カテゴリ:日常( 693 )

赦す

ペンシルバニア州を中心に、宗教上の戒律を守り、現代社会から距離をおいた生活をおこなうキリスト教徒の集団「アーミッシュ」の学校で、射殺事件があり、女子生徒数名が犠牲になってしまったニュースが世界に配信されたのは、数日前のことです。

アーミッシュを説明するときに、必ずといっていいほど引用されるのが、ハリソン・フォード主演の「目撃者」。あれが正しくアーミッシュを描いているかどうかは別にして、一部の人のみの知る(特異な)集団から、世界中の人が知り、関心をもつ生活集団となるきっかけになったのでした(彼らが作り出すシンプルな家具などが注目されたこともありましたね)。今回も、その映画を引用する局がいくつかありました。

事件の悲惨さ、特異さ(女子生徒だけを人質にとり、発砲した)についても紹介されていたけれど、今日の夕刊に、もっと驚くような記事が紹介されていたのでした。

今回の事件の犯人は、アーミッシュの住む地区には住んでいたそうだけど、宗教的にはアーミッシュではなかったそうです。そして、殺された生徒たちの親は、犯人の家族に早々に「会いに行き」、息子の犯した罪を「赦す」と伝えたそうです。
アーミッシュの人たちは、経験なプロテスタントクリスチャンであり、他者と争うことを忌み、争いは虚栄心が原因だと考え、ボタンすら飾りとみなして、つけないといいます。

赦す

主の祈りに「我等に罪するものを我等が赦すがごとく、我等の罪をも赦したまえ」という一節があります。

そう書いてあっても、クリスチャンとして聖書に基づく生活を送っている人でも、人を簡単に赦すことはできません。
アーミッシュの人たちも失った家族のことを思うでしょう。キリスト教では、死は主のもとに行くということだから、と、そう思って彼らには自分たちの哀しみを抑える日も来るでしょう。彼等の信仰は、年少者の少女たちをかばい「他の子供ではなく自分を撃ってほしい」と犯人の男に言ったという少女の勇気にも現れています。ただ受け入れるのではなく、自分を犠牲する勇気に。
アーミッシュたちの行いは、悪をただす、という名目の「報復」という手段でしか自分たちの悲しみを解決できない他教派のキリスト教徒に対して、一つの問いかけになったのではないでしょうか。
それとも、やっぱりアーミッシュは変わっている、で、済ませるのでしょうか。
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by eastwind-335 | 2006-10-08 01:59 | 日常

willkommen! Chris!

「英語でしゃべらナイト」というNHKのお化け番組。いつも見るわけではないけれど、見ると良い意味でNHKの実践的な語学番組として、唯一成功しているのではないか、と。
タレント釈由美子の出演も、他の語学とちがって、いい意味で真剣でいい意味で肩の力が抜けていて、うそ臭さがないのがいい。そして、京都大学卒、本当はエリートなのに、丸顔、コデブ系のために微妙な位置にいる松本アナも、一生徒になってしまっていて、これまたいい。

これまで、ナビゲーターとして参加していた、ジョン・カビラが長期休養(別に体調不良ではなく、この時期になったら絶対に仕事をいったん辞めると決めて調整をしていたそうです)となったので、本日から、同じJ-Wave仲間であるクリス・ペプラーが務めることに。

あら、J-Waveもこの番組もナビゲーターか。

声はペプラーのほうが低くて、さらにこもった感じ。少し聞き取りにくいこともあるかな。ジョン・カビラは、やっぱり日本で大学教育を受け、日本企業で勤めた経験があるからでしょうか、聴きやすい日本人好みの英語および日本語だったように思います。

今日はクリスをみんなが知る日、という感じの内容でした。
自分の仕事の話もですが、弟さんの話(二人の会話が日本語と英語のちゃんぽんになる、という話でした)が出ましたね。彼はラジオでも時々弟さんの話をしていました(一緒に相撲を見に行ったとかね)。
最近、ラジオ聞いてないなとふと思い出す。日曜は久しぶりにじっくり聴こうっと。

