カテゴリ:旅の思い出12朝帰りde欧州旅行( 44 )

あの時は二つの国だった(28)千鳥足でさまよう

Uefer Festとは、マイン川両岸にある、期間中500円のバッチを買っておけば美術館を無料でいくつも見学できる美術館祭りであり、また川の両岸で行われるフランクフルトの「夏祭り」でもあります。

前(といっても16年前ですが)は、ゲーテの超集中クラスに参加中で、レベルは様々だったけれど仲良くなった6人で祭りに行きました。橋の上がディスコ状態になっていて、あの夏、猛烈流行した「マカレナ」を踊った思い出があります。あはは、若かったなあ(遠い目)。いや、私の隣はいい年のおばあちゃんだった。
(今年は江南スタイルのはずなのに、私が歩いているところでは流れてなかった・・・)

a0094449_1910378.jpg今回は川の北岸から南岸へまわりました。
たくさんの橋がありますが、当たりが良かったのか・・・・すごい人でした!!!!南側のほうが楽しいのかしらん?

a0094449_19111249.jpgテレビ局の人なのかな?取材のレポーターさんもいまーす!と、橋の端を歩いていたら・・・!!!

ここも南京錠アート状態。湘南平かソウルタワーか・・・・?
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ドイツの南京錠アート(仮称)、なんだかとっても気になります!偶然?たまたま?

a0094449_19141414.jpgそして南岸(すごい人混み!)についた!と思ったら、あらら?

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独身さよなら会はこの曜日(土曜日)が多いのかしらん?前週のベルリン到着日(土曜)もお揃いの恰好で集まってる人たちがいたのだけれど、どうも独身さよならパーティーらしい。男女取り混ぜての独身さよならパーティー。Game overって・・・。結婚もある意味ゲームなんじゃ?(コラコラ)。
a0094449_19174812.jpg実は橋を渡る前にレーマーで見かけたグループもそうなんです。私がら不思議そうな顔をしながらカメラを向けているのに気付いた花嫁の母(写真右)がやってきて、「うちの娘がもうすぐ結婚するんです!みんなでお祝いしてるから、あなたも飲んで!」と小さなカップを渡されました。
物を売るのは何か意味があるのかしら?
いずれにしても、おめでとう!おめでとう!


そして、美術館へ行くつもりだったのが・・・。足を止めたのは、こちらを見ちゃったから。
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1人でお酒なんて、実家の母が知ったら卒倒しそうですが「カクテルだし、いいよね?」と思って1杯いただくことに。

ああ、どっかに座ってゆっくりしたいな~と思いながらカウンターに寄りかかって飲んでいたら、日本人奥様たちのグループが。駐在でいらしてるのかなあ。小学生ぐらいの子供たちをそれぞれお連れだったので、いわゆる「ママ友」みたいです。日本語でワイワイと「何にする~?」などとお話してるのが聞こえてきました。
その一瞬だけ「一人ってつまんないなあ」と思いました。
母語が聴こえないところに一人でも怖くも寂しくもないワタクシですけれど、思い返せば、前回は6人が中途半端なドイツ語をそれぞれ駆使して意思疎通を図っていたんだなあ。あれ、おいしそう。あそこ、おもしろそう。あの人かっこいいね、などなど。
a0094449_21593688.jpg川岸に座って缶ビールを飲みながら、自分の国のお祭りとの違いなんかも話したりしたなあ~。
一人っていうのは、こうも人が密集しているところでは寂しいなあ・・・・だいたい、みんな連れがいるもんね~とマンウォッチング。


あんまりにも寂しくなったので(笑)、美術館に駆け込むことにしました。
ところで・・・・あのカクテルけっこう強かったカモ?それともすきっ腹だったのがいけないのか?(←昼は市場でソーセージとパンを食べただけ)人の流れに沿うように歩いているうちに、顔が熱くなってきました。頭もポワーンと。相当赤く、またトロンとした顔になっていたと思います。飲んでるときから「効く~」という感じだったから、日本人ママさんたちにも見られていたかも。ま、そういうことで、めずらしくカメラを向ける余裕もなく・・・。べ、別に羽目を外していたわけじゃないんですよー。冷たい水が一口飲みたい程度でしたよ(笑)。

a0094449_6545930.jpg美術館でも、一部屋はバロック音楽を演奏していたり、特別展をやっていたり。いつもと違って、人がたくさんいて(といっても混んでいる、というわけでもなく)、小さな美術館の場合にはホームパーティーに来た感じでした。
←この方も作品なのか?


a0094449_6555753.jpg美術館だけでなく、企業によっては中庭の部分を提供してライブ(一応ジャズライブと銘打たれてましたが)。
それが、なんと!プログレバンドだったんですよ!
よく家人が聴かせてくれる音楽そのものじゃん、と思いながら演奏者のプロフィールが載ってるチラシを読んでいたら、あらら、あらら、インスパイアした楽曲のCD、我が家にごろごろあるってば!というものばかり。で、馴染みの曲だったので私も芝生に座ってしばらく音楽休憩をしました。


a0094449_6563377.jpgオリーブの木で作られた杓文字を買い、

a0094449_657428.jpgアーティストの作品が並ぶテントを冷やかし

a0094449_6592416.jpg16年前は同級生たちと「この歌手って有名?」なんて言いながら楽しんでいたライブ会場を横目に

橋を渡って北側へ戻ることにしました。
a0094449_725187.jpg次はそっちも行くからね~!(以前ホームステイしていた方向)

a0094449_7425469.jpg橋の上には、方向指示まで出てましたよ!
すでに夜8時をすぎています。でも明るくて・・・祭りはまだまだこれからです!
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楽しんできてね!!

そして、最後の買い出しのためにKaufhofへ再び。

かつての日本人団体には三越があったから・・・(続き)
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by eastwind-335 | 2012-12-23 22:57 | 旅の思い出12朝帰りde欧州旅行 | Trackback | Comments(0)

あの時は二つの国だった(27)あら?え?そう?

私にとっては観光地であるフランクフルトは、実際は金融都市であり、また多くの方々が暮らす生活の場でもあります。観光客の多いレーマーやデパートなどが並ぶハウプトヴァッヘのあたりをわずか数本外れた道を歩くと、そこにも店舗が並ぶのですが、人通りが急に少なくなるところもあります。いわゆる地元の人のお店なのでしょうか。

2週間の超集中コースに参加した時の思い出の一つは、現代美術館見学でした。ここもちょっと外れたところにあるといえます。
見学当時はアラーキーの写真展をやっていた時期で、今や死後になったブルセラ等の写真を前に、コースで唯一の日本人だった私は、「どうして日本人は・・・?」「日本人って・・・?」といろいろなコトを質問されました。が、クラブもバーもホステスとも縁のない人たちの中で仕事をしていたこともあり(父もそういうところに本当に縁がない人でした)、説明をしたくとも事情を知らないことばかりで、ドイツ語以前の苦労があったことを思い出します。
見学の帰りに先生が「文学者が多いカフェに行きましょう」と誘ってくださったなあ~なんて思いながら、美術館近くに向かうと、Uefer Fest協賛なのでしょうか。屋台が出ていました。
a0094449_2213074.jpgアイスクリームを売っているようです。

a0094449_22287.jpgあら、おいしそう!

