カテゴリ:日常( 702 )

もう一つ先をめざす

数年前までこの時期はちょっぴり憂鬱でした。
書道団体の試験があったからです。異例の飛び級結果が来たときもありましたが、そのときから実はドヨーンとしていたのです。月例の課題が掲載されている雑誌は、数級ごとに課題が異なるのですが、やっぱり、その課題をきちんとやってこそ、次のステップへスムーズにいくのだろうと思うのです。
そのツケは最後に来ました。いわゆる「試験」のなかで一番最後の段階に何度となく落ちてしまったのでした。先生は「次は大丈夫」とおっしゃるのだけれど、やっぱり合格した方の作品を見ると、どんくさい私のそれはどんくさい線で構成されていて、なんといっても「作品としての色気がない」と思ったのでした。自分にオットル君を重ねたくもなりました。「悪くはない、でも」という評価が一番つらいのもわかります。トップチームには上がれてもそこからが大変という選手の気持ちを書道にて体験した数年ではありましたが、これまた、腐らずやる、というオットルくんの言動が支えにもなり、「幼いころから身体の小さなラムたんは、それをカバーするために基本的な動作を毎日練習していた」というエピソードで自分に喝をいれては、試験の課題を書き・・・としていたら、どういうわけか合格していたのです。
合格のお知らせを頂いたときには、試験のために字を書くのはもう嫌だ、とも思いましたけど。

同じことはもう30年近く前のドイツ語学習の時もありました。「東京のゲーテ」では当時のA1(つまりアルファベットの発音はわかる、挨拶ぐらいできるようになる、でも質問にドイツ語ではすらすら返せない、すらすら読めない、ちゃんと聞き取れないの「3ない」状態で終了)だったのが、そのクラスが終わって2週間後の「ドイツのゲーテ」で初級終了近くを指すC1に入れられたことがありました。
何もズルをしたわけでもなかったので、どうしてこんなことに!?と思ったし、なんといっても、C1に来た日本人の学生さんは、東京にいくつかあるドイツ語(文学)教育で有名なドイツ語学科生だとか、ドイツ史を学んでいるだとか、「ドイツ繋がり」がはっきりしている出自のみなさんばかり。どこを叩いても「ド」の字すら出てこない専攻のワタクシ、本当に授業中、雪山にいるような気分。ちょっとしたことも見逃したり聞き逃したら命とりだ、という必死さだけで4週間を終えたという感じです。先生がこんな私がちゃんと理解しているか授業中もその他の時間でも気配りをしてくださることは感謝でしたが、「良くできる日本人の独文科(ドイツ語学科)のみなさん」には、迷惑な存在だったのではないかな、と思います。

東京のゲーテに4月から戻ったときは「ドイツのゲーテ」の成績が送られていて、次のクラスへ入れられていたこともあり、初級文法の大切なところをいくつも逃してしまっていた私。結局、初級終了試験に一度で合格できず・・・。卒論提出もあったりしたので、不合格の理由は自分なりには付けられますが、やっぱり試験に落ちることは気持ちのよいものではありません。
おかげさまで、のちに合格できたのですが、今も思います。
ちゃんと段階を追って試験を受けたかったなーと。
動物的な勘のようなものでだけ対応している、というのは、よりどころがないので、ホントに困っちゃいます。

さて、書道のことに話を戻します。
この「動物的な勘」だけではだめなわけで、やっぱり、ちゃんとした基本を体得しないと・・・と思うことは今もあって、課題を仕上げながら先生が赤をいれてくださったり、実際に私の筆で書いてくださったりしたときの作品は、その部分だけ切り取って、お手本にして練習をしたりするときもあります。
しかし、試験のために字を書くのは嫌だ、と思ったくせに、一連の試験から解放された今、じゃあ、作品がプレッシャーのないのびのびしたものか、といわれたら、「・・・。」なんですよね~。
そんなダメな生徒である私に、先生が「東風さんは次のレベルに行ってもいいと思うのよね」と先日おっしゃったのでした。最初は「試験に合格してからダラダラしていて、これじゃダメ」という注意なのかとドキドキしながら次の言葉を待っていたのですが、どうも、月例の評価を出してもらうクラスを一つ上げてもらうようにいずれ頼んでみたい、とのことだったのです。
その「いずれ」はすぐに、というわけでもなさそうです。とはいえ、帰りの地下鉄の中で、私は「先生が推薦しましょう。とおっしゃって下さる日に備えて、また一から頑張り直しだ」という気持ちになっていました。

