カテゴリ:日常( 693 )

もう時計はしない

私は、仕事中や自宅にいるときは指輪をさっさと外すほど、「拘束される」のがイヤな体質です。腕時計も外に出かけるときだけ身に着けていました。

そういう体質なのに、先輩たちが「ステキな」腕時計をしているのを見ていて、次のボーナスで奮発してみようかしら?と思い始めていたのですが・・・。

高いお買いものは似合わない、のかなあ。

昨年ぐらいから、時計の裏があたる手首のくるぶしが時々かゆいなあと思うこともありましたが、数日もしないうちに収まるので放っておき、忘れてしまった私。2月に、仕事の都合で腕時計が必要となり、はめようとふと自分の手首をまじまじと見ると・・・
黒くなっている!
放っておけば大丈夫かな?と思っていたのですが、この冬、結局収まることはなく、それどころか、春になって、その黒くなった皮膚が反対の手のくるぶしと比較するとざらざらした感じ。ハンドクリームを丁寧に塗り込んでも改善せず。そのうち、ハンドクリームを塗り忘れることが増え・・・。
そして4月になってどうしても腕時計を2時間ほどしなければならなかった日、着用後すぐに赤くなったわけではないのですが、外してからなんとなくむずかゆいことになってしまい、気が付かないうちに手首を書いていたようで皮膚が赤くなっていた。

このままではいけない、と重い腰をあげ、仕事帰りに職場最寄り駅近くの皮膚科に寄りました。
以前も、夏に急にネックレスがあたるところが水膨れのようになり、かゆくなったのでお世話になった病院です。そのとき、先生から金属アレルギーと思われると指示がありました。
今回も、金属アレルギーの一種でしょう、ということで、アレルギーを抑える薬を服用し、手首にはステロイド剤を塗ることに。
黒くなっているのは治ろうとしている証なのだそうです。まだ治療は続くのですが、良くなってからもできるだけ、時計はしないように、とお医者様から言われています。

もともと、手首に時計がなくとも困るというわけではないのですが、残りの人生で身につけていられるものを、と思ってアレコレ見比べていた腕時計、ますます、遠いところに行ってしまったようです。

ま、時計を買おう!と決心した背景の一つは、「アベノミクス」の効用は全くなく(給与だって実質下がってるし!)、来春には税金が上がると言われていたからだったのでした。

おととい、なんかわけのわからないコト言って、増税しないと自慢気にはなしていたシュショー。おともだちーズは口利きしてお小遣いを稼いだり、うまくやってるのでしょうけれど、円安・増税・政治家の無駄遣いによってフツーのひとびとのお財布の紐はますます堅くなっているのを知らないのかしら?
両親の年金額も目減りしているそうだし。

増税前に手首の色や皮膚の状況が元に戻るのか?(笑)。
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by eastwind-335 | 2016-06-03 06:40 | 日常 | Trackback | Comments(0)

本店は触らないでほしかった

子どものころ、デパートといえば、横浜の高島屋であった私。
しかし、小学校も学年があがると、時折、両親に連れられて日本橋の高島屋や三越に行くこともありました。

子どもには決して楽しいところではありませんでした。
しかし、横浜では扱ってないものをすぐに買える場所だ、とか、同じデパートでも店舗で対象とする客層が違うのだとわかってきた大学生になると、さすが、と思うようになりました。

決して「流行り」のものが「流行ってるように」飾られているのではないのだけれど。
接客も押しつけがましくないですし、ゆっくり買い物ができて、両親はいまや横浜を超えて日本橋に出て用事をすませることもあります。
一つには、横浜店は「若い人」のものが多く、老人向けのものは日本橋店に行った方がすぐに入手できるから、と言ってます。
また、接客をする人たちの言葉遣いが母世代には安心できるのだそうです。間違っても「〇〇でよろしかったでしょうか?」なんて尋ねない。

つまり、年配の人たち(ここでいう年配の人たち、というのは最低でも「古稀」を迎えたひとたち)には日本橋は最後の買い物天国だと思うのです。
ところが!先ほど、yahooのトップページに、この日本橋三越が120億円で全面改装と、いうニュースが出ていました。

予想図は、まるで同じホールディングスグループの伊勢丹本店のようで・・・。
私は伊勢丹で買い物をすることが多いのですが、実をいうと、改装してから本店で服を買うことがかなり減ってしまいました。あまり流行に関係のない服をそろえているので、買い替える必要がない時期である(とりあえず、今のウェストサイズを維持する努力を怠らなければ、ですが)とか、今の流行りのスカート丈は短足な私には似合わないだの、パンツの幅が私の太ももには狭すぎるとか(笑)、いろんな理由があるから、でもあるのですけれど、一番の理由は、店内がギラギラしていて落ち着かないから、なのです。どこに私のお気に入りのメーカーがあるかがわかりにくい、というのも一因。

