日はまた昇る!(28)大聖堂と最後の晩餐
2018年 02月 23日
*2017年夏の思い出です*
ヘミングウェイの馴染みの食堂でお昼を食べて、いったんホテルに午前中に買ったものを置きに戻ります。
街中のホテルは便利だわー。
バスルームで顔を洗っていると、なんだかおもしろい音楽が聞こえてきた。
え?え?とあわててカメラをひっつかんでバルコニーに。
見ると、子供たちのクラブ活動なのか、演奏しながら行進をしていた様子。
(後日、世界街歩きのパンプローナ編を見ていたら、やはりクラブ活動で街かど演奏をする子供たちが映っていました。同じ子供たちだったのかしら?)
そうだ、まだ大聖堂を見ていなかったんだった、と思い出し、出発!
大聖堂のミサのない時間に見学ができるようになっています。
どのくらい天井が高いかわかると思います。
立派な内装です。
私は教会に来れば、来る直前までの時を感謝し、また家に帰宅するまでの時間を守っていてほしいと祈ります。ここでも同じ思いで時を過ごしました。
一番先頭(奥)はこんな感じ。隙間からレンズを通して写した一枚。日曜のミサだと扉があくのかなあ? その手前には当時のナバラ国王(?)夫妻の墓もあります。
このお墓が印象的。
ぐるっと見学ができるようになっています。
頭のところは、大理石で出来た屋根のようなものでおおわれているのがわかります。
まるで大聖堂の正面のような彫刻が施されています。
こっちのほうがわかりやすいかな?
国王の足元には獅子が、王妃の足元には犬が。何かのメタファーかな?
墓の周りには聖人たちなのか、聖人をかたどった実際の国王夫妻のゆかりの人たちなのか、これまた精密な像が大理石でできています。
各列、先頭には赤いサンゴのような飾りを持っている人。聖人なのかな?
大聖堂の中では、スペインの銀細工のすばらしさも堪能できます。
マリア像。
いつもお花をキレイにアレンジしているのだと思いますが、必ずしも白い百合じゃなくていいのね、と思ったのが印象に残っています。翌日がマリア昇天日なのと関係している?
横から見ると、より銀細工のすばらしさが伝わってくるのでは?
これが手が届くところにあるっていうのがすごすぎる・・・。上の赤い布もすばらしい。
イエスの生涯にかかわる聖人たちが飾られている壇も見入ってしまいました。
解説書やガイドを持たずに見ただけだったのを、今となっては悔やむほど、すばらしい。
これはイエスの生涯だ、というのはわかりました。
解説のパネルもカメラに収めたものの、ピンボケのものもかなりあって、あとから写真を整理すると悔いてしまう。
でも、最近の私はだれかを写す、という目的ではない場合には、「フィルムカメラの時のように、帰国するまで確認はすまい」と思っています。ゆえに、磔の十字架のイエスの下で、楽器のようなものを抱えているのは誰だろう、と思うことに。
ステンドグラスも素晴らしい。
これを書いている今はレント(受難節)です。それにちなんだステンドグラスのはめ込んである壁には、向かいのステンドグラスが生み出すマジックが投影されていました。
写真を撮った時はただ、今までいくつもの教会のステンドグラスの美しさをカメラに一生懸命収めてきたけれど、向かいのステンドグラスの存在を感じることはなかったなあ、と思いながらシャッターを切ったのでした。
いま、改めて見ると、その壁への投影のモチーフは、幼子イエスを象徴するものの、上部の飾りの部分。
生涯をこの壁だけで集約しているような気がしました。
大聖堂の歴史をめぐる博物館も併設されています。
そこへの入り口。
上部の細工がやはりすばらしい。いや、どの国のどの町の大聖堂でもそう思うのだけど、この大聖堂のものも細かい!彩色されていたのもわかります。
非常に古い時代のものを扱う割には、モダンな導入部分でした!この透明な板を重ねるアイデアがすごい!
