旅の短信1:エッフェル塔

今はパリにいます。
到着早々、某国にいる家人からSNSが。
エッフェル塔の事件、日没後なぶん、巻き込まれたら不安ですよね。
時差調整が目的のため、この数日の私は観光予定はありませんが、ますます遠くになったと思いきや。
ホテル近く通りからこんなにはっきりと。
気を引き締めて、休暇を過ごします。

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# by eastwind-335 | 2017-08-07 21:17 | 旅の思い出17ヤコブの道 | Trackback | Comments(0)

レントな旅(18)カンタベリーは古くて新しい

ロンドンに戻る朝、すばらしい天候に恵まれました。カンタベリー大聖堂見学へでかけます。

The Britishな朝食をこの次はいつ楽しめるかな~?
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ホテルは古くからあるため、床がふかふかしているところがあったけれど、食堂もお部屋も素敵でした。
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値段も高すぎず、だし。駅前から近いし、便利でした。また利用したいです。

そして家人と再び、カンタベリー大聖堂へ。
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朝、まだ10時前でしたから、観光客は少ない時間。

家人がボートで運河めぐりをしたい、とのことで、聖堂に入る前にボート乗り場を下見。
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到着した日に夕食を食べたレストランもこの運河沿い(手前左)。
ボート乗り場は下の写真の右手白い壁の入り口をくぐります。たぶん、NHK衛星放送の旅番組で紹介されていた「500年前からある家を直しながら生活している」人たちのシーンって、こういうあたりだったのでは?
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くぐると、こんな感じ。窓の一部を巧く活かしています。
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前日の雨でたまった水を掻き出す若者たち。っていうか、この「コップで掻き出す」のって、ボーイスカウトじゃあるまいし・・・。
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結局、時間が合わないことがわかり、今回は断念。

再び私たちは大聖堂へ。
家人は「大聖堂って飽きるんだよね」とボートに乗りたそうに言いますが、カンタベリーに来て大聖堂を見ずに帰国するわけにはいきません。

もちろん、私だってこういう風景を目にしたら、運河からみるカンタベリーへの関心は高まるけれども・・・。
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さあ、大聖堂へ!
3度も4度も同じ道を歩いたけれど、歩いただけ新しい発見があるのが、街歩きの楽しいところ。
何度もお世話になったインフォメーションセンター。
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天気によっても違ったイメージになりますよね。これまで曇っていたり雨が降っていたり・・だっただけに、あらためて春の陽の下で見ると、建物の美しさが伝わってきました。

逆光に目がくらみそうになったベケット大主教の像。
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今回の新しい発見はコレ。すごいなー。イエス様も今の「パパ」も、ボブ・マリーも、同格!(笑)
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まだ人が少ないので、門の写真を色々と撮ることができました。
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すごいよねー。デザインも工法も。
今回は「観光」なので、大聖堂へは入場料がかかります。
今は修繕中だから、私たちの入場料がそれに役立つのね。
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(私たちより数か月前に知り合いが訪れた時も大聖堂は修繕中だったのですが、この方は「修繕してるんだから安くしてくれたらいいのにね」と宣った!)

一人だったらゆっくりできるけれど、家人が一緒だとテンポがなあ・・・。
帰国したら、あれあれ?見逃しちゃったかも・・・と後悔することばかりでしたが、写真を見ると、案外撮ってあった。

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柱、どうやってこの長さまで仕上げられたのかしら・・・。
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帝国主義化していくイギリスにおいて、郷土で有志が志願し大隊を組む時代があったのですが、そこで亡くなった人たちを偲ぶ石碑が教会内にありました。隊の旗が飾られてていました。
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トマス・ベケットが刺殺された場所。
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礼拝堂は前日の主日礼拝と違ったイメージ。
昨日は緊張していて全く周りが見えてなかったことに気が付きました。
ここをくぐると礼拝堂。
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昨日は電気がついていたのですが、自然光だけもまた素敵。
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ここまでは誰でも入れます。
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式文が書いてあるのかな?
ステンドグラスもすばらしい。
順不同でご紹介。
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地下の部分は写真撮影は禁止。大声も出してはいけません。ということで、その風景はもはや思い出のかなたに引っ込んだ感じがしますが、歴史が作り出してきた信仰の在り方を考えるひと時になりました。

びっくりしたのは、教会グッズ。いや、まあ、観光資源だしねー。
でも、大主教グッズまであるんですよー!気のせいか、大主教のところにライトが当たっている気が・・・。
ちなみに、私はハトの飾りを買って帰りました。
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クマになった大主教も!あやうく買っちゃうところでした!
いやいや、大主教って、宮中次席が人臣では第一位なんですってよー。エラい人なのに・・・。「観光で来た人たちは」親しみを持っちゃいますねー。
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ガイドブックも買わずに駆け足で見学したのが悔やまれます。またロンドンに来ることがあったら見学に来ようっと。十分日帰りで来られるのが分かったし!

そして、いよいよ、クリームティーを楽しむことに。
到着した金曜の午後、日曜日、ともにカフェに行く時間がなくて・・・。なーんと、日曜日は5時にはお店が閉まっちゃうらしいです。

あちこちにフライヤーが置いてあったティールームに入りました。
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ガラス越しにもおいしそうなお菓子が。しかし、大ぶりなこと。
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素敵なお部屋。
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春を告げる水仙の黄色に心が和みます。
どなたも座っていないテーブルを写しましたが、私たちのテーブルの後ろは、あっという間に埋まってしまい・・・。

お十一時(くまのパディントンで、定番の言葉)だー!とうきうき待っていたのですが・・・。
ケーキの味が大ぶりすぎる・・・。
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トイレは3階にあります。
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古い建物であるいわれが。ここは旅籠だったそうですよ!
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修繕して使っているのがよくわかります。
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こういう建物を知っちゃうと、トマス・ハーディやディケンズの小説を読むのが楽しくなりそう。
急な階段を、荷物をもって登ったり下がったりした人々の足音が聞こえてきそうです。
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厨房は2階。さりげなくポットや茶筒が飾ってありますね。ここから甘いものもしょっぱいものも出てくるのです。
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ちょうど下へお料理を持って降りるところでした!
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アフタヌーンティの時間じゃないけれど、もうスタンドで提供されるものもあるのね。
お客さんが途絶えることがなかったこのお店。イギリス人であれば、十分納得OKな味なのだろうと思います。
ま、この旅行の間、体調が不調だったから、もっと元気な時にいただいたら、また違う味に思えたかも・・。

体調って大切よね!(家人は、だからイギリスはおいしくないんだよ、というのですけれど。でも、ウェールズでのお茶はバッチリすばらしかった!)

現代も生き抜く古い歴史のある町とはお別れです。

列車に乗ってロンドンへ向かいます。
再び同じホテルへ。離れはウルサイから、本館にしてください、とはお願いしてあったけれど、でもでも・・・。
すごーく残念なお部屋へ・・・。(残念すぎて写真がない)

まあ、私は「アールズコートでこの値段だもんね」と思いましたけど。家人は安宿のほうが好きらしく。最初は「ホステルに泊まるのはどう?」でしたからねー。前に泊まったアールズコートのホテルに泊まれたらよかったのになあー。ま、私たちは1泊だけだから、がまんしたけれど(笑)。

そして、家人はお部屋でまったりと。私は一度行ってみたかった「スローン・スクエア」へ。地下鉄で数駅だもん、行かなくちゃ!ね!


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# by eastwind-335 | 2017-08-05 09:12 | 旅の思い出17受難節のイギリス | Trackback | Comments(0)

レントな旅(17)ここが、イングランドのキリスト教の礎

*3月に行ったイギリス旅行の続きです*
お昼を食べてから向かった先は、カンタベリーの観光名所の一つ(のはずの)聖アウグスティヌス修道院(跡)とセント・マーティン教会。
街の中心地から歩いて10分もしません。食事中、雨が降っていたので道が濡れています。ここの時計塔も観光名所の一つなのだそうです。
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アウグスティヌスは、フランスからキリスト教宣教のためにやってきた司教。私はいわゆる神学者であるアウスグティヌスと混同していたのです(笑)。カンタベリーに来る前は、てっきり、神学者であったアウグスティヌスにちなんだ名前なんだろう、と思い込んでいました。このカンタベリーのアウグスティヌスとは生まれた年も活動の場所も違う、と前夜、ググっているうちにわかってびっくり!(すみません、モノを知らないもので・・・)

街の城壁を超えたところ、10分もしないところに修道院があります。修道院と城壁の間には大きな循環道路が走っています。通りの向こうに見えた家がこれまた私のツボをつきました。
なんか、「良識ある人たちの家」って感じがしませんか?
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ここは昔、旅籠だったのでは?と思いたくなる門。馬車が通った感じがします。写真を撮った時は、形が目についただけだったのですが、こうやって見直すと、ドアの色が印象的・・・。どんな人が暮らしているのかしら?一人だったらブラブラするのですが、家人と一緒だとなかなかね・・・。
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さ、到着です!ここもナショナルトラストの一つ。前日のドーヴァー城見学で買ったパスポートがここでも利用できます。
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カンタベリーの聖アウグスティヌスは6世紀後半の人で、初代カンタベリー大司教です。この聖アウグスティヌス修道院は598年から建造が始まったとのこと。
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ヘンリー8世が修道院解散令を出したのちは荒れ果ててしまったのですが、現在は「観光資源」として、人々の記憶に残る場となっています。
素敵なタイルだな~。
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まったく予備知識なしで来たので、「え?遺跡なわけ?」とちょっぴり驚きもしましたが、逆に自由に歩くことができ、その広さを体感しました。