地味な字しか書けず、同じお教室でも後から始めた人にも追い抜かれてしまう、というドンくささ満載のワタクシですが、こうやって声をかけてくださる人がいて、気持ちが変わるのですから、言葉って大切です。自分が備えたつもりになるのではなく、他人が見たら「備えてある」と思ってもらえるように、精進しなくては・・・。

[PR]
by eastwind-335 | 2017-04-30 08:45 | 日常 | Trackback | Comments(0)

脇の下をくぐるひとたち

この数日の間に不思議なことがあったので、ちょっと書いておこうと思います。
通勤電車では、私が乗り込む朝の時間帯は車内の座席の間の通路までたどり着くことができず、いつも出入り口前の空間に押し込められています。個人的には老若男女問わず仁王立ちでスマホを覗くのをやめてくれれば、もう一歩ずつ奥へ詰めてもらえるはずで(だって、座席前の通路の真ん中ってたいていエアポケット状態で空いているでしょう!)、こんなもみくしゃにされることもないはずなのに・・・と思うのです。電車の作りもひどいんだけど(人間を貨物扱いしてる!)、乗り込む人たちも「わたしファースト」だから。

さてさて、仕事の都合で午後の電車で訪問先へ移動するときも、たいていの場合は座れません。

私は、つり革を握って立っている前に座っている人が下車しようとするときには、つり革を手放して、とか、つり革を握っているにしても身体を片側に寄せて、「目の前の人が立ち上がって、つり革を握っている人たちの間から通路に出る」ことができるようにしようとします。

ところがですよ!この間、遭遇した人はちがった!立ち上がるやいなや、つり革と私の腕の間にできる空間を潜り抜けて行こうとする。だから、肘とかがその人の頭にぶつかることがある。

片花道を通り過ぎたい人がいる、と気づいたのは、私の前に座っているご夫婦が降りる時でした。実は私も同じ駅で降りるつもりで、もう少ししたら右手で握っているつり革を離して乗降口へ移動しようと思っていました。すると、走行中だったけれど私の前に座っていた男性がおもむろに立ち上がり、私の左側から降りようとした。ま、それはわからないわけでもない。すると、私の斜め前に座っていた奥さんが、彼女の前はすっかり空いていたのに、つり革と私の腕でできあがった片花道の下を通り通路に出よう
としたのでした。
私は人のわきの下なんか通りたいと思う人はいない、と思っていたし(少なくとも私は嫌だ)、男性に道を作るために身体を半身返していたときだったので、お隣の奥さんの動きまで読めなかった。半身を返すというのは、通路側に身体を向けることになるから、男性が通り抜けたと同時に身体をもとに戻しました。すると、その奥さんに「ちょっと通りたいんだけど!」と有楽町の超高い食パンの入った紙袋(焼きたてなので封がされていない)を盾のようにして(そうすればみんながぶつからないとでも思っている様子)私に腕(脇)を挙げろ、といわんばかりのジェスチャー(顎揚げ)をしたのでした。
私も降りますから、って言いたくなったんですけれどねー。勝手にダイブして「ファールだ」と言われたような気分(笑)。

で、自分だけがそういう体験にあったのかな、と思っていたら、私が座っていた電車(下りゆえに座りたい放題)でも案外「片花道」を通ろうとする人がいるのを発見。立ってる人は本当に迷惑そうな顔をしてました。そりゃそうだ。片手には書類カバン、片手はつり革+スマホだから(笑)。しかも立ち上がって2歩歩けば空いている通路に出られるっていうのに。

