カテゴリ:日常( 701 )

10年経っても持ってない

りんご社でiphoneを発表して、つまり、スマホができて10年なのだそうです。
ほほほー。結局買わなかった。

みんなが10年使うものを使わずに済んでいるのだ、と考えるべきか、10年分人より遅れている、と考えるべきか。
でも、なくても大丈夫なのよ、私の地味な毎日には!
家にもPCがあり、職場にもPCがあり、職場と家の往復か、土日のお稽古事しかない人生なので(笑)。

これが子供がいるだとか、介護が始まった、となると、隙間時間を大切にしようと思うのでしょうけれど、いまの私には「隙間時間」こそ神経やアタマのための休息の時間で、仕事と家の切り替えをする時間であるし。二つのことを一緒にできない私は歩きながら調べたり、見ながら歩くことはできない。だから、「私には使いこなせない」という理由にしてこれまで所有することはありません。

いや、いまのガラケーが使えなくなったら、今度こそスマホとは思ってますけれど。しかし、ガラケー派のちょっぴり年上のお姉さんから「ラクラクホンに移行しようよ」と誘われていて(爆)、心ゆれてます(笑)。

週末にあった母が「みんながリンゴをもっているのに羨ましくないの?」と真顔で私に尋ねてきましたが、実をいえば人より早くに私はリンゴ社の製品を使ってます。
1990年代半ば以来職場の私がメインで使うPCは一貫してリンゴ社のものです。といっても、別に、デザインなどを仕事にしているのではありません。単なる書類づくりとか、データ管理ですけれども!
Mac writeなども使っていた時期もありましたが、世の中にPCがふつうに使われるようになり互換性の問題もでてきたし、ソフトの質も安定してきたこともあって、8年ぐらい前から、mac用のofficeを入れて文書を作ってます。
ただし、メールを読むマシンはwindowsです。これは別に職場で強要されているのではなく、私のスタンスとして、私の仕事の性質上、預かっているデータや情報、作成文書をウィルスで冒されないようにするためです。
みんながもっていたipod miniも結局一度も買わなかった。今も夫のお古のwalkmannを使ってます。大体通勤中に音楽を聴くのは月の数日で、海外出張の前にラジオ英会話をダウンロードして聞くこともありますが、それだって出張やら旅行出発1か月前ぐらいからだから・・・。音楽であれ語学であれ聞いてるとシャドーウィングしたくなるので、家で聴いて心置きなくシャドーウィングしてます。

さて、私用では、3年ぐらい前から、旅行用にipod touchは持つようになりました。海外に出ているときは基本的にメールを読まないことにしていますし、職場も送ってこないのがルールですが、それでも他部署の掟破りのために(笑)職場との通信機器が必要となりました。かといって、パソコンを持っていくのは面倒。
ホテルで一般的になったfree wifiのおかげでskypeで翌月の支払いを気にせず実家の親に旅先から連絡をいれたり、お互い海外にいる家人との連絡をしてもいいかな(←ナニサマ?!)という気になりました。

私は比較的機械との相性がよくて、買い替えをしないですむタイプなのですが、このipodだけはこれまで2度の交換をしてもらってます。一度は昨夏のロンドン。
初めての交換の時にデータが全部なくなってしまうという哀しい体験をし、正直「こういう機械は絶対ではない」という気持ちでいっぱいになりました。いっそうスマホへの不信感が募ることに。
とはいえ、旅先ではipodのカメラ機能をつかって写真を撮ることもあります。しかしこれを雲の上に上げることはせず(Cloudって怖くない?)、いちいちメールに添付してせっせとPCに落としてデータをまとめるようにしています。
さて昨夏の旅行ではロンドンで新しいipodになったのを機に600枚ぐらい写真を撮りました(え?!)
しかし、忙しさにかまけて、データをそのままにしていました。ようやく、夏に一緒に旅行した人たちとの反省会という名のクリスマス会の前日に、合流した時のものだけはGmail経由で移し終えました。それを機に移せばよかったのですが、結局重い腰を上げたのは正月3日から。

ところが!Gmailに添付で送れていた写真が、送信されているはずなのに、gmailに送れられていない!
あきらめて、PCに直接落とすためにitunesも入れた。なのに、つないでもipodは「反応しない」。
itunesとipodが対応しないと、ipodのデータが壊れることがある、と以前説明をうけたことを思い出し、すぐにipodを外すことに。

あー、リンゴのおうちにまた行かなくちゃいけないかな。その前にアプリのアップデートしておかなくちゃ、と思い立ち、昨日せっせと更新したところ、カメラ機能のアプリは更新対象ではなかったはずなのに、試しに写真をgmailに添付してみたらスイスイ届く!