おちついてモノを選ぶことができなくて、あれもこれも買っちゃうという人もいると思うのだけど、安くなくてもいいから妥協せず洋服を買いたいという「お金を払える層」(70歳前後)の人たちがどんどんとデパートから足が遠のいているのは、加齢のせいではなく、その内装のせいではないか?と思うのです。

いま、それなりの値段の服を買うのは大陸からのお客様たちであって、この国に暮らす人たちは「安い服をたくさん」な傾向にあります。そんな中で払うべきものには払う、という発想を持っているのは、正直、母世代から上だと、幅広い年代の女性との付き合いがある私は実感しています。
その「見合うものには財布を開く」世代が「もうここは私たちが来るところではないわね」と思うような内装になりませんように、と思うのです。

改装デザインを担当する建築家のかかわった建物は、私自身、何度か入ったことあります。非常にシャープな感じがする。人工的な都会感を覚える。しゃれています。しかし、この人が「日本橋の老舗」に合うか、というとどうでしょうか?って感じがします。
どうか、ご家族のどなたかが、このお店を愛用していた、など、個人的思いがこのデパートに対してありますように。このデパートの客層を頭で、ではなく、感情で理解していてくれますように。

今回の改装発表は、重文指定をうけたから外側は触れないけど、中はOK、という点と、たぶん「2020年のオリンピック」を見据えて、という「未来志向」の話なのだろうと思います。ま、今は「見合うものには財布を開く世代」も4年たてばデパートとは縁が薄くなる、という現実的な見極めもあってのことでしょう。

つまり、世の中はJJ化していってるってことなんだな、としんみり思いました。

老舗も「元祖女子大生文化」に席捲されるってことなのかな?
学生時代から光×社の雑誌が描く世界には縁がなかった分、赤文字系中年雑誌ができたころには(心理学では30代半ばで「中年」ですから!)、1年は30代、40代とその手の雑誌を買ってみたものですが、相変わらずの赤文字系状態に「ついていけない」と美容院で時折目にする程度となりました。
先日も、もうすぐ私も50代になるんだから、今年は50歳代文化を学ぼう!と、やたらと「私たち50歳です」みたいな見出しになっている赤文字系雑誌をパラっとめくってみたのですが、「読者モデルのみなさんの化粧がコッワく見えるのは、化粧の技術のためなのか、ライティングのせいなのか?」ということをついつい脳内で分析し始めちゃって・・。同僚にその話をしたら大うけだったのですが(そういう彼女たちも非赤文字な人たち)、母からは「そういう先入観で自分の知らない世界を観てはいけない!」と叱責が。

そうだ、楽しみにしておこう。うん。

新しい内装になっても、お年寄りが「ここだったらすぐに買える」という品ぞろえのままでありますように。

新宿伊勢丹みたいに「お年寄りは切り捨て」みたいなことはやめてほしいな。
母が「もう私の行くべきデパートじゃないって思ったわ」と言ったときに、本当に哀しい気分になりました。
高齢化社会は続くんですし・・・。
ま、そういう点でいうと、新宿は幸いなるから、京王デパートや小田急って穴場があるんですよね~。入院用の便利な下着他がそろってますよ(おしゃれな感じではないけどね!)。
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by eastwind-335 | 2016-05-23 19:01 | 日常 | Trackback | Comments(0)

歩行者天国に警官は似合わない

1か月に一度程度ですが、日曜日の銀座を歩くことがあります。
美容院に行くためです。午前中に一つ用事を済ませてから、となるので、たいていが午後1時過ぎ。ということで、歩行者天国になっています。

昨日は天気が良くて、夏日で、有楽町からモグラちゃんのように地下を歩いて、鳩居堂近くの階段から上がってきた私の目の前の銀座の歩行者天国には、大量買いをした人たち、またはこれからする人たちの間をぬって歩く日本語話者の人たちがいて、ところどころに、髪の毛の色や、私たちの日常の着衣とは異なる民族衣装を着ている人たちが地図を覗いている、と、よくある歩行者天国の様子が広がっていました。ところが、地上を歩き始めて数歩するうちに、なんか不思議な感情が広がっていくのがわかりました。

何かが違う。

日曜日の銀座のようだけど、何かがヘン。
あるようにない。
のどかな休日という感じがしない。

なんか作られた感じ。

そして、すぐに気が付きました。
休日を楽しむ人々の服装とは思えない恰好が点在していることに。
二人組の警官が多すぎるってことに。

近くでデモ行進でもあるのかな(だって、ほら、あのシミったれ都知事が・・・)と思って尋ねたところ、伊勢志摩サミットのために東京も警備体制強化となっているとのことでしたが、日本の一ブロックって欧米の繁華街のそれと比べてかなり短いと思うのだけど、そこに10名近い警官がうろうろしているのって、なんだかなじまない。
東京でサミットだったらわからなくもないのだけれど。

これがテロ対策というのだったら、2020年はこれが1.5割増になっていくのかしら?