蜂蜜アイスだそうです。美術館と蜂蜜アイスの関係は?と思って売り子のお二人に伺ったところ、なんとこの現代美術館産なんですって!
a0094449_2244236.jpgこれがその蜂蜜。美術館の屋上で養蜂しているんだそうです。日本でも銀座などのビルの上で養蜂をしてますよ、と説明したら「あら、ほんと?!」とのこと。
アルプスの少女ハイジが「空が見えない」と夢遊病になってしまった大都会フランクフルトですが、美術館でこんなプロジェクトがあるなんて、ステキですよね!
土地の蜂蜜を買うのは私の旅の思い出づくりの一つですので、もちろん買いました。Uefer Festでなくてもミュージアムショップで販売しているそうです。
フランクフルトにわざわざ観光に行く方は少ないかもしれませんし、チト重いし、無事に持ち帰れるか・・・ですが(液体物扱いのためスーツケースに入れなければなりません)、それが気にならない方にはよいお土産になると思います。


いつ歩いても人が少ない通りだなあと思いながら横断歩道待ちをしていたところ・・・。
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え?え?ここはドイツはフランクフルトだよね?
日本人スーパー?
そちらへ向かって歩いているアジア系の女の子たち、みんなコスプレしてるし!実は、秋葉原にいる女子のように小さなスーツケースを引っ張っていた!これもUefer Festの呼び込み?
a0094449_22241182.jpgお店の中に入るには勇気がいりましたので、外から撮った写真です。親の都合でいやいやドイツへきたアジア人の憩いの場所なのでしょうか?


次は、これまで一度訪ねたいと思っていたところへ・・・。

ハイジの頃もそうだったのかしらん(続きです)
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by eastwind-335 | 2012-12-17 22:01 | 旅の思い出12朝帰りde欧州旅行 | Trackback | Comments(0)

あの時は二つの国だった(26)独身最後の旅をふたたび

フランクフルトで宿泊したのは、駅前にあるSteigenberger Hotel Metropopitanです。

a0094449_1138514.jpg駅の北側出口の真ん前にあります。写真では右手並びの建物の真ん中にあたります。

いつもは南側出口近くにあるホテルなのですが、そこが満室だったこと。その隣のメリディアンも割と安い部屋が出ていたけれど一度体験しているので、新規開拓ということと、その時は「11月にはヘルビーのライブにいくかもしれないし」ということで予習を兼ねていたのでした。
口コミには「バスタブがあって疲れが取れる」とあったので、ベルリンでは入れないお風呂を楽しみにしていたのですが・・・。一番安いカテゴリー(それでもいつものお部屋代の1.5倍ぐらいしたんですけれどね!)はシャワーオンリー。なんでもよく調べなくてはなりません。
a0094449_11385796.jpg冷房が壊れていたので部屋の交換をしてもらえました。数階上に上がると同じカテゴリーでも部屋の広さもやや広く、窓からの風景も「大都会フランクフルト」だと納得できる感じ。

a0094449_11392554.jpg朝はレストランでビュッフェスタイルです。


フランクフルトに2泊する理由は、「独身最後の旅行よ、ふたたび」なのです。もう15年以上昔、フランクフルトのゲーテの超集中クラスに2週間言ったのが私の独身最後の一人旅だったのでした(途中までは父と一緒)。その時も8月最後の週末もはさんでいたのです。その時に体験したのがUefer Fest(川岸祭り)。マイン川に沿ってフランクフルトにはたくさんの美術館博物館があるのですが、そこにわずかな入場料で夜遅くまで入ることができ、また、両川岸にはたくさんのお店がでる、夏祭りです。

まず最初はユダヤ人博物館へ、です。本当はシナゴークにも行きたかったのですが、駅の観光局で紹介された住所にはシナゴークはありませんでした(とほ)。急いで、夜は歩いちゃいけない駅前に広がる一帯を横切りました。
a0094449_11411036.jpg縦断は写真の通りの感じでこわくありませんよー。
これまでも何度も歩いたことがありますが、平日の朝だとサバの燻製やサバサンドが出る時もあり、身なりの良い会社員が買っていることも。

しかし、横断は初めて。さすがの私もカメラを仕舞って歩きました。どうも、上を見ると「いらっしゃーい053.gifな感じの看板だし、お仕事帰りのお姉さんとか、お姉さんに見えるお兄さんとか(素人の中年が後姿でお姉さんだと思って声をかけたら同性だったため「ちくしょー」とかなり怒ってました!)腰を振って歩いてるし。ゲームセンターみたいなところではケンカがあった後らしく婦警さんが「あんたらー、いいかげんにしなさいよぉ」とヨレヨレヘラヘラな若者たちを前にどなっていたり・・・・。

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独身の時もこの博物館に来たことがあったのだけれど、この場所だったのかなあ・・・。
フランクフルトの裕福なユダヤ人邸宅に、その頃の生活を再現したようです。
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15年ちょっと前の時の展示の内容はあんまり覚えていないのですが、こんな感じだったかな?
ベルリンの重たい展示に比べると、フランクフルトの中でお金があるとどういう生活ができるかがうかがえる内容で、19、20世紀初めのユダヤ人社会の日常を知りたいと思う方には入門としてもオススメです。
a0094449_11502310.jpgちょっとびっくりするかもしれませんね。

a0094449_11545227.jpg細かい細工に目を奪われました。こういうものを作ったり誂えたりするのは、それなりに財力があったんだろうと思います。


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マイン川岸はまだまだお祭りの準備の時間じゃないだろうなあ~・・・と思いながら写真とは反対方向に歩き始めると・・・・!
ありました!ありました!食べ物屋さんがお昼にむけてちらほらと準備を始めてます。
a0094449_1158506.jpg子供が遊ぶ場所は早くから準備されている様子。

a0094449_11591123.jpgパン屋さん。イタリア系みたいです。オリーブを織り込んであるパン(左上)など美味しそうだったなあ。帰国日だったら間違いなく買うんですけれど・・・。

a0094449_1159329.jpgマジパン細工、ドイツのはどうしてこんなに「本物みたい」なんでしょう!食べるのがちょっと怖い感じがしますよね(笑)。ドイツ人はどんな時にどうやってこれを使うのかしらん?

a0094449_1225518.jpgうわわー美味しそう。でもまだ少ししか焼いていないのね。

食べ物の屋台だけではありません!
フランクフルトにある会社、川岸からやや離れた博物館なども出店してます。
a0094449_13141264.jpgここは劇場のブース。好きな言葉の缶バッチを無料でくれます。

a0094449_13151822.jpg車のディーラーなのかな?子供が風船をもらって嬉しそうでしたよ!
クマのスタイルがどうにも気になって困ります(笑)。緑っていうのも・・・(笑)。

そして、フランクフルトを代表するAGといえばこちら!
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シーズン開幕戦を数時間後に控えたフランクフルトです!
a0094449_1318980.jpgマフラーほかグッズを扱っていました。もうHPではチケット売り切れとあったのですが、ひょっとして・・・とお兄ちゃんたちに「今日のチケットある?」と尋ねたら「ないよ!俺たちだって持ってないから店番なんだ」とのこと(笑)。試合の予想を尋ねると「大丈夫、勝つって」「日本人もいるの、知ってる?」と力強いお返事がありました。しかし、その日本人である乾君グッズはありませんでした。

a0094449_13202141.jpgこちらも有料です


次に向かうは、レーマー周辺。

変わったような、変わらないような(続きです)
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by eastwind-335 | 2012-12-10 22:47 | 旅の思い出12朝帰りde欧州旅行 | Trackback | Comments(0)

あの時は二つの国だった(25)Kopf hoch!