最近、車内の扉そばのシール状の商品広告は各社制汗剤を扱うことが増えています。それを見るたびに、片花道通り抜けの人々を思い出し、夏になったらそういう動きをする人は少しは減るのかな、とか、こういう人は欧米に行ってもするのかな?ノックダウンされませんように、と思ったりしています。

片花道とでもいうべきなのか、人のわきの下を潜り抜けようとする人の心理はいかに?!
[PR]
by eastwind-335 | 2017-04-20 06:38 | 日常 | Trackback | Comments(0)

各県物産館で野菜をかう

週末に銀座に出る用事があると、点在する各県物産館を覗くことが増えました。
地方野菜を楽しめるからです。

ニンジンだとかは、なるべくフードマイルが短いものを食べたいと思うのですが、時々、その土地にしかない葉物が届いているのを見ると、買ってしまいます。

よく行くのは山形県物産館。
昨年、はじめて山形へ行ったときに買った野菜を食べたのがきっかけです。
有楽町駅からそれほど離れていないから便利です!
初めて聞く葉物を見るとついつい買ってしまいます。売り場に調理方法を書いてある紙を置いたり、野菜の名前の横に調理のヒントが掲げられている野菜がほとんどですが、ない場合には、レジで質問をします。その県出身者が勤務しているので、みなさん親切ですよー。

もっと時間がないときには、有楽町駅前の交通会館内にある「まちからむらから館」で四国の野菜を買うことも。
ここはあまり「珍しい」野菜はないのですけれど、スーパーよりお値打ち感が強い気がします。

いま、東京でも買い物難民が増えている、という記事を読みました。私が暮らす街はタワーマンションが建つようになり、小学校の教室が足りなくなっているそうです。新しい小学校を開学すべきでは?という話も出ているそうです。しかし、どんなに人が増えても、買い物環境は改善されず、我が家から歩いて15分するかしないかのところにあるスーパーはすべて同じ会社のもの。ここはPBの取り扱いの多いスーパーですから、買い手には選択の自由がありません。ここのPBは作り手が見えないのが怖くて。お得感もないし。なんといっても、生鮮食品がおいしくないので、自然と足が遠のいてしまいます。

買い物ができないわけではないけれど、選択の自由がない、という点においては、私も買い物難民の一人かもしれません。ゆっくり時間を取ることができる週末には魚料理を増やしたいのですが、逆に週末はあのスーパーしか選択肢がありません。結局、週末に銀座や新宿に行く用事を作って(定期があるから交通費自体は発生しない)、デパ地下の魚屋さんで買って帰ります。

どこか、いい魚屋さんがあるといいんだけどなー。

[PR]
by eastwind-335 | 2017-04-18 05:36 | 日常 | Trackback | Comments(0)

私の花見

毎朝桜を上から眺め、下をくぐる道を歩くので、わざわざ「花見」をすることはありません。
一人、この季節になると、朝晩と桜にチラと目を向けて、ああ、いつになったら新年度のバタバタが落ち着くのかなと思うばかりです。

実は私は桜が花開くときよりも、ぎゅっと蕾が付くとき、つまり1月末から2月にかけての桜の枝が好きです。エネルギーを感じます。


満開にはまだ至っていない、ところどころに青空がのぞく古い古い桜の木の下で

a0094449_11550896.jpg

もうすぐほかの花に追いつこうとするつぼみを見つけ、

a0094449_11545466.jpg
意外なところにも枝が伸びようと

a0094449_12353866.jpg

枝にすらなっていないところからでも花は開く
a0094449_12354276.jpg
私たちが見逃しているものはあまりにも多く、そしてはかない。
だからこそ、気づいたときが喜びとなる。

[PR]
by eastwind-335 | 2017-04-08 12:57 | 日常 | Trackback | Comments(2)