よその国を旅行していて、繁華街に警察が歩いているのを見ることは当然ある。
でもその場合は、スリが多いから、という観光対策という感じで、理由がわからなくもなかったのだけど。

銀座の歩行者天国には似合わないなあと正直思いました。
警官が二人一組で監視するように歩いている風景に。
さりげなくいるのではなく、威圧感のある感じで立っている感じに。
見た感じ、装備をしてるのが「わかりやすい」警官のみなさんでしたが、事が起きて俊敏に解決できなさそうな体型の人たちに。いや、全体重、全体格を活かして(爆)押し倒すとかするのかな?

なんというか「守られてる」というより「見張られてる」って感じ。外国の警官と違って余裕も愛想もない顔してるし。

何人かの警官は欧米人の質問に答えられず、外国人の人が頭をふりながら離れていくのも目にしました。
ガイコクだと、警官に地図を見せるとすぐに「ああ、そこを曲がって」なんてすぐに教えてもらえるんですけどね(正確かどうかはお国柄で異なりますが・・・)

ひょっとしたら所轄の警官たちじゃないのかもしれませんね。としたら、なおのこと、英語ができる人、地図が読める人を東京を代表する観光地である銀座には配置しなくては。何でもスマホで解決できると思っちゃ大間違いですよ、ほんと。地図を読めないひとがどんだけスマホをいじっても、たどりつけないんですから。
ま、2020年オリンピックに向けて、が最近の枕詞だから、視覚障碍者向けのアプリが改良されて、結局愛用するのは顔面からスマホ画面を外すことができない健常者ってことは可能性は十分ありますけどね。
あのスマホを顔面に近づけたまま歩くとか、急に立ち止まるとか法律違反とかにしてくれないかなあ。ほんと、危ないから。
タバコみたいに、使えるところを限定してくれるといいのにな。
ココロの健康のために使いすぎに注意しましょうってスマホの後ろに大きく彫り込むとか(爆)。

閑話休題。
本当は、私たちが警官に慣れるのではなく、警官がさりげなく配置されるほうがいいんですけどね。それに全員が男性警官だったのも疑問。
とにかく銀座が似合わない警官たちじゃなくて、もうすこし他国のように「場所に見合う容姿」の人たちにしたらいいのにねえ。

さて、一時間後、美容院から出たら(2時半ごろ)、急に警官の数が減って、1ブロックにつき4人(場所によっては二人)程度に。
何だ?この警戒の差は?
ひょっとしたら要人の奥さんとかが銀座にお忍びで遊び(とかお食事に)きていたのかもしれませんね~。

次に日曜昼間の銀座に行くのは、早くて1か月後なので(美容院に行くため)、そのときは気楽に「ああ、日曜の東京っぽいなあ」と思いながら歩きたいものです。

しかし、ほんと、2020年になったら、なんか、しんどいなあ。
通勤とか時間が倍ぐらいかかるんじゃないか?って今からみんなで話しています。
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by eastwind-335 | 2016-05-23 06:15 | 日常 | Trackback | Comments(0)

我が家は機内?

母が新居に遊びにきてくれました。
4月末にも家族の祝い事(父の喜寿と甥の進学祝)があって、一緒に食事をしたのですが、改めて母だけで泊まりに来てくれました。

引越をして2か月経つころ、私が引越の間に実家に預けておいた貴重品(笑)を届けがてら父が遊びにきましたが、数年前の手術で、思い立ったら出かけることがちょっとむつかしくなった母は、この日に合わせて調子を整えてきてくれました。

金曜日の夜、自宅最寄り駅で待ち合わせをして、海辺の街から母が買ってきたいさきに、庭に生えているハーブをぐいぐい突っ込んでオーブン焼き。ちょっとしたサラダと、私のお弁当のおかず用の「作り置き」の中で、母が食べられるものをチョイスしてもらってお皿にもって、夕食に。

