お店のポリシー

銀座ウェストの「炎上覚悟twitter」が紹介されているものを読みました。

軽い驚きがありました。というのも、ああいう「敷居の高い店」につれていってもらえる子供たちって限られていたはずなのに、ウェストまで飛び越えられちゃったんだーって。
残るところは和光ぐらいでしょうか。和光も日曜日も営業するようになっているからなあ~。

横浜のデパートへ行くときと、日本橋のデパートへ行くときは、親が違う恰好をするので、自然と子供の私たちもそういう服、つまり「よそいき」になっていました。そういう育てられ方って、うちの「堅い」親だけだと思っていましたが、そうじゃない人の文章を目にすることがありました。

いろいろ思い出してきた。靴も「よそいき」があったわ。

実は私は銀座ウェストに入ったのは1度だけ。母とどこかでお茶を・・・と4丁目を歩いていたのだけど人が多く、東京風月堂も席が埋まっていて、アマンドはなんとなくーって感じで、もう有楽町の駅に向かうだけだなあと思っていたら、ウェストに出てきたのでした。

一人の人が結構多かった。たとえ複数で来ていても、みんな話をしているのだけど、声高ではない。田舎者を自覚している私と母は、こそこそ話すのも行儀が悪いし、とお互いが思っていたのか、言葉少なく「おいしいね」「落ち着くわね」ぐらいしか話さなかったかも。
耳に入る話も、噂話だののレベルではない。お店が人を選ぶわけではないけれど、このお店に来る人はコーヒーを楽しむために来ているんだなあ、お店に向かない話ってあるんだなあ、と気づかされたのも、この店でした。

そういう「お店」と「客」のつり合い問題がなくなっている。

一つには「親が子育ての時だって楽しめるように」という子育て問題があるのかなあ。子育て中は、出産以前の楽しみを母親が持てなくなることが多いのは事実。でも子供が免罪符状態になっているのはどうなんだろう。

子供は騒ぐ、静かにできない、気になるものには手を出す。
それは仕方ない。当然のこと。むかしは私もそうだった。
だけど、「もう少し静かにしましょう」「さわってはいけません」と親が言わないのが気になります。

「いやいや期」の言い方を変えましょう、という動きがあるそうです。
「いやいや」行動はコドモの自立の証だから、ネガティブなイメージで表現するのは良くない、って。

本当かなあ。私は「いやいや期」じゃないと、「親」と「子」の立場から考えられないと思う。
いやいや期は一過性のもの。一方で、その子供の「いやいや」は命に係わることもある。だから「だめだめ」と親が答える。
どこまで「いやいや」を言っていいのか、どこまで「だめだめ」というべきなのか、お互いがお互いを知る機会。

つまり「落としどころ」を体感できるところなのに!

いま、落としどころがわからない人が増えている。仕事をしていてすごく心配になることがあります。ゼロがイチか。

ウェストのあの記事は「落としどころ」を示しています。本当は今まではお店が示すのではなく、利用客が自分の見合った落としどころを見つけ、ちょっとおすまししておでかけデビューとなったはずなのですけれどねえ。

銀座サエグサも、銀座通りから撤退してしまった。2本ぐらい裏の、サンモトヤマのビルに入ったらしい。もう銀座は子供が「おすまし」するところじゃないんだなあ。
日本にはもうそういうところが「亡」くなっちゃったんだなあ。




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by eastwind-335 | 2018-04-29 09:35 | 日常 | Trackback | Comments(0)

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