どこまでいってもインペリアル10:リミニ超特急
2011年 09月 21日
さあ、バスはリミリの街へ到着です。イタリアへ入国です。
リミリも見どころたくさん。その一つがアウグスト門。
このアウグスト門から駅までバスで5分かかるかどうか・・・ってことは歩くと結構あるってことなのだ、と二人とも思っていました。
そう、お互い同じことを考えていたのですが、そこで意見の食い違いが生じたんですから、ワタクシたちってなんて頑固モノ同士なのか・・・。
さてさて、スーツケースは駅前の観光案内で預かってもらえることが判明。荷物1個に付き3オイロでーす。
そして1時間弱で観光したいと相談をしたら、
お姉さんが教えてくれたのは、見どころ満載の通りを歩きながら橋へいくT字コース。家人は時間がないのだから橋だけ見たらいい、あと時間があまったら少しどこかを見たら…と主張。
でも、その橋への行き方は人通りの少ない、見どこもない駅前を線路沿いに歩き川沿いに折れて歩くという方法。私は「そんな人の少ないところを歩いて何かあったらどうするのよ。しかも時間は限られているのに、つまんない道なんかあるくなんて本当につまらない!」と不機嫌になり「そんなに言うなら、アータは駅前を行きなさいよっ!私も地図持ってるから、こっちの道を行く!」と啖呵を切ることに。
気短になっていたのはよくない、と、すぐに家人に「ごめんね」と言ったものの、「でもさー、私だって門まで行きたいなんて言ってないから」とやっぱり不機嫌な口調で口撃。
すると、最初の見どころに遭遇。
午後2時っていうのは世間で一番太陽がサンサンと照っている時。
暑い初秋、サングラスをかけた怪しい東洋人がさらに黙って歩いてます。
あれ、ここって中の絵が有名な教会じゃなかった?でも家人は今日は外観ツアーしか考えてないだろうしな、と諦め通りをさらに歩いて行きます。
すると家人、「あー、しまった。もっと早くシャッターを切っておけば」と悔やみ口調。
見ると、モデルのようなお姉さんたち3人。立ち姿までモデルっぽくて、撮影中?と首を廻してしまったほど(笑)。
そして問題のアウグスト門は近くまで行かないと言ったのに、結局家人はそちらの方向に曲がり、あと3ブロックぐらいまで小走りに進みます。
ついさっきまで何を言ってたっけ?とかイヤミを言う元気は私にはありません。ちょっと困るのは、家人が私の前に立ちはだかることです。ほら、被写体は一緒だから。家人が退くまで待ってからシャッターを切るからどうしても家人は先に行ってしまいます。そして、「もっと早く行動しろよ」というのです。
アータが心ゆくまで撮影するのを待ってあげてたのは、このアタクシなのよっ!私は家人が風景に入るのは一向にかまわないけど、私の写真の構図の邪魔をしてるのはそっちだから、遅くなるのは仕方ないでしょーが!と、さすがにこの時は「ちょっと邪魔だからどいて!」と言いました。すると「いつもボクを邪魔者にする・・・」とか泣き顔で何か言うので、世間のおばちゃんたちがこっちを見ます。
ちがうのっ!いぢめられてるのはアタクシなのよ!とイタリア語で大声で言いたくなります。
ここはリミリが治めていた領主の教会らしいです。
そしてだんだんと気が付いてきました。リミニって自転車の街なのかも・・・と。だってみんな自転車乗ってるんだもん。
こんなオバサンもいましたよ!家人に後から「キミならわかるって思ったんじゃない?」と言われ返す言葉もなく・・・。
そして、カエサルの像を撮ったり、市庁舎の写真を撮って、橋にもどろうとT字の右側へ急ぎます。
え?なんでカエサルなんだろう?なんて思いながら・・・。
ローマ時代の遺跡もあったりして。
T字の右側はこれまたステキなの!
広場があって
どちらも由緒ある建物なんだそうですよ!(どうも戦争中は空襲に遭ってしまったようですが)
警察があったり、
入口もステキだったり。このQuesturaも警察の一部らしいですけれど、イタリアの警察組織って複雑なのよね。推理小説を読むときに傍注で説明を読みますが。
大学(ボローニャ大学の一部みたい)があったり、
教会があったり、
ステキな人が歩いていたり。
ステキな人が自転車で通り過ぎたり。
後ろはメッシのポスターでした!