いつまでこの調子が続くかわからないので、昨日は一日かけてせっせと写真をPCに送り、データを整理しました。
これでやっと旅行記が書きやすくなります。

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by eastwind-335 | 2017-01-10 06:39 | 日常 | Trackback | Comments(0)

今年の反省点

今年の反省点。来年には持ち越さないために。
こらえ性がなくなったこと。
特に秋になってからは、職場で怒髪天を突きまくった数か月でした。
私は幼いころから自分でも嫌になるほど辛辣なところがあって・・・。家人が私の愚痴が「きつすぎる」と注意をしたほど、参ってました。
部署が違うことを幸いに、当の本人には直接言わないよう工夫をしているのですが(例えば、電話だと声に出ちゃいそうだから、手書きのメモを回すとか)、時折「あー、頭使ってほしい!」と部署の人たちにこぼしちゃうことがあって、こぼすこと自体がイヤで、でもこぼさないと(当の本人を前に)あふれさせちゃいそうで。かといって、じゃあ私が頭を使って仕事をしているのか?と思うと反省することばかりで・・・。
「おたがいさま」と諦観できる、寛容さに満ちた1年に来年はしたいと思います。
平日は夕食しか一緒にできない家人とは、楽しい話をしたいし。

もう一つは、コミュニケーションが下手なコト。
月曜に他の用地に私が出勤するために2年前からパートさんを一人お願いしてあるのですが、火曜日に出勤して私の机においてある仕事が、質量ともに「がっくし」なことが多くて。1年目は初めてのことだろうし、と思いましたが2年目はそれが目につくようになり・・・。
とはいえ、人件費を減らしたい私たちの職場でパートをお願いするのは、仕事が部署の容量を超えるほどあるからなのです。パートさんがきちんと仕上げるべき仕事を翌日私たちがやり直す筋合いはありません。
その旨を指摘すると「そこまでするようには書いてなかったからしなかった」と。確かに、私が出勤する日に勤務するパートさんは、私が具体的に仕事を頼めるので、こちらのストレスも少ない。
以来、使うのは私なのだ、と視点を変えることに。ということで、金曜の午後は「パートさんへの仕事依頼文」を書くことに20分ほど時間をきちんととるようにしました。「この仕事の目的は○○のため」「このレベルで仕上げてほしい」と明治の商科の小姑のようにうるさく(笑)。
こらえ性がなくなっているから、パートさんの仕事一つにもケチをつけちゃうのかな、と反省していたのですが、数年前まで仕事をお願いしていた年長のパートさんたちが良すぎたのだ、と同じく(被害をこうむった他部署の)お姉さんはチラと私に言いました。私一人が悩んでいるのかと思いきや、案外、私世代はこの点で苦労しているのだ、というのが分かったのが今年の一つの収穫。

さて、反省はこのくらいにして、今年の良かったことも。

大きな病気をしなかったこと。
しかし、軽い金属アレルギーのために時計が当たる左手首が黒ずみ、時折かゆくもなるので皮膚科で処方されたステロイド剤が「効きすぎて」、夏のはじまりにむくみを覚える(指輪を朝つけて、夕方取るのが非常に大変になった!)、7月の中旬からは、肩の神経痛になり、痛くて重くて・・・なんてことも(とほ)。腕は旅行が始まる前日、嘘のように痛みがひいたのですが、皮膚科のほうは、疲れていると、この左手首がかゆくなります。ある意味でこの手首が私の体の新しいバロメータになった気がします。

歩いて通勤できたこと。
家を5分早く出るだけで、駅前でバスを待つことなく職場まで歩くことができる、とわかりました。もちろん、同僚と通勤のどこかで一緒になったらバスに乗ります。スタートを待つオリンピックの水泳選手みたいにウォークマンからお気に入りの曲を聞いて気分を上げて職場の入り口に到着することは、気分を上げるということもあるのだけれど、それまで聞き逃していた歌詞が急に耳に入ることもあって、新しい気付きというか、いかに日ごろ自分が注意不足かを意識する時にもなるのです。

お弁当を通勤時にほぼ全日作ることができたこと。
毎週どころか週を超えて同じ作り置きおかずを入れていたり、と、衛生的にはどうなのか!と突っ込まれそうなこともしていますが、二人暮らしの作り置きおかずってそういうもんじゃ?賞味期限は片目をつむるけど消費期限は守ってる、という心意気でお弁当を作ってます。

昔の知り合いに再会できたこと。
まず、3月に学生時代参加した語学学校時代の友達と10年ぶりぐらいに集合したこと。
5月にその語学学校時代にお世話になった方と偶然再会したこと。
8月に違う語学学校(20年ぐらい前に通ってた)で同じクラスだった人と旅先で合流できたこと。
12月にこの2年ほど連絡をとっていなかった先輩と再び一緒に仕事ができたこと。

一人じゃないって改めて感じたこと。
公私ともに、自分は一人じゃない、と。第三者がきけば厳しい一言だって、言わないでスルーできるのを言ってくれるってことは、どこかで私を(面倒と思いつつも)気にかけてくれているからなんだと思います。ま、私が叱られ体質だから、でもあるんですけどね(笑)。
私も誰かにとって「自分は一人じゃない」と思うきっかけになれれば、と思うのですが、そこは難しい。ふつうの人はただ寄り添ってほしいはず。まずは、反省点にあげたように、寛容でなくちゃ人のそばには寄れません・・・。

来年の目標は「寛容」。ルーズじゃなくて寛容。
まずは、10時間後から始まるヨメ修行から実践したいと思います。

みなさま、良い年末を!