また、どのように拡大したのか、どのあたりに何があるのか、などの解説板が充実していましたし、イヤホンガイド(日本語版)もありましたから、私のような手ぶらででかけても十分楽しめます。
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前日にドーヴァーへ行ったため、フランスとの距離が体感できていたこともあり、この地がイギリスのキリスト教の礎なのか、ということは十分納得できました。一方で、あれあれ?積読化されつつある「フィデルマ」シリーズの舞台はいつの時代の話だったんだろう?あれは7世紀のアイルランドだったはずだけど・・・。帰国して、ちょっくら図書館でその手の辞典を引き、大雑把に把握したことをまとめると、古代ローマ帝国の侵攻により、ブリテンにはキリスト教が入っていた。しかし、ローマが撤退し、アングロサクソンが入植することでキリスト教は一時的に衰退。再びのキリスト教布教を担ったのがカンタベリーのアウグスティヌス。「フィデルマ」の舞台はアイルランドで、そこはケルト系住民によって受容されたキリスト教が展開されていた、ということらしい。

つまり、アングロサクソンとしてのイングランドでのキリスト教布教を担った中心が、カンタベリーの聖アウグスティヌスを中心とするグループ。

こんな大雑把なことすら知らずに行った修道院跡。見学者も少なくて、ゆっくり、過ぎ去った日を想像しながら歩きました。なんといっても、朝の雨が嘘のようにあがり、晴れて春の空が広がる、というすばらしい日曜の午後だったのでした。もちろん、ちょっぴり寒かったですが、「すごく寒い」わけでもなく。


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近くに寮付きの学校かスポーツクラブがあるようで、少年たちがサッカーをしていました。
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寒いのに半そで半ズボン・・・。なんか、懐かしい丈のズボンだわ。
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ビジターセンターには、ナショナルトラストの売店があります。
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ここケント州はイギリスの農業を支えている州の一つ、ということで、特産物も扱ってます!私たちもジャムと甘いワインを数本買いました。
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そこからさらに10分ぐらい歩いたところにあるセント・マーティン教会へ向かいます。
後で気づいたのですが、私たち、留置所の前を歩いていたみたい。その塀沿いに埋め込まれていたポスト。日本の郵便制度の祖であるイングランドの郵便制度ですが、いまや、一日一度しか回収しない。東京では日に何度も集めてくれることに感謝します。たとえ、インターネットが日本どころか世界中に網の目を広げても、やっぱり、郵便物のもつ温かさにはかなわない。そしてその温かさを感じることができる感性だけは保っていたい。
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門が堅く閉まっていたので隙間から撮ってみました。
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さて、道なりにあるいていくと、こんな感じの門が見えてきます。
なんかどっかで見たな~こんな雰囲気。
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とここまで来て思い出しました。五反田のドイツ語教会の入り口になーんとなく似てる気がします。
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ここは4世紀半ばに建造されたイギリス最古の教会なのだそうです。つまり、古代ローマ帝国の影響で広まったキリスト教の流れでできたもの。中に入って見たかったのですが、残念、しまっていました。カトリックだといつも扉が開いているものですが、プロテスタント教会って礼拝前後のみということもありますよねー。
ぐるっと教会の周りを一周しました。
屋根が美しいなー。こういう石積みの教会って素敵です。
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帰国して、知ったのですが、内部も素敵なのだそうですよ。ステンドグラスも小さいながら良質のものがあるそうです。
外からじゃわからないけれど、この向こうから見たら素敵だっただろうなあー。
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あー、行きたかったなー。第一日曜日には音楽会もあるんだとか。えー、私たちがいたのは、第一日曜日だったんですけどー(涙)。
私と家人はまったくの不勉強ででかけたので、「お墓の形いろいろあるねー」なんて言いながら歩いたのですが、歴史的著名人の墓もあるそうです。
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再び街の壁の中に戻ると、2時間は経っていた!
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時計のあたりが素敵なんですよ!この時計を支えているのは誰?戦争で一度崩れた塔ですが、再現されたのだそうです。
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また明日出直すのだけれど、天気が良いので夕刻のカンタベリー大聖堂を写したいという家人の希望があり、ちょっぴり外側だけ見学。
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この日の見学の終わりは、ホテル前にある城壁。
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どうやって石を積み上げていったのか。当時の人たちの地道な努力と、経験と心と頭とで計算されつくした建築を目の当たりにすると、「防災」目的にパソコンで数字を入れて作り上げている日本各地の防波堤は空しくみえてきます・・・。

こちら側が、私たちのホテルから見える風景。
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ちなみに、城壁から見える私たちの宿泊したホテルはこちら。
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ホテルの向こうにある公園にも足を延ばしてみました。物見塔があるんですよん。
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ヨーロッパの各都市に残る「街を区切る城壁」を視点に街を見るのも面白そう。
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反対側は先ほど歩いていた旧市街。
頭一つ飛び出ているのが大聖堂です。
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公園の周りには大小さまざまな、しかしいかにも「イングランドっぽい」家があるようです。芝の緑と建物の白さが印象に残りました。
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上の写真の裏側はこんな感じ。
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夕焼けが美しい日曜のひと時を楽しみました。
素敵なパブもみつけたのですが・・・。
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夜は・・・お昼でお腹がいっぱいになったので、お部屋で日本から持ってきたアルファー米などを食べて過ごしました。イギリスで3食外食はやっぱり無理だなー。

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# by eastwind-335 | 2017-08-04 05:59 | 旅の思い出17受難節のイギリス | Trackback | Comments(0)

驚きの再会

振り向いたら「父ちゃん」がいた、だの「韓流スター」がいた、だの、偶然の出会いがそれなりにあるワタクシですが、この10日の間にかつて一期一会だと思っていた場を共有した方と思いもかけないところで再会することが2件も続きました。

まずは先日、山道具の使い方の勉強会でのこと。勉強会終了後のメーカーの方を囲んでの質疑応答の時間に、プロの使う道具や詰め方に興味津々で質問をしたり、商品を実際に触っていました。すると、私の目の前でお友達と一緒に商品を寸評している女性がひとり。声と話し方に特徴があり(良い意味で!)、ふと顔をあげると、昨年、私の職場に講師としてレクチャーに来た方が。講演会の時は眼鏡姿でなかった(お互いに)こともあり、ひょっとして・・・と思いつつ「あのう~、昨冬にうちの職場へレクチャーにいらっしゃいましたよね・・」と声をかけてみたら、やはりそうでした。
実はこの方、うちの部署のお兄さんのサークルの先輩(ということでもうオバカン)。翌日、部署のお兄さんに報告。まだ職場にはお盆休みにどこへ行く、と言っていないため、「なんで、そんなところで会うのかな?」と軽く突っ込まれました(笑)。
この方は、海外のほうが長く、この数年ようやく日本に戻れたそうで、日本の山道具の今を知らないので友達に誘われていらしたのだそうです。メーカーの方もおっしゃってましたが、海外のメーカーであっても、日本の気候に合わせたものは日本支社が開発し、本家が逆輸入しているそうです。だから、本家のある国に行くから、といっても、日本で買った方がよい場合もあるのだとか。勉強になったなー。

そして、昨日。新宿駅近くの小さなフレンチレストランで。いい意味で隣のテーブルとの間が狭く、「ビストロっぽいよねー」と家人とお食事が出てくるのを待っていました。隣のテーブルにいらしたお上品なご婦人二人の話が聞こえてきました。私が入店した時から、そのうちのお一人の顔や話し方になんとなく馴染が。大学の大先輩との会合でご一緒したことがあったかなー、なんて思っていたら、この夏私が行く山の話をなさっている!家人に小声でそのことを話したら「それは、話しかけて情報を得た方がいいよ」と。
勇気を出して話しかけ、お二人から貴重なアドバイスをいただくうちに、私が気になっていた女性は、私が5月にあるグループに非会員扱いで参加した時にご一緒していたことがわかりました。そのときは大山登山。一人参加だったし、いい気になって社交的に話せば体力を失いかねない天候の良さでしたので、私は黙って登山。すでに出来上がっているグループへの参加だったので目立たないようにしていたこともあり、その方の記憶には残っていませんでした。実は、ふもとまであと何キロ、とゴールが見えてきたころに、彼女のお姉さまに話しかけられ、お話を伺ったのでした。途中、彼女やお姉さまたち60代越えのみなさんはテンポを落とすことになり、一方私は、ストックを貸していただいた方々がバスへ急ぐという話でしたので、ろくろく挨拶もせずお別れしてしまったのでした。

なんか、すごく夏の旅が、充実したものになりそうな予感。
でもまったく荷造りが終わってない、だけでなく、途中の交通機関や一部のホテルをまだ取ってない。あと1週間余りで出国なのに!

