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3度目の正直のうなぎ

私たち夫婦には数軒ですが「いきつけ」のお店があります。
いや、お店の人と顔なじみだとか、じゃないんですよ。ただ、私たちの間で馴染みになっているってことです。たとえば、私が疲れてもう夕食を作りたくなーい、なんていう時に行くお店です。

その一つが、我が家の最寄駅をはさんで反対側になる飲み屋街の鰻&焼き鳥屋さん。
家族経営のお店です。そこについてはすでにブログでも書いたことがあるのですが、「おやじさん」がサッカーが好きで、地域の少年サッカーの世話も長くしていらしたのでした。

季節ごとに1回ずつ行きますが、残念ながら、この春は行けず・・。
おじさんは数年前に手術をする大病をされ、一時、昼も夜もお店を息子さんに任せたり、夜だけお店に出ても、椅子に座ってるだけ、なんて時もあった。いまは夜だけお店に立つそうですが、カウンターでもお仕事をしています。とってもホッとする。

気さくなお店ですので、近くの大きな会社の人たちが呑みに来ているために、なかなか席が空かない。だから、タイミングが大切なのです。

ということで、7月になって2度、おじさんのところに寄った。一度は普通の金曜日。もう一度は土用の日。ですが、普通の金曜日でも、まだ7時だっていうのに「満席」と札がでたり、土用の日はもう9時近いからダイジョウブかな?と思っても「席がなくて」と。たぶん、閉店時間を逆算して断られたのだろうと思う。おばちゃんは、うちが呑まないのは知ってるから、食材の関係もあったのかも。

今年の夏は非常に暑いし、この暑い時に我が家は食堂と私の部屋(仕切りなし)のクーラーが壊れてしまいました!小さなマンションなので、隣にある家人の部屋の襖を全開にして冷房を共有していますが、とはいえ、やっぱり無理がある。
ということで、冬の間、実家で便利だわと思っていたダイソンの扇風機&温風機になっているものを買ってしのごうと思ったのだけど(もう少し部屋を片付けたら、写真に撮りたい・笑)、やっぱり限界がある。
私1人の晩御飯だと気にならないけれど(もともと、夏は暑く、冬は寒いものだと思ってますので。キッパリ)、色白、身体の弱い家人は辛そう。
冬瓜の冷やしたものを、「いつも美味しいと思うけど、この夏は特に美味しい」とたっぷり保存しておいたものが、もうなくなっていました(驚)。

季節物ということもあるし、来週から家人は長期の遠足(!)で日本から脱出しちゃうし、やっぱり鰻を食べたいね!ということで、週末から「火曜日は鰻」と決意していたのでした(笑)。

平日の早い曜日だから大丈夫だろうと思っていたのだけど・・・ギリギリセーフだった。
7時前に家人にお店に入ってもらった。カウンターしか開いてないけど~とのこと。いいのいいの、うちは飲まないし、家人は煙草がダメだからカウンターのほうが良い。私も7時10分にはお店に飛び込む(笑)。

普段はうな丼なのに、家人が私に「僕たちは飲まないんだから、キミは上うな丼、ボクは上うな重にしてお店に貢献しようと思う」と。
どんぶりとお重の違いはお重はどんぶりの2倍、ということだからなのです。
国産ウナギなので、いくら気さくなお店とは言え「おっと!」な値段になりますが、でも美味しかった。ふっくらしていて、甘い。
ポテトサラダとわさび漬けのサンマも別に頼みました。ここのポテトサラダはなぜか私は食べられるのです。さんまは初挑戦。見た目普通の焼き魚なのに、一口、口に入れると鼻からツーンと。
全て写真なしですが、どれも美味しかったです。

おじちゃんが、お味噌汁を持ってきてくれた時、「お姉ちゃん、おっと奥さん、久しぶりだねえ。忘れずに来てくれて嬉しいよ」と話しかけてくれて、私たち、ジーンとしちゃいました。おじちゃん、年に4回ぐらいしか来ないのに、覚えていてくれたんだ!って(家人に言わせたら、あんだけサッカー話をしたら覚えるだろう、ですって)。忙しそうだったから話をできなかったけど、お店にちょっと前のなでしこの写真が貼ってあった。もう少しおじちゃんが忙しくなさそうだったら、宮間の話、したかったなあ~。

ま、7月に呑み屋系鰻屋さんでゆっくりするのはヤボってものでしょう。
9月、私の出張が終わったら、また来ようと思います。
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by eastwind-335 | 2015-07-29 06:47 | 日常 | Trackback | Comments(0)