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by eastwind-335 | 2016-12-31 08:05 | 日常 | Trackback | Comments(0)

世界はどこへ向かうのか

昨日の朝は、目覚めてからびっくりすることばかりでした。
毎朝私はNHK衛星放送で放送されている国際ニュースを見ています。いつもだったら5時早々にチェックをするのですが、昨日は5時半すぎに起床。ZDFの放送は終わっていたので第一報が放送されたのかわからないのですが、ベルリンのクリスマスマーケットでの事故が字幕で速報として入っていました。
一方、国際ニュースはトルコの首都アンカラでのイベントに出席した在トルコロシア大使が射殺されるという事件をどこも扱っていました。
大使が撃たれるまでの状況も写真だったとはいえ(今朝は映像になっていた!)直前、直後まで紹介されていたし、昨晩、残業を終えて帰宅したら始まった夜10時の国際ニュース(日本人キャスターがまとめて紹介する)では、イベント会場外から、犯人となった警官が銃を構えるまでの様子を映像で撮っていたものが放送されていました。あまりに疲れていて、ベルリンのニュースまで見る間もなく就寝し、今朝、BBCやZDFを見て、初めて、その会場がカイザーヴィルヘルム教会のそばだったことを知りました。

大学生を終える時、いわゆる卒業旅行とはちょっと意味合いは違ったのですが、私は偶然にも「壁は開いたけど、まだ東西ドイツが存在していた」状況の3月のベルリンで数日を過ごしたのでした。ミュンヘンからベルリンへ列車でえっちらおっちらでかけて(東ドイツになったらスピードが落ちたのは想定外だった!)、西ベルリンで危うく宿無しになりそうになった(あのころから無茶ぶりを発揮)夜を過ごした翌日、「地球のすっころび方」をめくりながら絶対にここへ行こうと思ったのが、この「ヴィルヘルム教会」だったのでした。

初めて、この道に立った日は、春の日差しに満ちた3月の土曜日の午後でした。教会の見学を終えて、そのまま真っすぐ歩いて、KDWの最上階で軽いランチをしたのも覚えています。

その後、私は22年ほどの時を経て、ベルリンを再訪し、その後2年経って再びベルリンを訪れるというチャンスを得ました。
特に3回目のベルリンでは、毎朝自分の部屋からカイザーヴィルヘルム教会の屋根が見える、教会から徒歩5分ほどのアパートメントに部屋を借り、教会の前を良く通りました。映像を見ると、ああ、この右手にはこれがあって、左手にはあれが見えて・・・と頭の中で地図がまさに「3D」状態で描けるほどです。たった数回の滞在しかない旅行者であった私でもメルクマールになっているこの道、この場所。多くのベルリンっ子にとっては、まさかここで・・・という気持ちになったのではないでしょうか。

いま、カトリック、プロテスタント教会においては、待降節(アドベント)の第4週目を迎えています。
4本目の蝋燭は「愛」を意味する、と学校で習いました。
亡くなった方、傷を負った方、そして今日もベルリンで難民のため働く人々のために祈ります。

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by eastwind-335 | 2016-12-21 06:08 | 日常 | Trackback | Comments(0)

待っているひとがいる嬉しさよ

毎日毎日、仕事でクターっとなっている私。
まったく予定が入っていないのは隔週の土曜日のみ。

まったく予定が入っていない土曜日は、いつも5時過ぎに目覚めても、今日は寝てよーし!となります。
予定が入っている土曜日は、つまりお稽古事の日。

お稽古の復習もせずに先生のお宅に伺うだけでも「赤面もの」。12月になると「あー、早めに先生にお詫びしてお休みにしてもらおうかな」という思いが出てこないわけでもない。
でも。
米寿の先生だって、このお稽古のために体調を保って待っていて下さるわけです。
思えば、この10余年、先生の体調のご都合でお教室をお休みになったことはありません。

お稽古日は、前月の早い回に決めます。
以前は私たちの都合を先に述べることが多かったのですが、この頃は先生のほうから、この日はいかが?と提案をしてくださるようになりました。午前中には私の母世代の生徒さんたちのお稽古をつけていらっしゃるので、そのグループが予定が決まっていれば、その日の午後にお稽古になることが増えました。

決して弱音をおっしゃらない先生。この前も、お部屋に小さなボールがおいてあったので、小学生の生徒さんのためなのかな?でももう4年生になったというし、まさか子供たちがお部屋でボール投げっていうのもねえ・・・と思っていたら、先生がニュースを見るときに膝に挟んで筋力をつける運動を始めたのだと!

