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へりくつを読む

人生、屁理屈をいわないほうが良いんだと頭でわかっていても、ついつい言ってしまうわたくし。

何度人生をやり直したいと思ったことか。

そんなこの頃、ブックオフに「斉藤美奈子」女史の文庫本が何冊も出ていたので、2冊ほど迷わず買いました。なんせ、この3月に文庫本化されて出たものが40パーセントオフ。図書館だとオリジナルのハードカバーは読めるけれど、加筆訂正した文庫本は読めませんから、この程度の投資はいいかな、と。

彼女が指摘するすべての話に賛同できるわけではありませんが、しかし、なかなか頷けるものがあり、電車の中で「ふふ」と笑ってしまったり、そうだった、そうだった、と1990年代を懐かしむ一日でした。

今かぜっぴきで、珍しく鼻が詰まるので、読書ペースは完全に落ちています。体力の落ちたからだにはキツーい文章もあるんだけれど、「そうよ!」と思いながら読んでいると、仕事中は鼻が詰まりどうしようもなくなる私であっても、元気になるんですよねえ。
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by eastwind-335 | 2006-11-29 22:54 | Books | Trackback | Comments(0)

以後、気をつけます

先日、UPした写真の一部が見えないというコメントをいただき、勝手にExciteのせいにしていました。ところが、ある方から、それらの写真が「直リン」ゆえに、先方の直リン防止のプログラムにひっかかって起きた現象ではないか、という指摘を受けました。

急ぎ、直リンについて勉強をし、深く反省をしました。

特に、それらの写真は、商業目的をもっているサイト(いわゆる画像屋)に掲載されているものばかりでした。写真の上に会社名が大きく映っているものばかりだったので、「勝手に」これはいただけるもの、と思っていました。直リン、ブログ上での写真転載については、さらに勉強が必要だと思いますが、とにかく、ここ2日の記事では直リンのないように改めました。また、出典先についても明記をするようにしました。

以後、気をつけます。
ご指摘くださった某さま、ありがとうございました。
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by eastwind-335 | 2006-11-29 22:17 | あいさつ | Trackback | Comments(2)

ポール・ギャリコ

私がいっとう最初に彼の作品を知ったのは、「七つの人形の恋物語」でした。これは、レスリー・キャロンが主演した「リリー」の原作でした。
何かの機会にこの映画を見た数日後に訪れた本屋(横浜ルミネの有隣堂でした)で、「リリー」の原作だという帯がついていたこの本を見かけたのでした。その一角は、今思えば、大和書房の本が置いてあったのでした。
横浜ルミネに行く機会があれば、ギャリコの本を立ち読みするようになりました。特に、「雪のひとひら」は、女性の一生を雪にたとえた美しい内容にふさわしい装丁の美しい小さな本で、読んでいて胸がじーんときました。でも、まだ買う時期ではない、となぜか思いました。どうしてだったのか、いまもわかりません。かといって、図書館で借りるのはイヤでした。誰にも触られていない本として手元におきたかったのです。

しかし、専門課程に進み、専門書に没頭しなければならない時期が続き、横浜で乗り換えることもなくなり、小説一般からも遠のいた生活を数年送りました。

そのうち、日経新聞に矢川澄子さんが連載を始めるようになりました。彼女の文章に惹かれエッセーを読み始めるうちに、彼女の文章は初めてではないと思うようになったのです。ある日、ギャリコについての文章が載っていました。そのとき、パズルの最後のピースがピタリとはまったのでした。
10代の最後に知ったあの「雪のひとひら」は彼女の翻訳だったのでした。
再び、私はギャリコに出会ったのでした。

数年後、私は就職し、親からもらう小遣いとは違う、気兼ねせずに使えるお金を得るようになりました。ある日、横浜ルミネの有隣堂へ出かけました。ギャリコの本を買うためにです。

しかし、そのとき、書店にあったのは、表紙の破れた「雪のひとひら」や「七つの人形の恋物語」でした。私はそれらを買うことをためらい、店を出ました。次に行った時には、ギャリコの本は一冊もありませんでした。

さらに数年経ったある日、新聞の広告で、ギャリコの「スノーグース」が新潮文庫に入ったことを知りました。本屋に急ぎ、入手しました。その時期、次々と新潮文庫にギャリコの作品が入りました。書棚のスペースの都合もあり、文庫本になったものから購入することにしました。もう絶版になった本(たとえば、ハリスおばさんシリーズ)も、不思議なことですが、職場近くの小さな古本屋で見つけることがありました。