また春はやってきて

4月1日は、私の学校時代のサークル顧問だった先生の墓参の日になっています。
今年は運よく土曜日だから伺える!と、元締めの、もうすぐ傘寿を迎えようかという大先輩への年賀状に書いておいたのですが、木曜日には朝から天気予報で週末は雪かも、という言葉が聞こえるように。
木曜の夜に、この大先輩から直々に電話を頂き、老人の多い墓参なので週明けの平日に設定し直した旨を伺いました。

「平日は年度初めは休めないのです」といった私に、先輩が「東風さん、大丈夫、先生は○○霊園で眠っていらっしゃるんですから、お墓はなくなりません。ご都合の良い日に先生に会いに行ってさしあげなさい」と。

私がこのサークルに入ったのは、ほんとに偶然で。私よりも母親のほうがチラシに興味を持ち「行ってみたら?」と勧めたのでした。もうそのときには顧問の先生は「名誉教授」でしたので、やさしいおじいちゃま、という感じでしたが、戦後まもなく、わたしたちの大学にやってきた、外国帰りの先生は、授業中、厳しくも現地で得てきた知識を惜しみなく学生に伝えたと伺っています。戦前の海外の大学での日々は、この先生にとってすべてが満足であったわけではないでしょう。戦前、兵役から逃れるために長髪で徴兵検査へ行き、思いっきり検査官に殴られたものの、検査不合格。当時、男性としては不合格というのは世間体の問題があったと思いますが、合格したからといって皆が徴兵される時代でなかったことも幸いしたでしょうし、先生の学歴もまた徴兵の対象から外される順位の高い要因だったはず。しかし、先生はこの不合格を「計算してやった」という面があったので、海外に行く機会が巡ってきたときに躊躇せずのその道を選び、戦争から遠いところに身を置きたかったのだろうと想像します。
しかし、実際には、兵隊としての徴兵はなかったものの、戦後、逆に民間人として日本に帰国するまでにどんなに大変な思いをしたか。そのお話をなさるたびに、「絶対に戦争はいけません」「自分を持ちつつも、行った先ではそこの文化、生活行動を取り入れる勇気を持つことが大切です」とおっしゃりました。先生は、すでに大衆化されている大学に身を置いていたのに、いつも、サークルの会合では「大学生」というものには役割がある、と信じているような口調でお話がありました。
先生は21世紀を迎えるよりもちょっと前にお亡くなりになりましたが、すでに私が大学生の時には慰安婦問題が起きていて、「そんなことはなかった、なかった、というのは政府の常です」と案じるようにおっしゃっていたことを思い出します。今を御覧になったらどう思われるだろうか、と。

いまは、言葉はできなくともクレジットカードとスマホさえあればチケットを簡単に購入して、Eチケットを空港で見せて帰国できます。
知人のお子さんが大学の再試対象となってしまったのに親もどこにいるかわからなかったそう。「大学の定期試験なんて簡単なモンすら合格できないで!お前みたいなのは七つの海を泳いで帰ってこい!」って言うつもりだったそうですが、時すでに遅し。連絡が付いたときの第一声は「ボク、色々買っちゃって、(学生カードの)上限近いから、おとうさんの名義のカードでチケット買ったけど、片道だからノーマル運賃しかなかった」だとか。しかも、ノーマルだからそのお子さん、足元広々のところにアップグレードしてもらったそうで(爆)。試験も無事に終わってよかったね、の笑い話で済んでいますが、そのお父さんは「大学の半年の学費並みのお金が余計にかかったんだ、あのアイツには!」とカンカン。

そんな息子さんも無事に明日から社会人!
明日からは新入社員が民族大移動のように駅を右往左往し、さらには、どういうわけか、改札を出たところで集団出勤なのか、わらわら集まってジャマで仕方ない。オトコのくせにいまの若いのは一人で出勤できないのか!と怒り心頭になる前に、私が早めに出勤することでそーいうイマドキのお子ちゃま会社員を回避するつもりです。