こうやって私たちを待っていて下さるんだから、私も備えなければ!

この夏、7月のお稽古が終わり夏休みとなったとたん、私は右肩から右腕に痛みが走り、1か月近く不快な毎日を送りました。
肩が痛かったり重たかった毎日、特に週の半分をすぎると、一向に良くならない状態を嘆いて目覚める朝を迎えていたのですが、その一方で「あー、お稽古が2か月近くなくてよかったー。先生に肩が痛いぐらいでお休みしたいなんて言えないもんね」と思っていたのです。
あの肩の痛み以来、もし、本当に50肩になったらお稽古をどうしたらいいのかしら?と、以来、時折考えるようになりました。
今夏から毎年の悩みの種だった昇段試験が免除になったので(やれやれ)、月々の結社の課題の提出のみになり、「試験のために書く」ことがなくなりました。このプレッシャーがなくなったのは私にとって非常に大きい。
先生は、それまでも私の実力以上の書法を丁寧に教えてくださってましたが、これからもお元気でお教室を続けてくださる間、筆の運びなど「目に見えること」だけでなくコトバの一つ一つからも私は掬い取っていかねばならないことがある、と、先生のお宅に向かう途中、思うようになりました。しかし。思うは安し、行うは難し。
そして思い出すに、母が50肩だった時は、一人で服を着ることすら難しかったのだった。けれど。肩を上から回すような書法はないのだから、巧く体と付き合って作品を作っていくことがあるはず。

まずは先生に、ご自身の50肩をどうやり過ごしたのか、伺ってみよう。


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by eastwind-335 | 2016-12-17 08:38 | 日常 | Trackback | Comments(0)

甘い誘惑

誰かに喜んでもらえると、こんなにうれしいことはないのだけれど、その裏側には、ラインの違う人々との「やりとり」というのは毒々しい、そして気の滅入る言葉の応酬があったりして、その応酬に目いっぱい反応しちゃう自分が嫌になります。

言われっぱなしなんてバカみたいだし、なんて身構えて反応している自分がイヤ。

否、言われっぱなし、なんて思わず、そういうことは聞かなかったことにしたらよいのだ、と毎朝思う(夜は9時過ぎになると使い物にならないので、物事を反省したり思ったりすることすらできない。ただ動物のようにシャットダウンして寝てしまう)。けれども、翌朝朝9時をすぎれば、結局、どうであれ耳にしてしまわざるを得ず、聞き流したところで、それでも発生する自分の内心の感情やら予防のためにとってしまう行為やらに自分が疲れてしまう。

で、思いっきりクリーム(生クリームでもチョコクリームでもいい)が乗っているケーキが食べたくなる。
実際に買って帰るのだけど、その日の夕飯を食べ終え箸を下に置くと、もう眠くてたまらない。
そして、たいていそれは9時45分ごろで。
せっかくかったケーキ、箱には「本日中にお召し上がりください」とあるのに、クリーム系のケーキなのに、翌日、場合によっては翌々日に干からびた味のものを食べることに。

実は我が家の最寄り駅にも実際にはケーキを売ってる店はあるんだけれど、私のものさしではコンビニスイーツ程度の味しかせず、「ケーキ屋」と呼べない。なので、職場最寄り駅ビルとか、途中下車した新宿とか東京駅で買って帰るのに、そんな食べ方になっていて・・・。お店の人にも申し訳ない。かといって、私は、終業後はつかいものにならないので、気分転換というかストレスから解放されたいのに、それなりに気を張ってお茶をするのは、逆の意味でストレスになってしまう。

食っちゃ寝のどすこい生活が始まって1か月。今朝、体重計にのったら、がーん、史上最大がさらに2キロ記録更新になっている!
だからウエストやパンツの腿の付け根に違和感があったんだ・・・。
食べる量より食べ方とかカロリー消費のための動きが足りないんだろうな(とほ)。

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実は、カルディでアドベント直前に毎年ついつい買ってしまう小さなシュトーレンのほかに、今年はお友達に「チャリティーに協力して!」と頼まれて、コイノニアという団体のシュトーレンを買いました。
これがあるのに、「もっとクリームを!」な私。

このケーキ問題もなのだけど、おうちが「ストレス解消」の場所というか、自分を解き放つ場所になりすぎて、「きちんと片づけ」するのが面倒になって(だいたい、箸を下に置いた時点で、夢遊病者のようにお布団へ向かう)、バッグだの読みかけの本だの読み終えた夕刊だの、食卓の自分の足元近くににあれもこれもおいてしまうという状態に。あー、せっかく広いおうちに越したのに、これじゃ・・・。
とこれまたストレス。

一度リセットしないと、人間として・・・な感じになりそう。

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by eastwind-335 | 2016-12-08 07:41 | 日常 | Trackback | Comments(0)