サッカーで負けが続くクラブのHPなどで、コメントのなかに「Kopf hoch」という表現が出ることがあります。
モウリーニョが、選手が試合を落としうなだれたときに、うなだれないように頭を高く上げろ、というジェスチャーをしたこともありましたね。
日本ではあまり使わない表現です。

a0094449_15542428.jpgベルリンの霞ヶ関というべきブランデンブルク門周辺から再びポツダム広場駅へ戻り、バスに乗り換え。乗ったのはSonnen Alee(太陽通り)行き。太陽通りとは、通りの途中を壁で仕切られてしまった東ドイツ在住の若者の日常を描いた「太陽通り」の舞台です。実在する通りとは聞いていたのですが、今回はいけないな~とあきらめていたのに・・・。すごい偶然!
とはいえ、太陽通りまで行くのは目的地を過ぎてしまうので、今回は当然あきらめました。


博物館最寄のバス停に到着。Sバーンの駅近くでした。
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なんとなく、なんですけれど、治安がいいとは言えないのかなあ・・・という気がしなくもなく。
a0094449_15574185.jpg落書きや壁の絵のせいではなく、お昼前なのに人がいないってことが、なんですけれどね。

道も臭うというか・・・。
a0094449_15581440.jpgマンションの入り口がこうだなんて、スゴい。

しばらく歩くと、突然、広い道路が見え、19世紀と21世紀というような建物が見えます。
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a0094449_16482498.jpgこれらの建物は地下でつながっています。もともとは1735年に建てられたKammergerichtだそうです。

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ミュンヘンのシナゴーク見学の時も思ったのですが、廊下が狭いような?けれどもそれがユダヤの人たちの空間感覚、もしくは彼らが意図せず連れ去られた空間の意匠なのかもしれません。
いろいろなものが展示されていました。
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持ち主はユダヤ人たちであり、持ち主が分かるものがいくつもありました。
a0094449_16585158.jpg本当は次の代やその次の代の子供たちが遊んでいたでしょうに・・・。

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銀製の燭台ほか、ユダヤ人の人々が大切にしていたものが展示されていました。
この写真の家族はいまどこにいるのでしょう。
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a0094449_17163010.jpgケストナーの作品の挿絵を描いていたトリアーの作品。彼もユダヤ人で、アメリカに亡命していたそうです。

いろいろな展示物の中に、手紙が何通かありました。
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これは赤十字を通じてスコットランドに亡命した15歳の少年からドイツに残る両親へ送られた手紙です。
親を案じる子供の気持ちが伝わってきます。そして、空襲他でつらい立場にある両親を思い、彼は「Kopf hoch」と書いてます。

顔を上げてがんばろう。

冒頭に書いたように、私にとってそれまで、Kopf hochはサッカーの試合につらなる言葉でした。しかし、まだ十代はじめに親元を期せずして離れざるを得なかったことを思ううちに、私は涙を流していました。
私はそれほど涙もろい性格ではありません。みんなが泣いている時に歯を食いしばる、そんな性格です。特に博物館のような場所では、冷静に展示物を見ています。
うまく言えませんが、ここでKopf hochという表現を目にするとは思わなかった、その衝撃が涙となったのかなあ。
この2通の連絡票は、一通は直筆(1940年)、もう一通はタイプの文字(1941年)。
これまで、私は、「Kopf hoch」という言葉は立場が上の人(親、上司、リーダーなど)が下の者(子、部下、同僚)を勇気づける、励ますための言葉だと思っていました。子供が親に使う言葉とは思ったことがなかった、平時だったら使わない表現だったはず。だから、ますます私の胸を打つ文章となったのです。本当だったら励まされる立場であるべき子供からの言葉を読んだご両親はどう思ったでしょうか。これらの手紙は「また(手紙を)書くね!」と締めくくられています。両親と携帯やパソコンで連絡を簡単に取れる時代でも「またね」と書く私ですが、この少年の「またね」から感じるその言葉の重さと一縷の希望に、胸がいっぱいになりました。ちなみに両親はニュルンベルクに暮し、父親はカトリック、母親がユダヤ人。父親が先になくなり、母親はどうにか無事に生き延び、そして戦後息子と再会、アメリカに移住したそうです。

外には亡くなったユダヤ人たちを偲ぶモニュメントが。
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階段はまっすぐですが、各階の部屋はふつうの博物館と違ってまっすぐになっていません。
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いま、ドイツに暮らすユダヤ人の多くは、壁が開いてからやってきた東欧、旧ソ連からのユダヤ人たち。
a0094449_18182226.jpg今回の特別展は、ソ連から来たユダヤ人たち、という写真展でした。

a0094449_18202037.jpg戦争前にドイツに暮らしていたユダヤ人、とくに芸術家の人たちの作品です。

a0094449_18211749.jpgこちらは18世紀、19世紀のユダヤ人の生活を紹介しているところ。

a0094449_1822833.jpg現代のユダヤ人たちが使う道具。素材が現代的なものを取り入れている場合もある、ということです。
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建築家は窓を使って明かりを取り込む階段にしています。でもその窓は同じ大きさではない。
a0094449_1858313.jpgあんまりあれこれと勘繰るのはよくないと思いますが、透明なガラスの窓は小さく、加工硝子のほうが大きいというのは、やっぱり理由があるのかな。

時間の都合もあって、駆け足での見学になってしまって、心残りです。また、いつか来たいし、日本でこういう展覧会ができるようになったら、日本の博物館行政も褒めてつかわそう(え?)。

またね、ベルリン!(続きです)
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by eastwind-335 | 2012-12-03 18:31 | 旅の思い出12朝帰りde欧州旅行 | Trackback | Comments(2)

あの時は二つの国だった(24)雨の朝、ベルリン

今日でベルリンの滞在はおしまい。午後から移動です。
前日までの好天と打って変わって、朝から雨。
どうしても行きたいところがあったので、バスにのっておでかけです。

a0094449_7572644.jpgZoo駅から一般路線バスながらベルリンの観光名所を実は回ってくれるというバスに乗って・・・
晴れていたらバスからの眺めも良かったことでしょう。
それでも、窓から通りを見ていると、街並みもですが、時々目にする看板に大声を上げそうに。

CDUの本部とか!うわーうわーうっわー!メルちゃんいないかな~。(と一人でワクワクしてシャッターを切り損ねた)
a0094449_7585790.jpg「ベルリン天使の詩」のオープニングね!

