女性しかいないのか

昨晩は久しぶりに地上波の番組を見ました。

たまたまNHKをつけたら、NHKスペシャルが「難民大移動 危機と闘う日本人」というタイトルで国連難民高等弁務官事務所に働く「日本人」を取りあげるというので。
ベトナムやカンボジア難民の受け入れ以来、日本では難民受け入れ数は本当に限られた人数であることは、私が子供時代から感じていたことの一つだった。学生時代にベトナム難民のために日本語の教師をしていたことがある人の話を聞いたことがあったけれど、日本は「駐在で来た外国人」には住みやすいけれど、「生きるために来た外国人」には暮らしにくいという話があったことを思い出します。

いまも、シリア難民を直接受け入れるというよりは、シュショーはお出かけの度に、周辺国に設置されている難民キャンプへの金銭的支援を強調している。一部地域に対しては、お金を出しても感謝されない、人や船を出したいとか言って、「見える化」に必死になっているシュショーではありますが、そこに日本人のコロニーがなければお金で済ませたいと思っているのがよーくわかる(笑)。

まあ、朝5時台に公共エイセイ放送で放映される欧米各国のいわゆる「夜7時のニュース」を見ていると、どこも似たような話が聞こえてくる。日本のメディアでは取り上げられなかったけれどオーストラリアの首相が早々と「シリアのキリスト教徒」の難民は受け入れる、などと表明していたときがあり、びっくりしました。その後どうなったんだろう?

家人は「日本はお金ばかりで」ってオチになるんじゃ?と番組が始まる前に言ってましたが、私は「いやいや、免許取り上げが怖いから、日本人だって国連を通じて難民のことをやってまーすってPR番組にしてるんじゃ?」と予想。

で、結果。国連を通じて難民のことに携わっている「日本人「女性」」たちがいることを紹介する番組でありました。あとでモルゲンターク新聞のテレビ欄を見たら、番組冒頭のタイトルと違っていて「今世紀最悪の難民危機 奔走する日本人女性!」ってなってました。
新聞だけだったらNGOに勤務する女性って思ったかも。っていうのと「女性だけ?」って見なかったかも。

私は一億総活躍だとか、女性の活用という言葉に「胡散臭い」って思ってるんです。
私が女子学生だった頃、つまり男女雇用機会均等法から5年ほどたって「よくできる女子学生=総合職=一生独身でやってもらいたい」「それ以外=事務職=すぐ結婚してやめてもらう」という図式が出来上がったころも、「デキる女性たち」をやたらと取り上げていたことがある。あの時と同じ匂い。

UNCHR本部で今後のことを決定するレベルで活動する日本人女性、ヨーロッパの入り口であるギリシャの海岸沖に到達する難民たちとファーストコンタクトに勤める日本人女性、そして、シリア周辺国に設置された難民キャンプに勤務する日本人女性たち。

どの人も立派な志と、現実的な解決策を考えようとしていた。特に、家人と二人でこういう人もいるのだね、という話になったのは、難民キャンプに暮らせず町へ戻る人たちへの家庭訪問を行っていることや、第三国移住の手続きにかかわっている人たちの活動を見たときのこと。
私は、難民キャンプで一生を終えたいと思う人はいないと思います。けれど、キャンプは保護地域であり、そこを出たらもう「個人」の責任で生きるんだろうと思ってもいました。ところが、この番組によってUNCHRにはそこを支える任務もあるんだな、ということがわかりました。

彼らが訪問した家庭では、シリアにいたころと同じように小鳥を飼っていました。そういうことがむつかしいのがキャンプでの生活であり、家人とふたり「キャンプにいる人たちよりは経済的にまだマシだってことはよくわかるよね」と。ただし、キャンプ外で暮らす場合、労働は制限(禁止)されていて、2か月に一度、そのような人たちに金銭的援助(生活費支給)をUNRCHではしているそうです。二重取りしないようにって、目の写真を撮っているのにはびっくり。

第三国移住の審査に通り、二日後にカナダへ行く家族の紹介もあった。
そういう移民審査に通る人たちは、正直言って生き続けていけるのか、という不安のなかで生きているのではなく、現状のままではだめだという考えの中で生きていける人たちなんだ、と思う。

キャンプの絶望的な生活の中で、夢を持たせ続けるのはむつかしいだろうと思うけれど、ある日本人女性職員は「天文学者になる夢をなくしてはいけない」と少女を励ましているシーンがあった。
こういう「不安」しかない人たちと接して仕事をするって大変だと思う。口先だけではできない。でも、寄り添うなんて甘い言葉では続かない。不安を持つ人以上に不安を理解している国連職員の人たちの精神的な疲弊を考えると、頭が下がる思いです。

多くの若い人にこの番組を見て、難民というものは一言では片づけられない多層的な構造にあることをわかってもらいたいし、国連に勤めるということの意義を覚えてもらいたいと思うのだけれど。

ただ、一つ気になってしまうのは・・・。
その「難民の抱える危機と闘う日本人」のは女性しかいないのか?ってこと。
たまたまUNCHRのシリア難民セクションは日本人女性しかいない、ってことなんだろうと思いたいのだけれど。
一方で「なんで女性だけなの?」って思いも否めず。もし、ここの日本人が女性だけだとしたら、UNCHRが「UNCHRの日本人女性」に求められていることが何なのか、を突っ込んで考えるとかね。国籍・性別の差はないというし、そうだろうと思うけれど、でも、それでも「日本人」に求めることがある気がします。

という点においては、突っ込みが足りなかった気がする。
国連における日本人職員の男女比と部署の関係とかわかっていないのですが、もしわかってみていたらまた違った視点で見ていたかも。いずれにしてもこの機関のトップが「日本人女性」だったことも考え合わせると、ここで「日本人女性」を強調すべきなのかな?って。
(こんなところに日本人女性が!的な番組を見ていても思うんですけれどね~。日本人男性と外国人女性<特に西洋人>の組み合わせってあんまり紹介されませんよね~)

繰り返しになるけれど、現地キャンプや現地の町のシリア人にかかわる「日本人」職員の活動はこの番組を見なかったら知ることはなかったから、この放送に気付いてよかったと思っているのだけれど。国際的エリートだけでなく、NGOレベルで現地とつながっている人を取り上げる番組も対の形で作られることを願ってます。
まあ、そうなるとある種の政府批判が醸し出されるでしょうから、今のカイチョーや大臣の元では無理かな?
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by eastwind-335 | 2016-02-29 07:31 | テレビ | Trackback | Comments(0)

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