行列にびっくり

11月の就業確認票が来ました。すごい残業。
本来残業は発生しないはずのラインなので、他部署にいる同期に比べれば、なのですが、チェック表に査印を押しながら、よく働いたなーと思いました。
いったい残業代はいくらになるんだろう。3月にソウルへ行くことができる程度出るのかな?
11月の残業代は、すぐに郵便局に貯金をしよう、と思いました。残業代を貯めると、ちょうど夏休みに現地で使う宿泊費ぐらいになることが多いのです。

で、昨日は「ぜーったい残業しない!」と宣言をしておき、それでも5時ダッシュはできなかったな~と思いながら最寄り駅へ。
駅へ向かう途中にミスタードーナツの路面店があります。ものすごい行列!二人並びで何メートルにもなっている!この路面店のある屋根付き商店街の一区切り分を超えた行列。商店街では録音だと思うけど、なにやら歌が流れていて、ひょっとしてこの店の中でライブでもやってるのかな?なんて思いながら通り過ぎました。

駅ビルの生鮮食品売り場へ向かうと、またまた行列が。こちらはサンドイッチマンだけでなく駅ビルの胸章をつけた人までたって行列を整理していました。
12月だから何か新製品が出たのかな?と列に近づくと、そこはミスタードーナツの小さな売店。
列の間から「新製品が出たのかな?」と覗くも、いつもとかわらないラインナップ。何があるのか尋ねたいけど、並んでいるのは大学生っぽい人たち。尋ねるのも恥ずかしく・・・。
なんだろうー?

どちらの店舗も「多いからやめよう」じゃなくて、長い列に加わっていく。
みんなスマホを握ってるのも気になる。いや、赤んぼのニッピング(おしゃぶり)よろしくスマホがなかったら泣き出すだけ、って感じの人たちだからあまり気にする必要はないのだけど、なんか違和感がある。

私の家の最寄り駅にはミスドのお店がないのに、けっこうな割合で袋を持って下車するひとたちが・・・。
なんなのだろう?と思い、食後にググってみたところ・・・。

金曜日にはソフトバンクのスマホのみなさんはアプリを提示したら二つ相当を無料にしてもらえるんですって!
スマホを持たないワタシには縁のない話ですねー。2個だったら高くても300円ぐらいのものですよねえ。スヌーピーの形のものだったら400円ぐらいかな?
並んで300円だか400円程度のオマケって、時間がもったいなくない?疲れない?めんどくさくない?いや、こういうことを思うのがおばちゃんなのだわ。お友達と一緒に並んでいたら、何をしても楽しいよね、きっと。

今もお兄ちゃんのように慕ってる男友達に、20代の中頃「一緒にネズミーランド行ってみない?」と言われたことがあります。そのとき、私は即答で「何を乗るにも、食べるにもすっごく並ぶんだって。そんな時間があるんだったら、映画か美術展かライブに行きたい」と断り、そのときは美術館に一緒にでかけたのでした。
あの時のことは今もからかわれますが、彼は、私の行く末をマヂで心配してくれたようです。彼氏もできなかろう、と。
大丈夫!彼氏はいないままで配偶者はできましたから(笑)。
こんな変わってるワタシの配偶者であるうちの家人は私以上に「並ぶのはいや」な人で、私が「乗りたいものは(←アトラクションって言っても通じないから)予約できるっていうから、一度行っておこうよ」と誘っても「あー、面倒だよ、何分前までにいらしてください、だろ」と。
家人よ、ヨメが私で感謝したほうがいいよ(笑)。

ちなみに、私自身は人生で2度ほどネズミーランドに行ってます。2度とも母方の従妹の立ってのお願い。田舎からやってくる従妹をおもてなしせよ、という母の厳命には勝てず(笑)。女子度130パーセントみたいな従妹とのネズミーランドでの会話は修行のようで、こっそり「○×くんと行っとけば待つ間も共通の話題があったのに」などと思ったものです(笑)。

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by eastwind-335 | 2016-12-03 09:30 | 日常 | Trackback | Comments(2)

友達の同級生

昨日も残業。それも、巻き添え残業って感じで、次もこんなことになったら過労死してしまう!と仕事発生元に電話で叫んだところ、「東風さんに死なれては困るので、これから気を付けます」と平謝りされました。
いや、私がもし過労死したところで、別に職場に損失はなく、むしろ、人件費が節約できる、とでも言われそうな気がしますが、本当にどうなってるんだろう、うちの職場・・・と思って駅まであるいていたところ、友達からメールがありました。友達の同級生がいまヨットレースに出ているのだそうです。
決して長くない、その友達の文章を見ていると、まるで、友達が目の前で話してくれているような気がしました。
そして、気が付いたら、イヤーだなと思っていたコトはどっかへ行ってしまってました。(実際には、今朝、目覚めたら、徒労感とともに思い出してしまったんだけど)

会ったことはない白井さん。同級生なんだー。同い年の人でこんなに頑張ってるなんて。最悪の事情からそのときのベストの解決策を見出さないと命にかかわるレース、結果もだけど、どうやって解決をしていくのか、気になっているところでした。そうだそうだ、仕事だってへこたれてたら先へ進まない。目線を変えて解決あるのみ!