翌日は、体調が良ければ、早お昼をして日本橋のデパートへ行く予定でした。しかし、母の勘で「やっぱりやめておく」ということになり、ゆっくり寝て、ブランチをとり、お茶をのみながらあれこれ積もる話を。

母の最近の悩みは、父のこと。
還暦になるとゼロになる、と考えると、ちょっと屁理屈をいって母をイライラさせる父は17歳。「今は30歳ぐらいが昔のハタチっていうぐらいなんだから、今のパパは13歳ぐらいでまさに反抗期じゃん!そのころの私のトンガリぶりを思い出してみて!」というと、母が納得したような顔をして、そのうち、クスクス笑いだし。

「もう、職場のデキのわるい後輩ちゃんのチューターをやってる時みたい!ママからも残業手当をもらいますよ!」というと、ますます大笑い。日ごろは「あなた、そうやって後輩の人を指導してるわけ?」と私の言動を心配してくれる母ですが、この日はよい薬になったようです。

笑うことは大切。クスっと笑うことも、大笑いすることも。

両親と今はふつうに話をして、笑って、怒って、甘えて、涙して、という感情の中でコミュニケーションをふつうにとっています。しかし、双方の祖父母との最期を思い出せば、いつか、私たちだってそのことがむつかしくなる。でも先のことを思い煩うよりは、今のそのときの幸せを感じて生きていたいと思います。

しかし、笑わせてくれたのは実は母でして・・。母は術後、トイレの回数が増えたので、長時間の移動が不安になっています。ソウルへまた行けるかしら、なんて話をしていたときです。
「なんか、旅行をしてる気がしてきた」と言い出しました。
「飛行機に乗ってる時みたい」え?
「あのね、あくびしてもいいかしら?」いや、断ることではないでしょう・・・
「高度が上がったときに耳が詰まるでしょう?ああいう感じになってるの」
と大きなあくびを始めました。私もつられて大あくび。
「あー、収まったわ。ここ、高いところにあるから、耳が詰まるのかしら?あなたはないの?」
私は教会の塔には必ず上る、という「ナントカは高いところが好き」の典型だから気にしたこともなかった、と答えます。思い出せば、高所恐怖症の賢弟が遊びに来たとき、義妹ちゃんたちは恐る恐るもベランダに出たのに、ナントカではない弟は部屋の中にいたなあ~。
今度、飛行機に乗りたいと思ったら、東風ちゃんの家に来たらいいのね!

こんな「エコノミークラス」の部屋でいいんだったら、母には、また、旅行がてら来てもらいたいものです。
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by eastwind-335 | 2016-05-18 06:36 | 日常 | Trackback | Comments(0)

ほほえましく

普段、滅多にしないことをしました。
夜ごはんをお店で一人で食べるってことです。

基本的には、私は一人の時には家で夜ご飯を食べます。
夜にお店でご飯を食べる、というのは家人か友達と一緒、が原則です。

「ひさしぶりのおひとりさまよるごはん」になったのは、GWに学生時代の先生やこの先生を通じて知り合った老若男女の集まりとして、ランチ会をすることになっていました。先生からのご指名で私と2歳下の後輩ちゃんがいつも幹事です。ランチ会の時はたいてい「インド料理」です。
しかし!その日は私は家族の集まりの日になってしまい、欠席せざるを得なくなったのです。ただ、後輩ちゃんが忙しくて帰宅も遅いと聞いたので、お店の予約は私が引き受けました。

このお店は10年ぐらい前にも行ったことがあるのですが、従業員はみんな片言の日本語で接客してくれるインド・ネパール人。当日は私は欠席なので、電話での行き違いがあるといけない。そこで、通勤途中にあるので、途中下車して直接お店で予約をすることにしました。

さて、いよいよ来週に迫ったのと参加人数が若干増えたとの連絡があったので、今日も寄ってきました。

私は予約の人数だけ伝えるつもりだったのですが、今晩は家人は夜が遅いことを思い出し、こちらでドライカレーを頼みました。私が作るカレーチャーハンみたいな感じにややがっかり。しかしメニューをめぐるとビリヤニがあることもわかった!写真は似てたけどたぶん実際は違うはず、次はビリヤニだ!と堅く決意。
さて食べ終わるころ、3人の女の子が入店してきました。女子大生かな?
着席してしばらくすると、話し声が中国語だと気づきました。どうやって注文をするのかな?とこっそり気になります。

ネパール人?インド人?のウェートレスさんが来て注文をとります。
3人がそれぞれ日本語で注文します。3人の中での日本語力にはバラつきはありますが、注文に問題はない状況です(立派!)。一人はチキンカレー、もう二人はセットでした。
東京「近郊」とよばれる場所にあるこの町。大学がいくつもある路線ですので、そこの留学生なのかもしれません。それぞれ身なりの好いお嬢さんで、よくみかける「両手にお買い物」という感じではない。観光で来る中国人とは違って音量調整したなかで会話をしているのがわかる。

