カテゴリ:日常( 698 )

読書傾向

私よりも、もっと本好きの方が多いと思うのですが、私は実家では、一応
「本好き」として通っています。
仕事でも活字なしにはやっていけませんので、一般的な40手前の女性としては「活字世界」の
中に浸かっているほうだと思います。もっとも、同じ業界の中では「全く、読んでない」部類に
入っています(汗)。

当然のことながら、読書好きな方は世の中にたくさんいらっしゃるので、私の読書なんて
たかだか知れている、という自覚はきちんとあります。

私は、原則としては図書館で本を借りますが、シリーズ全てを揃え、蔵書したくなる作家、
つまり「御贔屓」が何人かいます。
そして、その中で、「新刊」で買う作家と「古本屋」で買う作家とに分かれているのです。

まあ、読書の秋だし、日常のバタバタから、ちょっと別世界へ飛び込みたくなって、ブックオフ(古本屋)へ通勤の帰りに寄ってきました。

買ったのは、カズオ・イシグロの「私たちが孤児だったころ」(早川書房・文庫版)。
カズオ・イシグロは、映画「日の名残り」の原作でも有名な、在英日本人作家です。ご尊父の仕事の都合でイギリスへ渡英し、イギリスで教育を受け、英語で小説を発表しています。
私は原著で本を読むほど語学力はありませんので、どうしても翻訳に頼らざるを得ないの
ですが、彼の作品を訳す人って、どんな人も「Kazuo Ishiguro」ワールドを上手く
作り出していると思うんです。彼の話って、周りがどんなに盛り上がろうとも冷静な感じで
進んでいくように思います。話はカラーなんだけれど、決してスチール写真じゃない
けれど、「静」を強く感じてしまう。
これは、1930年代後半の上海が舞台の一つであるんだけれど、Kazuo Ishiguroの
描く、上海で少年時代を送り、ケンブリッジを出たイギリス人探偵を通して、当時の上海の
においというものを感じることができないのでした。彼の熱い心も、どういうわけか、
画面停止したなかで駆け抜けていくような(上手く表現できないんですけれど)。
当時の中国の歴史について研究している私の知り合いの論文を読んだばかりで、
その熱さに圧倒されていたからかもしれません。

しばらくおいて、読み直そうと思います。

彼が脚本を書いた「上海の伯爵夫人」が近日公開とかで、先日、新聞でも大々的に取り上げ
られていました。ちょうど、彼の文庫を半分近く読み終わったときに読んだ記事で、
時代背景は今読んでいる本と同じなんだなということがわかりました。
ひょっとしたらスピンオフみたいなものかもしれません。脚本を小説化することがあったら
読んでみたいと思います。

でも、映画は見に行かないでしょう。
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by eastwind-335 | 2006-10-21 08:55 | 日常 | Comments(2)

映画を映画館で

私は、自分が運転をしないから、ではないけれど、電車の旅が好き。
今でこそ、DB(ドイツ鉄道)は10分ぐらいの遅延は当たり前、みたいになっているけれど、かつては「正確」そのものだった時、2等車でも席が立派だったことに本当に驚きました。あの頃は、ルフトハンザはフランクフルトーケルン間は国内線扱いでLHエクスプレスという電車をDBと共同運転していて、日本からのLH利用者には、乗り継ぎみたいな形で無料?で乗れたような記憶があります(そのときだけは、飛行機代だけは父が出してくれたので、あんまりよく覚えていないのだけど)。

電車が舞台になる映画「明日へのチケット」が上映されることになったと知りました。

私の好きな監督三人のコラボだそうです。昨年のカンヌのパルムドールだったのね。昨年、ニュースになったかしら。

私、絶対に見に行こうと思います。きっと、映画館で号泣してしまうだろうな。ヨーロッパの電車の思い出ってたくさんあるもの。
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by eastwind-335 | 2006-10-15 18:21 | 日常 | Comments(0)