増築された様子が紹介されていました。
思うに、博物館部分は修道院の部分がわかる遺構がメイン。
ガラス越しに見える庭。壁は作りなおしたものなのでしょうね。
古い柱。
どうもその当時のままに埋め込みなおしたらしい聖人たちの像。
見学してもう半年以上たってしまった今、この博物館の展示で何を覚えているかといわれると記憶はあやふやですが、聖母子像のあれこれは印象に残っています。ナバラ州各地で発掘されたもののよう。
これは、なんだか、小アジアっぽい感じがしませんか?でも、アルダバ(Aldaba)という、ナバラ州北部にある地域で発掘された聖母子像のよう。
マリアの顔は絵画や、ある時代以降のものは比較的丸顔で、童顔な面持ち。その昔、心理学のクラスで「丸い顔の人は幼く、守ってあげなくては、という思いを抱かせる」と習いました。丸顔ではない私は「確かに、守ってあげたいと思われたコトないなあ」とその時即座に思ったものです。そして、この日、面長なマリア像を見たときその意外性に驚いてしまいました。「慈母」じゃなくて「しっかりもの」のお母さんって感じが。モデルになった女性はどのような人生を送ったことでしょう。
2階にあがる階段も。手すりが素敵~と思っていると、名残惜しそうにしている人が。見習ってふと見上げると素晴らしいデザインだと気が付きました。
一番上の部分は青い天井。
次の旅の前にも、また寄りたい。
大聖堂を出て、土曜日に「また月曜日に来ますね」と言っておいたお店によります。
店員が「本当に来た!」と驚いていました。
私はニホン人ですからねー。約束したしね。
パンプローナ特産の砂糖菓子のようなさっくりとしたキャラメルと、ナバラ州で収穫されるベリー系の果実をつかったリキュール、同じ果実を使ったチョコレート、パンプローナ産の蜂蜜を買いました。預け荷物になるので、割れないように包んでもらいました。
(サンダルをパンプローナで購入したときに、靴箱をもらっておいたのも、梱包に役立ちました)
気になっていた生ハム屋さんでパッケージされているものを親戚用にいくつか買い、お買い物は終了。
いったん荷物をホテルに置きに帰ります。小さな街なので便利だわ。
翌朝が早いので、早めの夕食にすることにしました。
行先は土曜日から気になっていたバール。
カウンターがいつもにぎわっているので、いいかな?と。
あー、おいしそう!(写真はボケてますけどね)
悩みに悩んで、あれとこれと・・・。チョリソーと、いわゆる「血のソーセージ」。
ピンチョスを選び終えると、カウンター越しにお兄さんが「飲み物は?赤?白?」と。
おすすめを聞いたら、白はどうかな?と。「ナバラ産だよ!」。地産に弱いわたし、「飲みます!」と即答。
ナバラ産の白をグラス1杯ほど飲みました。おいしかった!