[PR]
by eastwind-335 | 2017-04-02 06:25 | 日常 | Trackback | Comments(2)

年度の終わり

昨日は3月31日。
そして昨日は金曜日でした。

ということで、今日でおしまいです、という方が職場のあちこちにいらして・・・。

また4月からも定年延長で出勤される方もいます。ラインが違うので、改めて「お世話になりました」ということはせず、そういう人は、「○○さーん、また来週~!」と遠くから手を振って。
絶対に挨拶に来た人の名前をチェックしてるだろうなーと思う人(エライ人)には、本当はこちらから挨拶しなくちゃいけませんが(笑)、私が帰り際に寄った時には、上に厚い人事課のメンバーズがキャーキャー取り囲んで華やかな声を挙げていましたので、ま、いいか、と。
パートさんたちも何人かが雇用の関係で半年のお休みに入ったり、派遣会社から来た人たちは契約が切れたり・・・と。
私は雇用体系や働き方は様々であっても、同じ職場の人、という思いで接しているので、せっかく親しくなったのに・・・と半年のしばしの別れをさみしく思っています。

そして一番さみしいのは、定年退職を迎えられた二人の男性。一人はイギリスの方で、税金の都合で「無職」の時間を数か月すごしてから帰国されるのだそうです。プレミアおじさんであり、週末が明けると、お互い見た試合の話(彼はプレミア、私はブンデス)を立ち話的にする、というサッカー仲間でもあり・・・。有休を使って、帰国後の家の状態を確認しに行った時には、現地でちゃんと試合も見てきたそうです。パソコンの画面で、しかも正規ではないルート(日本の放送は「英語で解説じゃないから」)のそれで見ていた極東での日々を思うと、「いやいや、天国でしたよー」と。
私たちが憂いているのは、日本でのブンデス・Jリーグの放映権をがっちりつかんでしまったイギリスの配信会社の存在。
「あんな、小さな小さな画面でサッカーみてると、日本人のやるサッカーもますます小さくなるよねー。トランジスターサッカー」とプレミアおじさん。日本のサッカーより自国のサッカーのほうがね、とウィンクしながらも、2試合勝ちつつも不安いっぱいな穿ッチジャパンのことも気にしてくれていて・・・。

彼をはじめとする外国籍の人は構成員なのに、彼らに対する対応がすべて後回しになったという経験があり、私たちのラインがなくなりそうになるのでは?という危機の時期に一緒に(いや、私以上に)憤ってくれたりもしました。口先だけの人たちよりもずっと嬉しかったです。

もう一人の方は、私がイベント準備で職場内を駆けずり回っていると、すっとやってきて「ボクはいつもこういう時にはこうやってみるんです。そうするとうまくいうんですよ」「○○さんだったら話がまとまりやすいかも」と声をかけてくれるような、親切な方でした。いわゆる「昇進ライン」ではない人が教えてくれることは、とても大切でした。こういう人たちの作る人脈は脈々と地下を走っている、という感じ。口の重い方でしたが、だからこそ、こういう人の話は私の心の宝物となりました。

各部署で地雷を踏んで全身を吹っ飛ばされても、また翌朝には不死身のように「東風参上!」(ヤンキーか?!)となっている、のが職場で思う私へのイメージだと思います。
それは、私には「ジャムおじさん」や「ジャムおばさん」がいて、アドバイスをくれて、彼らが一夜明けたら再び、「わたし」として私が起き上がれるようにしてくれたから。
いまの若い人はアニメでしか「アンパンマン」を知らないようですが、実は私は2歳下の弟が幼稚園でもらったキンダーブックの「あんぱんまん」が、私の「あんぱんまん」との初めての出会い。小学校1年生の時でしたけれど、あの本の内容は本当に衝撃でした。すべてを自分の意思で差出し、相手の心の栄養となり、マントだけで帰っても、パン屋のおじさん(あの頃は「ジャムおじさん」なんてシャレた名前じゃなかった記憶なのですが・・・)は「あんぱんまん」が帰ってきた、とまた翌日には同じ顔、身体、手足をつけて朝を迎えさせる。