彼女たちが注文を終えてそれぞれスマホを見ているところに、ウェートレスさんがまたやってきます。そしてたどたどしい日本語で「ナン?ライス?」と尋ねます。一番日本語が上手だった子が「ナンはどのようなものですか?」と尋ねると、日本語がそれほど得意ではない彼女はメニューの写真を指します。「ナンをお願いします」というと、ウェートレスさんは厨房に伝えに。
その間に、3人は中国語でナンとは何ぞや?という話をしていたようです(壁に貼ってあるナンの写真を見てなにやら言ってましたし)。
するとすぐに戻ってきて、再び「ナン?ライス?」と尋ねます。
先の女の子が「ナンです」と答えると、ウェートレスさんはその子にほかの二人が頼んだカレーの種類の名前を言いました。が、そのうちの1種類が彼女の頼んだものと同じだったため逆に話が通じなくなってしまいました。彼女は英語でも説明を試みるのですが、片言ゆえに、やはり通じず・・・。後ろを振り返りました(彼女は日本語が込み入ると、すぐにほかの人に通訳を頼むのは、私の時もそうでした)。
そこへ、店長さん(かなり日本語が達者)がやってきて「ごめんね、この子まだ日本語が上手じゃなくて」と。

いやはや!店長さんを含めてそこのテーブルにいる5人はみんな非日本語話者なのに、生活のために日本語を使っている!私は事の成り行きを後ろのテーブルからじっと見ていました。

店長さんが、日本語がよくできる子に「あなたは〇〇(メニューの名前)でナンね。こちらの二人はセットですね。二人は?」と語り掛け、その子が中国語で説明をすると、一人が「私はナンをお願いします」と日本語で答え(3人の中ではイントネーションが中国語のままで発声がたどたどしいのですが、なんといっても、彼女のスゴイところは美しい日本語を使うところです!)。もう一人の子は中国語でちょっと相談をした後で「ライスがいいです」と。

そして店長がヒンドゥー語なのかネパール語なのかわかりませんが、ウェートレスの女の子に説明をして彼女が厨房に伝えました。
そこで終わるかと思いきや、店長はよく日本語ができる女の子に「謝謝」と挨拶をしてレジに戻ったのでした。

店長さん、わかってるし!

東京の端っこで、久しぶりの「一人夜ごはん」(たぶん、夜に外でご飯を一人で食べたのは、4年前だな)だけでも自分のとっては大イベントの高揚感があるなかで、非日本語話者同士の小さなドラマ(しかも一件落着!)を目の当たりにして、一人ほほえましい気分でお店を後にしました。

夏の旅行では、夜ごはんを一度は一人で外で食べてみましょう、と思います。もちろん近場で、ですけどね!
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by eastwind-335 | 2016-04-23 06:51 | 日常 | Trackback | Comments(0)

振替輸送で思ったこと

昨日の帰宅時、人身事故に巻き込まれ、振り替え輸送を利用して地下鉄を乗り継いで帰宅しました。
私はスマホを持っていないので、動物的な勘(〇×線に乗ったら乗り入れされている線はアレとコレで・・・と思い出す)だけで乗り継いで帰るわけですが、大半の人はスマホ片手です。スマホを使いたい人は壁側によって立ち止まって使用してくださーい、ってACでCM作ってくれないかなあ?

で、スマホを持ってるんだったら事情だってアプリが教えてくれるだろうに、とか、構内放送に耳を傾けなさいよ、とか思うのですが、私が自宅最寄り駅のJR駅に隣接する地下鉄の駅に到着したとき、事情を駅員に確認したがる人が入り乱れる改札口はものすごいことになっていました。
っていうか、この駅を拠点にしてるんだったら、いちいちスマホで自分の帰り方なんか調べなくたって、と思うのはワタクシぐらいでしょうか。

サラリーマンやらOLが通路の真ん中にいきなり立ち止まるから、人の流れが滞る。狭いホームに電車を待つ人たちがあふれてくるから、改札までの階段で電車の到着を待つ人もでてくる。そしてそういう人たちはみんなスマホの画面に顔が向いていて他が見えてない。

個人的には、ガラケーなワタシもスマホにいずれ移行せざるをえないかな?という予感はしていますが、なんでもかんでもスマホに頼るっていうのはどうなのか?と。例えばうちの家人がいい例なのですが、「グーグル先生にお伺いします」とちょっと気になったコトバも、路線も、お店情報も、果てには自分のスケジュールもググル君に頼っている。しかも!入力は指じゃなくて音声!

