カテゴリ:日常( 698 )

また春はやってきて

4月1日は、私の学校時代のサークル顧問だった先生の墓参の日になっています。
今年は運よく土曜日だから伺える!と、元締めの、もうすぐ傘寿を迎えようかという大先輩への年賀状に書いておいたのですが、木曜日には朝から天気予報で週末は雪かも、という言葉が聞こえるように。
木曜の夜に、この大先輩から直々に電話を頂き、老人の多い墓参なので週明けの平日に設定し直した旨を伺いました。

「平日は年度初めは休めないのです」といった私に、先輩が「東風さん、大丈夫、先生は○○霊園で眠っていらっしゃるんですから、お墓はなくなりません。ご都合の良い日に先生に会いに行ってさしあげなさい」と。

私がこのサークルに入ったのは、ほんとに偶然で。私よりも母親のほうがチラシに興味を持ち「行ってみたら?」と勧めたのでした。もうそのときには顧問の先生は「名誉教授」でしたので、やさしいおじいちゃま、という感じでしたが、戦後まもなく、わたしたちの大学にやってきた、外国帰りの先生は、授業中、厳しくも現地で得てきた知識を惜しみなく学生に伝えたと伺っています。戦前の海外の大学での日々は、この先生にとってすべてが満足であったわけではないでしょう。戦前、兵役から逃れるために長髪で徴兵検査へ行き、思いっきり検査官に殴られたものの、検査不合格。当時、男性としては不合格というのは世間体の問題があったと思いますが、合格したからといって皆が徴兵される時代でなかったことも幸いしたでしょうし、先生の学歴もまた徴兵の対象から外される順位の高い要因だったはず。しかし、先生はこの不合格を「計算してやった」という面があったので、海外に行く機会が巡ってきたときに躊躇せずのその道を選び、戦争から遠いところに身を置きたかったのだろうと想像します。
しかし、実際には、兵隊としての徴兵はなかったものの、戦後、逆に民間人として日本に帰国するまでにどんなに大変な思いをしたか。そのお話をなさるたびに、「絶対に戦争はいけません」「自分を持ちつつも、行った先ではそこの文化、生活行動を取り入れる勇気を持つことが大切です」とおっしゃりました。先生は、すでに大衆化されている大学に身を置いていたのに、いつも、サークルの会合では「大学生」というものには役割がある、と信じているような口調でお話がありました。
先生は21世紀を迎えるよりもちょっと前にお亡くなりになりましたが、すでに私が大学生の時には慰安婦問題が起きていて、「そんなことはなかった、なかった、というのは政府の常です」と案じるようにおっしゃっていたことを思い出します。今を御覧になったらどう思われるだろうか、と。

いまは、言葉はできなくともクレジットカードとスマホさえあればチケットを簡単に購入して、Eチケットを空港で見せて帰国できます。
知人のお子さんが大学の再試対象となってしまったのに親もどこにいるかわからなかったそう。「大学の定期試験なんて簡単なモンすら合格できないで!お前みたいなのは七つの海を泳いで帰ってこい!」って言うつもりだったそうですが、時すでに遅し。連絡が付いたときの第一声は「ボク、色々買っちゃって、(学生カードの)上限近いから、おとうさんの名義のカードでチケット買ったけど、片道だからノーマル運賃しかなかった」だとか。しかも、ノーマルだからそのお子さん、足元広々のところにアップグレードしてもらったそうで(爆)。試験も無事に終わってよかったね、の笑い話で済んでいますが、そのお父さんは「大学の半年の学費並みのお金が余計にかかったんだ、あのアイツには!」とカンカン。

そんな息子さんも無事に明日から社会人!
明日からは新入社員が民族大移動のように駅を右往左往し、さらには、どういうわけか、改札を出たところで集団出勤なのか、わらわら集まってジャマで仕方ない。オトコのくせにいまの若いのは一人で出勤できないのか!と怒り心頭になる前に、私が早めに出勤することでそーいうイマドキのお子ちゃま会社員を回避するつもりです。

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by eastwind-335 | 2017-04-02 06:25 | 日常 | Trackback | Comments(2)