ギャリコは作家としては色々な顔をもっています。「さすらいのジェニー」をはじめ、動物を主人公にしたファンタジーの要素の強い小説が多いことで有名ですが、社会派の作家でもありました。たとえば「スノーグース」は「ダンケルクの悲劇」が背景にありますし、「ロンリー」は第二次世界大戦時の戦争神経症を描いたものです。「ハイラム氏の大冒険」はナチスの台頭に正面を切って警鐘を鳴らした作品でした。これらは戦争の最中に執筆されたものです。また、「幽霊が多すぎる」などのような推理小説もあります。本来はスポーツライターだったそうです。そして彼の作品のいくつかは映画化されています。「ポセイドンアドベンチャー」が一番有名だと思います。
アメリカ文学を研究している知人に言わせると、本流の作家じゃないから、ということらしいのですが、もう少し評価されてもいいような気がするんですよねー。

彼の作品にはキリスト教文学とでもいったほうがよいぐらい「他者の犠牲になることを厭わない」人々が多く登場します。他者のために、というのは簡単なことではありません。だから、読むたびにそれまでの自分の行動を振り返り、そして(私は単純なので)感動してしまうのかもしれません。
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by eastwind-335 | 2006-11-27 22:01 | Books | Trackback | Comments(3)

IJIME

ドイツのARDといえば、私にとっては、ZDFと並び、サッカーニュース源です。
そのARDで、公共放送らしく、日本のいじめについて取り上げたという記事を、週末の朝日新聞で読みました。

日本のイジメは、欧米からすると独特のように思われているそうです。

特に、この1ヶ月はイジメが原因によって自殺するティーンエイジャーが多かったので、ニュースになるのも当然でしょう。

私は、イジメについてあれこれと語る立場にはないと自覚していますが、関連の報道も含め、気になることがあります。

「いじめた人たち」へのケア(治療、療育)について、全く報道されていないことです。

いじめをする人たちは、自分たちのしたことが人の命を奪うことになる、という自覚があるのでしょうか。実際に自殺してしまった人たちの遺書に具体的な人名が出ていたり、調査によってイジメがあったことがわかっている例があります。この人たちに、これまで、学校は、スクールカウンセラーは、何をしてきたのでしょうか。

教育再生会議が「いじめた側は出席停止に」という提言をするそうです。
学校教育法にのっとって、だそうですよ。
(もちろん、出席停止という形では解決にならないと慎重論を出す委員もいたようですが)
いじめのあった学校には、支援チームを送り込む提言もするそうですよ。何をするチームでしょうかね。ただ行くだけ(タウンミーティングみたいに)なんてことはないでしょうね?

私はイジメというのは、人間が動物でもある以上、絶対になくならないと思います。ただ、少なくすることはできるでしょうし、いじめによって命を失う悲しみをこれ以上増やさずにすむこともあるのではないかと思うのです。そのためにはいじめる側の人たちの意識を変えないといけないと思います。しかし、それを、ただ出席停止という罰ですむのかどうか・・・。スクールカウンセラーや精神科医が手を組んでネットワークを作り、「やった」ほうの問題点、その解決方法、治療方法を共有する必要があるのではないかと思います。
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by eastwind-335 | 2006-11-27 11:45 | 日常 | Trackback | Comments(0)

左手のためのピアノ曲

もともと、彼の書く文章が好きでした。ピアニストである彼の作品を一度、生演奏で聴いてみたいと思っていた矢先、脳溢血に倒れ(しかもリサイタルの最後の挨拶ののちに。曲の最後2ページあたりから、気分が悪くなっていたそうです)。手術で取り除くことができない部位だったので、自然治癒によって一命を取り留めたものの、左手しか動かなくなってしまったのでした。
それでも、彼は辛抱強く、ピアノと取り組み、数年前に、再び舞台へ戻ってきました。

舘野泉さんのことです(所属音楽事務所作成のプロフィールに飛びます)

舘野さんは、長らくフィンランドで演奏活動、フィンランド国立音楽院シベリウス・アカデミーにおける後進の教育をおこなってきました。フィンランド政府からは終身芸術家給与を得ています。現地の方と家庭を営み、息子さんも音楽家の道を歩まれています。
(終身芸術家給与をもらっているという話を読んだとき、この国の懐の深さを感じ入りました。日本だと政府が音楽家に演奏活動に専念できるだけの援助をするということはありませんから)