みんなが降りるのでつられるように降りたのが、議事堂前。
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ZDFのニュースで時々見ていましたが、ほんと、ガラス張りなんだ~。内部も見学できるそうですが、時間がなくて断念。日本の国会議事堂も小学生の時に見学したっきり。次はぜひガラスの内側に入り、ZDFの記者よろしくポーズを取って写真を撮ってみたいわ!!
a0094449_7594453.jpg議会の裏側はオーソドックスな建物です。すでに早起きチーコク人のご一行が観光中。

a0094449_813885.jpgメルちゃんち?大統領府?雨なのでガイドブックを広げることができません。

日本でいったら霞ヶ関のようなところを歩いているわけですが、さすが21世紀に向かって作っただけあって重厚というよりもモダン。
a0094449_83412.jpgいわゆる議員会館のようです。

目的地の一つARDにむかったものの、カスタマーセンターはまだ開いていないというので、先に「22年前をもう一度」企画を一人催行。
22年前、西ベルリンで訪れた美術館。なんでここへ行ったのか、よく思い出せないのですが、たぶん「地球のすっころび方」に紹介されていたのでしょう。その時の特別展が「第三帝国から排除された絵画」つまり退廃絵画展だったのでした。
・・・・があの時どうやってここへたどり着いたのかわからない私。
とにかく、22年前のアルバムを実家で見て、ここに行ってみよう、と思ったのでした。

でポツダム広場へ向かうために地下鉄へ・・・と思ったら「あらら、そうか、ここ、ブランデンブルク門だ!」と。
a0094449_8163376.jpgヌッテラ仕様の車の向こうにブランデンブルク門が見えますよ!

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まだまだ観光客の少ない時間のために、こんな姿まで見ちゃいましたよ!サンタはいない、と知ったときと同じぐらい私にはショックでした(笑)。
a0094449_8182147.jpgチーコク人団体さんと一緒になってしまい、写真を撮るのによい地点はすべて彼らが占領(笑)。それでも穴場的な良い場所を見つけてカメラを構えようとすると、数名が写真に入ってくる~!!しかもカップルで!あれこれポーズを取る彼女のために一生懸命シャッターを切る彼氏。昔の日本人もこういう感じだったのかなあ・・・。きっとそうなんだろうな。


地下鉄でポツダム駅へ。DBポツダム駅の近代的な内装にびっくりしながら地上へ。
a0094449_8184880.jpgソニービルですね。レゴで作ったキリンがお出迎えです。雨も止んでいたし、バスの乗るほどのこともなかろう、と目的地まで歩きます。

a0094449_8201268.jpgあら、子供向け番組の回顧展?これって「月に向かっておしおきよ!」のアニメじゃ?

ベルリンフィルを通り抜け、向かったneue nationalgalerie。
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まだ、あの頃のドイツは全面ガラス張りのような建物は少なかった気がします。そして非常に静かな日曜の朝だったにもかかわらず、この地では朝からローラースケートを履いた若者が(あの頃世界的にミュージカル「スターライト・エクスプレス」が流行っていたからかな?)階段を飛び越えたりしてたのも印象的でした。思い出のままの形でしたが・・・。周辺は思い出と違う。22年前は意識してなかったけれど、思えば、東ベルリンとの境、といってもいいところだったのですね。
時間がなかったので、中には入らず、来た道を戻ります。再びブランデンブルク門駅へ。
階段が印象的でした。
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そしていよいよARDへ。
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a0094449_8261058.jpgショーウィンドには子供に人気の番組グッズが並んでます。

a0094449_8265832.jpg大人向けにはドイツで人気の刑事モノドラマのDVD

そして、カスタマーセンターに入ると、ドイツの物言わぬアイドル「Maus」が。
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残念ながら、人気グッズらしくて、Maus関係のものはまーったくなし。お姉さんが「ごめんなさいねー。日本から来たんでしょ?お土産屋さんのほうがあるかも」とのこと。
いい年してキャラクターグッズを買うのはやめなさい、ってことなのかもしれません(笑)。
ARDの近くにも川が流れています。橋からは国会議事堂も見えます。
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・・・・?!
ここはソウルか、湘南平か?
あちこちにキーホルダーが結び付けられていました。
ハート形もけっこうありましたよ!
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a0094449_8285734.jpg橋の向こうには若者に人気(に思われる)RTL。中央駅からZDFとかも見えた気がするのだけれど、このあたりってことなのかしら?


もう一つの目的地のために再び地下鉄駅へ・・・・
あれ?さっきのブランデンブルク門とは雰囲気が違う。
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えーっとドイツ版「スタハチ」?白バイ野郎の集まり?カメラ向けちゃいけないかな?と思いながらもシャッターを切ると、気づいた一人から手招きされました。
うわー、叱られるのかなあ・・・。
「もっと近くで撮ってもいいんですよ!」なんともフレンドリーな警察のみなさんです。でも調子にのって撮りませんでした。
パトカーも出ているし、何事なのかなあ。今日は通行止めなのでしょうか?お祭りでもあるのかしら?と尋ねたら、なんと、ギリシャの財務大臣が来独中で、これから大統領に会うんだそうで・・・。
「ほら、財政問題があるだろ」と。
しばらく待てばそこのホテルから出てくるよ、とのこと。
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いいのか、こんなユルい感じで!?
しかし、これから向かう場所があるので、残念ながら夜のニュースを見ることにしました。
ちょっと緊張して移動です。
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by eastwind-335 | 2012-12-01 08:35 | 旅の思い出12朝帰りde欧州旅行 | Trackback | Comments(2)

あの時は二つの国だった(23)再訪してみた

さて、家人と別行動をとったワタクシ、向かう先はここ。
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もう何日も通っている駅ですが、時間帯によってその風景が異なるのを体験できました。
駅前に市が立っていたのです。
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a0094449_454041.jpgおいしそう~。しぼりたてのオレンジジュースを買いました。お姉さんが親切な人でした。

こちらのジューススタンド、オレンジの形をしてるんですよ!
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a0094449_20193516.jpgオリエンタルな温かいものは帰りに買おうっと・・・。


向かう先は、ユダヤカフェ Beth。
実は2日前にもここへやってきたのですが、休店日だったのでした・・・。
代わりに行ったお店はこちら。Bethからほんの1分もしません。
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a0094449_18201023.jpgボヘミアンな感じがするカフェレストラン。
原則相席なんですよ~。自然と誰かと話をする感じです。

私たちは外でいただいていたのですが、急に雨が降った夜でして、相席した人たちと横一列になって日よけの下に座ったり、ショップカードを欲しいといったら気の良い店員さんがマッチ箱を工夫して「ごめん、カードはないからこれでね!」とお土産を作ってくれたり。
a0094449_18224074.jpgお食事もよかったですよ!


a0094449_20143378.jpg中村本にも取り上げられているカフェベーテ。ここのビルはユダヤ人居住者が多いのでしょうか、警察が警備に立っています。物々しいともいえますが、そういうことになった背景を考えたら、第三者が物々しいというのはどうなのかなあと思う私です。