ブログ、書いてるヒマないはずなのに。でも嬉しかったから、書き残しておきます。


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# by eastwind-335 | 2017-07-28 06:22 | Kammmuscheln道への道 | Trackback | Comments(0)

怖れていたことが・・・

Jスポで生中継中のインターナショナルチャンピオンカップ。
録画するだけでまだ見ることができない私ですが・・・。
文字媒体を追う限り、シーズンスタートが大変そうに思える、わたしたちのバイヤン。

さて、今シーズンの最初の試合は、見ることができませーん。ドイツ入りは第一節が終わってからだから。
録画したくとも、「17-18シーズンは、Jスポでの中継はない」と公式HPにさりげなく出ているのにさっき気づきました。
わかっていたけど、はっきりと書かれるとががーんって感じです。

バイヤンTVだとネット経由で見ても許せるけれど、ダゾーンは納得いかないんだぞーん、というのはですね、だって、バイヤンTVは日本で制作放送されているからじゃないんだもん。もう家族で一台のテレビを囲む団欒なんていうのはありえない、というのが世の流れなのかもしれません。テレビという「どっちりおかれた場所」の前じゃないと見られない、という環境を壊す「黒船」なのかもしれないけれど、ある空間における感情のシンクロ性を奪われた、という悔しさを覚えるのです。

だいたい、サッカーはスタジアムという「どっちりおかれた場所」で行われているんだし。

ラムたんも引退しちゃったことだし、もう必死になって見なくてもいいんじゃないの?って家人に言われてしまった。ラムたんの後継者がキミッヒだ、と何度も繰り返す日本人解説者のセリフを聞かずにすむのにはいいのかなー。
実は、キミッヒらしい巧さが今一つ感じられない私です。彼が下手だ、というわけではないのだけど、ポスト・ラムたんと説明する日本語サッカージャーナリズムに納得がいかない。ポジションがそうなだけで、正直、安定感や信頼感はまーったく違うと思うんですけどね・・・。そして、キミッヒのここが巧いのだ、という説明ができる日本人解説者に出会っていない気がするのは、私だけ?

ブンデス・ドイツ代表レベルで右サイドバックの人材が危機的に枯渇してる気がします。だからキミッヒが定着できるのだ、ぐらい言ってくれる解説者がいるといいんですけどねー。
まあ、もう少し、わたしも彼のSBとしてのプレーを見れば考えが変わるのかもしれないけれど・・・
いかんせん、放送してもらえないから、気づきは遅くなりそう。

ま、ときたまの視戦(NHKエイセイ放送を想定中。そこも放送しなくなったらどーしようで、「お、キミッヒ、うまくなったねー」と思えるといいなー。そうだ、「ときたま」の出会いは「違い」を感じさせるよねー。


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# by eastwind-335 | 2017-07-27 06:35 | バイヤン | Trackback | Comments(0)

レントな旅(16)憧れのサンデーロースト

翻訳家中村妙子さん。
彼女を通してロザムンド・ピルチャー、ミス・リードといったイギリスの女性作家を知り、本来だったら10代のうちに知っておくべき「家庭小説」ともいうべきジャンルに大学を卒業してから近づいていったのでした。
これらの家庭小説の中でしばしば描かれていたのが「サンデーロースト」。
教会に行く前にオーブンに羊や豚肉の塊を突っ込み、礼拝に行き、帰宅したら焼きあがっている、というロースト。
イギリス料理は高くてまずい、というイメージを覆すこれらのシーンに、いつの日か、食べてみたい!と思っていたのです。
家庭料理のイメージの強いサンデーローストですが、パブやレストランでも食べられる、とこの数年のイギリス旅行の旅に、あちこちのサイトやら現地在住日本人のインスタなどで紹介されていたこともあり、気になる気になる。

ということで、今回、家人に無理を言って、「サンデーロースト」を体験することにしました。

表通りよりも裏通りのほうが素敵なお店があったのかもしれないけれど、午後は観光したいところがあったので、もういいや、ここで、って感じで入ったお店。留学中なのか、それとも観光で来たのか、日本人女子大生の一団もいました。スッ転び方を机の上に載せていたので、紹介されているお店かもしれません。
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もともと家人はイギリスの食事にまったく期待をしていない(19年前、うどん?って言いたくなるようなパスタをビクトリア駅の上で食べたよねー、と盛り上がるほど)。

私はラム、家人は豚肉で!
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記憶違いでなければ、ラム、ヨークシャープディング、ニンジン、ジャガイモ、ブロッコリー、赤キャベツを焼いたもの。
焼き加減はこんな感じ!
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そこそこ人が入っているから大丈夫かな?と思ったのですが、あ、そうなんだ、って感じの味でした。
憧れすぎてしまったのでしょうか?(笑)。
グレービーソースの量がもう少し少ない方が私好みかも!(爆)。やっぱり、家庭料理は家で食べるのが一番おいしいのでしょうね。

お肉の焼き加減は私にはちょうどよかったです。オーブンに入れるだけでよいはずですが、絶対にコツがあるはず!ということで、いつかサンデーローストの作り方、習ってみたいなーと思っています。

では、世界遺産巡りにでかけましょうか!雨もすっかり上がって、春の空が見えてきましたよ!







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# by eastwind-335 | 2017-07-26 07:13 | 旅の思い出17受難節のイギリス | Trackback | Comments(2)

私の文庫本第一号

最近、すっかり、地上波を観なくなってしまったこともあり、新聞のテレビ欄はザザーっと眺める程度。
先週の土曜日は出勤だったこともあり、新聞も斜め読み。

昨日は家人の家の墓参りに行くことになり、道中の電車の中で新聞を広げていてびっくり。番組解説欄に「悦ちゃん」という名前と、かんたんなあらすじが。

えー?獅子文六の『悦ちゃん』がドラマ化されたの?!
この数年、獅子文六の作品が文庫本化されていて、意外に思っていたのだけど。

実は、私が生まれて初めて所有した文庫本がこの『悦ちゃん』。この本との出会いは、小学校6年生までさかのぼります。欠席した同級生の家に教師から頼まれたプリントを届けに行った時、知ったのでした。お見舞いにいったはずなのに、そこのお宅に揃っていた「少年少女文学全集」に目が行ってしまい(おいおい)、その中で唯一しらないタイトルがこの『悦ちゃん』だったのでした。そこのお母さんが「○○は読まないから、どーぞ、東風ちゃん、読んで頂戴」と貸してくださり・・・。

母が「獅子文六なんて懐かしいわね」と、母が娘時代に流行っていた流行作家であったことや、朝ドラの原作になった本があるだの、作家の背景を教えてくれたのでした。6年生の時は、社会科は歴史を学ぶ時で、年表を作るのが1年間の課題だったので、さっそくこの悦ちゃんから「円本」だの「タクシー」だの「ラジオ」だの「疫痢」だの、と「戦争前の文化」にいろんな言葉を書き込んだのでした。
江戸っ子だから寿司とてんぷらが好き、といった表現から、私は東京の子じゃないけれど、寿司もてんぷらも好きなんだけどなー、と思ったり。

あー、この本からいろんなことを勉強しました!
銘仙だの、丸ビルだのと、わからないコトバは両親に尋ねまくったなー。今と違って丸ビルは古い古いビルになっていたころでした、
横浜より北上することはほとんどない頃だったので、「丸ビル」という言葉に惹かれるものがあり・・・。
私が丸ビルに出入りするようになったのは、大学4年生になってから。ドイツ語の本を扱う書店が丸ビルに入っていたので、覗きに行くようになりました。といっても、背表紙のドイツ語の意味すらわからず、眺めているだけでしたけれど。

私は小学校を卒業した数日後に海辺の街に引っ越しました。初等教育から中等教育へとただでさえスタートが大変なのに、誰一人知らない学校へ行くのですから、最初の数か月、馴染めないことが続きました。特に辛かったのが、「本を読む=真面目」と揶揄られることだったのでした。学校の図書室へ行けば司書さんが親切にしてくれる分、悪目立ちをしてしまい「東風さんはいい子ぶっている」と不良ぶっている人たちから後ろ指をさされたり。市の図書館は当時1館しかなくて(!)、家からそこへ行くにはバスに乗って行かねばならない。月に1000円の小遣いの子供がバス(いきなり大人料金になりますしね)代を出すわけにもいかず。駅前の本屋も非常に充実していなくて、だいたい制服姿の子が一人で入店すれば「なんですか!?」と店員が寄ってくる。

そんなある日、『悦ちゃん』が文庫本化されていることを知ったのでした。
でも、海辺の街の本屋にはない。

父がある週末、渋谷に出かけるというので、「渋谷の大盛堂書店で買ってきて!」とお願いしたのでした。
私が所有する文庫本第一号でした。(ちなみに第2号は星新一の『ボッコちゃん』
あまりにうれしくて、大盛堂の紙カバーもそのままで、まだ持っています。
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あのころ、とっても「大人ぶって」みたくって、母からつけペン式の万年筆を借りて、カバーにタイトルや買った日を書いたのでした。
文六の文の字、はらいが気に入らなかったのかしら。なんかゴチャゴチャに書き足していますね。いまはもうこういう字を書かなくなりましたが、中学の時は「周りから浮かないように」と字だけはこういう字にしておいたのだった。
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でも心底「丸文字」な性格じゃないから、苦心してたなあ、ってあの頃を思い出しました。

あんまりうれしくて買ってもらった日もちゃんと書いておきました。
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昭和55年って・・・1980年かあ。もうこういう数字の書き方もしないなあー。
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35年以上経ってますので、もう紙はすっかり茶けてしまっていますが、お嫁入り道具だし、引っ越しの時には大切に箱にしまいましたよ!
たぶん、棺桶にも入れてもらうことになるでしょう。甥っ子くんに頼んでおかねば(笑)。

HPを見たところ、えーっと、まあ、いまだったらそういうものなのかな?と思いつつも、ユースケ・サンタマリアは線が細すぎるし、いいトコの「呑気な弟気質」もどう演じるのかしら?