ちょっとしたふしぎ

どうして、家人がいない日に私ったら大量に料理を作ろうと思うのだろう。

今日は冬瓜と豚肉のスープと茄子の甘煮をつくった。
冬瓜半分と豚肉200グラムと干しシイタケ3枚。
案外、冬瓜は量があった。豚は、友達が作ってくれた塩麹で揉んで味付け。

冬瓜って子供の頃は嫌いだったのに、なぜか母方の祖母の家に行った時に急に食べられるようになったのだった。
甘辛く炊いてくれた気がする。それも鍋一杯に。
以来、私の好物に。
母の実家は台所がとても広かった。かまどの跡もあった。祖父が人をよく呼んでいたようだし、酔っぱらってしまった人が飲み直しをすることもあったらしい。

たくさん作れば、家人がたくさんたべてくれるのだけど、今日から数日いない。
あー、どうやって保存しようかなあ~。冷蔵庫に鍋ごと入れるスペースはなし。
思案中です。っていうよりも、すでにうたた寝状態の私。あと1時間もしないうちに私は寝ちゃいます。それまでに冷めてくれなくちゃ~(涙)。
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by eastwind-335 | 2015-07-26 21:17 | 料理 | Trackback | Comments(0)

旅の準備1読む前に、書け

今年の夏の旅行は、出張後の4日間ほどの爆買い首都となりそうです。

ところが、いまや世界第2位の経済大国の首都のガイドブックが、特に女子向けのものがない!あるのは「地球のスっ転び方」だけ。コンビニや本屋に並ぶ女子向け雑誌では民国関係のものはたくさん出ているっていうのに・・・。
昨今の緊張する外交関係のせいかも。
最新号は出張直前に発売らしい。機内の友になりそうです(笑)。

図書館でとりあえず最新のガイドブックを借りました。
もう少し、この街の事を知りたいんだけどなあ、と思っていたら、一昨日のモルゲンターク新聞の別刷Be内の都市別ベストセラー案内で、私が気になっていたことの本が出ていると紹介されていた!ただし、小さな出版社の本なので、実店舗で見つかるかは不明。珍しく、本の中身を確認せず1冊ポチとした。今日あたり到着の予定。

ところで、私の帰国日は、急に政府が「休日」にしてしまった。大学や大学院時代に中国に留学していたお兄さんにブチブチ言っていたら「あの国は、その年の数か月前に急に「この日、休日」って言うんだから仕方ない」と。

モーマンタイ?

そして、私は決心したのです。今回は宿泊費にお金をかけることにしました。自分がこの国で楽しい思い出を作りたかったら、仕方ないよね。うん。

今日、定時に上がれそうだったら、指指し会話本を買って来よう。またフラッシュカードを作ろうっと。

いや、待て、自分!!私にはするべきことがある!008.gif
それ以前に出張に必要な資料を早くつくらなくちゃ、なのです。昨日には終わるはずだったのになあ。
書いても書いても、なんとなくピンとこない構成なのよねえ~。これを英語にしてもらわねばならないので、ぐずぐずしていられない。
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by eastwind-335 | 2015-07-21 04:57 | 旅の思い出15ドキドキ北京 | Trackback | Comments(0)

稼げないから日本へは来ない、と?

バイヤンはいつになったら日本に来るんでしょうね~。
Kickerを見てたら、バイヤンの中国日記なんていうコーナーがあって(バイヤンのHPへのリンクなだけだけど)、チトくやしい思いがしています。

爆買いができる人たちがチケットを買ってくれるわけだから、お金がたくさんあるチーコクのほうが儲けが大きいってことで、ルンおぢさんやベッケンバウアー皇帝からすると、日本にはもう二度と来る意思がないんでしょうかねえ~。2008年夏ってすごいことだったんですね~
それとも、ペップが要らないって思ってる選手(がまだいるのか?!)をチーコクの富豪がその場で爆買いしてくれるんじゃ?という期待ツアーなのか?