一昨日だかのモルゲンターク新聞に、津村記久子さんの「労働地獄からどう逃れるか」の記事を読んだときには、「わ、私みたいコトしてるんだな、やっぱりこういうストレス解消ってありなんだわ」と思ったのでした。彼女の場合、サッカーに夢中になってるとか、刺繍をやるとか。
私も一時クロスステッチに凝っていたことがある。あとはビーズ。文章通りにビーズを組んで、立体化させる。これは、集中を必要とする。そして、私は二次元を三次元に具体化することが得意なんだ、という意外なコトに気付くことにも。サッカーもドラマがあって、選手のあれこれがあって、彼らの一挙手一投足を見ると、自分の目の前の小さなことなんて・・・な気分になりますよね。

自分自身のいまの集中の時間は、そうだなあ、書道かな?

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by eastwind-335 | 2016-12-02 08:46 | 日常 | Trackback | Comments(0)

糠に釘

楽しかった週末が終わって、新しい週の始まりの日に、来る週こそ愚痴をいうことがありませんように、他人から「言われたこと」や「されたこと」を冷静に受け止めて相手の気持ちにたった対応ができますように、こそっとお祈りをしたにもかかわらず!!!
この2週間、12月の最後の週まで毎週のように続く部署主催の「お祭り」ごとのために、色々な渉外を職場内で行う毎日なのですが、根拠のない横槍が入ってくる。
武道のお稽古みたいにお約束のなかで手合わせするのではなく、マジで横っ腹を突き刺すようなところがある人で、身をかわすのにてんてこ舞い。
ほんと、根拠のない横槍を出してくる人に、道理を説いても「糠に釘」「暖簾に腕押し」。

昨日も、てんてこ舞いで天上に上がり、このまま一生地上に降りてこられないような状態(つまり、死にそう)でいるところに、自分で当該部署にチェックすればいいことを、文書の発信部署の発信者である私に「〇〇部には連絡をしてからこの書類を書きましたか?この書類は不要なはずです」と二つの面倒を発生させる電話をかけてきた。
ルーティンとして、〇〇部に最初に確認をしてからなじゃないと、この事業が進まないのはわかってるはずなのに。
しかも私はそのことはメモをつけたし。
書類は不要ではなくて、これを出さないと、セキュリティ部門が対応に苦慮することが出てくるはず(対応について希望を記入する欄もあるので)。

っていうか、これまで同じようにして、そんなこと言われたことないし!

こういう人にマジで対応をすればするほど自分が嫌になる。だって、相手の思い違いを指摘するって行為自体が気分悪くなる。指摘したところで、こういう相手は絶対に自分が間違っていると思わないから、糠に釘って感じ。
それどころか、この「糠に釘嬢」は逆に自分の理論で私を諭そうとする。
無駄な時間を少しでも減らすために「はあはあ、左様でございますか。」と答えると、いい気になって「コレコレは〇〇してもらうことになってます」と「聞いてねえよ(別人来臨)」なことを言い出す。
個人的には、そんなルールを作ったら、同報メールで全員に知らせろよっ(別人来臨中)って思うわけですよ。っていうか、あんたは立法機関かいっ?(別人来臨中)と突っ込みたくなる。

だいたい、それが正しかったためしがない。しかし、この4週間はこの手のコトにいちいち手を止めてはいられない。ということで予防線かたがた、昨日は糠に釘嬢の属するラインのトップに直電。やっぱり、個人ルールだと判明。

あーあ、糠に釘嬢だけじゃないんだよね、暖簾に腕押しって感じの人もいる。あそこからの内線だとわかるたびに「鷹揚に対応ができますように」と念じるばかりです。

人間の小さな自分のことがホントやになる。





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by eastwind-335 | 2016-12-01 07:05 | 日常 | Trackback | Comments(0)

タイミング

週末に、熱帯雨林.deから「Cyber Monday週間ってことでヘルビーが安くなってますよ」って案内が来ました。あの「全部」もとい「Alles」23枚組セットが20ユーロも!

目を疑い、その直後「これからでかけるからあとで」と思い、帰宅したら「あ、明日の準備」と別のことに集中し・・・
昨日も時折「20ユーロ安いんだったら、あれも追加で買っておこうかな?」なんて頭をよぎることがあったのですが、仕事でヘトヘトになり(月曜からだなんて・・・)、夕飯を食べて・・知らないうちに就寝しておりました。

先ほど「今こそ!」と思ったのですが、もうセールは終わってました。週間じゃなかったの?まだドイツはMondayじゃないの?って時差を思うんですけれどね(笑)。
あーあーあー。
12月6日のNikolaustagに向けて、ちょっとでもお安くなったら、今度こそポチっとしなくては。安くなくなったので、12月23日のKeimzeitの新譜が出るまで待とうかな?と思います。この新譜は今朝から2ユーロほど安くなってます(爆)。

さてさて、そのヘルビーが彼のHPで公開した販促用トレーラーがいいんですよ!