原作は、いまは、ちくま文庫に入っているのですね。私のは写真にあるように角川文庫。

先日、誰の文章だったかしら、中学生になったら背伸びをして文庫本を手に取るようになった。文庫本は大人の証だった、って書いてある新聞のインタビューを読み、うんうん、とうなづいてしまいました。単行本が文庫本になるまで待つのも楽しかったなあ。

中学校で本の話ができる友達はいなくて、毎月、先生に出さなくてはいけない読書カードには「これは小学生が読む児童文学全集に入ってるんだから、書けない」と自主規制をかけて。この本の話をしたのは、両親以外だと母方の叔母。叔母曰く「本は読んだことはないけれど、ドラマは見た」と。ミネラル麦茶のCMに出ていた女優さんが子役時代で悦ちゃんを演じていた、と。

私にとっては初めてのドラマ化だから、見てみたい気はするんですけどねー。でも、イメージがあるからなあー。

そして、ちょっと考えちゃう。この小説は昭和のはじめの東京を描いたもの。いわゆるモダニズム文学。この話には描かれなかった「執筆をしている時の」時代は・・・?こういう明るい小説を書かなくちゃやってられないって時代だったわけで・・・。なんだか、なんだか、ひっかかる。いま、なぜ、この小説を、時代背景を替えずにドラマ化するのかを。


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# by eastwind-335 | 2017-07-23 17:35 | テレビ | Trackback | Comments(4)

ルミ子、すごいぞ!

サッカーを愛してやまない女性のみなさん、おはよーございます!
そういう女性を身近に持つ男性のみなさん、おはよーございます!

昨日、サッカーを愛している女性たちは、こういわれたのではないでしょうか。「キミもルミ子みたいなこと言うよね」って。

私は、昨晩、夕飯づくりにいそしんでいたので(なんと、魔サカの土曜出勤。しかも、放送日・放送時間を勘違いしていて試合開始直前に帰宅)、実をいうと、最初の興梠の得点以降はほとんど試合を見られなかったのです。
(ちなみに昨晩のメニューはゴマサバの洋風焼き、イカを煮た汁を使ったあさり味噌汁、ニンジンサラダ、ナスの甘辛煮、きゅうりの浅漬け。たったこれだけなのに、なんだか時間がかかってしまったのよねー)

その間「実況:家人、解説:私とルミ子」状態。
浦和に先制されるかも、というのは私の予想通り。だってこれだけ暑いんだから、ドルのみんなには辛いよねーと。でも、先制されてもそれじゃ終わらないと思う。っていうか、監督が代わったばかりのツアーだから、ここで手を抜けないでしょ?と。
その後、ルミ子の解説を聞き逃さないように(録画してあるっていうのに・笑)していたので、食事作りの手が遅くなる一方な私。
時々テレビを覗きに行くと、画面の3分の1が、どうでもいい選手の写真とデータ。

世の中のみなさーん、あの画面割、赦せましたか?

だからフジテレビはダメなのよ!ロクなドラマも作れないのに、画面を映しっぱなしでもよいスポーツ中継すらできない!と私はテレビに向かって雄叫び。

家人はルミ子の解説担当自体知らなかったので、こっちが表番組と思っていたらしく、「音声を切り替えたら画面も切り替わったりして」と呑気なことを言って試していましたが「あれえ?なんだ、これ?」と。データ放送でやってよ、そんなのは!

あと、アーセナルユースの練習生だった、というJOY。えーっと、1年とかじゃなくて夏休みの数週間だったんですねー。それって、いま文科省が「留学」の範囲を1か月の語学研修まで含んで「日本の国際化」ものさしを作ってるのと同じレベルじゃ?
そりゃ、練習生に選ばれるまでも大変だったと思いますけれど、でも、まあ、ほら、参加費が払えれば・・・ムニャムニャ。だし、そういう体験があったり、県代表に選ばれたり、なのに、この解説において、そんなことがまーったく醸し出されない発言ばかり。
あれじゃ、4チャンネルのFIFA提供サッカー大会の中継に「ぼく、元サッカー少年なんで」という触れ込みでさんまのカバン持ちをしてるあのタレントと一緒じゃ・・・。

ルミ子ノートを活かした解説を、ルミ子は一生懸命しているのだけど、それを潰すようなJOYと女子アナの発言。ルミ子に失礼なんじゃ?と家人と心配になっていたところ、家人が「この女子アナ、サッカーわかってないと思うんだよね。選手の名前も言えないようだし」と。家人は「こうろぎ」選手のことはそれなりに認識していたのですが、漢字で書かれるとお手上げ(一応日本人なんですけどね・爆)。で、画面に興梠選手のデータが出た。私に「これってどう読むの?」というので「だから、これが「こうろki」よ!」と答える私。
ユニフォームに「KOROKI」とは言っているから「ころき」じゃないの?l女子アナも「ころき」って言ってるよ、としつこい。私は台所で包丁を握りながら(だってニンジンサラダを作り始めていたので)「グーグルに聞きなさい」と一蹴。「キミの言う通りでした」と。
ところが、女子アナは相変わらず「ころき」だったらしい。
ハーフタイムの時には、カガヴァがルミ子たちのブースにやってきたのだけど、もちろん時間切れにならないように、という配慮なんでしょうけれど、ルミ子がいい事いってるのに「あと○○分!」と遮るような声。最初、ディレクターの声が入ってしまったのかと思ったのですが、何度もそうだったし、女子アナがそれを言ってる、と家人が教えてくれて。いくらどれだけお茶らけてもいいとはいっても、これは、失礼、ルミ子にヒドすぎるよね、と。
ということで、家人にこの人を調べてもらったら、なんと、キクちゃんじゃないですか!
なんでキクちゃんなわけ?というか、アナウンサー室の役職になっているのに、この程度(の仕切り・中継)でいいのか!おいっ!って気分よ。やっぱり、フジテレビは終わってるかも。素人なら素人なりの準備があるでしょーが、プロのアナウンサーなんだから。

よっぽどスポーツアナの育成ができてないんだな、男子のほうも。あそこの女子アナはナレーション事務所に入れてもらえなかった人の集まりみたいなところだから、もともとそれほど期待してなかったんだけど。でもヒドすぎる。キクちゃん、準備しておいで。給料もらってるんだから。部下に示しがつかないよ、あれじゃ。

ルミ子に対して酷すぎる、と家人がもっと腹を立てていたのはカガヴァの態度。「は?おばちゃん、なにいってまんねん?」って感じがありあり。
家人は「カガヴァはルミ子が何者かわかってないんだろうな。相当のバカだな。挨拶もろくにしないし、うちの職場の若いのを見てるようで、イヤだなあ」と。
ほんと、カガヴァのハーフタイムの仕事はルミ子との対談なんだから、もうちょっと、ルミ子のこと調べておけばいいのにねー。
「まるでお母さんのよう」と言われっぱなしでしたけれど、メッシから入ったルミ子が言った一言はズシンと伝わってきた。
「彼と同時代にいて彼の活躍を見られてうれしい」と。
私もラムたんの引退の時にツクヅクそう思いました。

自分ではプレーはしないけれど、社会経験がある人がサッカーを見る時のある種の視点をルミ子は持っている。チームで仕事をする人だったら、習慣として試合や選手を分析すると思う。物事を成功させる、魅せるための工夫をサッカーから見出せるから。
そんなルミ子の語りについて、きっと賛否両論あると思うけれど、裏だったんだから、よかったのでは?
私はまるでバイヤンのファンクラブの時の集まりにいるような気分でした。よくわかっている人の語りを聞く楽しさよ!この選手のココっていいよね、とか、あの時、こんなプレーをしたよね、と自分が見逃したり、または自分も見ていたプレーや人柄を聞いているような。
家人は「キミが言ってること、ルミ子も言ってる。ゲッツエはバイヤンに行くべきじゃなかった、とか、DFのパスが大切とか、体幹が大切とか」と。オバメヤンのことも家人はいままで気にしていなかったそうですが「うまいな」と。そりゃ、うちのレヴァンドフスキーを超えて、シーズン得点王になったんだし。