視覚障害や指先に障害のある人は音声もOKだと思うけど、まだお元気なはずなのにねえ、と隣でため息をつく私。
私は家人をどっかで頼っていないのかもしれません(笑)。

危機管理が強調される昨今ですが、私は原則「スマホ」なしで生きることこそが危機管理なのではないか?と。
SNSで発信することで、危機を回避できるというのは素晴らしいことでしょう。しかし、天災、もしくは自分の予期しないアクシデントに遭遇したとき、その回避をググルくんに頼っていたら、人間としてダメになるんじゃないか?と。

入場制限はしていなかったけれど、混乱のなか、人込みはJR駅や駅ビルから地下鉄駅に入る(つまり地下へ向かう)出入り口にまで続いていた。私の乗った地下鉄の2本前に家人が乗っていたのですが、そのときからスゴイことになっていたらしい。
運行中止になっているJR駅ですら、まだ人をさばききれないのか、自由通路のところには警察まで出動している事態に。ここでも、通路の真ん中に急に立ち止まりスマホをいじりだす老若男女の会社員のみなさんが。ま、駅に着いたら運行中止なんてなってると、誰かに言いたくもなるだろうねえ。
でも、いつもと違う夜なんだから、お願いだから、自由通路のど真ん中で、人の流れを止めるように立つのはやめておくれ~と思うワタクシでした。ほら、壁側が開いてるから、そこに立ってスマホをいじればいいのに!LINEだろうとゲームだろうと、場所代いらずに楽しめるのに!って。一人一人はほんの数行を打ち込むだけだから時間はかからないと思うだろうけど、自分の周囲のリズムを壊しているんだってことわかってないんだろうな?
あーたが急に立ち止まるから、ごつごつした野菜やらなんやらでいっぱいになっている買い物袋が運悪くふくらはぎだとか脛に当たったとしても、私のせいじゃありませんから(爆)。すれ違いざまに「痛てーな」といった若者もいましたが、自分の周囲はスマホの画面といわんばかりのあなたの対応が招いて自分でぶつかってきたんですよ、と内心思ったり。
私は仕事柄、角がしっかりした重たいものを通勤カバンに入れて持つことがありまして(笑)。前傾姿勢のスマホさんやらスマホ君が私をよけずにわが道を行き、結果、ぶつかってくるためにみなさんの弁慶の泣き所にそれを当ててしまわざることもありまして(汗)。ほんと、ごめんなさいね、おほほ。

さて昨晩は会社と学校の街の夜7時半過ぎに起きた事故。駅員が少なくなる時間帯だからの混乱もあったかな。
私が乗り継いでたどり着いた地下鉄駅はいくつも改札口がある駅であるのだけれど、こういう時には入口制限をする必要があるのじゃないかな?そうでなければ、無人改札(自動改札機のみがある場所)には駅員を立たせるとかね。振り替え輸送で乗ってきた人専用の口を確保する、とかもね。
IC化した定期がほとんどのこの頃は、定期部分を見せたら通行が可能という例が増えました。でも、たいていの人は以前は振り替え輸送の時には振り替え切符をもらうもの、と思うので、その説明を窓口で一人ひとりに対応していると自動改札が混乱しちゃうのも当たり前。
振り替え切符が不要というルールが各社で一致しているのだったら、その旨を記載した高札を掲げたらいいのにね。

熊本の地震をきっかけに、「手動対応」へのスイッチの切り替えを普段から考えておくべきではなかろうか?と思いました。
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by eastwind-335 | 2016-04-21 06:23 | 日常 | Trackback | Comments(0)

ちょっと長かったかな

先日、知り合いに誘われて4月大歌舞伎の夜の部を見てきました。
数日前に見た同僚いわく「悪いけど、筋に追いつけなくて寝ちゃった」とのこと。知人も3日目あたりに一度みたそうなのですが、「長いから、覚悟して!」とあらかじめ私に教えてくれていました。

結果として一睡もしなかったのだけど(それは珍しいことですが、実は開演前1時間ほど仮眠をとれた)、うーん、やっぱり、長かったなあ~。

今回、イヤホンガイドを借りてみました。新作歌舞伎は、夢枕獏の小説がベースだとかで、彼の作品を読んでいないので、あらすじを追うだけで精いっぱいだった、という歌舞伎通の同僚の話を聞くと、手ぶらでは太刀打ちできないと思ったからです。