各部署で「ちょっと、丸投げしてこないでー!」と仁王立ちして投げ返すのが私のお仕事ゆえに、その気迫に新人ちゃんは「あのおBaさん(そのうちもう一つaが付くのかな?)おっかない」と思うようです。ええ、おっかないですよ、職位を盾に思いつきで無理を平気で言ってくる人には。しかし、本当に大変そうな人には「プラスアルファーとして自分の手足を差し出すから、がんばって仕上げてみて!」、そういう気持ちで仕事をしています。
今までも、これからも。
私もそうしてもらってきたから。

してもらっただけでなく、いつか私も誰かの「ジャムおばさん」になれますように。そのためには、怒髪天を突かずに、物事に対応しなくちゃ・・・。ああ、難しい。いまさら、人が生まれ変わったようなこと、できるでしょうか。

追記:「あんぱんまん」を知っている人は少ないので、たくさんのキャラクターで膨れあがっている「アンパンマン」世代にはちょっと伝わりにくいかもしれませんが、オリジナルが復刊されるといいんだけれどなー。あんなシンプルな絵本はなかった。幼稚園児にとっても社会人にとっても、大切なことは一つ。だれにも「見ていてくれる人がいる」ってこと。仕事に辛い人がいたら、ぜひ手に取ってもらいたいなあー。誰にだって、ジャムおじさんやジャムおばさんがいます。その存在を気付けるかどうか、です。絶対にジャムおじさん(おばさん)は自分から「ボク(わたし)がおじさん(おばさん)だよ」とは言いません。



[PR]
by eastwind-335 | 2017-04-01 10:58 | 日常 | Trackback | Comments(0)

ペルシャの新年のお祝い

昨日は春分の日でした。
この日はペルシャ(イラン)では新年を迎える日なのだそうですよ!
ということで、前日にペルシャの新年のお祝いを兼ねたペルシャ音楽のライブを錦糸町で行うというので、家人と行ってきました。
a0094449_11585014.jpg
イベント会場の一部にペルシャの新年の飾りつけがしつらえてありました。
これはまだ未完成のもの。鏡、お菓子、卵、金魚鉢(ここには生きている金魚が2匹泳いでます)、色付けされた卵がありますね。
a0094449_11590720.jpg
ライブが始まった。新年を祝う歌詞の意味に「春」を感じながら数曲をきいていると、このライブカフェの上にあるベリーダンス教室の生徒さんたちも加わり、音楽に合わせて何か持ってはいってきた女性たちが。

全部揃った飾りつけはこんな感じ。
a0094449_12112871.jpg
反対側からも見てみましょう。正面から撮ろうとすると鏡に私のお腹が映るので斜めから撮りました、じゃなくて、お教室の生徒さんたち(何十人もいた!)も休憩時間にズラーっと並んでいて間には入れなかったので(爆)全体を写せなかったのでした。
a0094449_12112393.jpg
リンゴは美しさ、金魚や緑の猫草は生命、お金は富の象徴。香辛料も飾ります。鏡は心を映し出すこと。それから、ゾロアスター教の名残でその家にとって一番大切な本を飾るのだそうです。
本はコーランに限らないそうです。詩集もよく飾られるのだとか。
ペルシャの新年は時間が決まっている(毎年変わるけど)ので、世界どこでも一斉にお祝いできるのだそうです。日本の春分の日はヨーロッパでも「春が始まる日」となっていますね。私が夏にドイツで買った手帳にもそう書いてありますし、数年前にこの日をドイツで迎えた時にはGoogleも「春!」という感じのイラストが添えられていました。

日本も春が近いです。たとえ、気温が10度を切っても、曇天であっても、この空の下には、春を待って芽を膨らませている桜の枝が広がっているこの頃です。


[PR]
by eastwind-335 | 2017-03-21 12:35 | 日常 | Trackback | Comments(0)

風邪ひいて帰国

アーセナルとのCLトーナメント1回戦の第2試合が始まる1時間ほど前にヒースローを飛び立ち、本日夕刻無事に帰国しました。

正味7日の滞在になりました。到着日には軽い胃炎になり、帰国前日には喉が痛くなる風邪に。
あーん、明日から仕事だっていうのに・・・と急いで家の近くの内科へ駆け込み、診察をしてもらいました。それほどひどくないらしいですが、3種類の薬を5日ほど飲み続けなくては!