そして試合について。私は家人の実況で試合を聴戦するという哀しい時間を過ごしましたが(爆)、家人が90分ずっと感心していたのがシュールレ。もともと、WM、EMで「最後にスーパーサブで入ってきっちり決められるのがシュールレ」と私が絶賛していたので、家人も「学校」とあだ名をつけて注目してきた選手。後半の終わりには「ゲッツエじゃなくて、シュールレだ、と。こんなに頑張って走ってるのに、なんでみんなシュールレの話をしないのだ!」と。最後の最後でシュールレにも言及があったようですけれどね。ドイツ代表ですからね、もっと解説してほしかったのに、ルミ子さーん。我が家では「たぶん、好みの顔じゃないんだな」と。(シュメルツァーをディカプリオに充てていましたけど、私はゲッツエのほうが似てると思う!)。
あとは、2点を決めたトルコ代表のモルでしょう。すごかった。
来シーズンのブンデスはバイヤンだけでなくほかのチームももっと見たいな、と家人が口にしてから、ハッとしたように付け加えました。「あ、ダゾーンじゃないとみられないんダゾーンだから、もう君はサッカーを見られないんだな」と。

「ダゾーンのやり方は日本のサッカー文化をダメにするんダゾーン」って思ってる夫婦です。だいたい、ほら、あれの橋渡しをした日本サッカー協会の理事は「しでかし」で解任になったわけだし。絶対に今のキャビネットなみの問題がいっぱい隠されていると思うんですけどねー。
家でテレビのスイッチをヒョイとつけて、わいわいとサッカーを見る。そういう環境って大切だと思うのだけど・・・。
さてさて、ルミ子とピケの対談って何に掲載されるのかしら?そのことがとっても気になってます。ピケという点では「ナンバー」か?なんとなく「週刊朝日」か?いやいや、ルミ子だったら「婦人公論」かも、と想像が膨らむばかり(笑)。
「フットボリスタ」だったりすると面白いんですけどね(爆)。いや、それはスペイン班の木村氏が許さないかな?

対談で何を話したのか、それも気になります!

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# by eastwind-335 | 2017-07-16 08:04 | 極東のサッカー | Trackback | Comments(0)

きてる、きてる、更年期!

もともと、それほど髪の毛の量があるほうではなかったのですが、昨夏あたりから、ドライヤーの後、床に髪の毛が落ちるようになったなーと気づき始めました。
気付いたのは、旅行で相部屋になったから、でもあります。シャワーを使った後、白い床に髪の毛が落ちていると嫌だろうし、と。
家は掃除機をかけるわけですが、あまり気にしていなかった(汗)。

加えて、秋以降、洗面台にも髪の毛が落ちるようになりました。
私は夏場は毎朝シャワーを浴びるのでその際に洗髪しますが、冬は二日に一度の洗髪なので、そのために抜けるのかな?と思っていたのです。しかし、洗面台に髪の毛が落ち始め、それが長い毛だけでない。
加えて洗髪時にもごっそりと髪の毛が指の間に・・・。
以前も書いたように、私は、朝と晩しか鏡で自分の顔をよーく見ることはなく(いや、朝も見てないな。夜もそれほどでもないな)、顔のシミも目が悪いために化粧水をつけるような時は見えず(爆)。ひょっとして・・・と眼鏡をかけて髪の毛のあちこちを持ち上げてみました。
「もしや?」、と思ったら、「やっぱり!」でした。
髪を乾かした後ももしや、と思って確認したら「やっぱり!」でした。予想していたところの地肌がよく見える(とほ)。

うちの母親が生え際がM字に薄くなっているのは知っていたのですが、そうなったのは母が60歳すぎになってから。なので安心していたのですが、遺伝は仕方ない。
前髪がどんどん薄くなっていくのかなあ。

同僚に「抜けて困る」と言ったら「えー、私なんてもっと前からだよ」と皆口々に。「更年期だもん仕方ないわよ」と。そして「いざとなったらカツラがある!」と。「そうだよね、いざとなったらそれがある」とみんなで前向きな気分に。

実家に帰った折に「ママより先にママと同じところの髪が抜けてきた~」と嘆いたら、「おばあちゃんもそうだったしねー」と。うちには仏壇がないので(仏教徒ではありませんので)、母方の祖父母の写真と位牌がサイドボードに乗っています。帰省したら、なんとなく、二人の写真の前で「ただいまー」というのが私の習慣なのですが、まじまじと祖母の写真を見てしまいました。

母は「遺伝もあるけれど、年齢のせいよ。更年期の一環です。いつまでも若いと思っちゃいけません」と。別に私はいつまでも若いと思ってないし、加齢とうまく付き合いたいと思っているけれど。しかし、遺伝と加齢でどんどんと抜けちゃうと困るんだけどなー(笑)。

美容師さんは「確かに以前に比べると減ったかもしれませんが、まだまだ平気ですよ」と。髪の質が良いから、と褒めてくれ、マッサージをするなどで遅らせましょう、と。ストレスもいけませんよ、と。
確かに、この3か月、初めての仕事、それに伴う小さな様々なストレスは自分なりに感じていました。だから抜けるのかな?と思ったり。
・・・ってことは、遺伝、年齢、ストレスと3重の重荷が私の頼りない頭にかかっているのですねー。
定年まであと15年近くあるので、あと15年は今か今以上のストレスとお付き合いしなくちゃいけないんだけどなー。

と、頭髪がもっと薄くなりつつある家人を前に「髪の毛がー」と言って嘆いていたら、「キミ、僕よりたくさんあるからいいじゃん」ですって。えー、家人が比較の対象?ま、家人にあれこれ言っても「僕より体重すくないじゃん」だの「僕より遊んでるじゃん」だの「僕より」なんですよね(笑)。

先週から、朝日新聞では「薄毛」の特集が週に1度連載されています。夏の帽子は地肌が蒸れるのでよくないらしい。確かに、汗っかきなので帽子を脱ぐと頭がびっちょり、なんてことも。頭から汗をかくのは父親似なのです。
(弟はそういう「あまり似てほしくない」ってことは受け継いでないんですよねー。髪の毛もたくさんあるしー、体つきもすっきりしてるしー、持病もないしー。うらやましー)。
日傘は通行の邪魔と思ってるので、なるべく差したくないのですが、頭のためには仕方ないかな。

この夏の旅行が終わるまでは今の長さにしておきたいのですが、秋になったらグッと短くして、髪全体に栄養が行き届くようにしてみようかな。
いつまでも30代みたいな髪型はやめよう、と思っていたところ。よい機会かもしれません。

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# by eastwind-335 | 2017-07-14 06:12 | 日常 | Trackback | Comments(0)

レントな旅(15)カンタベリー大聖堂での礼拝

一度、日本の聖公会の女子修道院で宿泊をしたことがありました。この宿泊は、まさに「百聞は一見に如かず」というか、イギリス史の1ページの理解を深めるきっかけとなりました。
「学校のキリスト教」しか知らなかったとはいえ、一応は「いわゆるプロテスタント教会」の礼拝の進行はわかっているつもりでした。しかし!むしろ、あの日の聖公会での朝の礼拝で一番イキイキしていたのはカトリック信者のおば様がたでした。
教派の違いを具体的に言葉で伝えることはできませんが、旅の体験を通して、違いがあるのだ、ということだけはわかるようになりました。

今回、キリスト教の暦の上では、レント。せっかくだったら、イギリス国教会の総本山であるカンタベリー大聖堂での礼拝に参加したいと思ったのです。
女子修道院の体験を思い返すと、受洗していない身でも、陪餐をうけずも祝福をしていただくことはできるはず。
知り合いに相談したところ、総本山なので「カジュアルな恰好」で参加しなければいいのでは?と。
日曜の朝、いそいそと一人身支度を始め、食事のためにダイニングへ向かいます。
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メニューです。
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人は少なくてすぐに頼んだものがきました。スモールブレックファストです。
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フルーツもヨーグルトも食べた。
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雨が降っていて、ああ、ドーヴァーは前日にしておいてよかったなーとしみじみ。

聖公会は一日の間に何度か礼拝があります。私はレントの1回目の礼拝だし、月のはじめの礼拝なので聖餐式があるだろうし、こじんまりとしているように思える朝いちばんの礼拝に参加し、そのころには起床するだろう家人と今日の観光をしよう、と思ったのでした。

大聖堂に到着。
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入口で礼拝に来たと言ったら、親切に迎えてくれました。
朝いちばんの礼拝は大聖堂の一番入口に近いところで行われました。
聖書朗読とお祈り、そして讃美歌だけでした。
30分もしないうちに終了しました。あっさりとみなさん、礼拝堂を出ていきます(だから写真は撮れなかったし、なんとなく撮るのもはばかられた)。

11時過ぎからの礼拝は聖歌隊のコーラスもあるので参加したらどうでしょうか?と誘われました。少し時間があったので、近くのスーパーで水を買い、部屋に戻り、家人との待ち合わせの時間や場所を決めて、再び大聖堂へ。
お世話係の方が、「この人の隣がいいですよ」とある女性信徒の方の横に導いてくれました。カタコトよりもレベルの低い英語しか話せないワタクシ、やや緊張しつつ自己紹介。雨の日だからやってくる人もいると思いますよ、と意外な話も(笑)。

独特の節をつけて聖句を読んだり、讃美歌を途中まで歌って、司祭の聖句を聞いて、続きを謳ったり、と口も回らないけれど、気も回らず、英語の説教は聞き取れずと、なんでこの場にいるのかな、と多くの人は思うでしょうけれど、私は参加できてとても嬉しかったです。

レントのために、自分たちも何かをだれかのためにしましょう、という話がありました。レントが終わったらお食事会があるので、誰かのためにチケット代分を払う、など、教会員のみなさんはそれぞれしていることがあるようです。