年度の終わり

昨日は3月31日。
そして昨日は金曜日でした。

ということで、今日でおしまいです、という方が職場のあちこちにいらして・・・。

また4月からも定年延長で出勤される方もいます。ラインが違うので、改めて「お世話になりました」ということはせず、そういう人は、「○○さーん、また来週~!」と遠くから手を振って。
絶対に挨拶に来た人の名前をチェックしてるだろうなーと思う人(エライ人)には、本当はこちらから挨拶しなくちゃいけませんが(笑)、私が帰り際に寄った時には、上に厚い人事課のメンバーズがキャーキャー取り囲んで華やかな声を挙げていましたので、ま、いいか、と。
パートさんたちも何人かが雇用の関係で半年のお休みに入ったり、派遣会社から来た人たちは契約が切れたり・・・と。
私は雇用体系や働き方は様々であっても、同じ職場の人、という思いで接しているので、せっかく親しくなったのに・・・と半年のしばしの別れをさみしく思っています。

そして一番さみしいのは、定年退職を迎えられた二人の男性。一人はイギリスの方で、税金の都合で「無職」の時間を数か月すごしてから帰国されるのだそうです。プレミアおじさんであり、週末が明けると、お互い見た試合の話(彼はプレミア、私はブンデス)を立ち話的にする、というサッカー仲間でもあり・・・。有休を使って、帰国後の家の状態を確認しに行った時には、現地でちゃんと試合も見てきたそうです。パソコンの画面で、しかも正規ではないルート(日本の放送は「英語で解説じゃないから」)のそれで見ていた極東での日々を思うと、「いやいや、天国でしたよー」と。
私たちが憂いているのは、日本でのブンデス・Jリーグの放映権をがっちりつかんでしまったイギリスの配信会社の存在。
「あんな、小さな小さな画面でサッカーみてると、日本人のやるサッカーもますます小さくなるよねー。トランジスターサッカー」とプレミアおじさん。日本のサッカーより自国のサッカーのほうがね、とウィンクしながらも、2試合勝ちつつも不安いっぱいな穿ッチジャパンのことも気にしてくれていて・・・。

彼をはじめとする外国籍の人は構成員なのに、彼らに対する対応がすべて後回しになったという経験があり、私たちのラインがなくなりそうになるのでは?という危機の時期に一緒に(いや、私以上に)憤ってくれたりもしました。口先だけの人たちよりもずっと嬉しかったです。

もう一人の方は、私がイベント準備で職場内を駆けずり回っていると、すっとやってきて「ボクはいつもこういう時にはこうやってみるんです。そうするとうまくいうんですよ」「○○さんだったら話がまとまりやすいかも」と声をかけてくれるような、親切な方でした。いわゆる「昇進ライン」ではない人が教えてくれることは、とても大切でした。こういう人たちの作る人脈は脈々と地下を走っている、という感じ。口の重い方でしたが、だからこそ、こういう人の話は私の心の宝物となりました。

各部署で地雷を踏んで全身を吹っ飛ばされても、また翌朝には不死身のように「東風参上!」(ヤンキーか?!)となっている、のが職場で思う私へのイメージだと思います。
それは、私には「ジャムおじさん」や「ジャムおばさん」がいて、アドバイスをくれて、彼らが一夜明けたら再び、「わたし」として私が起き上がれるようにしてくれたから。
いまの若い人はアニメでしか「アンパンマン」を知らないようですが、実は私は2歳下の弟が幼稚園でもらったキンダーブックの「あんぱんまん」が、私の「あんぱんまん」との初めての出会い。小学校1年生の時でしたけれど、あの本の内容は本当に衝撃でした。すべてを自分の意思で差出し、相手の心の栄養となり、マントだけで帰っても、パン屋のおじさん(あの頃は「ジャムおじさん」なんてシャレた名前じゃなかった記憶なのですが・・・)は「あんぱんまん」が帰ってきた、とまた翌日には同じ顔、身体、手足をつけて朝を迎えさせる。

各部署で「ちょっと、丸投げしてこないでー!」と仁王立ちして投げ返すのが私のお仕事ゆえに、その気迫に新人ちゃんは「あのおBaさん(そのうちもう一つaが付くのかな?)おっかない」と思うようです。ええ、おっかないですよ、職位を盾に思いつきで無理を平気で言ってくる人には。しかし、本当に大変そうな人には「プラスアルファーとして自分の手足を差し出すから、がんばって仕上げてみて!」、そういう気持ちで仕事をしています。
今までも、これからも。
私もそうしてもらってきたから。