未来のステキな人がお車(ベビーカー)で移動中だったり・・・・(笑)
この街ですれ違う人って、俳優?っていうぐらいみんなステキな人ばかりなんですけれど!!!!
と興奮して、かつ家人に遅れないように急いで後をついていくと、そこは目的のティベリオ橋でした!
橋は悪魔の橋と名付けられているほど、悪運に強い橋で、紀元30年ごろにできた橋。今まで一度も壊れされたことがないそう。先の戦争でも空爆されたのにこの橋だけは残ったという。今も現役ですが、その代り本当に歩道部分が狭くて、しかも大理石が丸くなっていてツルツルしていて。
この橋の形は建築学的に完璧な形なのだそう。本当はもっと遠目に撮るべきなのだそうですが、時間の都合もあったし、大体そういう評価の橋と知らなかったために、ワタクシも家人もテキトウなところでシャッターを切りました。
さ、残り時間を考えるともうこの地を離れなくては。
ということでT字の真ん中を目指して急ぎます。
いやー、さっき警察かと思ったところ、普通の警察じゃないみたい。
こんなカッコいい人たちがいるなんて。
ステキすぎる、この街。
教会とは別に祈るところがあるのでしょうか。初めてみました。
そうそう、自販機コーナーもあったりして。
大学の隣にありましたので、学生対応なのかしら?自販機って日本では道端に林立が当たり前だけれど、欧米ではあまり見ない。だからドイツから暑い夏にいらした方が、どこへ行ってもコインをいれたら冷たい水やキンキンに冷えたコーラーが出て来るなんて!と感動していたのを思い出します。
そうそう、欧米では小さなお菓子を自販機で買えるというのが私には目から鱗でした!
さあ、駅へ急げ!という家人の号令に従い、T字の縦線を一気に戻ります。
家人がトイレの時間じゃなかったら、もうすこしゆっくり駅までの道で見かけたモノとかヒトを撮りたかったのに。
帰国して職場の知り合いにこの街のことを話したら、彼女も昔ローマ美術史をやっていた知人と一緒に数泊したのだとか。そう、リミニってローマ以外でローマ時代の遺跡がかなり残っている街としても有名なんだそうです!もっと早くに彼女にリミニに行くっていっておけばよかった・・・!(後悔)。
で、電車に乗り込みボローニャを目指します。
その国の文化や価値観の問題があるので、大抵のことはその国の通りに受け取るというか、日本と違っていることを楽しむワタクシですが、重たいスーツケースをひっぱっている時はそうでもないことに気づきました。
イタリアの駅・・・もう少しバリアフリーって発想があればいいのにな~(笑)。
いや、これぐらいで文句を言っちゃいけないだろうけれど、ドイツではエレベータもしくは荷物用のエスカレータが比較的充実してるし、車両構成のわかる掲示が出ているから、電車を待つのも苦じゃないですけれどね。イタリアの場合は行きあたりばったりですから。
今回の電車は行きと違って1等車もオープン。
今度は車窓もまあまあ綺麗な車体でしたので、窓からの風景を楽しんでいたら、チェゼーナという名前の駅に停まりました。あれ?これって日本の左サイドバックナガトモが前にいたチームのある町なんでは?
ナガトモの脱臼はよくなったのだろうかと二人で案じながらしばらくするとボローニャ。行きとはイメージが違う感じがするのは、あの時は緊張してたからかしら。
ボローニャに到着!
在来線ホームには軍人さんたちが。私は彼らも、だけど実は隣の車体に興味があってシャッターを切ったのですが軍服姿のお兄さんに「僕らの写真はダメだよ」と。いや、だから、あなたたちがいなければいいんですけれど・・・と思うのでした。
ここからローマはまたまたファーストクラスサービスを受けたりして、楽しく過ごしました。
車内には不思議なおばさんが乗り合わせていて、最初私達の席に座っていたらしく、私達が近づいたら列をはさんだ向こうの席へ(コーラの向こうにうっすら映るピンクのスーツケースが彼女のもの)。ちゃっかり2杯目をもらってました(乗った駅から次の駅までの間でのサービスなのに!)。youtubeでもPCで立ち上げているのか、音楽は聞こえてくるしそれに合わせて大声で歌いだしたり。移動した先も彼女の本当の席ではないようで、次の駅では別の客が来てどくようにいい・・・。移動先は別の車両かと思いきや、また彼女の独り言&歌声が。私達と向い合せに座った客(コーラの向こうにうっすら映っている彼)とは言葉をかわしていた彼女。イタリア人ってこうやって知らない人とも話をするのかしら?なんて思っていたら、「彼女、ボクの同僚なんだ。偶然一緒になってね。だから、彼女の相手をしに席を移るから好きに使って。彼女、隣に人がいるとだめなんだよね」と事情を英語で説明して荷物をもって席を立ちました。ほかの人が呆れたように私達に目配せをして・・。
二人で、「まるで、「明日へのチケット」のワンシーン」だよね、と。
あの映画もCL決勝の地ローマを目指す国際電車の中での話だった。
フィレンツェは今回はタバコタイムは短かったのでおりませんでしたが、なんと、窓からフィレンツェのドーモが!