礼拝が始まって、いくつか、自分の準備が足りなかったことを発見。
まず。教会用語を下調べしておくべきでした。電子辞書も持っていったので、始まる前に式次第内の単語はあれこれ調べておきましたが、日本語訳があっても「どんなことをするんだっけ?」みたいな(笑)。

それから、コンタクトの度が落ちていて、遠くが見えずらいということ。特に雨の日の大聖堂は電気がついているとはいっても光が弱いこともあって。
せっかくのレントの第1週目の礼拝だから、カンタベリー大主教が説教なのかと思いこみ、この人なのかーと思っていたのですが、ホテルに戻りHPで確認してびっくり。あ、違う人が説教だったんだなーって。

礼拝が終わったあと、お世話をしてくれた人が「日本に帰るのでしょう?ここの写真を撮ってもいいのよ」というので、数枚、写真に収めました。
聖書や讃美歌は備え付け。礼拝の次第(上部が青い紙)は持って帰ることもできます。
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説教台はこんな感じ。赤いカーペットを挟んだ椅子には、聖職者や信徒の役職者が座ります。
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日本だと、聖餐台に向かって椅子があるものですが、ここは、信徒同士が向かい合わせの着席とは。議会みたいですよね。
当時カンタベリー大聖堂は外も中も修繕中でした。
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以上、写真おわり(笑)。
もともと、礼拝のために来たときには教会内は撮影しない(礼拝を優先したい)。特に、日曜のこの時間は「礼拝に来た人のみ」中に入れるのですから、余計に非常に消極的な撮影に。
11時の礼拝に誘われて、その招きに応えることができたことに感謝する気持ちでいっぱいになって、大聖堂を後にしました。

携帯の電源を入れると、おっと、家人からのSNS!「待ちくたびれた」ですって。ごめーん。待ち合わせ場所に急ぎます。


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# by eastwind-335 | 2017-07-12 05:44 | 旅の思い出17受難節のイギリス | Trackback | Comments(0)

レントな旅(14)カンタベリーのスーパーで

ドーヴァーの駅からカンタベリーに戻ろうとした時、ハガキを出し忘れていたことに気が付き、駅員さんにポストの場所を尋ねたら、駅の外にありました。
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写真を整理していて気が付いたのですが(なんせ、急いでホームに戻らねばなりませんでしたので)、後ろにステキなポスターがあったのね・・・。
昨夏のスウォンジーの滞在の時にも気が付きましたが、週7日の郵便の集荷があるのは日本だけなのかも・・・。
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次は月曜日、となっています。でも、せっかくドーヴァーに来たので、両親にはここからドーヴァーの絵葉書を出したい(カンタベリーからも別に出すので)。

往復チケットです。
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車内はこんな感じ。
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お父さんと子供が楽しく過ごしていました。

家人が私に「こんなのが来た!」とSNSを見せてくれました。ドーヴァーにいるのに(正確には離れていくのに)、welcome to France.ってねえ・・・。
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カンタベリーの駅に近づくにつれ、車窓からも素敵な夕焼けが見えてきたのですが、車窓がそれこそ汚れていて・・・。
カンタベリーの駅から撮った夕焼けです。
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夕飯をどうしようか、という話になりました。

どこかへ食べに行く、というにはちょっと疲れた。
東京から持ってきてあったアルファー米と、スープと、ちょっとしたハムがあればいい、と家人も言うので、スーパーへ寄ってからホテルに戻りました。

お安めのスーパーが駅の近くにあります。
その途中でみかけた素敵なお店。
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ヒートデザインという名前のお店。
こんなのとか
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あんなのとか
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こういうオーブンからラムステーキとか出してサーブしてみたい!

さてさて、スーパーのなか。
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ずらっとお安めの商品が並んでます。

イギリスもジャガイモの国であった。
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レントの最初の日曜を迎えようとしているのに、すでにスーパーはイースター商戦一直線。
最初、ネスカフェのカプセルか、と思いました。
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(鶉の?)たまごのチョコなのねー。

間違いを探せ!みたいな並び方の、まるでリンツのチョコのような、でも違うメーカーのもの。
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ウサギの形のチョコらしい。なんとなく味が想像できたので買いませんでした。
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このスーパーで一番感動したのはここ。薬売り場。
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鎮痛剤はスーパーでも買えるのですね・・。そして、視覚障碍者のために大きく点字が打ってある!
日本も薬局で並んでいる商品に点字が打ってあればいいのにね。シャンプー、リンスは区別のために点字をつけてある容器が増えました。
日常のなかで、このようなサービスさえあれば、自活が可能な人たちがいるってことなのですよね。
ただ、これらの商品が、もう少し低いところにあると、いいんじゃないかしら?

お部屋でテレビをみながらお夕食。
なんか迫力のある人だったなー。お笑い女優なのかな?
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リネカーが司会のサッカー関連番組も!
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そして、気づいたら寝てた・・・。

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# by eastwind-335 | 2017-07-09 21:53 | 旅の思い出17受難節のイギリス | Trackback | Comments(0)

レントな旅(13)白い崖の上を歩く

今回の旅行は家人の都合の旅行。ずっとロンドンにいてもいいのだけれど、家人がロンドンが苦手。ということで、家人の希望優先の旅行計画です。「セブンシスターズに行くには遠いけれど、ここにも白い崖があるらしい」とドーヴァーに関心を持った様子。

私はそうなると、崖の上をトレッキングね、とワクワク。イギリスの家庭小説には、一本の道をただただ歩いていく、というシーンがあり、一人で「雨が降っても傘をささずに歩くのね~」なんて小説の挿絵のような風景を頭の中に描きました。
しかし、家人から「雨がふったら行かないよ」だの「ちょっと見えたらいいから」だのと。
幸い、ドーヴァー城を出るころには空から日が差してきた。
城から崖の連なる場所まで歩いていくのか、とワクワクしていたのですが、家人が「疲れたからタクシーで行きたい」と早々にタクシーの手配をしちゃった。
到着!
本当はこの崖の一番奥に灯台があるそうですが、帰りの電車も決めてあったので、時間を決めて歩くことに。
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ここもナショナルトラストとなっています。
自然によって木も形作られます。
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あれ?入口は扉になっているんだ・・・。
この扉を開ければ、様々なオリジンの人との出会いが待っている。
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ここに扉があるのは馬がいるからなのだそうです。飼育されているようですが、放し飼い。犬はリードをつけてください、とのこと。
確かこのご一家もリードをつけてたはず。
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ふと、横を見ると、馬が走ってる!迫力がある!
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あっという間に通り過ぎちゃった。カメラを構え直したら、もう後ろ姿!
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何頭もいました。夜はどうしているのかしら?なぜここで馬が飼育されているのかしら?等々疑問はつきません。
帰り際には馬の近くまで行って写真を撮っている人たちもいました。写真よりももっと近づいている人たちもいました。
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振り返ると、ドーヴァー城が。絵心があれば!と自分の才の足りなさを残念に思った時でもありました。スケッチのしがいがありそう。
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このあたりはまだ道がよい。そしてご親切にも撮影向きとか、自転車はいけないだの、とピクトグラムを使って利用者に注意を促してくれます。

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パブリックフットパスとしてできた道なのですねー。
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お、白い崖が見えてきた!
イギリス独特の曇ってるような晴れているような空模様。
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砂利道もそろそろ終わります。
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前日、雨がふったこともあり、やや道がぬかるんでいるところも。しかし、一般には時折砂利道が出てくるときもあったりで、歩きやすい道でした。どんな靴で歩くのか見ていましたが、3月だったこともありサンダル組はいませんでした。

要所要所にこんな柵がありました。
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ここから先はすごく急な下り道にあるから、馬が落ちたりしないように、かもしれませんね。
いや、馬だけでなく、人間も。
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高いところから見るとこんな感じ。
人が歩き、地を固め、だんだんと道が作られていったのがわかります。先達の歩みって偉大。
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何所を見ても素晴らしい風景だったのですが、白い崖の写真の一番のお気に入りはこれかな?ちょうどうまく晴れてきたし。向こうにも道があるのがわかりますよねー。
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キミの好きなイギリスのミステリードラマの舞台みたいだな、と家人にからかわれましたが、確かにここで事件が起きてもおかしくないかも。

かなり下に降りて振り返ったら、こういう風景が待っていました!
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海からみたらどんな感じでしょうね・・・。

韓国から留学中というお嬢さんたちは崖っぷちに座って撮影中。
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やんちゃな男の子がいたり。お父さんが注意することもなかったので、これぐらいへっちゃらなのでしょう。日本だったらどうだろう?
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もうすこし降りてみた。海が一層近くなる。
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そんなところでたたずむ人も。私が思うイギリス、という感じでもありました。なので、こっそりシャッターを切ったのでした。
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花の名前はわかりませんが、茶色っぽい場が続くなかで、この黄色は印象にのこりました。
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ウサギ穴なのか、モグラ穴なのか。地面のあちこちにこんな穴もあったり。
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そろそろ帰りましょう。
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お茶を飲んで、一息つきます。
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ナショナルトラストのカフェなので若干期待したのですが・・・。
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いろんなケーキが用意されていました。
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けれど、お味はちょっぴり残念でした。パサッとしすぎてた。
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店内はいい感じですよー。
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タクシーを呼んで駅へ向かいます。
気が付いたら、城の外壁を回ってた。
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今度はフランスからフェリーでドーヴァーへっていうのを体験してみたいなー。