北欧の音楽といえば、グリーク、シベリウスなど、私には教科書でならった程度のことしか知りませんが、舘野さんは積極的に北欧の小曲を日本に紹介したのです。日本シベリウス協会の会長職にも長らくついています。

左手だけでも演奏ができる、と前向きに演奏家生活に戻り、片手だけの曲の収集を始めると同時に、友人たちからも曲を提供してもらい、この数年日本でのリサイタルが続いています。
このたび「左手の文庫」という基金を創設し、左手のために曲を委託作曲することになったそうです。
今年のコンサートツアーのアンコール公演として12月19日に東京オペラシティでソロの演奏会をおこないます。

当日演奏予定のコンサートの曲目などはこちらです

5月は都合が合わず、今回もコンサート情報に気づいたのはつい数週間前。年末ということもありなかなか仕事の見当がつかなかったのですが、どうにか大丈夫そうなので、先日チケットを予約しました。当日が楽しみです。
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by eastwind-335 | 2006-11-26 15:50 | Musik | Trackback | Comments(3)

クリスマスの準備

クリスマスの準備を始める時期になってきたようです。
街のイルミネーションは、クリスマス仕様。

私は12月3日からのアドベントを待って、クリスマスの準備をと思っていたのですが、クリスマス用のフルーツケーキだけは焼いておこうと思いたち、先ほど、オーブンにケーキ生地を突っ込んだところです。
今年は、2種類のフルーツケーキを焼くことに。

一種類は、最近、よく使っているイギリス人によるイギリスのホームメードケーキのレシピ本から。
もう一種類は、長いこと愛用しているベターホームのレシピから。
前者がどちらかというとバターケーキにドライフルーツが入った形、後者が卵白をあわ立てメレンゲにしたものをあわせる形。

今日はイギリス人のレシピの方を作ってみました。この作り方は、日本人でもネットで公開しているレシピに似ていて(型の周りに新聞紙を巻きつけるところまで一緒。私は、焼き型の底にも新聞紙を巻くのを忘れてしまっていることに今頃気づいたけれど、ま、いいか。

よくない。タマゴ5個も使ったんだから、成功してもらわねば。
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by eastwind-335 | 2006-11-26 00:30 | 日常 | Trackback | Comments(0)

ヨーロッパにおけるマンガ

朝日新聞夕刊で連載中の「ふたつのMを追って マンガと村上春樹」によると、ドイツではマンガは女性ファンが、アニメには男性ファンが多いそうですね。
(追記:ドイツで「Yonen(幼年) Buzz」というマンガを連作中のクリスティーナ・ブラーカさんというフランクフルト大学日本学科の学生さんの紹介がありました。ドイツのマンガ家は30人ほどでほとんどが女性だとか、「セーラームーン」が独訳されたときには「こんなに自分たちをわかってくれるものはない!」と評判になったという記述も。日本のアニメで育ち、90年代に日本のマンガ(AKIRAやドラゴンボール)を読み始めた30代が日本文学ブームも作り出したフランスと違って、ドイツでは村上春樹だけが突出していて、あとの作家はまだまだみたいです。そして、今ではインドブームが起きはじめていると紹介されていました)

フランクフルトのど真ん中にある本屋でも、昔はヨーロッパのコミックス(たとえば、Mausとか、私の好きなアステリックス Asterixとか)が置いてあったのに、あるときから、日本のマンガのドイツ語訳や英語訳がおかれるようになりました。

Mausっていっても↓これじゃありませんよ


ナチ時代をネズミの世界に置き換えて描いた、深刻なコミックです(追記:これはアメリカに住むユダヤ人の作品です)。




朝日新聞のこの記事を読んでいて、私が知らない、でもドイツ人の女の子は知っているマンガがいっぱいあるんですけれど・・・
「ちょびっツ」「オセロ。」って何でしょう?オセロといえば、あの関西の女性二人組みのお笑いタレントじゃないんですか?しかも、モー娘。みたいに「。」がついているって?