してもらっただけでなく、いつか私も誰かの「ジャムおばさん」になれますように。そのためには、怒髪天を突かずに、物事に対応しなくちゃ・・・。ああ、難しい。いまさら、人が生まれ変わったようなこと、できるでしょうか。

追記:「あんぱんまん」を知っている人は少ないので、たくさんのキャラクターで膨れあがっている「アンパンマン」世代にはちょっと伝わりにくいかもしれませんが、オリジナルが復刊されるといいんだけれどなー。あんなシンプルな絵本はなかった。幼稚園児にとっても社会人にとっても、大切なことは一つ。だれにも「見ていてくれる人がいる」ってこと。仕事に辛い人がいたら、ぜひ手に取ってもらいたいなあー。誰にだって、ジャムおじさんやジャムおばさんがいます。その存在を気付けるかどうか、です。絶対にジャムおじさん(おばさん)は自分から「ボク(わたし)がおじさん(おばさん)だよ」とは言いません。



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by eastwind-335 | 2017-04-01 10:58 | 日常 | Trackback | Comments(0)

ペルシャの新年のお祝い

昨日は春分の日でした。
この日はペルシャ(イラン)では新年を迎える日なのだそうですよ!
ということで、前日にペルシャの新年のお祝いを兼ねたペルシャ音楽のライブを錦糸町で行うというので、家人と行ってきました。
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イベント会場の一部にペルシャの新年の飾りつけがしつらえてありました。
これはまだ未完成のもの。鏡、お菓子、卵、金魚鉢(ここには生きている金魚が2匹泳いでます)、色付けされた卵がありますね。
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ライブが始まった。新年を祝う歌詞の意味に「春」を感じながら数曲をきいていると、このライブカフェの上にあるベリーダンス教室の生徒さんたちも加わり、音楽に合わせて何か持ってはいってきた女性たちが。

全部揃った飾りつけはこんな感じ。
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反対側からも見てみましょう。正面から撮ろうとすると鏡に私のお腹が映るので斜めから撮りました、じゃなくて、お教室の生徒さんたち(何十人もいた!)も休憩時間にズラーっと並んでいて間には入れなかったので(爆)全体を写せなかったのでした。
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リンゴは美しさ、金魚や緑の猫草は生命、お金は富の象徴。香辛料も飾ります。鏡は心を映し出すこと。それから、ゾロアスター教の名残でその家にとって一番大切な本を飾るのだそうです。
本はコーランに限らないそうです。詩集もよく飾られるのだとか。
ペルシャの新年は時間が決まっている(毎年変わるけど)ので、世界どこでも一斉にお祝いできるのだそうです。日本の春分の日はヨーロッパでも「春が始まる日」となっていますね。私が夏にドイツで買った手帳にもそう書いてありますし、数年前にこの日をドイツで迎えた時にはGoogleも「春!」という感じのイラストが添えられていました。

日本も春が近いです。たとえ、気温が10度を切っても、曇天であっても、この空の下には、春を待って芽を膨らませている桜の枝が広がっているこの頃です。


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by eastwind-335 | 2017-03-21 12:35 | 日常 | Trackback | Comments(0)

風邪ひいて帰国

アーセナルとのCLトーナメント1回戦の第2試合が始まる1時間ほど前にヒースローを飛び立ち、本日夕刻無事に帰国しました。

正味7日の滞在になりました。到着日には軽い胃炎になり、帰国前日には喉が痛くなる風邪に。
あーん、明日から仕事だっていうのに・・・と急いで家の近くの内科へ駆け込み、診察をしてもらいました。それほどひどくないらしいですが、3種類の薬を5日ほど飲み続けなくては!

ヒースローにおいてあった新聞には、セカンドレグが勝てればベンゲルの将来もちょっぴり延びる、と小見出しがあったのですが、帰国して知りました。バイヤンが5-1で勝ったそうですね。嬉しい反面、ベンゲルの最後はあと2か月(つまりシーズンエンドまで)あるのか、レスターみたいに急な交替になるのか?アーセナルはメルテ君が(負傷中だけど)キャプテンを(まだ)勤めていることもその記事で知りました。
あー、両キャプテンが揃わなかった試合でもあったわけですね・・・。

天候に恵まれたロンドンの旅日記の前に、夏の僥倖旅行を終わらせなくては!