自分と同世代の人

ドイツ元監督クリンシーとそれほど年齢がかわらない。

カーンやレーマンは私より年下。

絶対私より年上だと思っていたビアホフが私より一つ年下と知りました。ま、私がドイツ人だったら、学校では同級生なんですけれど。

自分と同世代の男子が活躍していく。

井原も日本代表チームU21のコーチになったことだし。

日本代表U21に、早稲田大学の学生が選出されたそうです。監督のコメントも紹介されていたのですが、大榎克己氏が早稲田大学蹴球部監督になっているのを知ってびっくり。彼と私は多分3歳ぐらいしか離れていないはず。高校時代の同級生は、入学前にすでにある運動部の練習に参加していたのだけど、大榎クンが千葉の検見川東大グラウンドで全日本代表の合宿に入るときき、一日だけ休みをもらって見学に行ったほどのファン。
大榎くん、長谷川健太くん・・・などなど、才能のある選手が高校生ながらいた時代に中学生だった私。あの頃は高校サッカーに夢中な人が多かった。私もフジテレビのサッカー解説をしている風間八尋氏のファンで、高校時代に体育の先生に話したら、ある月のサッカーマガジン付録となっていた彼のポスターを下さったことがあったほど。まだポスターは実家の天袋にあるはず。
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by eastwind-335 | 2006-10-14 21:49 | 日常 | Trackback | Comments(2)

もし、こうしていたら

この頃、「あの時、こうしていたら」と思うことがしばしばあります。
特に、お役所の都合によって、この数年の間に、私が専門職として働いているステータスが一般職になってしまうことが明らかになって、かなり深刻に思ったこともあります。
専門職といっても、自分の専門を保持しつつも、それを完全に活かせるわけではない中途半端なポジションではあるのですが、このポジションにいるかいないかで、私が属する世界では大きな違いがあるのです。ステータスを上げる努力もしていますが、ポストが少ないので、いまのポストにいるだけでも、私は十分幸せです。しかし、それが一般職になってしまうと、これまで受けていた恩恵がなくなってしまうことにもなるので、どうしたって悲観的になってしまう。

もっと、汎用性のある専門分野にとりくんでおけばよかった。
もっと早い時期に、専門を変えてしまえばよかった。

酷いときなんて、こういう専門職に応募しなければよかった、趣味を楽しむ生活をしたい!なんて思うこともありました。

「役所の都合でステータスが変わるのであって、私に非があるのではない」と、私の落ち込み、ぶつけようのない苛立ちをみかねた母から諭されても、なかなか納得ができない日々を数ヶ月すごしました。
頼りにしたいオットは、海外。電話で愚痴をいっても、泣き言いっても、なかなかスッキリできません。最後には「ステップアップのための君の努力も遅すぎたのではないか」という、キツーい一言。彼のポジションは、確固たるものだからです。そしてそのポジションのために、3年間で博士号をとる、という努力をした、尊敬する人です。私が彼を紹介してもらったときには、既にドクターをとった後なので、当時のことは、話に聞くだけですが。

海外では定職につく、というだけでも大変なのに。私もあと数年で40代になるわけですが、この年齢になっても、フルタイムで働けるということを感謝しなくてはならないのに。

少し、ふっきれる日もあります。ああすればよかった、と思う日もまだまだあります。
私みたいな人間は、時々、そういうことを思って、奮起しなくては、だめなんでしょうね。
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by eastwind-335 | 2006-10-13 23:00 | 日常 | Comments(2)

高齢運転者

オットの叔父は79歳、叔母は73歳。

二人ともまだ運転をしています。急な坂が多く道の細い住宅街に住んでいるのですが、そのおかげなのか、本当に運転が上手です。

私は、研究室を一足先に修了する先輩たちに、「就職がなかったら一緒に引越屋になりましょうよ」とそそのかされて運転免許を取りにいったので、本当は運転好きではありません。
無事に就職できてからは、土日しか時間がなく、しかもその土日は別のことでつぶれ、残念ながら乗ることもなく。結婚したら、公共交通機関がしっかりしている街に住むことになったので、ますます不要に(まあ、駐車場代が高いというのもあるのですが)。
ということで、私はゴールドカードホルダーです(エヘン)!