ちゃんと、守ってあげてください。
いつか、こういう種類の仕事が必要ない時代が来ますように。
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もうお食事の時間は終わっていて(6時には閉店する)、お茶だったらいいですよ、とのこと。
a0094449_20171521.jpg店内での撮影はお店の方が撮ってくれるのはいいそうですが、客による撮影は禁止とのこと。なので、中途半端な写真ですが(私が映ってるところはcutした)とっても美味しいチーズケーキをいただきました。

今度はランチの時にでも来たいな~。店内には数名のお客さんが礼拝のあとの夕食会の予約に来ていました。どんなお料理なのかしら。

a0094449_20184430.jpg数日前の夜を過ごした通りでしたが、その時は気が付かなかったけれど、この通り、ケーキやパン屋さんが充実してる「カワイイ」通りでもありました(中村本にも紹介されているお店もあります)。

この頃、今のベルリンについて日本語で書かれたガイドブックがよく出ていますが(平均すると1年に1冊ぐらい。これってスゴいことだと思うのは私だけかしら)、その視点は「カワイイ」。ベルリンを「カワイイ」で括る日が来るとは20世紀の私には想像できなかったです。

さて、市場での買い物を楽しみに駅に戻ると・・・
あーん、閉店の時間でした。
a0094449_20245897.jpgこれが食べたかったのにぃ~!!!

ジューススタンドも、オレンジちゃん(!)になってましたよ!
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そして次に向かうは、再び博物館島。

ジャガイモ大王ばんざーい!(続きです)
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by eastwind-335 | 2012-11-26 21:56 | 旅の思い出12朝帰りde欧州旅行 | Trackback | Comments(2)

あの時は二つの国だった(22)ポツダムといえば

日本人のかなりの人がドイツにあるのを知っているけれど、どこにあるかを正確に知らない地名の一つが「ポツダム」だと思います。

私は中学の頃、フルート吹きだったので、サンスーシ城でフルートを吹くフリードリヒ大王の絵、というものをみたこともありました。そこがポツダムの地にあると知ったのは、大学の西洋史の授業の時だったと思います。
(高校の時、普通は世界史の授業で習うんでしょうけれど、そういう学校じゃなかったもので・・・)

前日、彼が来ていたというブラウス(寝巻用?)を博物館で見て、「うわー、ホントに大男だったんだ!」とびっくりしたワタクシ。あのサンスーシ城の、憂いある表情のフルーティストは大男だったわけ?!と一人びっくりしていたのでした。フリードリヒ大王の「大」は偉業をたたえて、と聞いてますが、ホントは「大」男だったんだと信じてます。

a0094449_21535618.jpgZoo駅で家人と待ち合わせをして、向かう先はそのポツダム。向こうで、お仕事でご一緒した日本人の方々や各国の方10余名でポツダム見学をすることになったのでした。英語で解説してくれる方が待っているとか。

車窓からの風景で一番印象に残ったのがコチラ。
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a0094449_21553124.jpgポツダム駅に到着

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ここから待ち合わせ場所の旧市場までは徒歩でもそれほど時間はかかりません。
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a0094449_21584456.jpgトラムも走ってます。

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あれ?工事中?
a0094449_65213.jpg橋を渡って川を越えます。
橋は比較的新しいもののようです。

途中、昔映画館だったところでお昼ご飯を頂きました。
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内装もお料理もやや中東系のものが多かったかな?
集合時間まで30分しかなかったので、家人はmenuにしたものの私はケーキを頼んだだけ(正解だったかも。家人はギリギリに食べ終わってたから)。
壁にはここの歴史が記されていました。もとはオランジェリーだったのですね(確かに横から見ても上から見ても採光を考えている建物と思いましたが)。
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食事を終え、どういう国の方と一緒になるのかな、とやや緊張しながら、待ち合わせ場所に向かいます。
方向指示版の通りに歩くと、狭い道が。草ぼうぼう!にはびっくり。でも、こう言っちゃナンですが、この埃っぽい感じが私のイメージする旧東ドイツなんです・・・。本当は、手前の工事のために手入れをしていないだけで、いつもはこんなことではないそうです。
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向こうに見える建物と対照的な感じ。若い人が行きかうので注意してみたら、左手の建物はHochschuleの建物でした。街の図書館も入っているようです。
そこを抜けると、違う空間が!
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オベリスクの向こうは市役所(左)とポツダム博物館(右)です。
ウォーキングツアーで一緒になったのは、南米の方やスペインの方でした。解説は、ドイツ人と結婚しベルリンに暮らすアメリカ人男性。

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ニコライ教会は中も立派でした(撮影は控えました)。これも再建したものみたい。日本的基準で考えるとカトリック的な建築物ですが、実はここもプロテスタント。
オベリスクがある広場の向こうは、目下再建築中の宮殿。より本来の姿に戻すのだとか。
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ここをスタートに、フリードリヒ大王の話を交えながら、街のあちこちを歩きます。
a0094449_7505648.jpgまずは、みんなが不思議がっていた建物。ポツダムのHochschule、旧東ドイツっぽいデザインだな~と思っていたらやっぱりそうでした。

古い市があったところから通りを挟んでノイエ・マルクトへ。
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バロック式の建物でできている一角。18世紀の趣を残す建物でできている一角です。フリードリヒ大王も小さなころここにいたことがあるのかな?(もはや説明も記憶のかなたへ・・・)
屋根の上の彫刻が面白く写真を撮っていてほとんど聞き逃してました(汗)。
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a0094449_9112015.jpg向かいにあるのがKabinethaus。ここで生まれたのがフリードリヒ大王の後を継いだ国王(フリードリヒ3世)。弟の子供だそうです。

フリードリヒ大王はあんまり女性が好きじゃなかったらしい、とか、ここが役所の一つだったとか、そういう話を伺いながら、一見するとなーんでもなさそうな道を歩きます。しかし実はここもポツダムの旧市街の端っこ。いろんな歴史的由緒のあるところなのです。そんな道にあったのが、ジャガイモ大王、じゃなかったフリードリヒ大王を偲ぶ展覧会のポスター。ジャガイモもこんなにステキに描いてもらえたら(笑)。
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おや?撮影中!
a0094449_9191919.jpgいかにも「再建しました!」という建物が遠くに見えます。ポスターにでも使うのかな?暑い夏日でしたが、モデルさんたち、顔色変えずににこやかにカメラをむける私たちにも微笑んでくれました。

a0094449_9204797.jpgさらに歩くと、ポツダム大学。ドイツ統一後にできた大学なんだそうです。
にしては、壁のイラストは東っぽい?ここはコンピュータサイエンスの学部の建物だとか。

a0094449_9383131.jpg向かいの公園にはグロッケンシュピールが。

そして、フリードリヒ大王の時に軍が置かれていた場所も近くにありました。
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a0094449_9395335.jpgこのツアーで初めて知ったのですが、軍に関係する建物には、大砲などのモチーフが壁にあるんだそうです。
ポツダムは軍都でもあったのかな?