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Sportbildに掲載されてた面白写真。
「いつもいつも、もう一つ海を越えることができずに、申し訳ありません」と言ってるように思いたいのですが(特にラムたんの表情からは・・・笑)。
「赤い服、着ていた、男の子ぉ~、異人さんに連れられて行っちゃった~♪」ってBGMが聞こえてくるような。

どうにもこうにも、顔をあげたら売られちゃうんじゃないかってみんな目を合わせないようにしてるような。我慢大会状態に見えるのは私だけ?
特に、ロッベンとリベリのうつむきかたには「怪我ばっかりして反省してます」って感じがしますよ。

この写真を見て、学生のころ、ゼミの発表順番を決めたときを思い出しました。指導教授は学生の自主性を求めたのだけど、みんな自分以外の人にやってもらいたい。ということで、「来週は誰からにしますか?」という教授の声がすると一斉に下を向く。当然私も。しかし、私は首の筋肉がないようで(笑)、すぐに観念して顔を上げてしまい、「じゃ、次は東風さんから」と言われたことが何度もありました。

いや、チーコクのクラブがペップを買ってくれてもいいんですよ、ええ。
まあ、彼がいなくなったからといって、コブタちゃんが帰ってくるわけではないけど。そして私はコブタちゃんには期待をしてるので、あえて退路を断たせたい。帰る家があるなんて思っちゃいけない。プレミア(「ちうりっぷ監督に」ではなく←ここがミソ)でも評価されてサッカー人生を終えてほしいのです。

ほんと。

永遠の末っ子が(もはやコブタちゃんやポ王子は自分より若い選手たちで構成されているクラブでも代表でも、末っ子みたいに愛されてますよね)、本当のマイスターになるためのWaltz(放浪修行)だと思ってます。
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by eastwind-335 | 2015-07-19 17:03 | バイヤン | Trackback | Comments(0)

海外ドラマでつながる家族

私が海外ドラマ好きなのは、間違いなく両親の影響にあると思うのです。
子どもの頃、私が見て良いテレビ番組は限定されていたのですが、海外ドラマは比較的OKだった。
といっても、大草原の小さな家とか、警部マックロード、刑事コロンボとかですけどね。あと、「ルーツ」もみんなで泣きながら見た。
「8時だよ全員集合」とか「歌のトップテン」とか「〇八シリーズ」は絶対NGだったのだけど。だから「ザ・ベストテン」も修学旅行先の日光で初めて見ました(笑)。
あと、不思議だったのだけど、「天才バカボン」は見て良かったのです。なんでだったんだろう?

そして、うちの父の意向があったのか、NHKの教育テレビで月に2度ぐらいあった洋画の時間も、中学生ぐらいからは家族揃ってみていた。「クウォ・ヴァディス」は両親がそれぞれ学校時代に見に行った映画の一つとかで(それぞれ違う学校に通っていたけど)、二人は大盛り上がり。

就職したあたりから、CSチャンネルが始まって、海外ドラマ専門のチャンネルや、NHK衛星放送などで非英語圏のどの国でも放送しているような人気ドラマを見ることができるようになりました。平日は仕事、休日はテレビ、みたいな時間の使い方になっている私に父は呆れた様子だったのを思い出します。「ブルームーン探偵社」などは母と一緒に見てました。あれ、どっかでまた再放送してくれないかなあ。

ERのパイロット放送がNHK衛星であった時、つまり初めてジョジクルを見たときに、私が両親を前に「絶対にこの人は売れる、すごいハンサムだから、テレビなんかすぐに止めて映画に出て世界的に売れるようになる、賭けてもいい!」と宣言をし、「そんな下品なことを言ってはなりません」と二人からメチャクチャ叱られたという思い出もあります。

結婚してからも母と私はミステリーチャンネルなどで同じ番組を見て盛り上がってます。弟は和モノ系だと思っていたけど、L&Oを赴任中に見ていたということで、すごく盛り上がったことがありました。いっぽう、父とは・・・父が毎週見るのは、私が苦手な「大河ドラマ」。普通のドラマの筋を追うようなのは好きじゃないようで、ドキュメンタリーやサッカーの試合の話ばかりだった。
ところが、父が私が好きなイギリスのドラマ「刑事フォイル」を見始めて、夢中になっているんだとか!
ということで、昨日も父と電話でその話に。
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一般的に言って、電話で30分近くテレビの話をしてる後期高齢者の父とあと数年で50歳の娘っていうのも、ナンですが、私は父とドラマの話ができて、本当にうれしいのです。

去年は、母が手術入院し、そのストレスからだと思うのだけど、母の退院から1か月するかしないかで父が帯状疱疹になってしまい腕の神経がおかしくなってしまった。おまけに、処置が早くて薬が効いて後遺症もなんもなかったけれど年末には軽い脳梗塞で入院も。海辺の街に賑やかしに帰る私ではありましたが、「次に会う時も二人がこのままでありますように」と思いながら家を後にする、ということが続いていたのです。