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by eastwind-335 | 2017-03-08 21:56 | 日常 | Trackback | Comments(0)

ドミンゴ、買っちゃった

3月中旬に久しぶりにソウルへ行こう!と思っていたのですが、昨日のモルゲンターク新聞にドミンゴの記事が載っていたのを見て、急に、「ドミンゴ見ておこう」という気持ちになり、母を誘って3月の公演を見に行くことにしました。

もう中途半端な席しかなかったのですが、東京フォーラムで2階は危険、と先だって韓国料理を習いに行った時にご一緒したみなさんから伺っていたので、1階の奥の方で見ることに。

チケット代は「びっくり!」するほどのお値段ではありましたが、二人分はちょうどソウル旅行の予算程度。ドミンゴの場合「行かないと(来日しないと)見られない」わけですから、ま、いいんじゃないかな?って。

そうだ、夏に買ったワンピースを着て行こう!

私にとって、ドミンゴは大学生の時に見たサントリーのCMで印象に残った初めての歌手です。歌手といえば、中学の時だったか、日本で義務教育を受けた人なら必ず聴く(聴かされる)シューベルトの「魔王」のフィッシャー・ディースカウしか顔と名前が一致しなかった私。ドミンゴのCMの身のこなしに、オペラは歌手が演じるんだ、ってようやく理解したわけです。
いまだったらDVDとかを使っての教材があるのでしょうけれど、あのころって、テレビの録画システムはなかったと思います。だから、その場に見に行く家庭環境でなければ、ラジオやテレビの中継で見るしかなくて、一瞬一瞬を目に焼き付けなくちゃいけなかった。となると、頭のメモリーが小さいだけでなく、夜に弱い(9時まで起きているのに苦労した)私はNHKのオペラ中継に見ることは難しくて。
就職したてのころ、3大テノールで日本が盛り上がった時は何度来日しても「うわー、高い」と見に行くことができませんでした。往年の声ではないかもしれないけれども、30年近く経って、自分のお金で気負うことなく「行ってみよう」と思ったことや、いま「このとき」に来日というタイミングは、私がこの時を振り返ることがあった時に、色々な思いに駆られるじゃないか、と思います。

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by eastwind-335 | 2017-02-03 07:03 | 日常 | Trackback | Comments(0)

「女子」力って・・・?

先週からモルゲンターク新聞の朝刊の特集欄に「女子力」をどう考えるかという記事が出ています。
私はこの言葉って最近の言葉だと思っていたのですが、どうも10年は経っている言葉なのだそう。女性雑誌(ターゲットは20代から30代初め?)で始まったらしい。女子力が高い低いと言われて悩む職場もあるようですね・・・。

最初に使った雑誌は、私には縁のない雑誌ですので、目につかなかったのかも(笑)。

私は「女子力」というものが何を指すのか、特に関心を持つことはありませんでした。
っていうか、もうティーンエイジャーじゃなくなったら「女子」じゃない、というのが私のスタンスです。
だからこの言葉はせいぜい大学生ぐらいまでに通用する言葉なのか、と思いきや!

20代も30代も40代も、それどころか、私の目の前にぶらさがっている(爆)50代まで「女子」に縛られ苦しめられているとは!
時折自虐的に同窓会から派生した女性だけの集まりを「女子会」と呼ぶことはありますが、食事会っていうかな?「オンナの会」でどうしてダメなのよ~と同僚にぼやいたら「内心そう思っても、とりあえず社会的動物として「女子会」と言っておきなさいよ」と慰め励まされた(?)こともあります。ということで、私にとって「女子会」だの「女子力」っていうのは受験の時に「あー、こんな言葉、人生のどこで使うんだろう」と思いながら「暗記」していた「出る単」並みです。
(ところで!「出る単」の一等最初の単語「あ、晩だ、と勉強をやめる」と語呂合わせさせられていたabandonって英語話者はどれくらい使うんだろう?)