軍人の住まいも多かった地域。身分が低いと屋根裏部屋に部屋をもったそうです。
a0094449_9405824.jpg・・・あれ?家人が少佐の町に長期出張していた時もこういう部屋だったはず・・・。出張先が用意してくれた部屋が高過ぎて日本側からもっと安い部屋にするように言われたのでした(笑)。

建物の外装から暮らす人たちの階層がわかるとは興味深いです。とくに、欧米は街中は圧倒的に集合住宅が多いから、「素敵な外装」なだけで通り過ぎそうになりますが、建物の話を聞くと、いにしえの日々が想像できる気がします。
a0094449_9424218.jpgここは衛兵待機所。

a0094449_11224526.jpgここまでが昔のポツダムの町だった、とわかる城門が残されてもいます。

そんな19世紀の日々でポツダムの町が終わったのではない、つまり現代性のある観光資本を持ち合わせてます。
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かつてシュタージがあったところ(中には入らなかった)です。
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a0094449_11353136.jpgさらっと道に事実が記されています。ほかの建物とさほど変わらない外装。

手前はお土産屋さん。壁の雰囲気も新しい感じだし。
a0094449_1136151.jpg周囲はこんな感じ。

a0094449_1136578.jpg子供たちが踏んでいるものは音がするもので、この男の子、とっても楽しそうでした。

a0094449_1137289.jpg聖家族よろしき像もありました。

1990年以前からこのあたりの雰囲気はこうだったのかと伺って見たらよかったな、と帰国して写真を整理した時に思いました。が、この日は暑くて暑くて・・・。
ここからまっすぐ行ったらサンスーシー宮殿というところでガイドさんとはお別れ。
彼とともに歩いたのはこの地図の通り。
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ポツダムといえば(続きです)
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by eastwind-335 | 2012-11-17 12:05 | 旅の思い出12朝帰りde欧州旅行 | Trackback | Comments(0)

あの時は二つの国だった(21)ベルリンは水の町

この日は、午後から家人や仕事先の方と小さな遠足をする日。
午前中は私は東ドイツ政府がベルリンに「再現した」伝統的な街ニコライ地区へでかけました。
そもそも、私が高校時代に知っていたドイツは第二次世界大戦で空襲を受けた国の一つ(空襲を他国へ行った国としても、ですが)でした。ところが、大学生になって初めてドイツに行ったとき、伝統的な町並みの町が多く(ミュンヘン然り、アウグスブルク然り、ノイシュバンシュタイン城しかり、ケルンしかり・・・・)、京都や奈良のように空襲を受けなかったのかな(←決して空襲を受けなかったわけではない、ということを後に知りますが・・・。)と思ったほど、大きな建造物が銅版画に描かれたように街のメルクマールになっていたことに驚いたものでした。

けれど、空襲の度合いは様々ですが、私が見た街並みはやはり再現されたものが多かったのでした。
しかし、それは空襲後わりとすぐのことだったのではないか、と思うのです。それが、1987年に東ドイツ政府がベルリン市制750年を祝って「作り出した」いにしえの町があるなんて!
このニコライ地区のことを知ったのは、この夏のベルリン775年祭の一環として、19世紀ごろの服装で町の住民がお出迎えするというイベントが市のHPで紹介されていたからです。残念ながらイベントの日にはベルリンを離れることにしたので行けなかったのですが、街のことを調べていくうちに(ネットって本当に便利)「作られた町」の見学もいいんじゃないかな~と思いまして・・・。

中村本にも紹介がもちろんありました。今回の旅行では、日本語で解説が手軽に読めることもあって、この本には非常にお世話になりました。ただ、ほとんど「初めて」に近い人間にとっては、個別情報は非常に役立ったものの、地図の距離感が今一つちゃんとつかめなくて・・・。近いのか遠いのか。やっぱり自分の足で歩かないとわからないものですね。

まずはKloster Str.駅で降りて、中世の城壁、つまりベルリンの中のベルリンを目指します。
が、さっそく足止め。
だって、駅の内装がいいんだもん。
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ベルリンのSバーンやUバーンの駅ってそれぞれ個性がありますよね~。一番足りないのは、案外中央駅ではなかろうか?とすら思ってしまう私です。まだまだ開発途中の地なのでしょうか?
a0094449_1327076.jpg階段を上がり、方向を確認するためにキョロキョロ。
振り返って見えたビルの壁に詩?手前に新しいビルができるのかしら?工事中かしら?

ハッ、いけない、いけない。今日は時間が限られているんだったわ・・・と、中世の城壁の方面へ・・・と中村本の地図を片手に向かい始めると・・・。
a0094449_13283592.jpgあら?ちょっと変わった建物ですねー。

目的地に着く前にまだまだ気になるところが。
a0094449_13301559.jpg一見するとふつうの教会だけれど、何か違うような?そして、私はカトリックよりもプロテスタント教会のほうに反応しやすくて・・・ここがどうもこの地区のプロテスタント教会のある教派の中心らしき看板もあり・・・。

あ、中に入れるんだ~。私の印象ですが、観光資源となっていないプロテスタント教会っていつもオープンというわけではないんですよね。平日でもオルガンの練習の時とかは入れるけれど。
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中に入ってびっくり!
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前々日のボーデ美術館での十字架を見る体験がなかったら、斬新な内装だ!と心底びっくりしたことでしょう。でも、こういう吊り下げ型の十字架ってドイツ特有なのかしら?
a0094449_13394996.jpgこの「パロキアル教会」は建設学校も協力しての再築中のよう。天井がこれまで訪れたことのあるドイツの教会では一度も見たことがない形でした。

が、中村本をよく読んでいなかったため、空襲で受けた被害のままの教会クロースター教会は見逃してしまいました。どうもクロースター教会が、鴎外の『舞姫』にも出ているんだとか。もちろん、時間が限られていたので仕方なかったし、私は実を言うと鴎外の『舞姫』は好きではないのです028.gif。とはいえ、クロースター教会はいわば廃墟。次にベルリンにいつ行けるかわからないので、次はもうないかも?旅は一期一会の楽しさがありますが、中村本を読み返しては「ああ、この地区をもう少し見たかったな」と思うことも。
a0094449_1344378.jpgパロキアル教会の前には市庁舎の別棟があり、そこでは結婚宣誓の後なのか、記念撮影中。おめでとうございまーす

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城壁は一部残されているだけです。とはいえ、よくぞ東ドイツ政府がこれを残しておいたものだ、と思いました。

この街の名物の一つ、赤い市庁舎(旧東ベルリン市庁舎)はその色のおかげでばっちりわかりました。
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シュプレー川沿いの道が散歩道として紹介されていたので、そちらへ向かおうとしたのですが、いやいやびっくり。向こうにわたる横断歩道がありません。交通量が多いので、結局クロースター駅まで歩いて戻ります。

a0094449_13502679.jpgおかげで、再び、詩が書かれたビル前に来ることとなり、発掘中の場所を覗き見ることができました。
ベルリンも京都や鎌倉のような歴史都市のように、掘ったら何か出てくる土地柄でしょうね。特に、ここはベルリンの中のベルリンだったわけだから・・・。ベルリンと考古学、ってテーマで街歩きをしてみるのも面白そう~。


新ユダヤ人通り(歴史的にユダヤ人が多いところだったのね)を川へ向って歩いていると、あら、かわいい!という壁かざりが。気に入ったので、何枚か写真でご紹介。
a0094449_13532833.jpgこの竹のオブジェはアパートの川沿い側にもありました。何に使うのかしら?

a0094449_13554717.jpgアーティストのアトリエがあるのかな?クマのマークも可愛いし、鳥の巣箱のようなオブジェもかわいい。

a0094449_13574634.jpg鳥の巣箱はドイツっぽいけれど、いくつかの巣箱に描かれたイラストはドイツというよりは日本とか韓国の文具で見られるタイプ。あら、封筒がはさんである!

a0094449_13584630.jpg反対側から見ると、モグラアニメの主人公も描かれていました!