ローマテルミニへついたのは夜7時。人がたくさんということで、家人から「カメラはしまっておくように」と注意があり、さらに「キョロキョロ観光客みたいなことしちゃだめだ」とも注意をうけ、慎重な家人の小回り君のような足さばきについていくので精いっぱい。
ホテルはとってもよいお部屋。
すごく寝やすいベッドでした。
そしてホテルのフロントで紹介されたトラットリアへ!
リミリも見どころたくさん。その一つがアウグスト門。
このアウグスト門から駅までバスで5分かかるかどうか・・・ってことは歩くと結構あるってことなのだ、と二人とも思っていました。
そう、お互い同じことを考えていたのですが、そこで意見の食い違いが生じたんですから、ワタクシたちってなんて頑固モノ同士なのか・・・。
さてさて、スーツケースは駅前の観光案内で預かってもらえることが判明。荷物1個に付き3オイロでーす。
そして1時間弱で観光したいと相談をしたら、
お姉さんが教えてくれたのは、見どころ満載の通りを歩きながら橋へいくT字コース。家人は時間がないのだから橋だけ見たらいい、あと時間があまったら少しどこかを見たら…と主張。
でも、その橋への行き方は人通りの少ない、見どこもない駅前を線路沿いに歩き川沿いに折れて歩くという方法。私は「そんな人の少ないところを歩いて何かあったらどうするのよ。しかも時間は限られているのに、つまんない道なんかあるくなんて本当につまらない!」と不機嫌になり「そんなに言うなら、アータは駅前を行きなさいよっ!私も地図持ってるから、こっちの道を行く!」と啖呵を切ることに。
気短になっていたのはよくない、と、すぐに家人に「ごめんね」と言ったものの、「でもさー、私だって門まで行きたいなんて言ってないから」とやっぱり不機嫌な口調で口撃。
すると、最初の見どころに遭遇。
午後2時っていうのは世間で一番太陽がサンサンと照っている時。
暑い初秋、サングラスをかけた怪しい東洋人がさらに黙って歩いてます。
あれ、ここって中の絵が有名な教会じゃなかった?でも家人は今日は外観ツアーしか考えてないだろうしな、と諦め通りをさらに歩いて行きます。
すると家人、「あー、しまった。もっと早くシャッターを切っておけば」と悔やみ口調。
見ると、モデルのようなお姉さんたち3人。立ち姿までモデルっぽくて、撮影中?と首を廻してしまったほど(笑)。
そして問題のアウグスト門は近くまで行かないと言ったのに、結局家人はそちらの方向に曲がり、あと3ブロックぐらいまで小走りに進みます。
ついさっきまで何を言ってたっけ?とかイヤミを言う元気は私にはありません。ちょっと困るのは、家人が私の前に立ちはだかることです。ほら、被写体は一緒だから。家人が退くまで待ってからシャッターを切るからどうしても家人は先に行ってしまいます。そして、「もっと早く行動しろよ」というのです。
アータが心ゆくまで撮影するのを待ってあげてたのは、このアタクシなのよっ!私は家人が風景に入るのは一向にかまわないけど、私の写真の構図の邪魔をしてるのはそっちだから、遅くなるのは仕方ないでしょーが!と、さすがにこの時は「ちょっと邪魔だからどいて!」と言いました。すると「いつもボクを邪魔者にする・・・」とか泣き顔で何か言うので、世間のおばちゃんたちがこっちを見ます。
ちがうのっ!いぢめられてるのはアタクシなのよ!とイタリア語で大声で言いたくなります。
ここはリミリが治めていた領主の教会らしいです。
そしてだんだんと気が付いてきました。リミニって自転車の街なのかも・・・と。だってみんな自転車乗ってるんだもん。
こんなオバサンもいましたよ!家人に後から「キミならわかるって思ったんじゃない?」と言われ返す言葉もなく・・・。
そして、カエサルの像を撮ったり、市庁舎の写真を撮って、橋にもどろうとT字の右側へ急ぎます。
え?なんでカエサルなんだろう?なんて思いながら・・・。
ローマ時代の遺跡もあったりして。
T字の右側はこれまたステキなの!