終わりよければすべてよし、な、崖をめぐる話(余談です)。
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# by eastwind-335 | 2017-07-09 09:30 | 旅の思い出17受難節のイギリス | Trackback | Comments(0)

もう少し自分がうまく立ち回っていれば

自己嫌悪も過ぎると、苦手意識に変換されてしまう。
どこかでリセットしないといけないなーと思いつつ、糸口を見つけられず、いや、私のほうが見つける気がなくなっていたのかも。


ほんと、悩みます。

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# by eastwind-335 | 2017-07-08 04:49 | 日常 | Trackback | Comments(0)

レントな旅(12)私と家人とつなぐもの

*3月のイギリス旅行記の続きです*
昨日だったか、ドーヴァー海峡でタンカーがフェリーに衝突したとのニュースが一瞬流れましたが、その後どうだったのでしょうか。
子どものころから、ドーヴァー海峡という名前はよく耳にしました。具体的には、この海峡を泳いで渡る人のニュースです。私が子供時代だったか、ティーンエイジャーだったか、記憶はあやふやですが、女性が単独で泳ぎ渡ったというニュースを目にし、父に「遠泳」という競技というか体験を戦後の子供たちの多くは夏に行ったという話を聞きました。

枕が長くなりましたが、ドーヴァー城はドーヴァー海峡の崖の上に建てられた城です。
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19世紀になるまでドーヴァーはイギリスとフランスは軍事的対立の象徴ともいうべき場所でもあったわけです。ドーヴァー城が要塞として用いられたのは、第二次世界大戦の時。ダンケルクの戦いの際に、フランスから撤退するイギリス兵を収容するための作戦基地となりました。ダンケルクからの撤退作戦を指揮したのがこのラムジー提督。
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私はダンケルクの戦いを、ポール・ギャリコの短編『スノーグース』で知りました。大学の頃、なんともいえないやるせない気持ちになることが多かった年頃、ギャリコの作品を本屋で知りました。『スノーグース』と『雪のひとひら』は矢川澄子さんの日本語の美しさもあって、とてもお気に入りになって、何度も立ち読みしたものです(ドイツ語学校の学費を捻出するのにせいいっぱいで、ハードカバーの本を買う余裕がなかった)。数年後、就職し、本代に悩むことがなくなった時には、この本を出していた出版社が倒産し、店頭からいつの間にか消えていました。新潮社によって文庫本化されたときには、わが目を疑ったほどです。
家人との結婚前の数少ない共通点は『スノーグース』。家人はこれにインスパイアされた音楽を気に入って原作(しかもハードカバーを!)を買っていた。良い人なのかもしれない、と思ったのはこの時。その後なにかあっても家人のことを「良い人なのだ」と思い直すときには『スノーグース』を思い出す。

そんな思いをもってこの将軍の像を眺めていました。
が、家人は、楽曲が好きなのであって、原作には思い入れはない、と像の前で言い切りました。いいの、いいの。「良い人なのだ」。

ここから見られる風景は、まさにイギリスの海の玄関口であるドーヴァー港。
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ここは無料地域なので、結構散歩の人も多いようです。犬連れの人もちらほらと。
この女性が見つめている先もドーヴァー海峡です。
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要塞だけあって、丘の中腹に軍事施設もあったそうです。当時のままで保存されている部分が多いのにはびっくり。
説明係の人に従って中へ入るため、人数が揃うまでまたなければなりません。ここは、ダイナモ作戦と名付けられたダンケルクからの撤退作戦の作戦ルームへの入り口。

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この親子はお家から持ってきたサンドイッチを食べて待っていました。寒い一日だったのが、子供の恰好(カワイイ)で分かりますよね!でも手袋はいらなかった。
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こちらは病院。手術もこの中でしたそうです。
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dressing stationってどういう意味かわからないままで中へ入場。後ほど「応急手当所」という日本語訳があることを知りました。仮包帯所と書くこともあるみたい。ダンケルクから帰国した負傷兵の手当てをした場所です。RAMCは国際赤十字という意味です。

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どちらも、最新の技術を使って、当時の場所でそれを感覚的に追体験できる仕組みになっています。見学のしがいがありました。洞窟は匂いがこもるところです。当時のにおいまでは体験できませんでしたが、かび臭いし、余計な明かりをつけていないので1945年以前を21世紀の人々も体験できる。日本では「怖いものを展示すると見学者が減る」という理由で広島の原爆記念館もリニューアルしたそうです。私は小学生の頃に弟や従妹と見学に行きました。甘えん坊の従妹がギャン泣きして途中から出たいというので戻ったのですが、私はひとりで再入館(あとから弟が追ってきた・笑)。館内展示の疑問を口にする私をみて従妹の父親(つまり叔母のつれあい)は「あんたは、こどもらしくないなあ。かわいげないなあ」と呆れていましたっけ。

なお、両者ともに見学の際、施設内の写真撮影は禁止となっています。ナショナルトラストではあるけれど、有事にはふたたびここは要塞の一つになるのでしょう。また、入国に厳しいイギリスにおいて、沿岸の施設情報というのは機密事項の一つなのかも、と思います。

それぞれ、見学が終わると、「ご褒美のように」小さいながらもなかなか面白いものを扱っている売店に到達します。「ダイナモ作戦指令室」めぐりのあとに出てきた売店はこんな感じでシャレたものが置いてました。
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商品はいくつかの種類に大別できるのですが、私と家人の関心を引いたのがこれ。
Dad's Army。

白黒のカバー写真を見るに、60年代ごろの映画だかテレビドラマだか、舞台だか、なのだろうとあたりをつけました。
Home Guardとあるので、銃後のおじさんたちによる町内会モノ(今でいえば「火の用心」と言って歩くような)?。お涙頂戴、じゃなくて、きっとモンティー・パイソンみたいにニヤっと笑いたくなるような内容なんだろうなーと想像。
DVDも出ているので1枚買ってみることにしました(我が家には全世界対応のブルーレイデッキがあるのです)。

ここはダイナモ作戦にかかわった人たちが陸上から海辺を見た場所らしいです。
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時代なのかもしれませんが、女性に焦点をあてた展示もありました。
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「刑事フォイル」がそうでしたけれど、第二次大戦中、イギリスでは女性が代行として軍部で勤務する例が多かったようですね。

さらに奥へ進むと、いわゆる「お城」の展示に。
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ここがドーヴァーで一番古い教会(礼拝堂)。いまもここで礼拝が守られているようです。
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中はこんな感じです。
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椅子にはクッションが置かれています。ボストンでもみたけれど、刺繍がすばらしい。座るのがもったいない感じ。
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続いては居住区へ。手前の門の上にはナショナルトラストの旗がたなびき、奥の建物の上にはユニオンジャックが。なんでもない自転車を引いて歩くカップルがとても素敵でした。
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居住区も素敵でした。
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台所。
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子どもたちが楽しそうに当時の鍋の中身をかき混ぜていました。
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このシーンを目にしたときも、そして写真を撮ってからも、なぜか私の頭のなかではリュートの音が流れてしまいます・・・。

こんなところから見える風景って、こんな感じ。

高いところから失礼しまーす。
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次は、ドーヴァーの白い崖のある地域へ。そこまではタクシーを用います。

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# by eastwind-335 | 2017-07-07 21:51 | 旅の思い出17受難節のイギリス | Trackback | Comments(0)

キャプテンD

いよいよ、決勝。
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寝落ち覚悟でいたので、目覚めた時に試合がすぐ見られたら、と思い、テレビをつけっぱなしで就寝しました。
(家人は出張の準備のため仕事部屋で籠っていたからできたこと・笑)

父ちゃんたちの気合が伝わってきたのか、決勝戦が始まるころ目が醒め、東京から現地にマイクが変わるときにムクっと起き上がり、国歌斉唱からちゃんとテレビの前に陣取ることができました。

父ちゃんのお預かり園児たち。次代のA代表BチームともいうべきU21がU21EMで優勝したこともあり、園児たちも負けられないというところでしょうか。
チリが押すなかで、ちょっとしたミスをついて、「え?え?いいの?」といわんばかりの振り返り付きでスティンドルがゴールを決めて1点リードで終わった前半。
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2度も惜しいシーンがあって、ドイツの「攻めきれない」部分というのがわかったり。ヴェルナーは、ダイレクトシュートを打つのが苦手なのかなあ?チリのように足が速い人たちがいる中で、一度ボールを止めちゃうとすぐに寄せられちゃうんのだからもったいない。
キミッヒは、年齢を考えれば上手いのかもしれません(何度もサンチェスの動きを止めたし)。でも「ポスト・ラームと言われたかったら、転ばないように!」と何度となく思いました。後半10分の時の足首から座り込んだ時もそうだったのだけど、自分から転ぶと、予想外の怪我に繋がると思うのです。
キミッヒって転びすぎなんだよねー。前半、ゴール前で審判に無視されたときの顔を見た時、ツバメか、って思いました。
みんな、忘れちゃいけないよー。ラムたんは転ばなかったんだから。
それから、ラムたんはカッとなって怒ることはありませんでした。ゴールへの起点になることはあったけれど、トラブルの起点になることはなかった。その辺のキミッヒの甘さが非常に気になる。クラブでも思うんだけど、チームに一人は冷静にチームを作り上げる人材が必要。その役割を任されてこそ、クラブ・代表をそれこそ象徴する選手になるんだと思うのです。そういう点ではファールが多すぎる。
肝心な時に「いない」なんてことに今後なりませんように・・・。頼むよぉ、キミッヒ。