ヒースローにおいてあった新聞には、セカンドレグが勝てればベンゲルの将来もちょっぴり延びる、と小見出しがあったのですが、帰国して知りました。バイヤンが5-1で勝ったそうですね。嬉しい反面、ベンゲルの最後はあと2か月(つまりシーズンエンドまで)あるのか、レスターみたいに急な交替になるのか?アーセナルはメルテ君が(負傷中だけど)キャプテンを(まだ)勤めていることもその記事で知りました。
あー、両キャプテンが揃わなかった試合でもあったわけですね・・・。

天候に恵まれたロンドンの旅日記の前に、夏の僥倖旅行を終わらせなくては!



[PR]
by eastwind-335 | 2017-03-08 21:56 | 日常 | Trackback | Comments(0)

ドミンゴ、買っちゃった

3月中旬に久しぶりにソウルへ行こう!と思っていたのですが、昨日のモルゲンターク新聞にドミンゴの記事が載っていたのを見て、急に、「ドミンゴ見ておこう」という気持ちになり、母を誘って3月の公演を見に行くことにしました。

もう中途半端な席しかなかったのですが、東京フォーラムで2階は危険、と先だって韓国料理を習いに行った時にご一緒したみなさんから伺っていたので、1階の奥の方で見ることに。

チケット代は「びっくり!」するほどのお値段ではありましたが、二人分はちょうどソウル旅行の予算程度。ドミンゴの場合「行かないと(来日しないと)見られない」わけですから、ま、いいんじゃないかな?って。

そうだ、夏に買ったワンピースを着て行こう!

私にとって、ドミンゴは大学生の時に見たサントリーのCMで印象に残った初めての歌手です。歌手といえば、中学の時だったか、日本で義務教育を受けた人なら必ず聴く(聴かされる)シューベルトの「魔王」のフィッシャー・ディースカウしか顔と名前が一致しなかった私。ドミンゴのCMの身のこなしに、オペラは歌手が演じるんだ、ってようやく理解したわけです。
いまだったらDVDとかを使っての教材があるのでしょうけれど、あのころって、テレビの録画システムはなかったと思います。だから、その場に見に行く家庭環境でなければ、ラジオやテレビの中継で見るしかなくて、一瞬一瞬を目に焼き付けなくちゃいけなかった。となると、頭のメモリーが小さいだけでなく、夜に弱い(9時まで起きているのに苦労した)私はNHKのオペラ中継に見ることは難しくて。
就職したてのころ、3大テノールで日本が盛り上がった時は何度来日しても「うわー、高い」と見に行くことができませんでした。往年の声ではないかもしれないけれども、30年近く経って、自分のお金で気負うことなく「行ってみよう」と思ったことや、いま「このとき」に来日というタイミングは、私がこの時を振り返ることがあった時に、色々な思いに駆られるじゃないか、と思います。

[PR]
by eastwind-335 | 2017-02-03 07:03 | 日常 | Trackback | Comments(0)

「女子」力って・・・?

先週からモルゲンターク新聞の朝刊の特集欄に「女子力」をどう考えるかという記事が出ています。
私はこの言葉って最近の言葉だと思っていたのですが、どうも10年は経っている言葉なのだそう。女性雑誌(ターゲットは20代から30代初め?)で始まったらしい。女子力が高い低いと言われて悩む職場もあるようですね・・・。

最初に使った雑誌は、私には縁のない雑誌ですので、目につかなかったのかも(笑)。

私は「女子力」というものが何を指すのか、特に関心を持つことはありませんでした。
っていうか、もうティーンエイジャーじゃなくなったら「女子」じゃない、というのが私のスタンスです。
だからこの言葉はせいぜい大学生ぐらいまでに通用する言葉なのか、と思いきや!