あんなおっさんのどこがいいのか、と突っ込まれそうですが、15歳から16歳になる時を共にした学友たちが口をそろえて「ふつうの人の趣味じゃないから、あなた」と言ってますので、今更、ねえ?
今回のベスト盤全体の写真にはオマケの写真集も出ていますが、一番痩せてる時の写真のページになっている(爆)。
ちょっと元気が出てきた。

昨日はヘトヘトになっていたにも関わらず、銀座のミキモトに用事があったので、そのついでに有楽町の無印へ寄ってみることに。
なにか見ておくべきものがあるかな?と出勤前にHPにアクセスして気が付いた。「あ、無印良品週間なんだ」と。
私はその場で買うこともあるけれど、どちらかというと、商品(洋服など)は商品の出はじめに手に取ってみるけれど、カレーなどのレトルトとまとめてネットで買うことが多い。けど、普通の人はスマホというかAPP生活だろうから、アプリでそういう情報がばっちり来るんですね~。
ガラケーな人たちはシャットアウトされちゃってる。APPって本当はアプリケーションソフトってことだろうけど、発音が同じドイツ語のabを思うことが多い私です。外されちゃうっていうか。

ま、気づいたので、割引になるページをプリントアウトしておいた。

普段、着ない色のカーディガンとセーターをかいました。最後まで悩んだのは、スモーキーブルーのカシミアのセーター。でも青系の色味はたくさんもってるしなあ。

カーディガンはメリノウールにシルクが入っているもの。形や素材は定番。これが30パーセントオフになっていたので買いました。暖房の効いている職場ではこれで十分だから。あとは、紫のタートル。今年はスーツを買わないので、中身でイメージを変えようかな、って思って。そうそう、父ちゃんっぽいシルクウールのストールも買ってみた。

ミキモトは久しぶりに行きました。カタログを送ってくださっているので住所変更をしに。引っ越しして1年が経つので転送期間も終わってしまう。
いま、私はピアスを買おうかなと思っているところ。その下見も兼ねてます。
普段使いのピアスは、10年ぐらい前に有楽町の高架下にある外国人向けショップで買ったのを大切に使っています。最近、ちょっとした用のもう一回り大きなものを買っておこうと思うようになったのです。かつてイヤリングで買ったパールをピアスに直すのもアリかな?でも、イヤリングで持っているほうが良い場合もあるかもしれない(ピアスができなくなる時が来るかもしれないし)。
ネックレスと同じ質のものにするとびっくりするようなお値段になるので、少し質を落として大きさを取る、ということになりそう。受け継ぐべき子供がいるわけでないので、そのあたりは「私にとってよいもの」を選べばいいので気が楽(笑)。
人より長めの独身時代に一通り揃えた時には、母から「中年になれば体は自然と大きくなるし、自分より体の大きな子供が生まれることもあるから(つまり私のような)、今に合うサイズより少し大きめがいい」と華奢な感じなパールは泣く泣くあきらめたものです。しかし、今思うと、母の予言はばっちりあたり(爆)、特に太く、もとい緩くなる首元にはちょうど良い感じに収まっています。

それにしても、やっぱり私はミキモトの真珠の色が好きなんだなあ、とつくづく思いました。
本真珠を普段使いにしてる先輩のように、箪笥にしまってあるものをもっとガシガシ使いたい。しかし、どうも「わたし」+「本真珠」=「お出かけ用」感が抜けず。さらに「わたし」+「ジャンクパール」=「ニセモノ」感が抜けず。いや、本真珠であっても「フェイクにしてはいいよ」と言われたことがある。そんなビンボー感満載なワタクシに、「本真珠」を本真珠とわかってもらえるように努力するのは今からでも遅くないわよね?
「お出かけ」自体が減っていて、誰かに引き継いでもらえるかもわからないわけですので、もっともっと使ってパールと仲良くなるタイミングは今かも!、とお店を後にしながら思いました。

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by eastwind-335 | 2016-11-29 06:34 | 日常 | Trackback | Comments(0)

それは違う気が・・・

この頃、学生時代の先生がたと連絡を取ることが続いています。
大学時代の先生というのは、授業で一方的にならうばかりというのが一般的だと思うのです。私もそのはずだったのですが、あまりに劣等生(←ホント)だったため一部の先生がたの覚えよろしく(爆)、また、数名の先生は、見えない糸でつながっていることが卒業後にわかったりして、卒業して25年が経ってもお付き合いが続いているのです。
昨日お電話をいただいた先生はもう90歳を超えています。
英語教育のエリートの道を歩まれたその先生は公立高校出の劣等生に呆れることが多かったと思うのです。英語なんて、テキストをのぞき込んでいる間は身に付きません、と最初の授業でおっしゃったのがいまだに忘れられない、そんなインパクト大な先生。今もって、毎回毎回忘れられない話をしてくださるのです。