だんだんと、チリの「中南米サッカー」が出てきて、お預かり園児は砂場の喧嘩デビューになりました。
ヴェルナーがチリのハラ(JARA)から肘撃ちを喰らったり。ま、イエローがすぐ出なかったのには、びっくりだったけど(主審に「ここはイエローでしょ」とテレビに向かって叫んだワタクシ)、そんなことでビデオ判定なのかーと流れが切れたことがすごく気になったり。
プレーが止まるということでアグレッシブだったチリが落ち着いたように思いました。

そして、カピテンDことドラクスラー。彼もよく転んだあとにすぐに起きずに「だってだってー、あっちが悪いんだよぉ」といわんばかりの顔つきで膝をついて座ったままというシーンがこの大会中、何度も見られたのが気になります。彼は冷静なカピテンシーと勇気を持っているから、ひょっとしたらノイヤーの次のカピテンかも?なんて思ったりもうっすらしてますけれど。

バイヤンの中でのビダルはよーく気を付けてみてなかったのですが(お絵かきは気になっていたものの)、代表戦では番長ビダルって感じがよーくでてましたよね。あの悔しがりかた、とか、アグレッシブな感じ。

ドイツの交代1枚目はヴェルナーout、ジャン(Can)がin。ジャンが入ると、ドラクスラーがもっと攻撃に入るかしら。
38分ごろ、ドイツ、ちょっと疲れてるかな?という大味な守備に、チリのプッチがラインぎりぎりのところでテア・シュテーゲンの前に入り。ヒャーと思いましたが、運よく大きく外してくれて。

あああー。ヒヤヒヤしちゃうのがキミッヒの足技。巧いんだろうけど、そこでするべきなのかな?って。ミュラーに近い匂い。
43分も「遊ぶなー!」って。
私の中では、ドラクスラーが「うまー」と。怪我も少ないし。的確なボール出し。自分で持っていく勇気。足さばきも余計なことが少ない。本当のカピテンDとなる日を待ってます!

あと、ルディも期待したくなった。それから、ゴレツカも。守備にも顔を出していて、いずれ、攻守に重要な役割を果たすのではないでしょうか。

ジャンが足にボールを挟んだままで動かず(最後には腕でボールを抱えて)、チリからはボールを離せーとつかみかかり、ビブスをつけたドイツの控え選手がピッチに飛び込んできて、砂場でのケンカ勃発!
何が起きてるんだか?

父ちゃんまで「ちょっとー、あんたたち、大きいくせに、うちの子に何をしてるのよー。やめなさいよー」とピッチの中に入ってきて!
こっちのほうがヒヤヒヤ。

失点して終わるドイツ・・・48分にFK。キッカーはサンチェス。ヒヤッとしたけれど、テア・シュテーゲンが巧くはじいてくれて。

しかししかし、50分きっかりに笛が吹かれた!
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ブンデスの師匠がいらした時に「今回のチームは得点を決めるとみんながすぐに集まってハグするのがいいねー」とおっしゃってましたが、ほんと、このチームって、みんなバラバラのクラブから招集されている割にはチームワークがいい。もちろんアンダーの頃から親しいのだろうけれど・・・。
(追記・帰宅してドラクスラーのコメントを読んでいてびっくり! Wir haben so noch nie zusammen gespielt.とありますから、初顔合わせの人たちも結構いたようですね)
父ちゃんの幼稚園へお預かり組からどのくらい上がるのかは今後のお楽しみです。ただし、この試合の最後の終わり方は今一つだった。正直砂場のケンカ状態だったのが心配。冷静さに欠けては、長丁場は持たないからねー。
お疲れ様でした!父ちゃんのお預かり園児の遠足は、頂点に登り切りました。父ちゃん、ようやく、最後の最後に笑顔を見せました。
ほらほら、世間のにわかママ、今回も父ちゃんチェックしてましたか?

父ちゃん、首に巻かずに初めての優勝だったのかも!

マラドーナがレジェンドとして表彰式に登場。
また、父ちゃんにブチューっとしに来たのかしら?
レフェリーに対しては、ややチリサイドから「不満のピーピー」が。
ゴールデングローブはブラボですよね。確かに!あのアルゼンチン戦のPKでの読み。当然もらうべき選手です!
ドイツはホント、今回だけ無失点でしたけど、あとは・・・。
最優秀選手はだれでしょう?ドラクスラーかな?
やっぱりそうだった!カピテンDおめでとー!冷静だったよね。責任感も強いし。ボールを外に出さず収める技術も「おおー」と思うときがしばしば。そして!ひざ下の長さに驚いてます。ラムたんもそうだったけど、案外サッカー選手には重要なのかもね。
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DFBのサイトでは、さっそく、喜びの声が。「信じらんないよー。大会の最初のことを思うとね~」とのこと。
JULIAN DRAXLER: Unglaublich, dafür, dass der Confed Cup am Anfang ein bisschen belächelt wurde, war heute ganz schön Feuer drin. Wir wussten, dass die Chilenen so spielen, aber wir haben gut dagegen gehalten. Jeder Titel ist etwas Besonderes. Wir haben so noch nie zusammen gespielt. Deshalb ist es umso bemerkenswerter, dass wir den Titel gewonnen haben. Wir wollten unbedingt gewinnen und uns zeigen. Das ist uns gelungen. Wir nehmen den Pokal mit und dann geht es ab in den Urlaub
自信がついたことでしょう。良い夏休みを!

父ちゃん、やっぱりマラドーナにほっぺにブチュされてた感じ(笑)
放送事故にならないように顔を外したところから映像は始まってましたけど(笑)。いずれどこかで写真がupされることでしょう。

トロフィーを掲げて喜ぶ選手たち、ほんと若いんだねー。そして、デカい。185センチのドラクスラーが「ふつう」に見えるところがコワい。
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ちゃっかり、ビア保父がまるで自分が引率のように映りこんでいる写真を発見!なんだかなー(笑)。
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さっそくなのか、すでにだったのか、DFBでは9月のノルウェーとのWM予選のチケット宣伝ポスターにカピテンDとアイドルキミッヒが登場!誰が差し替えの憂い目に遭ったのでしょう・・・。
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WM予選も負けなしでがんばってくださーい。
おっと、そうだった。
父ちゃん、16-17シーズン負けなしでおめでとう!代表監督としては10年選手となった父ちゃんこの大会中に代表監督としての100試合の節目を迎え、勝って終わったという。策士ヨギとしての名前がますます高まった1年ですねー。もちろん、プロジェクト・ヨギを支えるアシスタントコーチたちの存在があってのことでしょう。そのうち、サッカー雑誌にアシスタントコーチの存在や彼らの働きも詳細に紹介されることを期待してます!
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DFBのサイトでは「すっごくうれしい」と大喜びなのが伝わってきます!

JOACHIM LÖW: Die Freude ist riesengroß. Das ist ein super Gefühl, ich bin unglaublich stolz auf das Team. Die Mannschaft hatte in dieser Saison viele Strapazen. Jetzt haben wir noch einmal dreieinhalb Wochen unglaubliche Leistungen gebracht. Wir haben heute um jeden Meter gekämpft, sind noch mehr gelaufen als in den letzten Spielen. Am Anfang waren wir sicher etwas nervös, aber das muss man so einer jungen Mannschaft zugestehen. In der zweiten Halbzeit war es teilweise sehr hart und hektisch. Die Chilenen geben keinen Meter preis, sind keine Kinder von Traurigkeit. Wir haben uns voll reingeworfen. So ein Finale hat etwas Magisches, für viele war es das erste große Endspiel. An diesen Tag werden sie sich ihr Leben lang erinnern.

Jeder Spieler, der hier war, hat jetzt eine bessere Position als vor dem Confed Cup. Wir haben unser Ziel absolut erreicht, nicht nur mit dem Titel, sondern auch, weil wir jeden Spieler weiterentwickeln wollten. Das ist uns gelungen. Den Titel bei der WM zu verteidigen, ist noch etwas größeres und noch schwieriger. Zuhause haben wir noch eine ganze Reihe sehr starker Spieler.


父ちゃんもお預かり園児のみんなも、良い夏休みを!


追記!

幼稚園でバカにされないように、というつもりなのか、大きな子ぶって髭面が多かったお預かり園児の面々。

正直、あんまり似合ってる感じはしません。

知能テストは合格したんだから、夏休み中にヒゲをそりなさいよ!

父ちゃんに頼んだら、ニベアの新製品をもれなくもらえるはずだから。それとも、CM用に伸ばしてる?(爆)。

9月の入園式にはすっきりした顔で通園してもらいたいものです!(東風せんせーより)


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# by eastwind-335 | 2017-07-03 06:06 | ドイツ・サッカー | Trackback | Comments(0)

東風のささやかな毎日のささやかな記録


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