お店は地元の人たちも良く使う。また、奥のテーブルだと、子供たちを連れて入る人も。
スペインでも「流行」を追う人はたくさんいるのだろうけれど、日本と違って、無理な若作りをする人はいない。
たとえば、60代以上の女性の多くは、イタリアネオリアリズモ映画に出てくるような、または、マストロヤンニの映画でローマの街を歩いている60代の市井の人々のような、そういう恰好で今もいることがある。
子供たちもそうで、日本の小学生のように「母娘同じ格好」のような「小学生らしからぬ」というのもあまりない。特に学齢期前は、むしろ、私も子供時代に夏になると着せられたような簡単なワンピースを幼い子たちは案外着用している。
仲良し兄妹は奥の文具店に入った親が出てくるまでお勉強(笑)。小さな机に二人で寄りそうこの二人にもある種の「変わらなさ」がある。
もちろん、ティーンエイジャーになると、「かわいい」というより、この年齢は群れたいものよね、という感じ。
今日は観光客目線で歩いたけれど、やっぱり「次の旅」のことが頭から離れない。ピルグリムのための薬局。覚えておこうっと。
外はこんなに明るくとも、もう夜8時半。
荷造りをして、全く意味が取れないスペイン語のニュースを見ていると、なんだか、空港に長い列ができている。
英語(BBC、CNN)に切り替えたけど、そのニュースにはならなかった。
ずっとテレビを見ているわけにもいかないのですが、ザッピングしたスペイン語放送局は似たような写真が。
(その割には、そのシーンを写真に撮っておく、ということは思わなかった)
翌日がマリア昇天日で休日だから、スペインの人たちも出かけるってことなのかなあ?どこの空港かをヘッドラインの字幕からは推し量ることができない。かといって、日本語媒体でも特にニュースは出ていない。たとえばカナリア諸島のような飛び地の飛行場なのかなあ~。
そうこうするうちに、いつも通り、知らぬ間に寝ていた私。
こうして、パンプローナの最後の晩は終わったのでした。
ヘミングウェイの馴染みの食堂でお昼を食べて、いったんホテルに午前中に買ったものを置きに戻ります。
街中のホテルは便利だわー。
バスルームで顔を洗っていると、なんだかおもしろい音楽が聞こえてきた。
え?え?とあわててカメラをひっつかんでバルコニーに。
(後日、世界街歩きのパンプローナ編を見ていたら、やはりクラブ活動で街かど演奏をする子供たちが映っていました。同じ子供たちだったのかしら?)
そうだ、まだ大聖堂を見ていなかったんだった、と思い出し、出発!
大聖堂のミサのない時間に見学ができるようになっています。
一番先頭(奥)はこんな感じ。隙間からレンズを通して写した一枚。日曜のミサだと扉があくのかなあ?
このお墓が印象的。
ぐるっと見学ができるようになっています。
まるで大聖堂の正面のような彫刻が施されています。
こっちのほうがわかりやすいかな?
各列、先頭には赤いサンゴのような飾りを持っている人。聖人なのかな?
大聖堂の中では、スペインの銀細工のすばらしさも堪能できます。
マリア像。
横から見ると、より銀細工のすばらしさが伝わってくるのでは?
これが手が届くところにあるっていうのがすごすぎる・・・。上の赤い布もすばらしい。
イエスの生涯にかかわる聖人たちが飾られている壇も見入ってしまいました。
これはイエスの生涯だ、というのはわかりました。
解説のパネルもカメラに収めたものの、ピンボケのものもかなりあって、あとから写真を整理すると悔いてしまう。
でも、最近の私はだれかを写す、という目的ではない場合には、「フィルムカメラの時のように、帰国するまで確認はすまい」と思っています。ゆえに、磔の十字架のイエスの下で、楽器のようなものを抱えているのは誰だろう、と思うことに。
ステンドグラスも素晴らしい。
写真を撮った時はただ、今までいくつもの教会のステンドグラスの美しさをカメラに一生懸命収めてきたけれど、向かいのステンドグラスの存在を感じることはなかったなあ、と思いながらシャッターを切ったのでした。
いま、改めて見ると、その壁への投影のモチーフは、幼子イエスを象徴するものの、上部の飾りの部分。
大聖堂の歴史をめぐる博物館も併設されています。
そこへの入り口。
上部の細工がやはりすばらしい。いや、どの国のどの町の大聖堂でもそう思うのだけど、この大聖堂のものも細かい!彩色されていたのもわかります。
非常に古い時代のものを扱う割には、モダンな導入部分でした!この透明な板を重ねるアイデアがすごい!