古典ものはむつかしい、と初心者には敬遠されがちですが、実際には古典もののほうが「誰もが思う歌舞伎」らしい。新作は、正直、新派というか、劇団の舞台とどこが違うんだろうか?って思えるものが増えていて・・・。いや、この作品だって回数を重ねたら古典になるのかもしれないけれど、うーんうーんうーん・・・。

歌舞伎役者がテレビドラマやCMに出演する時代(それ自体は文句はない)に、アイドル化していく若手(中堅)俳優がいて、彼らをおっかけるように歌舞伎に入る人たちがいるのはいいと思う。私はあんまり「ファン」になって入れ込むってことがないので、そういうことができる人たちが羨ましいぐらいだし。
ただし、彼らを主役にするための新作歌舞伎はちょっと考えちゃうなあ。

新作が多すぎるような気がする。もう少し、作ったものを大切に繰り返して上演して、作品を深くしたらいいのに。
高麗屋は軽い雰囲気が良いところでもあるけれど、染五郎は体型が細いゆえの軽さがあるし、松也も若さゆえとは別のレベルの(品が良いとは言い難い)軽さが芸に出ていて、「若々しさ」というよりも「軽々しさ」が芝居全体を支配しているような感じがしました。
染五郎は現代ものに出ると、とたんにテレビ俳優みたいな感じになるのが前から気になっていたのだけど(明智小五郎モノを国立で見たときがある)、今回もそこがあった。例えば、若かりし空海という設定とはいえ、30歳をすぎているあたりという設定ならば歩き方などもう少し工夫してもいいような気がする。
いつまでも続く軽さにいたたまれなくなるころに、ようやく、いわゆる松竹の「幹部級」と呼ばれる年数を重ねた役者さんたちがくさびを打つような芝居をして重さを与えるのだけれど、なんといったらいいのか、逆にとってつけたような違和感というか、どっちが主役なのかなあ?ってわけがわからなくなる状況に。緩急のない舞台だった、というのか。あれだったら、悪いけど、染五郎が楊貴妃、松也が・・・と私だったらの配役を頭の中で考えながら見ていました・・・。

夢枕獏のおどろおどろしさもあんまり伝わらなかったしなあ。

まあ、一方で、もう少し短く話をまとめられたら、初めて歌舞伎を見る人には「歌舞伎は古い芝居ではなく、新しい芝居も含めて歌舞伎なのだ」とわかってもらえるのかな?と思ってみたり。そのあたりは「one piece」はうまくいったようですね!同僚からも「あれはうまくできている」と聞いているので、いずれ東京で再演となったら見てみたいなあ、と思ってます。
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by eastwind-335 | 2016-04-19 06:22 | 日常 | Trackback | Comments(0)

必要なものを必要なだけ

首相の「熊本県内のスーパーに70万食を届ける」という発言がyahooのトップページに出ていました。
スーパーに買いに行ける人だけじゃなかろうと思うのですが、そういう地域に暮らす人たちはどう過ごしているのでしょうか。

高齢者や交通の便が切断されて買い物に出られない人たちのために、希望する物が届けられるとよいのですが。

さて、知り合いから福岡市長のブログの紹介がありました。支援物品のもちより寄付を呼び掛ける内容でした。
福岡市に暮らしていたら、協力したかった、と思う方法です。
とある一つの小学校に、指定した現物を持ちこんで寄付する、という方法。指定物品は限られている。そして指定物品ごとに教室を用意するというアイデアもすばらしい。バザーの手伝いをしたことがあるのですが、各地から送られてきた商品を分けるのは一苦労。ロジスティクスの手間が少しでも減らせれば、別のことに力を向けることができます。

私は熊本に行ったことがないので、地図や映像を見るだけですが、橋が落ちてしまった地域、高齢者が多いであろう地域など、見落としのないように、と祈り願っています。
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by eastwind-335 | 2016-04-17 15:20 | 日常 | Trackback | Comments(0)

暴風の音

久しぶりに新しい自宅のことを。
今回は高層階であるために、色々と新たな体験をしています。

今日は東京は朝から強風が吹いています。
いや、これまでだって、強風は吹いていたのだけれど、方向が違ったのだろうと思うのです。音が違う。
日付が変わるころから「え?台風?」みたいな風音に目が覚めました。
マンションの窓は2か所で止めるスタイルなのですが、きっちり止めないと風音が室内に入ってくるのは知っています。しかし、この数日、窓を開けなかった部屋なのに、どうしてかな?留守中に家人が風の入れ替えをしてくれたのかしら?なーんて思って、窓をチェックするも、きちんとしまっている。