今年は母の検査結果はホッとできる値だし、父も外出が増えた。そして、父が珍しくお気に入りになるドラマが見つけた。ということで昨年の今頃の二人の雰囲気を思うと、嬉しいのです。

先日、友達のお父様が亡くなられた。わかっている別れであってもやっぱり辛かった、と言う話に涙目になってしまいました。同級生を見ても、同僚を見ても、二親が元気に揃っている人は減って来ていて、親との別れを体験している人が増えてきた。もしくは、だんだんと子供の記憶をなくしていく親の世話をしている人もいる。
もっと若くして親との別れを体験している後輩などもいて、いつか誰もが通る道とはいえ、ほんの一瞬でいいからもう少しだけ一緒にいたかったという声に目が赤くなってしまいます。

そして、介護の体験や別れを体験した人から、勤めながら家族のことをするためのちょっとしたアイデアを引き継いでいく。いつか、自分の体験も足して、次の人にバトンタッチするために。

私も昨年、両親の相次ぐ発病に、いつかそういう日が来るのかと思うと、覚悟をしたけど、今のところ、二人は元気で、依然として私が「しでかしてないか」を心配してくれている。耳に痛いことも、そして「おかんメール」の実写版みたいなことを平気で言う二人だけど、ちょっとした話でも大切になっています。
そういうわけで、両親と同じドラマがお気に入りで、その感想を述べ合える時を持てることに感謝している毎日です。
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by eastwind-335 | 2015-07-19 08:21 | 海外ドラマ | Trackback | Comments(2)

爆買い終了(笑)

先日のモルゲンターク新聞で、向田邦子さんは5年先を見据えた服を買っていた、という記事を読みました。

私の場合、見据えてではなく、流行についていけないためなかなか次の物を買うことができない。
実は私もこのシーズン初めには10年は着用している夏のスカートが4着もありました。。私はベルト芯(!)がちゃんとウエストの位置にあるスカートじゃなくちゃダメ(笑)。購入時はウエストは緩めだったのですが、いまはビッチシ。ひねって着てる感も(笑)。そして、スカート丈は膝がちょうど隠れるものばかり。
なので、家人から「いつも似たような服を着てる」と指摘されているのです(笑)。

うち2着は、折りたたんでも皺が付かない素材。特にそのうちの1枚はモンドリアン状態の生地だったので、仕事はもちろん毎夏の旅行にも必携でした
ところが、今年、ふとしたことで(箪笥に掛けようとして)気が付きました。そのお気に入り2枚が、そろって同じところが擦れて、生地が薄くなっている、というか、もう切れかかっているということに。

がががーん!ですよ。だって、そんなことになっていると気が付かず今シーズンだって何度も着用してたわけだし、しかも、私は子供の時からシャツはin派なので(というか、outにしたら母親にしかられていた)、擦り切れた状態丸見えだったんだし。しかし、そうだったら、目が早い同僚が早速注意してくれるはず。

で、後ろ前にしてみたところ、柄とプリーツのおかげで(笑)、目立たってない(汗)。
とにかく処分しなくてはなりません。あーあ、旅用のスカートが・・。
特にモンドリアンスカート(爆)は、「美術館の日」と命名していたほどで(笑)。自分でいうのもナンですが、ウェストのデザインも好きだったし、色合いも好みで、しかも、このスカートを履いていると、各国の年長者に「ステキ」とか「よく似合ってる」とか「美術館にマッチしてる」等々褒められることが多くて、ちょっとした会話が生まれることも。多色であるから、上に着る物も色を選ぶことはなくて・・・。

今年は憧れの靴を買う予定でしたが、靴を諦めバーゲンにチョコチョコと顔を出すことに。
とはいえ、いま、自分が蒔いた種とはいえ、忙しすぎて、定時に上がっても新宿で降りてデパートのバーゲンに参上する気力はなく・・・。土曜日のお習字の先生のお宅からの帰りと、直帰する婦人科の診察の帰りが一番危険になりました(汗)。
表参道に近い、とか、六本木ヒルズからバスに乗る、だとか、誘惑ありすぎ!