増築された様子が紹介されていました。
ガラス越しに見える庭。壁は作りなおしたものなのでしょうね。
どうもその当時のままに埋め込みなおしたらしい聖人たちの像。
見学してもう半年以上たってしまった今、この博物館の展示で何を覚えているかといわれると記憶はあやふやですが、聖母子像のあれこれは印象に残っています。ナバラ州各地で発掘されたもののよう。
これは、なんだか、小アジアっぽい感じがしませんか?でも、アルダバ(Aldaba)という、ナバラ州北部にある地域で発掘された聖母子像のよう。
マリアの顔は絵画や、ある時代以降のものは比較的丸顔で、童顔な面持ち。その昔、心理学のクラスで「丸い顔の人は幼く、守ってあげなくては、という思いを抱かせる」と習いました。丸顔ではない私は「確かに、守ってあげたいと思われたコトないなあ」とその時即座に思ったものです。そして、この日、面長なマリア像を見たときその意外性に驚いてしまいました。「慈母」じゃなくて「しっかりもの」のお母さんって感じが。モデルになった女性はどのような人生を送ったことでしょう。
一番上の部分は青い天井。
次の旅の前にも、また寄りたい。
大聖堂を出て、土曜日に「また月曜日に来ますね」と言っておいたお店によります。
私はニホン人ですからねー。約束したしね。
(サンダルをパンプローナで購入したときに、靴箱をもらっておいたのも、梱包に役立ちました)
気になっていた生ハム屋さんでパッケージされているものを親戚用にいくつか買い、お買い物は終了。
いったん荷物をホテルに置きに帰ります。小さな街なので便利だわ。
翌朝が早いので、早めの夕食にすることにしました。
行先は土曜日から気になっていたバール。
カウンターがいつもにぎわっているので、いいかな?と。
あー、おいしそう!(写真はボケてますけどね)
ピンチョスを選び終えると、カウンター越しにお兄さんが「飲み物は?赤?白?」と。
おすすめを聞いたら、白はどうかな?と。「ナバラ産だよ!」。地産に弱いわたし、「飲みます!」と即答。
ナバラ産の白をグラス1杯ほど飲みました。おいしかった!
スペインでも「流行」を追う人はたくさんいるのだろうけれど、日本と違って、無理な若作りをする人はいない。
たとえば、60代以上の女性の多くは、イタリアネオリアリズモ映画に出てくるような、または、マストロヤンニの映画でローマの街を歩いている60代の市井の人々のような、そういう恰好で今もいることがある。
子供たちもそうで、日本の小学生のように「母娘同じ格好」のような「小学生らしからぬ」というのもあまりない。特に学齢期前は、むしろ、私も子供時代に夏になると着せられたような簡単なワンピースを幼い子たちは案外着用している。
仲良し兄妹は奥の文具店に入った親が出てくるまでお勉強(笑)。小さな机に二人で寄りそうこの二人にもある種の「変わらなさ」がある。
もちろん、ティーンエイジャーになると、「かわいい」というより、この年齢は群れたいものよね、という感じ。
今日は観光客目線で歩いたけれど、やっぱり「次の旅」のことが頭から離れない。ピルグリムのための薬局。覚えておこうっと。
外はこんなに明るくとも、もう夜8時半。
荷造りをして、全く意味が取れないスペイン語のニュースを見ていると、なんだか、空港に長い列ができている。
英語(BBC、CNN)に切り替えたけど、そのニュースにはならなかった。
ずっとテレビを見ているわけにもいかないのですが、ザッピングしたスペイン語放送局は似たような写真が。
(その割には、そのシーンを写真に撮っておく、ということは思わなかった)
翌日がマリア昇天日で休日だから、スペインの人たちも出かけるってことなのかなあ?どこの空港かをヘッドラインの字幕からは推し量ることができない。かといって、日本語媒体でも特にニュースは出ていない。たとえばカナリア諸島のような飛び地の飛行場なのかなあ~。
そうこうするうちに、いつも通り、知らぬ間に寝ていた私。
こうして、パンプローナの最後の晩は終わったのでした。
by eastwind-335
| 2018-02-23 05:10
| 旅の思い出17ヤコブの道
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