ところで、この日はベルリンを歩き回って5日目。
今回のベルリン滞在は、私にしては珍しく、ほとんどの見学地が知り合いから勧められた場所と中村本を参考に「行ってみようかな」というところを歩き回った、やや受け身の毎日。だから、ベルリン市全体の地図が頭に入っていなかった(よくぞ御無事で!笑)。その日一日一日が「点」になっていて、その点が空間として結びついたのは、実は帰国して、写真を整理して、地図を見直してから。
そのため、この写真を撮ったときには、実はこの川(シュプレー川)が博物館島に続いているとは思わなかったし、川幅が想像以上に広くてびっくり。
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そして、川の向こうに広がる風景はまるで東京のウォーターフロント(死語)みたいな風景。
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a0094449_14214114.jpgベルリンの勝どきと勝手に命名!

実は町の中を川が走っている街でもあるんですよね、ベルリンも。
私の中では、ベルリンは22年前のほんの数日の滞在だけがよりどころ。その時は、ベルリンと言えば東西体制の象徴であり、壁こそがベルリンだった。ベルリンの壁は知識として知っていたけれど、ベルリンがドイツのどこにあるかも知っていたけれど、ベルリンという地の地図はきちんと見たことがなかったのです。
滞在4日目までは22年間を埋め尽くす、そんな旅でしたが、この日、私が見たベルリンは2012年夏のベルリンだった、と、このブログを書きながらつくづく思います。

ベルリンはクマの町(続きです)
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by eastwind-335 | 2012-11-03 19:00 | 旅の思い出12朝帰りde欧州旅行 | Trackback | Comments(0)

あの時は二つの国だった(20)22年来の念願達成!

家人と待ち合わせるころには、晴れて夏空になったベルリン。
よくベルリン在住のブロガーさんたちが「アイスを食べた」とこの時期書いているなあ~と思いました。
日本に比べるとお安いし美味しいです。
unter den Linden沿いの観光ど真ん中って感じのカフェでアイスをいただきました。
a0094449_20562672.jpg注文を取りに来たおじさん(イタリア系?)の「奥さん、当然、mit Sahneだよね」に、ケーキにもアイスにもクリームをつける文化圏だったなあーとうなづいたのが失敗。・・・甘すぎました(汗)。
ドイツ人だったら一人分でしょうけれど、私は夏でも冷たいものをあまり欲しない体質。ということでほとんどを家人が食べました。


それから、やはりunter den Lindenにあるニベアショップへ!
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最近開店したのでしょうか?店内は明るく、いろいろなお土産向きニベアが揃えられています。
そんなところに入る理由づけは「ほら、ニベアはドイツ産だから~」ですが、ニベアといえば父ちゃん。
ストラネス、メルセデスとハズレ続きでしたが、いましたよ!いました!この暑い夏日にこんな恰好で・・・。
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残り物のEM12グッズとかあったりして~?という下心で入店しただけでも赤面状態(でも入店する)。店内の撮影だけは必ず断る私、店員さんに断りをいれようとしたところ、6年前のドイツで長期出張中に、父ちゃんが黒髪ということだけで親近感を覚えたという家人が「おい、あそこに、ヨギが!ヨギがいるぞ!写真撮りたいんでしょ?」と。日本語でしたが、家人のお腹はマンホール状態ですので(!)声が響く響く・・・。はずかしくなって日本人観光客がいませんように、と周囲を見回したほどです。
写真撮影はOKでした。家人が「ほら、横に立って!」としつこいので、パネルの横に立って撮影してもらいました。家人のカメラには「こっぱずかしい。たかがパネルじゃん」と不平な表情の私が収まっております(笑)。私はそーいうのは苦手なのです・・・。
さらに、うちの家人ときたら、「すみまセーん」と店員を呼び止めるのでなんだろう?と思ったら、おもむろに日本語で私に「ほら、父ちゃん(→と「正確には」言ってないけど)の写真のついたグッズはないか、って聞いたら?」と。そして「うちのオクさん、ちょっト、ドイツ語、デキます」と怪しげなドイツ語で店員と私を橋渡し。
ないってば!(私はそんなにドイツ語もできナイし、グッズも当然ありません)
お友達にお土産に石鹸を買い、お店を出ました。
a0094449_2174350.jpgこちらの親子、父ちゃんっぽくなるにはどうしたらいいか、母ちゃんも交えて相談中でした(ウソ)。かなり真剣に品定めしてましたヨ(ホント)


そしてさらに西へ向かいます。
a0094449_2110582.jpgたぶん22年前もここにあったと思われるアエロフロート。
お隣はロシア大使館。
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少し行くと反対側にはイギリス大使館もありました。
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そこには、ブランデンブルク門が!
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この日を楽しみにしていただけに、心底感動しました。
門の向こうが見える!!!!
だって、22年前はここを通過できたのは「東西ドイツ人のみ」だったんですもん!私はてっきり通り抜けできるのだと思って向かったら「パスポートを見せてください」と親切な口調の兵隊さんに言われました。そして言われたのが「あなたは日本人ですね。ドイツ人以外は往来ができません」と。
壁は開いていましたが、誰にでも、ではないんだなあーとしみじみ思った時でした。記憶違いじゃなかったら、あの門の向こうは見えないようになっていて、両脇から往来ができた気がします。

天気のよい夏日のブランデンブルク門は、非常に親しみやすい場所で、被り物をした「ベルリンベア」(幼稚園の時、父が、なにかで当たったとかで持ってきたクマのぬいぐるみのように妙に足が長くて、落ち着かなかった(笑))やら、旧ドイツ軍の恰好をしている人やら・・・。
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門を通り抜けるのに、ほんの1分ほどで十分。
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ですけれど、結局ワタクシは22年もかかったんだなあ。
22年前には見かけなかったいろんなコスプレさんたちがいますよ!
a0094449_2134780.jpgイエーイ!