20代も30代も40代も、それどころか、私の目の前にぶらさがっている(爆)50代まで「女子」に縛られ苦しめられているとは!
時折自虐的に同窓会から派生した女性だけの集まりを「女子会」と呼ぶことはありますが、食事会っていうかな?「オンナの会」でどうしてダメなのよ~と同僚にぼやいたら「内心そう思っても、とりあえず社会的動物として「女子会」と言っておきなさいよ」と慰め励まされた(?)こともあります。ということで、私にとって「女子会」だの「女子力」っていうのは受験の時に「あー、こんな言葉、人生のどこで使うんだろう」と思いながら「暗記」していた「出る単」並みです。
(ところで!「出る単」の一等最初の単語「あ、晩だ、と勉強をやめる」と語呂合わせさせられていたabandonって英語話者はどれくらい使うんだろう?)

自分のことを「女子」という言葉で表現するって、いい歳して自分のことを「〇〇ちゃん」っていうのと一緒だと思うのだけど。童謡の「さっちゃん」状態ですってば。「おかしいな、さっちゃん」って声を張り上げて歌いたいぐらい(笑)。

女子っていうのは、成熟した一人の女性に対して使ってもらいたくないコトバなのだけど。
要するに「女子力」に右往左往する人も、右往左往させるような記事を書く人も、その右往左往っぷりを報道するだけの人も、「成熟」してないってことなんじゃ?
モルゲンターク新聞も、ジェンダーフリーの人たちを取り上げておいて、月の最後には「女子力」かよ、と通勤電車のなかでつぶやきそうになりました。

多様性を考えていかなければならないと言ってるのにね。
「おとこであれおんなであれ」人として、という発想がない限り、「女子力」の呪縛からは逃れられないと思う。

去年あたりからメディアでも使うようになった「オトナ思春期」。こんな言葉で更年期を言い換えるのもついていけない。日本語の自由さをこういうところで感じる一方で、なんか問題の本質から「逃げている」感じもあって・・・。身体が変わるという意味で「更」という漢字のほうが本質を突いていると思うのだけど。
「オトナ思春期」ってコピーを作ったのはたぶん「大手広告代理店」なのだと思うけど、更年期体験者の作品じゃないわね、と思います。「思春期」は一度だってば!人生に春が2度もあったら「狂い咲き」だってば!
でもだからこそ「美魔女」なんて言葉が出回るのかしら。コトバの掃除機があったら「いの一番」に吸い取って捨てちゃいたい。

そうそう、いっとき「マチュア」(成熟)という言葉を使って宣伝をしていた雑誌や化粧品がありましたけど、どうなったんだろう?そういう中高年の雑誌ですら、見出しや本文の中で「女子」という言葉を気恥ずかしくなく使っているように思います。年代を超えて「女子力」に踊らされているメディアに、人としての成熟が無視されているこの状態が「パンとサーカス」の時代の再来のようで、本当に不安になります。

*昨今の女子校の募集案内にも「女子力」という言葉がつかわれているそうです。シスターフッドという言葉によい邦訳がないからでしょうね。どの学校も大なり小なりの「広告代理店」が介入している学校案内。新聞の取材で「うちでいう「女子力っていうのは」と答えているページもありましたが、だったら、そんな安易な単語ではなく、自分たちの言葉で書くべき、とつくづく思いました。自分が親だったら「女子力」って書いてあるような学校は「その程度」だから進学しなくていい、っていうだろうな*

[PR]
by eastwind-335 | 2017-02-02 06:33 | 日常 | Trackback | Comments(0)

東風のささやかな毎日のささやかな記録


by eastwind-335
プロフィールを見る