広場があって
どちらも由緒ある建物なんだそうですよ!(どうも戦争中は空襲に遭ってしまったようですが)
警察があったり、
入口もステキだったり。このQuesturaも警察の一部らしいですけれど、イタリアの警察組織って複雑なのよね。推理小説を読むときに傍注で説明を読みますが。
大学(ボローニャ大学の一部みたい)があったり、
教会があったり、
ステキな人が歩いていたり。
ステキな人が自転車で通り過ぎたり。
後ろはメッシのポスターでした!
未来のステキな人がお車(ベビーカー)で移動中だったり・・・・(笑)
この街ですれ違う人って、俳優?っていうぐらいみんなステキな人ばかりなんですけれど!!!!
と興奮して、かつ家人に遅れないように急いで後をついていくと、そこは目的のティベリオ橋でした!
橋は悪魔の橋と名付けられているほど、悪運に強い橋で、紀元30年ごろにできた橋。今まで一度も壊れされたことがないそう。先の戦争でも空爆されたのにこの橋だけは残ったという。今も現役ですが、その代り本当に歩道部分が狭くて、しかも大理石が丸くなっていてツルツルしていて。
この橋の形は建築学的に完璧な形なのだそう。本当はもっと遠目に撮るべきなのだそうですが、時間の都合もあったし、大体そういう評価の橋と知らなかったために、ワタクシも家人もテキトウなところでシャッターを切りました。
さ、残り時間を考えるともうこの地を離れなくては。
ということでT字の真ん中を目指して急ぎます。
いやー、さっき警察かと思ったところ、普通の警察じゃないみたい。
こんなカッコいい人たちがいるなんて。
ステキすぎる、この街。
教会とは別に祈るところがあるのでしょうか。初めてみました。
そうそう、自販機コーナーもあったりして。
大学の隣にありましたので、学生対応なのかしら?自販機って日本では道端に林立が当たり前だけれど、欧米ではあまり見ない。だからドイツから暑い夏にいらした方が、どこへ行ってもコインをいれたら冷たい水やキンキンに冷えたコーラーが出て来るなんて!と感動していたのを思い出します。
そうそう、欧米では小さなお菓子を自販機で買えるというのが私には目から鱗でした!
さあ、駅へ急げ!という家人の号令に従い、T字の縦線を一気に戻ります。
家人がトイレの時間じゃなかったら、もうすこしゆっくり駅までの道で見かけたモノとかヒトを撮りたかったのに。
帰国して職場の知り合いにこの街のことを話したら、彼女も昔ローマ美術史をやっていた知人と一緒に数泊したのだとか。そう、リミニってローマ以外でローマ時代の遺跡がかなり残っている街としても有名なんだそうです!もっと早くに彼女にリミニに行くっていっておけばよかった・・・!(後悔)。
で、電車に乗り込みボローニャを目指します。
その国の文化や価値観の問題があるので、大抵のことはその国の通りに受け取るというか、日本と違っていることを楽しむワタクシですが、重たいスーツケースをひっぱっている時はそうでもないことに気づきました。
イタリアの駅・・・もう少しバリアフリーって発想があればいいのにな~(笑)。
いや、これぐらいで文句を言っちゃいけないだろうけれど、ドイツではエレベータもしくは荷物用のエスカレータが比較的充実してるし、車両構成のわかる掲示が出ているから、電車を待つのも苦じゃないですけれどね。イタリアの場合は行きあたりばったりですから。
今回の電車は行きと違って1等車もオープン。
今度は車窓もまあまあ綺麗な車体でしたので、窓からの風景を楽しんでいたら、チェゼーナという名前の駅に停まりました。あれ?これって日本の左サイドバックナガトモが前にいたチームのある町なんでは?
ナガトモの脱臼はよくなったのだろうかと二人で案じながらしばらくするとボローニャ。行きとはイメージが違う感じがするのは、あの時は緊張してたからかしら。
ボローニャに到着!