理由を付けてあれこれ(8着も!)買いました。実は正札買いも(汗)。でもいいの。インドネシアのデザイナーさんの服で、そのデザイナーさんが見立ててくれた、っていうプライスレスなエピソード付だから(爆)。
そんな私の買い物成果への感想を求められた家人。「スカートがない、とか言ってなかったっけ?スカートはどこ?」と厳しいことを言ってくれました(とほ)。

今シーズンは雑誌で流行をお勉強するだけで、実際にデパートに行くことがなかった(珍しく伊勢丹カードから請求書が届かない月が何度かあった!)。なので、バーゲンで色んな服を触っていると、正直「百聞は一見にしかず」な感じ(笑)。
流行だから仕方ないけれど、今年はゴムが入ったスカートやパンツが多すぎる!雑誌だと着やせするっていうんだけれど、こんな体を甘やかす服を更年期前の中年が着たらどうなることや・・。一方で、ウエストがゴムでないスカートの場合には、身体をひねっても入らないという現実に涙してます(とほ)。

あと、あと数年で50歳になるという女性向きのシンプルな服って案外ないんですね~。いや、50歳の服がどういうものか、と言われると困っちゃうんだけど。

そして、先ほど、お稽古事の帰りに本命のお店へ。しかーし!欲しいなあと思っていたスカートだけ私のサイズがなかった(涙)。
ということで、今年のバーゲン終了(笑)。
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by eastwind-335 | 2015-07-18 15:38 | 日常 | Trackback | Comments(0)

なぁにが、1か月前からかっ!(別人来臨中)

こくみんはすぐわすれるから、うそいってもわかんないよね。
1かげつまえから、しんこくりつきょうぎじょうはこのままじゃいけないってかんがえていた、っていったら、しじりつあがるかなぁ?

「わたしはIOCの総会で世界に約束したのだから嘘をつくわけにはいかない」と首相が大見栄切ったり、「日本は国際社会に嘘をつくわけにはいかないって」ネチネチと官房長官がいったのって、数週間前のことだったよね?

総理大臣とか国会議員ってオイシイしごとなあ。

そのうち、飛行機ハイ(強迫症とカルテを書いてもいいカモ、って知り合いが分析してた)状態のシュショーが「IOC総会参加国に「うそついちゃってごめんなさい」って謝りに行かなくちゃ文明国じゃない」とか言い出すんじゃないか?と。
そんなことになったら、私費で行くようにっ!一銭たりとも税金つかうなっ!(別人来臨中)

追記:
あんな大見栄切って、先走って既成事実作りのために土建屋と契約しちゃったんだから、普通は降格だよね。当然、シュショーが白紙って言ったのは、設計だけでなく土建屋との契約もよね?ゼネコン、やり逃げで鉄骨の発注するんじゃないでしょーね?

すったもんだした世界遺産だって、正直、アベの地元に永久に国のお金を落とすようなもの(世界遺産は国家の責任で維持することになってます)。むしろ、壊しちゃった国立競技場こそ世界遺産にしてもらいたかった。負の遺跡として。ここからどれだけの大学生が70余年前に戦場にやられ、大切な命を失うことになったか、を考えたら。戦中に高等教育を受けた人たちやその家族にとっては、あそこはアウシュビッツみたいなところだと思うけど。
先の大戦でこの世を嘆いて亡くなった日本人たちの恨みが漂ってるように思うのは私だけでしょうか?
いや、マヂで、この騒動って・・・。
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by eastwind-335 | 2015-07-17 22:25

ものを引き継ぐ

職場にアルバイトにいらしてる方が、アクセサリーを作って販売しているとのこと。
で、試作品の即売を時々お昼休みにしてくださるのです。
私は大振りなネックレスをいくつか買いました。冬のセーター姿に役立ちました!

ということで昨年の夏にはTシャツやTシャツ地のワンピースに合う細いチェーンでできたキラキラしたタイプのネックレスを買いました。
昨夏の終わりだったかな、暑い一日だった日に、つけて出勤したところ、午後だったか、首がなんかかゆい。
触ると、2センチぐらい盛り上がってる!

最初、虫刺されかと思い、体液がチェーンに就くと嫌だからと外しました。そして産業医のところに虫刺されの薬を貰いに行ったら・・・「あーた、これ、虫刺されじゃないわよ。帰りに皮膚科へ寄った方がいいわ」と。

皮膚科では、金属アレルギーというか、汗で皮膚が弱くなっているところにチェーンがこすれてできた傷だ、という説明がありました。薬がすぐに効いたので問題はなかったのですが、念のためネックレスはしないように、という指示がありました。

汗と金属が反応したのか、皮膚が弱いのか、調べるべきなのでしょうが、外してひどくならないのであれば、今後そのアクセサリーを直接身に付けなければいいのである、と言われ、なんとなく納得。