目が覚めたついでにテレビをつけたところ、3-0でバイヤンがシャルケに勝っていてあと10分で試合終了ってところを中継していました。試合終了まで見て再び寝入り、そして今朝、8時近くに(あー、よく寝た!)風の音で目覚めました。

台風のような音で。そんな風の音になるのは、風の向きもなのですが、たぶん、ベランダの構造もあるのではないか、と。手すりから下が全部おおわれているのではなく、下の部分が風抜けのために数センチ開いているのです。外に出るとそれほど強い音を感じないので、その隙間から作り出す音のように聞こえます。

本当の台風が来たらどうなるのかなあ~・・・。とりあえず、長期で家を空けるときには、洗濯物干しは部屋に取り込まねば、と思った次第です。
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by eastwind-335 | 2016-04-17 10:01 | 日常 | Trackback | Comments(0)

気になったこと

私は、朝はNHKの衛星放送がやっている国際ニュースを見ているので、地上波でどんな天気予報をしていたかわからないのですが・・・

国際ニュースを日本人キャスターが紹介しなおす7時からの番組には、「世界の天気予報」があります。その昔、つまり25年ぐらい前の衛星放送の各国ニュースは20分から30分の時間枠があり、加えて、ZDFでは天気予報までが報道されていました。2時間おきぐらいに、世界中の天気が無声ではありますが放送されていたのも覚えています。

今はインターネットで出発前に1週間分の予報を見て持っていく服を考えればよいわけですが、そんなものがなかった時代は、この世界の天気とか天気図だけが頼りだったわけです。
ちなみに、私は高校時代まったくの劣等生でした。が、入試には役立たない単元になると途端に張り切るという悪癖がありまして。例えば、地学。昔はラジオで気圧だけを延々という時間があって、それを数日分録音して天気図を仕上げるという宿題が1年生の夏休みに出たおかげで、天気図の読み方、天気図から予想される数日後の天気などはしっかりと身につきまして・・・。さらに、地理的知識をぐいっと付け加えると、あ、そうか、なるほど!みたいなことも(笑)。

さらに、実際に海外にでかけるようになると、想像を超えた状況になるんだな、ということを体感するようになり、そして今、夏でも薄手のフリースは1枚いれておく、とか、ヒートテックは必ず上下1セットを忍ばせておくなどのチエがつくようになったのでした。

なので、世界の天気ってみるのが楽しいんですよ!
さて、4月からリニューアルされたこの時間帯、世界の天気とはいっても、必ず日本の天気や東アジア一帯について話をしてから、となりました。

さて、昨日。
それまで東京は数日、雨で始まる朝だったからでしょうか。昨日の快晴は久しぶりであったのは事実なのですが・・・・洗濯物をハンガーにかけながら、一瞬手が止まってしまいました。

だって、今日は紫外線が強いから帽子をかぶりましょう、帽子をかぶっても目までは紫外線をカバーできないので、サングラスをするといいでしょう、って。

いつからそんなに「紫外線」対策を4月からしなくちゃいけないのかなあ?って、オバちゃんな私としてはびっくり。いや、私だって日焼けしやすく、それが残りやすいので(笑)、3月からは日焼け止めがしっかり入ったBBクリームを軽く塗って出勤はしているけれど、通勤時の帽子は5月のGW明けかなあ?って思っていました。
まあ、私は通勤時の天候が気になるだけで(だって建物に入ったら5時過ぎまでは出られないことがほとんどだから)、昼間に犬の散歩とか、子供とお出かけとか、お友達と散歩などでお出かけの人のための呼びかけかもしれないなあ、と思いつつ。

私はちょっと思います。
本当は紫外線対策だけじゃなんじゃないの?って。
熊本の地震が関係しているんじゃないの?って。何か飛んでいるのかなあ?って。(3.11以来、政府発表は頭から信じていないワタシ。覚悟してる!)

帰宅して初めて夜のニュースで1日の様子を見ました。今朝も、衛星の国際ニュースを見るつもりでしたが、チャンネルを合わせると映し出されたのは、地上波のニュースと同じ画面。深夜から早朝にかけて何度も大きな地震があり、新たな被害者が出たとのこと。いまや熊本だけでなく、大分の方へと震源が移りつつあるようで、14日のあの地震は実は余震で、今日の早朝の地震が本震だった、という発表が気象庁から今朝ありました。いつだって地震は怖いわけですが、夜の震度の大きな地震は、余計にストレスが強くなっているのではないでしょうか。そのことも案じる毎日です。
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by eastwind-335 | 2016-04-16 08:37 | 日常 | Trackback | Comments(0)

東風のささやかな毎日のささやかな記録


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