在来線ホームには軍人さんたちが。私は彼らも、だけど実は隣の車体に興味があってシャッターを切ったのですが軍服姿のお兄さんに「僕らの写真はダメだよ」と。いや、だから、あなたたちがいなければいいんですけれど・・・と思うのでした。
ここからローマはまたまたファーストクラスサービスを受けたりして、楽しく過ごしました。
二人で、「まるで、「明日へのチケット」のワンシーン」だよね、と。
あの映画もCL決勝の地ローマを目指す国際電車の中での話だった。
フィレンツェは今回はタバコタイムは短かったのでおりませんでしたが、なんと、窓からフィレンツェのドーモが!
ローマテルミニへついたのは夜7時。人がたくさんということで、家人から「カメラはしまっておくように」と注意があり、さらに「キョロキョロ観光客みたいなことしちゃだめだ」とも注意をうけ、慎重な家人の小回り君のような足さばきについていくので精いっぱい。
ホテルはとってもよいお部屋。
そしてホテルのフロントで紹介されたトラットリアへ!
Commented
by
koshikyo
at 2011-09-21 23:24
x
リミニは、「フランチェスカ・ダ・リミニ」というオペラがあるので名前は知っていました。ダンテの「神曲」をもとにした作品です。いいな~、イタリアも行きたいなあ~
0
Commented
by
eastwind-335 at 2011-09-21 23:48
koshikyoさん、はじめまして、ですよね?そうでしたら、ようこそいらっしゃいました。
フランチェスカ・ダ・リミニのオペラの話、ありがとうございます。
今、ググってみました。悲恋の話なのですね。ダンテの「神曲」、教養課程で読んだ覚えがありますが、もうすっかり忘れてしまってます。また読み返そうと思いました。
リミニは、想像以上によい街でした。文章はこれから少し追加しますが(教会の名前など、旅行ノートに書いてあるので・・・)、行きあたりばったりな観光だったのを夫婦して悔やんでいるところです。歴史的にも文学の世界でもリミニって有名だったんだと帰国して気づきました。イタリアの歴史、文学ともに本当に初心者ですが、こうやって行ったことがある町に由来するものだと、受け入れやすそう・・・。
またお寄りくださり、いろいろ教えてくださいね!
フランチェスカ・ダ・リミニのオペラの話、ありがとうございます。
今、ググってみました。悲恋の話なのですね。ダンテの「神曲」、教養課程で読んだ覚えがありますが、もうすっかり忘れてしまってます。また読み返そうと思いました。
リミニは、想像以上によい街でした。文章はこれから少し追加しますが(教会の名前など、旅行ノートに書いてあるので・・・)、行きあたりばったりな観光だったのを夫婦して悔やんでいるところです。歴史的にも文学の世界でもリミニって有名だったんだと帰国して気づきました。イタリアの歴史、文学ともに本当に初心者ですが、こうやって行ったことがある町に由来するものだと、受け入れやすそう・・・。
またお寄りくださり、いろいろ教えてくださいね!
Commented
by
shizuka
at 2011-09-22 01:42
x
す、すみません、私shizukaです(汗)。「koshikyo」は世を忍ぶ仮の姿、じゃなくてサッカー以外のサイトへ書き込みするとき使うHNです(実は仕事で使う名だったりする…)。久しぶりに書き込むので間違いました(>_<)
Commented
by
eastwind-335 at 2011-09-22 17:59
あ!shizukaさんだったのですね!お久しぶりです!
ダラダラした旅行記ですが読んでくださり、コメントもよせてくださってありがとうございます!
リミニは本当によかったです。オペラを見てから行けば、さらに教会等の絵なども意味がわかるかも・・・。今回、外観しか見られませんでしたので、次に行ける機会があったら、オペラを見て行きます。
ひょっとしたらサンマリノの博物館で見た絵画も、リミニの歴史がわかればますます興味深いものになったのかも、と予習不足を今になって悔やんでます。まるで試験後の生徒みたいです(笑)。
ダラダラした旅行記ですが読んでくださり、コメントもよせてくださってありがとうございます!
リミニは本当によかったです。オペラを見てから行けば、さらに教会等の絵なども意味がわかるかも・・・。今回、外観しか見られませんでしたので、次に行ける機会があったら、オペラを見て行きます。
ひょっとしたらサンマリノの博物館で見た絵画も、リミニの歴史がわかればますます興味深いものになったのかも、と予習不足を今になって悔やんでます。まるで試験後の生徒みたいです(笑)。
by eastwind-335
| 2011-09-21 22:24
| 旅の思い出11東西ローマ帝国
|
Trackback
|
Comments(4)