ピアスはほぼ毎日つけてますが(すっぴんなのにピアス・汗)、首回りは思いついたときだけなので、それほどアクセサリーに思い入れがあるわけではないのですが、歳を重ねると、夏もネックレスがあるほうがいいんですよね。

ということで、若いころに買った、ネックレスを気休めに付けて通勤しています(思い出した時には、ですが・汗)。若いころに似合わないのに可愛い小さな石のネックレスを何本か買ってあったのでした。たいてい、うちの母親に「あなた、結構気が小さいのねえ。そんな小さいの、あなたの身体には合わないと思うけど」と言われていました。

いまとなっては母が言う意味がよくわかります。ほんと、ちっちゃい。
もし私に子供がいたら、娘に気前よくゆずっちゃうだろうな、って思うほど。しかし、あげたくても子どもがいないのですから、私が使うしかない(爆)。

その小さなネックレスだって、同僚たちがダイヤを買う時にペリドットサンゴだったり、お安いものだったわけで・・・。

ということで、今、物欲の薄い私には珍しく、一粒ダイヤのネックレスをいつか買おう!と思っているのです。それも結構な大きさがあるものを!と。
別にブランド品でなくてよし。異常なほどキラキラしてなくてよし。しかし、おばあちゃんになっても使える、そういう大きさのものを・・・と。

その一方で、甥が1人しかいない私としては、こういうものを買って死んだらどうしたらいいのかなあ、と思わなくもない。甥の母親である義妹ちゃんはもっとセンスがよくていいものを弟が買ってあげている(か自分で買っている)。だから甥の将来のお嫁さんは義妹ちゃんから素敵なものがもらえるはず。

うちの母親が、今の私の年齢の頃に、よく「これだったら東風ちゃんも使えるわね」といいながらアクセサリーを選んでいたのを思い出します。その時は「ママには似合うけど、私はこなせないと思うよ」なんて可愛げないことを言っていたわけですが・・・。
我が家に義妹ちゃんが加わってからは「義妹ちゃんには内緒だけど、私はこれは彼女に合うと思うのよね、だけど、押し付けるようになるといけないから、ママがいずれ死んだら、あなたが義妹ちゃんに渡してあげてね」と言う時もあった。
「母親がもう使わないとおもってアクセサリーをもらってきた」という話をしてくれる同僚が増えてきました。私はが「これ、ちょうだい」がなかなか言えないタイプでして・・・。というか、今はまだ母には元気でいてもらいたいので、じゃんんじゃんアクセサリーを付けて出かけてほしいのです!

しかし、おじいちゃんの物になると話は別。子供のころから祖父が元気だったうちから、「おじいちゃんの本棚にあるこの本のセットが欲しい」と言い、母に「人の物を欲しがるなんて!」とこっぴどく叱られたことがあるほどです。
2月に海辺の街に帰った時、少しずつ片づけを始めている母親から、おじいちゃんの物はもうないと思ったのに・・・と硯箱に収まっていた筆や硯、墨を見せられました。由緒ある、というものではなく、普通に文房具屋さん(実際に硯箱には広島のデパートの名前が押されていましたので、デパートの文具売り場で調達したのでしょう)で買えるようなものですが、その硯と比較的長さがあった墨の一つは遠慮せず私がもらうことにしました。時々、お習字のお稽古に使っています。
初孫の私が女子だったということで、私は父方の祖父からはやや期待外れだったわけですが(弟が生まれて本当に良かった、と今も私は思う)、母方の祖父は誰をも同じように可愛がってくれたし(全員が内孫だったから)、特に私は初孫なので、何事も初めての体験。だから、なんでも「すごいなあ、おじいちゃんはキミのことはスゴイと思うよ!」と言って褒めてくれたのでした。
硯と墨が出て来た時、小さいながらも会社のトップとして、誰かのお祝いや哀しみのために名前を書いたんだろうなあ、と思うと、なんだか、無性に祖父に会いたくなりました。仕事のこと、相談したかったなあ。おじいちゃんだったらどうしたかな、って思うことが時々あるから。もちろん、父に相談することもあるけれど、おじいちゃんにも聞いてみたかった。
祖父が亡くなって30年以上経ちました。墨をすっている間に、知らぬうちに「おじいちゃん」と心の中で声をかけているのに気が付くことがあり、いま、また祖父が近く感じられて嬉しい夏です。
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by eastwind-335 | 2015-07-15 06:47 | 日常 | Trackback | Comments(2)