私自身は外国人教員のクラスを取ることはありませんでしたが(←劣等生だったのでチャンスなし)、学内に数人いらっしゃる外国人の先生のなかには、ユダヤ人の方もいらしたし、今風にいえばLGBTの先生もいらした。それによって何かがあったわけでなく、それぞれの先生は慕われているように見えました(←習ったことがないので遠目に見る限りですが)。
昨日は、そのユダヤ人の先生がクリスマスの集まりにいらっしゃらなかった、から始まり、最後に「西洋人だからってみんながクリスチャンだって思ってはなりません」とそれぞれの信仰を尊重する必要性で〆る内容で終わりました。

帰宅すると、楽天から取り寄せてあった雑誌が到着していました。この夏にイギリスに行ったのがきっかけで、そしてまた近いうちにイギリスに行けるかも?な状態なため、イギリスに特化した雑誌があるのを知り、最新号を取り寄せたのでした。
その雑誌の特集はイギリスのクリスマス。イギリスっていえばGBではなくイングランドっていうのが、たいていの「イギリス本」のお約束なのですねー。私はどっちかといえばイングランド以外のほうが関心があるので最初はがっかりしたものですが、最近は「はいはい、日本だって本土中心主義だもんねえ」と先だっての「土人発言」に怒りを再び覚えながらページをめくります。やっぱりイングランドがメインの内容でした。

そこまではいい。わかってめくっていたので。諦観ってこういうこと?って気分ですが、きれいな写真、おいしそうな写真に100歩譲ることにしました(笑)。

しかし、はた、と手を止めるページがありました。「ロスチャイルド家の最も大切な一日」ってタイトルの数ページの小特集。
まって!待って!ロスチャイルド家って「ユダヤ人」では?いや、ユダヤ人でもキリスト教に改宗する人はいたし、両親のどちらかがユダヤ人という家庭がたくさんあったのはわかってる。先月読んだ『キンダートランスポートの少女』(未来社)でも、子供時代に改宗させられた下りがあった。当の本人は「神様は一緒だし」というぐらいの感覚だったと。しかし、その後、再びユダヤ教に戻ったように記憶している。
ロスチャイルド家ってそういう位置づけだったっけ?って。ロスチャイルド家は分家がいくつかるけどロンドン家っていうのはかなり影響があった家のはず。クリスマスのプレゼントとなっているけど、ハヌカのプレゼントなのでは?とか本当にロスチャイルド家の前で聖歌隊が讃美歌を歌ったとしたら、その意味は?と、質問したいことがいっぱい!

確かに、ベルリンのユダヤ人博物館には、モミの木を飾る家(メンデルスゾーン家だったと思う)の居間が再現されており、一見すると蝋燭の形の飾りをクリスマスツリーにつるしてあるみたい。けれどそれを裏返すと、ユダヤのこの時期のお祭りハヌカに使う燭台である、って仕組みだった。
クリスマスとハヌカは意味が違う。まったく違う。待降節とハヌカの時期が重なるだけ。そこを「クリスマス」で括る、この雑誌の感覚がわからない。それとも、ロンドンのロスチャイルド家が本当に「クリスマス」を祝ったとしたら、やはりその背景をちゃんと説明する必要があったと思う。

せめて、この手の一国の文化を追うことが目的と名乗る雑誌であれば、もうちょっと、ほんのもうちょっと気を使ったらよかったのに。そうしたら、イギリス(GB)の多様性がもっと伝わるのに。

ま、大手出版社が出している雑誌じゃないから、目につく話ではないのだろうけれど、ほんと、もうちょっと調べて記事にしたら、よかったのになあ。Happy Holidaysという挨拶が「政治的に正しい言い方」な英語圏において、絵的にステキではまとめきれないものがあると思う。海外ドラマに間違った着物姿や立ち居振る舞いで描かれる日本人を見ている気分。

世界のあちこちで宗教を理由にする対立が日々起きているこのとき、日本人の宗教に対する感覚の鈍さが、自らをも持ち崩すことになりませんように、と思う。日本では商戦主導のお楽しみ感満載のクリスマスやらイースターやらで、「ステキ」「可愛い」でなければいけないようですが、もともとは、泊まるところのない夫婦が出産をした場所は薄暗く、本当は星は一つだと思うだけどなあ~。ギラギラしたイルミネーションの時代だったら、羊飼いは馬小屋の飼い葉桶までたどり着かないな、とか、いや、アプリで案内してもらうのか?なんてふと思いながら見上げた駅前のクリスマスツリー。LEDの強すぎる光に、クラっときちゃいました。
(LEDは環境にやさしいのかもしれないけど、現行の使い方では身体には決してやさしくないってどうして声をあげないのかな?)

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by eastwind-335 | 2016-11-26 08:01 | 日常 | Trackback | Comments(0)

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