彼女たちの知っている日本語は「ミヤビ」「ミヤコ」なんですか。これは主人公の名前なのでしょうか。

そしてドイツの少女マンガ雑誌の名前は「DAISUKI」っていうんですね。表紙はどうもボーイズラブ系みたいなんですけれど。いいのかな。いいのかな。わかっているのかな。

*この記事は、yoshino-bellisさんのブログ「*ドイツ風味さくら庵*」にインスパイアされた書いたものです。
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by eastwind-335 | 2006-11-23 22:37 | Comics | Trackback | Comments(4)

電車の中の化粧

最近、電車の中で化粧をしている人が多くて、目立つこともなくなりましたが、今日はびっくりする風景に出会いました。
フルメークする人もいるし、以前は、顔の産毛をそっている女性を見たこともあります。

ええ、ここは日本。

何でもありです。

別に人前でメークをしていても、×商売とは思われない、ユルい国。

逆に言えば、外国から来ている人(特に欧米系)は絶対に車内で化粧をしていませんでした。

ところが、今朝見たんです。すごく真剣な顔してマスカラを塗っている(おそらくフランス系)外国人を・・・・。

こういうのは「日本人化」の指標になるのかもしれませんね。
男性の場合は、車内でマンガ雑誌を読む、でしょうか。
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by eastwind-335 | 2006-11-21 22:21 | 日常 | Trackback | Comments(2)

ライオンキングを見ました

ライオンキング、見てきました。
私たちは1階だったのですが、ちょうどあるブロックの最後尾に席がありました。

舞台はアフリカ。オープニングは声量豊かな女性の歌から始まり、しばらくすると背後からも声量豊かな声が。びっくりして振り返ると、鳥の装置をもった男性たちが歌っているのです。最初から迫力のある舞台でした。

予想以上に面白く、心を打つ作品でした。オリジナルを見てみたい!と思いました。四季の翻訳がいいのか、オリジナルがいいのか、とにかく、大人だからこそ「はっ」とさせられる台詞が多かったので。

話の筋は、はっきりいって「ジャングル大帝」状態です。
しかし、そこはディズニー、上手く脚色しています。特に関心したのは、生を受けるということは、死を迎えることであり、死の訪れは計画されたものではない、ということをきちんと描いていたことです。

また、主人公の友達になる、ミーアキャットとイボイノシシが、人生の中では、後悔してもしきれないような失敗をしてしまうことがあるけれど、そのことにいつまでもこだわっていても仕方がない。むしろ、今日をきちんと生きて、明日につなげていくべきなのだ、ということを「ハクナ・マタタ(スワヒリ語で、くよくよしないで、どうにかなるからの意)」という言葉で、ひとりぼっちになった主人公をなぐさめているシーンがありました。

私は慎重さに欠けるくせに後悔しやすく、立ち直りが遅いタイプ。この曲の間、何度か母のひじが当たったような気がするのですが、励ましてくれたのかな?

休憩時間に出会った小学生たちは・・・
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by eastwind-335 | 2006-11-21 21:01 | 日常 | Trackback | Comments(0)

ライオンキング

今日は、劇団四季の「ライオンキング」を見てきます。
昨年は「キャッツ」。

劇団四季といえば、一番最初に見たのは、「クレイジー・フォー・ユー」でした。当時のアルバイト先の人がお芝居好きで、誘ってくれたのでした。母の影響をうけ、子供のころからアメリカのミュージカル映画が好きで、ガーシュイン好きな私は、喜んでついて行ったのですが、日本人が金色のカツラを被って「ポリー」だの「ボビー」だの言うのは、私には納得のいかない話でした。ダンスも下手というのではないのですが、MGM映画で育った私からすると、ううーん・・・と思わざるを得ないし、四季のファンは独特だし・・・。配役表を見て、自分の贔屓さんが出ないと、その場でチケットを別の人(あの頃、チケット入手自体が難しかったんです)に売っている、なんていうのも目の当たりにして、私には、なんだか納得できないことが多すぎました。

その後、彼女も関心がバレエにスイッチしたので、四季のミュージカルを見ることはありませんでした。それが、去年、今年と、年長の知り合いに頼まれてチケットを買って、年に一度ですが母親と見に行っています。

二人とも、金髪のカツラは嫌いなのですが、去年のキャッツにしても、今年のライオンキングにしても、動物の被りものですからねえー。違和感なし。
母なんて、昨年のキャッツでは、客席脇の階段からネコのように下りてきた俳優たちを「本当のネコ」だと思っていたぐらいですから。

数年前に話題になりましたが、私、ライオンキングとジャングル大帝(by手塚治虫)の違いがどうもわからないので、今日、しっかり見てきます。

そのまま、母は2泊する予定なので、次の更新は月曜夜の予定です。
みなさま、良い週末を!
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by eastwind-335 | 2006-11-18 04:54 | 日常 | Trackback | Comments(2)

東風のささやかな毎日のささやかな記録


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