いま、ギリシャはそれどころではないのだけど

3食ごはん(私は漁村編のほうが絶対に好き!)が終わり、すぐに始まるか、と思いきや、1か月ぐらいのインターバルをおいて、始まった、「花よりおじいさん」シリーズ。
今回はギリシャ。
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もう何年前だろう・・・家人の夏の出張がギリシャのハルキダ(エヴィア島にある街。アテネの対岸みたいなもの)で行われ時、付いて行ったんだった。
その前年に友達が新婚旅行でギリシャに行ってとっても良かった、と言っていたので、楽しみにしていたのを思い出す。そして本当に面白かった。
ちょうどアテネオリンピックのあった夏で、私たちが出張を終えてアテネで数日を過ごす間にパラリンピックが始まったのでした。パラリンピックに出る選手たちをたくさん見ましたし、レストランで隣り合わせになったりした。一見すると健常なのだけど、視野が狭いのだ、とか、義足であるとか。
あの時の開会式のセレモニーは、テレビで見たのだけど、本当に心うたれる内容だった。共生というものをこう表現するのか、と。
パルテノン神殿では、取材に来ていたNHKの大日方邦子さん(車いすスキー選手でもあった!)とお話しする機会にも恵まれたり。あのオリンピックのおかげで、神殿の上までエレベータを付けたんです!

その時は働かないギリシャ人のことよりも、道端に寝っころがっていた犬のこと。オリンピックの間は一斉捕獲されていたそうで(オリンピック後に元板場所に戻したそうです)、なかなか目にできなかったけど、それでも、タイよりも多かったような気が(笑)。

楽しかった思い出しかなかったギリシャ。
今はEUとか通貨としてのユーロ離脱とか、いろいろ揉めてる最中です。
そんなことが起きるかも、って誰もがうっすら思っていた時期だったのでしょうか?
新たな「花よりおじいさん」をギリシャで撮影していたのは・・・。

土曜日は初日だった。面白かった。チェ・ジウの不思議ちゃんっぷりも。イ・ソジンの何度荷物持ちをしても身につかない、というか、身に付けられないコトとか(笑)。
一時、チェ・ジウは年を重ねるのが難しそうとおもったのですが、こういうバラエティの時には、うまく40歳になったんだなあ、って思える。

そして、日曜日には、待っていた「Heart to Heart」。なぜ(原)とまで日本語タイトルについているのかがよくわからないけれど。私はチェ・ガンヒが出ているドラマや映画は比較的好き。韓国の大竹しのぶ、と思うな。
私の周りは「苦手~」と不評なんですけどね。そーかなあ。もともと私が「定番の韓国ドラマ」が苦手だからかもしれません(笑)。今度は「ミナ文房具店」を借りてみようって思ってるくらいなんだけどなあ、と言ったら、周囲の韓国ドラマ好きの人に「えー?なんで?」と言われました。
え?なんでって・・。

ということで、なでしこが終わったし、ブンデスが始まるまで(どこが放送するのか?)、Mnetとゴーレンの日々になりそうな・・・。
8月には、ミスチャンの刑事フォイルの新シーズンが始まるし!うちの父が最近の再放送を見て、すごくハマっているらしい。次に帰省した時はこの話で盛り上がるかも?!

はやく実家に帰省したい。去年以来、両親はかわるばんこに体調を崩しては元気になり、なので、東京で会うことが減ってしまいました。二人とも、電話では元気だっていうけれど、本当なのかなあ。一泊二日だと慌ただしすぎる(私が帰った後、反動のように疲れが出ちゃうそうで・・)ので二泊はしてほしいという両親の希望を叶えるには、週末があまりにも忙しすぎる!
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by eastwind-335 | 2015-07-13 18:42 | 海外バラエティ:韓国 | Trackback | Comments(0)

おくればせながらの不良(8):記憶をたどる

女子WM15やら、お仕事関係やらで、心のアルバムはめくりつつもブログにアップできていなかったドイツ旅行記、続けます。

はじめましてのPinakothek Moderneを後にして、次に向かったのは、Neue Pinakothek。
ここも25年ぶりぐらいじゃないのかなあ。
もうぼんやりとした思い出しかないけれど、建物はこんなに小さかったっけ?と建物の前に立って思いました。
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雨が降っている日だったのですぐに入ればよかったのですが、私は長靴を履いていたこともあり、建物を一周。
え?え?裏ってすぐに住宅街だったっけ?みたいな驚きが!
初めて行った時、どうやってここまで来たんだろう?あの頃はトラムに乗ると言う勇気はなかったので(聞き取りに難あり)、地下鉄と歩きだったと思うのです。だからピナコテークっていうのは行きにくい場所だな、というイメージがありました。