今日、帰宅したら、来年にも高齢運転者には認知検査を義務化するとの記事が新聞の一面に。叔父も叔母も対象になります。先日、会ったときに、叔父はそろそろ運転をやめようかと言ってましたけれど、どうなさるかしら。

私の恩師は、70歳をすぎて、車を廃車にしました。体が心配になったから、ということでした。この恩師、本当におっとりした紳士で、反射神経もなさそうなのですが、車に乗ると、ものすごいスピードで走らせるのです。発車も停止も急。そのうち、誰かの足を引くんじゃないかと、教え子一同はいつもヒヤヒヤしていました。
在職中の通勤時は車生活。仕事は大学教師なのですから、体を動かすこともありませんでした。退職後に急に体が弱くなったのですが、廃車のおかげでしょうか、数ヶ月前にもお目にかかった時は1年前よりもずっとお元気になられていました。歩くって大切ですね。
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by eastwind-335 | 2006-10-12 21:53 | 日常 | Comments(0)

赦す

ペンシルバニア州を中心に、宗教上の戒律を守り、現代社会から距離をおいた生活をおこなうキリスト教徒の集団「アーミッシュ」の学校で、射殺事件があり、女子生徒数名が犠牲になってしまったニュースが世界に配信されたのは、数日前のことです。

アーミッシュを説明するときに、必ずといっていいほど引用されるのが、ハリソン・フォード主演の「目撃者」。あれが正しくアーミッシュを描いているかどうかは別にして、一部の人のみの知る(特異な)集団から、世界中の人が知り、関心をもつ生活集団となるきっかけになったのでした(彼らが作り出すシンプルな家具などが注目されたこともありましたね)。今回も、その映画を引用する局がいくつかありました。

事件の悲惨さ、特異さ(女子生徒だけを人質にとり、発砲した)についても紹介されていたけれど、今日の夕刊に、もっと驚くような記事が紹介されていたのでした。

今回の事件の犯人は、アーミッシュの住む地区には住んでいたそうだけど、宗教的にはアーミッシュではなかったそうです。そして、殺された生徒たちの親は、犯人の家族に早々に「会いに行き」、息子の犯した罪を「赦す」と伝えたそうです。
アーミッシュの人たちは、経験なプロテスタントクリスチャンであり、他者と争うことを忌み、争いは虚栄心が原因だと考え、ボタンすら飾りとみなして、つけないといいます。

赦す

主の祈りに「我等に罪するものを我等が赦すがごとく、我等の罪をも赦したまえ」という一節があります。

そう書いてあっても、クリスチャンとして聖書に基づく生活を送っている人でも、人を簡単に赦すことはできません。
アーミッシュの人たちも失った家族のことを思うでしょう。キリスト教では、死は主のもとに行くということだから、と、そう思って彼らには自分たちの哀しみを抑える日も来るでしょう。彼等の信仰は、年少者の少女たちをかばい「他の子供ではなく自分を撃ってほしい」と犯人の男に言ったという少女の勇気にも現れています。ただ受け入れるのではなく、自分を犠牲する勇気に。
アーミッシュたちの行いは、悪をただす、という名目の「報復」という手段でしか自分たちの悲しみを解決できない他教派のキリスト教徒に対して、一つの問いかけになったのではないでしょうか。
それとも、やっぱりアーミッシュは変わっている、で、済ませるのでしょうか。
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by eastwind-335 | 2006-10-08 01:59 | 日常

willkommen! Chris!

「英語でしゃべらナイト」というNHKのお化け番組。いつも見るわけではないけれど、見ると良い意味でNHKの実践的な語学番組として、唯一成功しているのではないか、と。
タレント釈由美子の出演も、他の語学とちがって、いい意味で真剣でいい意味で肩の力が抜けていて、うそ臭さがないのがいい。そして、京都大学卒、本当はエリートなのに、丸顔、コデブ系のために微妙な位置にいる松本アナも、一生徒になってしまっていて、これまたいい。

これまで、ナビゲーターとして参加していた、ジョン・カビラが長期休養(別に体調不良ではなく、この時期になったら絶対に仕事をいったん辞めると決めて調整をしていたそうです)となったので、本日から、同じJ-Wave仲間であるクリス・ペプラーが務めることに。

あら、J-Waveもこの番組もナビゲーターか。

声はペプラーのほうが低くて、さらにこもった感じ。少し聞き取りにくいこともあるかな。ジョン・カビラは、やっぱり日本で大学教育を受け、日本企業で勤めた経験があるからでしょうか、聴きやすい日本人好みの英語および日本語だったように思います。

今日はクリスをみんなが知る日、という感じの内容でした。
自分の仕事の話もですが、弟さんの話(二人の会話が日本語と英語のちゃんぽんになる、という話でした)が出ましたね。彼はラジオでも時々弟さんの話をしていました(一緒に相撲を見に行ったとかね)。
最近、ラジオ聞いてないなとふと思い出す。日曜は久しぶりにじっくり聴こうっと。

