
これをみて面白がる子供たちは歴史観がわかっているってことなんですね~。
セリフ、身振り、衣装等々、何を見てもおかしくて!
(もう20年以上前に大流行した深夜番組「カノッサの屈辱」みたいだったよ!)
そして登場人物の心のやり取りなどにジーンときたり。
日本でもDVDが出たらいいのになあ~。
(追記:WOWOWで放送されたこともあり、DVDも機内でみたものは出ているそうです)




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by eastwind-335 | 2016-09-01 00:13 | 映画 | Trackback | Comments(0)

entwederという言葉を思い出した

いま、国立近代美術館フィルムセンターでは、EU Film Daysが開催されています。
昨年はチェックすらし忘れていたのですが、今年はちゃんと前もってチェックをしておきました。
いくつも見たい映画があったので、手帳には書き込んであったのですが、初日からすでにダウン。
以前だったら、ちょっと疲れていても「気分転換に」と張り切っていくところですが、今年の私はそういう時は「ま、いいか、行っても英語字幕らしいし」と自分自身に言い訳をしてさっさと帰宅することに。

しかし、これだけは、という映画がいくつかあるからこその判断でして。

その一つが一昨日の晩に上映された「ロストックの長い夜」というドイツ映画。映画の紹介はパンフレットによれば以下の通り。

1992年8月24日に旧東ドイツの町、ロストックで実際に起こった難民襲撃事件を綿密に再現した作品で、現代史的な側面を持つと同時に現在の社会情勢の中での個々の意見や行動や立場を問う、いたってタイムリーな作品。多くの人々にとっていまだ、あるいは改めて突きつけられる難しい問題がテーマとなっている。暴力はどのようにして生まれるのか、どこへ進んでいくのか、我々にリアルにかつアーティスティックに体験させてくる1992年の旧東独ロストックで起きた移民施設放火事件をドキュメンタリータッチで描く映画。

そういうことがあった、というのはうっすらと記憶に残っていますし、衛星放送で日本語吹き替え版が放送されるZDFでは、記念行事が行われるこの日のニュースがよく伝えられます。
しかし、記憶では東欧からの移民となっていたのですが、史実は違っていました。
旧東独時代に労働移民としてやってきたベトナム人たちの暮らすアパートメントが襲われたのでした。

私は(自分で望んでいたとはいえ)卒業後の身の振り方が決まるのが同級生より半年近く遅かったため、すべてから解放された3月に卒業旅行を兼ねてドイツ(当時は旧西ドイツだった)へ遊びに行くことにしました。いつか、この国で言葉を学ぶ機会があればいいな、という想いもあったので、大学町をいくつか回る旅でした。
その話を、ドイツ通の年長の知り合いにしたところ、彼から「いま、ネオナチと呼ばれる右派が出てきているから気を付けなさいよ」とアドバイスがありました。
ネオナチのことは私もニュースで知っていましたが、彼らのターゲットは日本人観光客ではないはず。そんな私に、彼らにはアジア各国の違いを容姿では判断できないから、日本人がガストアルバイターであり帰国をしないベトナム人と間違えられる可能性が高く、実際に被害も出ていると話してくれたのです。
そのとき初めて、西ドイツだけでなく東ドイツでもGastarbeiterがいることを知りました。

この「ロストックの長い夜」は、まさにタイトル通りの放火事件が起きるまでの一日を描いた映画です。
上映前にフィルムセンターで渡された大あらすじを読み、スタンバイ。
事件に加害者と被害者があるとしたら、それを少し離れたところから見ている傍観者もいる。
その3者の立場がぐるぐると描かれていく。最初は、前夜も大騒ぎをした若者たち。若者といっても本当の若者と、彼らを兄貴面してまとめてる「もはや若者とは言えない」と私ならいいたい「若い世代」。
自分たちがうまくいっていないことを、政治のせいにしている彼らと、彼らが憎しみの対象にしていく(している、ではない)ベトナム人たちと、主人公の父親である市議、つまり政治家側の視点という3つの目から描いていく一日。

主人公はグループのメンバーと社会階層が違ってギムナジウムに通っているし、一見すると不良にも見えない。彼がこのグループに入る直接的なきっかけは一切描かれない。父親は市議で、市や州、国の難民政策のままでは、難民にとって危ないという「良心」を抱えつつ、一方で、自分の党内の立場という保身からその良心に従った行為がとれない。それどころか、息子や彼とつるむ仲間たちには「晴れていないのに晴れている、と無理をいっていないか」と突っ込まれる始末。
なかの見えないヒエラルキーが、一人の青年の自殺によって崩れ、その中で主人公がグループの端っこから真ん中へと移っていく様子、本当のところは主義主張なく、なんとなくそのグループの中にいてみんなの後ろをグズグズついていっていた美容院の一人息子が、自分を取り巻く環境の息苦しさから抜け出すように、どんどんと暴力に染まっていく、そこに私は目が行ってしまいました。
たぶん、昔からの遊び仲間と昔のままつるんでいただけだったのに。
タバコも吸えないぐらい気管支が弱かったのに。
家のビールをグループのリーダーたちに持っていかれるとお母さんにばれちゃうからってベソをかくぐらいお母さんっ子だったのに。
おどおどしながらも、彼が仲間の暴力行為に加わっていく様子は、映画だからこその「作られた感」もあるのですが、良心であれ、悪意であれ、物事のものさしをもっていない人は「それかこれか」しかなく、どちらかが自分の居心地のよい世界を構成する仲間たちには都合がよくないとなれば、こうやって大きな流れに身を任せてしまうのかもしれない、と強く思いました。

ロストックといえば(ネタバレあり)
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by eastwind-335 | 2016-06-25 16:52 | 映画 | Trackback | Comments(0)

東風のささやかな毎日のささやかな記録


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