ぐるっと1周して、入口へ。
入ると思いだす。そうだった、アルテピナコテークに比べるとややこぶりなエントランスだったってことを。
初めてここに来た時は、まだ語学学校が始まる前でドイツ語で話しかけられるとドキドキし、かといって英語で言いたいことが言えるわけでもなく。今となってはチケットを買う時にドイツ語でお願いしたのか思い出せないぐらい昔の話になってしまったなあ。bitteぐらいは言ったでしょうけれど。東京のゲーテで週2回×2か月ちょいをすごしたけど、右も左もドイツ語って環境になったのは初めてだったから、一つ一つが緊張で、一つひとつが勉強だった。

一歩展示室に入ると「ああ、そうだった。そうだった」と思い出す。
美術館って暗くないんだってこと。
写真を撮ってもいいんだってこと。
a0094449_13485298.jpg壁の色が部屋によって違うんだってこと。

a0094449_1351112.jpg壁の色は白くなくていいんだ!

天窓があるんだ!とか、
a0094449_13515422.jpg真ん中に椅子があって、座ったって鑑賞できるだ!とか。

私もおばあちゃんになったらこういうキューレター解説を聞きながら絵を見たいなあ~。いまからドイツ語を頑張りなおしたら、おばあちゃんになるころには、言ってることを正確に聞き取れたり質問できたりするかしら?
いや、いろいろ質問したいことはあるんですよ~。もっと美術史の勉強をしていれば、疑問じゃなくて確認の旅になるのかなあ~。
イヤホンガイドを使うのもいいんだけど、すべての解説じゃないわけだし、私としては、パっとみて、目につくものについて聴く程度でいいから。ホント、日本語ができる美術史専攻のドイツ人とかいたら、ワタクシ、バイトに雇いたいくらいでーす。アルバイト料のほかにあなたの論文の日本語を見てあげるから(え?)。

26年前もすべてに衝撃だったことを今も思い出します。
あの時の事を思い出しながら部屋をめぐっていたんだけどなあ。
その割には、このブログを書くために写真を見直していて気が付いた。今回はあんまり写真がないって。
まあ、最近、美術館で写真を撮るのは、気に入った絵の記録のためであるのだけれど。昔は図録を買って帰っていたけど、最近はもっぱら写真にて。これもフラッシュなしの撮影を許してくれるから。
たとえばこれ。上の絵(壁が赤茶の絵)の一部分。
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a0094449_1827675.jpgさらにこの上の風景を見てる人がいる。
のを、「ローマにあるヴィラ・マルタから東方面を見た」のがこの絵の構図。絵のタイトルもまさに「 」の通り。

今回、部屋全体の写真を撮ることは本当に少なかったのですが、絵の気になるところをクローズアップして撮っているのが多かった。
a0094449_18304687.jpgあまりの乱雑ぶりに私の部屋か、と思いました(脱兎)

a0094449_18312632.jpgお金は数えないけど、本の積み方なんか、そっくりかも(笑)。

a0094449_18322367.jpgちょっとお、見てるだけ?なんて言ってそうですね。お母さんと妹ちゃんの困惑顔もリアル。

a0094449_1850226.jpg普通、この絵をみたら空の青さとかクリアーな筆遣いに目が行くんだと思うのですが・・・。

私はこんなところが気になっちゃった・・・。ジョバンニ・セガンティーニの作品。
a0094449_18513677.jpg岩のサイン(笑)

a0094449_1835192.jpgこれは、私のお気に入りの構図の絵。26年前も見たと思う。他のところでも見たことがある気がする。
どこがすきかって、この女性の目。待ってたのよ、って顔。子供たちの不安のない顔。


また近いうちに来ることができますように。今度はもっとゆっくり見たいです。

ぐるっと一周してホテルへ。雨は止んでいた。今日もお部屋で夕飯。駅で買ったポテトとチキン(だったと思う)。それから無印のスープと、ホテルの隣のトルコ惣菜店で買ったバクラバ。1個だけだったけど、快く売ってくれました。男の人しかお店にいなくて、ちょっとドキドキ。別に声かけられるわけじゃないんだし、こんなオバちゃんに何もありゃしないとわかってますけどね。
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by eastwind-335 | 2015-07-12 21:14 | 旅の思い出15いつだって今! | Trackback | Comments(0)

東風のささやかな毎日のささやかな記録


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