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22年前のあの時は、今の若い人と違って私には将来の計画は具体的には全くなかった(今の人すごいよね。就職して何年でこういう資格をとって、ステップアップして、この頃あれして、これして・・・って考えてる人が多くてびっくりだよん)。自分の中ではこういう仕事に携われたら嬉しいなあという程度でした。さらに、私は目的のために何かをする、という逆算的な発想が本当に苦手。目の前に置かれた仕事を片付けて積み重ねていたらこうだった、という人生をカメよりもグズグズと歩んでます。キャリア構築という点では、同業者の中ではスロースターターで、人より遅れ、後輩には抜かされ、置いて行かれの人生なのですけれど、仕事内容は、この数年は、22年前にやってみたいと思っていたコトへの順番がそれなりに来た。相変わらず逆算ができないけど、ま、そういう生き方しかできないんだから、仕方ない。与えられたことに誠実に、ということだけだなあ、と門の前でシミジミしちゃいました。
a0094449_21275229.jpgママは22年前は何をしていたの?


地下鉄に乗るためにポツダム広場へ向かいます。家人がすでにその道を歩いてきたというので、道案内をしてもらいます(といっても一本道なんですけれどね!)。
あれ?撮影中?テレビ局のマークの付いたカメラが・・・。
a0094449_2142919.jpg伺ったところ、なんか、再現ドラマの1シーンみたいです。こんなところで何の撮影だろう?

a0094449_21432951.jpgそして、ブンデスの恩師から「いけたら寄っといで」と言われた、ユダヤ人を偲ぶモニュメント。家人と一緒だったので遠くから見ただけでした。

a0094449_21462916.jpg家人が急いでポツダム広場に戻りたかったわけは、そのあとに行きたいところがあるから。

でもあるのですが、ココへ私を連れて行きたかったからなのだとか。
a0094449_21441022.jpgベルリンを占領していた国々のスタンプ。

a0094449_21451361.jpg本当はいけないのでしょうけれど、私、パスポートに押してもらいました。で、押している彼ですが「スペインから来た」とほかのお客さんの質問に答えてましたよ~。すんごいアルバイトだわ・・・。


急いでZoo駅に戻ります

二人で初めて行った動物園(続きです)
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by eastwind-335 | 2012-10-28 08:55 | 旅の思い出12朝帰りde欧州旅行 | Trackback | Comments(0)

あの時は二つの国だった(19)22年前にタイムスリップ

早く旅行記を終えないと、だんだん記憶の向こうの思い出になってしまいそう・・・。

しかし、自分でもびっくりするほど、いろんな体験をしていたのだなーと写真を見て思います。
この日は、午前中、チェックポイントチャーリーに。
22年前の3月のある土曜日の夕方、私は「チェックポイントチャーリー」にいました。
そのことは鮮明に覚えているのです。でも、自分がどうやって「チェックポイントチャーリー」」に行ったのか、あんまり覚えてません。実家のアルバムに「チェックポイントチャーリー」の入り口にいたアメリカ兵の写真があって、ウンターデンリンデンの写真があるのに。

「チェックポイントチャーリー」へは、あの頃、どういったのかしら・・・。とりあえず、フリードリヒ駅へ。
ウンターデンリンデンを越えます。というのも、「チェックポイントチャーリー」からまっすぐ歩いて左に曲がってウンターデンリンデンに入った、そんな記憶があったからです(それは正しい)。
a0094449_18424164.jpgが、チェックポイントチャーリーってどのあたりだったっけ?と、U6が線路工事のためにストップしている案内をしていた地下鉄駅員らしき人に質問。

現在、unter den Lindenも工事中。
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a0094449_18451241.jpg自分が想像している以上に向こうの駅から歩いていた様子。22年前は別に気にならなかったんだけどな~。
ウィンドーショッピングをしながら歩いていると、なんとまあ、プロイセンなのにティアンドルが!

a0094449_18582279.jpgこんなビールおじさんの車もあったりして

そして見上げるビルは22年経っても「東ドイツ臭さ」が抜けず・・・。
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不思議なのですが、旧東ベルリン圏内のビルの1階って天井が高いのかしら?
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a0094449_1934324.jpgチェックポイントチャーリーが存在していたあたりは、かなり変わったのでしょう。その頃の写真が展示されている公園で、自分が横切った頃を探してみました。
こうだったのかしら。


そしてチェックポイントチャーリーに。
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21世紀のチェックポイントチャーリーは記念撮影のメッカ
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すぐ後ろにはマクドナルドがあって、誰も緊張した表情でなくて・・・。
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狭い小屋に入った気がするのは気のせい?1990年3月にはもう機能していなかったっけ?
a0094449_19105726.jpgそれよりなにより・・・
地下鉄を出てすぐにチェックポイントチャーリーがあったっけ?
違う気がする。


a0094449_19124154.jpgいまや、周辺のビルの1階はお土産屋さんだったり壁博物館になっていたり・・・。
22年前はたくさん露店が出ていた気がする。ああ、なんて人の記憶って定かじゃないのかしら。いや、私がアヤフヤな記憶の整理の仕方なのがいけないのよね・・・。


私が初めてドイツでドイツ語を習ったのは23年前のことでして、そのときは、誰もが、21世紀になっても統一は難しいだろうと信じていました。
けれど、見えない何かによって少しだけ歴史のダイヤルが廻り・・・。

22年前も東ドイツの軍グッズがあったり、なんといってもホンモノ?と疑いたくなるような「ベルリンの壁」のかけらがあちこちで売られていました。あの頃は、金槌などを持って行って自分で削ることもできる、と報道されていた時でした。私はそういうニュースを見聞するたびに、「私の手の届くところなんて、もうデカいドイツ人たちがけずっちゃっただろうなあ」と思ったものです。
a0094449_19133326.jpgいまもお店を広げてる人がいました!


チェックポイントチャーリーからウンターデンリンデンへ。22年前、すごくワクワクしながら通ったけれど、このあたり、ビルがあっただけのような?土曜の午後だったからお店があっても閉まっていたんだろうと思います。そうそう、東ドイツマルクを持っていなかったから、お金を使わずに行って帰ったんだった。

あの頃も見たのか、22年の間にできたのかわかりませんが東ドイツっぽいビルが続く中で、今風のところもあったりして。
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その東っぽいビルの中で、チョー高級なお店ばっかりが入っているビルがこちら。ビルの中の椅子に座っているオジさまたちもアラブのお金持ちーって感じでした!そんな一角に父ちゃん一家の制服(笑)、ストラネスの高級ラインが入ってます。
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a0094449_19294784.jpg2年前のWM10と違って、EM12では着せ替えごっこ(!)がなかったのですが、ひょっとして~と思って寄ったものの(すごーく勇気がいった!)、父ちゃん一家グッズはありませんでした。
ドイツ人の店員が接客してくださったのですが、もう一人のスっとしたアジア人店員さん、母語が日本語のように思いました。あんまりにもワタクシの恰好が普段着過ぎたのでお声をかけることはしませんでしたが・・。

ロシアハウスは、いかにもロシアって感じがしますね~
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22年前は通らなかったunter den Linden(続きです)
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by eastwind-335 | 2012-10-22 20:34 | 旅の思い出12朝帰りde欧州旅行 | Trackback | Comments(0)

東風のささやかな毎日のささやかな記録


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