月曜の午後のバラエティ番組にもコメンテータで出ていたけれど、あちらはなんだか「痛い」感じ。仕事を選べない状況にあるのかしらん。In a good way(いい意味で)、クリス、「しゃべらナイト」でも思いっきり、ニヒルというか斜に構えていましたね。英語と日本語のちゃんぽんでできるからかしら。痛々しさはありませんでしたよーん。

来週からも見られたら見ようっと。 check it!
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by eastwind-335 | 2006-10-06 23:36 | 日常

サッカー日本代表

私は、中学進学時に、今も実家のある街へ引っ越したのですが、閉鎖的な地元の公立中学になかなか馴染めませんでした。馴染んだ振りをしていましたが、それゆえに、高校進学は学区外の高校へ進学したい、という気持ちが知らず知らずのうちに芽生えていたようです。
3年生の秋、ある科目の先生も母に、隣の学区にある、彼女の母校でもあったとある公立高校への進学を勧めてくれたそうです。2年間単科のみを教えてくださっただけでしたが、私のことを気にかけてくださっていたようです。学区の学校には向いていないようだ、というその先生の判断は正解でした。
人と競うのが苦手、人より抜きん出たいという気持ちに欠けるけれど、でも、自分の納得できるレベルにいたい、という人が多い高校だとは聞いていましたが、この高校はそれだけではありませんでした。

ちょうど、サッカー部の全盛期に入りかかっていたのでした。

1年生の冬には、高校選手権に初出場。
2年のときは、あと一歩だったけれど、関東大会などで活躍し、
3年生のときは夏はインターハイ、冬は高校選手権に出場。

私は、小学生のときから弟の影響を受けたサッカー少女でした。三菱ダイヤモンドサッカーを毎週二人で見て、弟が両親から買ってもらうサッカー雑誌を隅々まで読み、中学生のときには、高校選手権で活躍していた選手の進学先を雑誌で調べ、自分のその国立大学に進学したいと思ったほどです。

サッカー部の男子にときめくことはなかったけれど、サッカー部の試合に一喜一憂し、サッカーの話題で学校中が盛り上がった高校3年間の毎日は、いまでも大切な思い出の日々です。

彼らのうちの数名は大学サッカー界でも活躍し(進学校だったから、というのもありますが、顧問の先生は、高卒後に実業団にすぐ入るのではなく、何浪しても大学へ進学し、サッカー以外の世界をもつよう指導していました)、私たちが大学を卒業して数年たって結成されたJリーグにも参加しました。

日本代表選手が、オリンピックで活躍したり、もう少しでW杯に出られるかも、というところまで出てきたがんばっていたとき、ものすごく応援していました。自分と同世代の選手がギラギラとしていたからかもしれません。自分たちはプロ第一世代だ、という自意識を強く感じていました。

フランス大会、本当にワクワクしました。そして、日本のレベルがどこにあるかもよーくわかりました。

でも02年の日韓W杯のときはそれほど燃えなかった。Jリーグ自体がいまひとつ盛り上がらない時期なのに開催国だからということで出場できたからでしょう。
日本でやるのは早すぎる。ジャパンマネー、コリアマネーとサッカー先進国からバカにされているのではないかしら、と。

ナカタという、私の少女時代には考えられないような選手が出てきたけれど、全体に線の細い選手ばかり。カズをはじめとする先駆者に対しての敬意の感じられない日本サッカー協会に対して、なんだか、違和感を感じていたのでした。

一番ひっかかったのは、トルシエ監督を全面的に信頼していない協会、マスコミの態度でした。

ジーコについては、トルシエほど正面切った批判はなかったのですが(さすが、神様ジーコにはいえないかな)、結果として、誰も責任をとらないチームができあがってしまったのは、この六月に世界中に露呈してしまった通り。

今の監督、オシムは、その点で、トルシエよりもやり手であり、ジーコよりも雄弁であり、なんといっても、愛想よりは押しの強さがありすぎて、インタビュアーも何もいえない状況です。

なかなか勝てないチームですが、こんな時期に勝っても肝心なときに勝てないのだったら何の意味もない。オシムの手腕に期待します。
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by eastwind-335 | 2006-10-04 22:58 | 日常

東風のささやかな毎日のささやかな記録


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