月曜の午後のバラエティ番組にもコメンテータで出ていたけれど、あちらはなんだか「痛い」感じ。仕事を選べない状況にあるのかしらん。In a good way(いい意味で)、クリス、「しゃべらナイト」でも思いっきり、ニヒルというか斜に構えていましたね。英語と日本語のちゃんぽんでできるからかしら。痛々しさはありませんでしたよーん。

来週からも見られたら見ようっと。 check it!
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by eastwind-335 | 2006-10-06 23:36 | 日常

サッカー日本代表

私は、中学進学時に、今も実家のある街へ引っ越したのですが、閉鎖的な地元の公立中学になかなか馴染めませんでした。馴染んだ振りをしていましたが、それゆえに、高校進学は学区外の高校へ進学したい、という気持ちが知らず知らずのうちに芽生えていたようです。
3年生の秋、ある科目の先生も母に、隣の学区にある、彼女の母校でもあったとある公立高校への進学を勧めてくれたそうです。2年間単科のみを教えてくださっただけでしたが、私のことを気にかけてくださっていたようです。学区の学校には向いていないようだ、というその先生の判断は正解でした。
人と競うのが苦手、人より抜きん出たいという気持ちに欠けるけれど、でも、自分の納得できるレベルにいたい、という人が多い高校だとは聞いていましたが、この高校はそれだけではありませんでした。

ちょうど、サッカー部の全盛期に入りかかっていたのでした。

1年生の冬には、高校選手権に初出場。
2年のときは、あと一歩だったけれど、関東大会などで活躍し、
3年生のときは夏はインターハイ、冬は高校選手権に出場。

私は、小学生のときから弟の影響を受けたサッカー少女でした。三菱ダイヤモンドサッカーを毎週二人で見て、弟が両親から買ってもらうサッカー雑誌を隅々まで読み、中学生のときには、高校選手権で活躍していた選手の進学先を雑誌で調べ、自分のその国立大学に進学したいと思ったほどです。

サッカー部の男子にときめくことはなかったけれど、サッカー部の試合に一喜一憂し、サッカーの話題で学校中が盛り上がった高校3年間の毎日は、いまでも大切な思い出の日々です。

彼らのうちの数名は大学サッカー界でも活躍し(進学校だったから、というのもありますが、顧問の先生は、高卒後に実業団にすぐ入るのではなく、何浪しても大学へ進学し、サッカー以外の世界をもつよう指導していました)、私たちが大学を卒業して数年たって結成されたJリーグにも参加しました。

日本代表選手が、オリンピックで活躍したり、もう少しでW杯に出られるかも、というところまで出てきたがんばっていたとき、ものすごく応援していました。自分と同世代の選手がギラギラとしていたからかもしれません。自分たちはプロ第一世代だ、という自意識を強く感じていました。

フランス大会、本当にワクワクしました。そして、日本のレベルがどこにあるかもよーくわかりました。

でも02年の日韓W杯のときはそれほど燃えなかった。Jリーグ自体がいまひとつ盛り上がらない時期なのに開催国だからということで出場できたからでしょう。
日本でやるのは早すぎる。ジャパンマネー、コリアマネーとサッカー先進国からバカにされているのではないかしら、と。

ナカタという、私の少女時代には考えられないような選手が出てきたけれど、全体に線の細い選手ばかり。カズをはじめとする先駆者に対しての敬意の感じられない日本サッカー協会に対して、なんだか、違和感を感じていたのでした。

一番ひっかかったのは、トルシエ監督を全面的に信頼していない協会、マスコミの態度でした。

ジーコについては、トルシエほど正面切った批判はなかったのですが(さすが、神様ジーコにはいえないかな)、結果として、誰も責任をとらないチームができあがってしまったのは、この六月に世界中に露呈してしまった通り。

今の監督、オシムは、その点で、トルシエよりもやり手であり、ジーコよりも雄弁であり、なんといっても、愛想よりは押しの強さがありすぎて、インタビュアーも何もいえない状況です。

なかなか勝てないチームですが、こんな時期に勝っても肝心なときに勝てないのだったら何の意味もない。オシムの手腕に期待します。
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by eastwind-335 | 2006-10-04 22:58 | 日常

東風のささやかな毎日のささやかな記録


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