自分のことを「女子」という言葉で表現するって、いい歳して自分のことを「〇〇ちゃん」っていうのと一緒だと思うのだけど。童謡の「さっちゃん」状態ですってば。「おかしいな、さっちゃん」って声を張り上げて歌いたいぐらい(笑)。

女子っていうのは、成熟した一人の女性に対して使ってもらいたくないコトバなのだけど。
要するに「女子力」に右往左往する人も、右往左往させるような記事を書く人も、その右往左往っぷりを報道するだけの人も、「成熟」してないってことなんじゃ?
モルゲンターク新聞も、ジェンダーフリーの人たちを取り上げておいて、月の最後には「女子力」かよ、と通勤電車のなかでつぶやきそうになりました。

多様性を考えていかなければならないと言ってるのにね。
「おとこであれおんなであれ」人として、という発想がない限り、「女子力」の呪縛からは逃れられないと思う。

去年あたりからメディアでも使うようになった「オトナ思春期」。こんな言葉で更年期を言い換えるのもついていけない。日本語の自由さをこういうところで感じる一方で、なんか問題の本質から「逃げている」感じもあって・・・。身体が変わるという意味で「更」という漢字のほうが本質を突いていると思うのだけど。
「オトナ思春期」ってコピーを作ったのはたぶん「大手広告代理店」なのだと思うけど、更年期体験者の作品じゃないわね、と思います。「思春期」は一度だってば!人生に春が2度もあったら「狂い咲き」だってば!
でもだからこそ「美魔女」なんて言葉が出回るのかしら。コトバの掃除機があったら「いの一番」に吸い取って捨てちゃいたい。

そうそう、いっとき「マチュア」(成熟)という言葉を使って宣伝をしていた雑誌や化粧品がありましたけど、どうなったんだろう?そういう中高年の雑誌ですら、見出しや本文の中で「女子」という言葉を気恥ずかしくなく使っているように思います。年代を超えて「女子力」に踊らされているメディアに、人としての成熟が無視されているこの状態が「パンとサーカス」の時代の再来のようで、本当に不安になります。

*昨今の女子校の募集案内にも「女子力」という言葉がつかわれているそうです。シスターフッドという言葉によい邦訳がないからでしょうね。どの学校も大なり小なりの「広告代理店」が介入している学校案内。新聞の取材で「うちでいう「女子力っていうのは」と答えているページもありましたが、だったら、そんな安易な単語ではなく、自分たちの言葉で書くべき、とつくづく思いました。自分が親だったら「女子力」って書いてあるような学校は「その程度」だから進学しなくていい、っていうだろうな*

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by eastwind-335 | 2017-02-02 06:33 | 日常 | Trackback | Comments(0)

早く夏休みのことを考えなくちゃ!

旧暦では昨日から1月1日ですが、実はあと数日で1月は終わり。
そして、2月に入ってしまいます。
旧暦前に大掃除を!と思ったのですが、仕事のあれやこれやで、今日から少しずつ片づけを始めました。
(私たち夫婦の悪い癖で、食卓の机の脚の周りに「仕事バッグ」「仕事書類」「次に読む本」等々を置いてしまうのです)

夏休みはまだまだ半年先なのですが、飛行機のチケットを抑えなくちゃ!ということになりました。
今年も「ぼっち夏休み」の予定。どうしてもしたいことがあるのです。
一方、家人は珍しく「国内にいるかも」らしい。
いつもだったら家人は今頃にはお出かけ日程が決まっているのですけど・・・。
家人が出かけたあとから本当は出かけたいのですけれど。だって生ごみの処理とか、お風呂のお湯の後始末とかしなさそう。
まあ、夏だから「シャワーにしなさい」ということは可能ですが、生ごみのほうが心配・・・。

いつもだと、深夜便でフランクフルトへ!なのですが、今回はそれはダメそう(涙)。4万円ぐらい出せばまだ売れ残っている日もあるものの、ただでさえ夏は高いのに余計なお金は出せません。
旅の第一歩はパリなので、シャルルドゴールに夕方につく便にしなくては。なんと直行便ももう売り切れっていう日もあるんですよー(驚)!

そのあとの日程がかなり考え物でして。余裕をもった日程で組むことが必要なのですが、その余裕がムダになってしまうことも無きにしも非ず?行き当たりばったりな予定をたてながらも、この日にはこの国へ移動!というのを決めなくては・・・と思ってます。

計画は楽しいけれど、計画通りに行くのか。そして予算内のチケットを無事に購入できるのか。一刻も早い決心が必要です!ドキドキ~。

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by eastwind-335 | 2017-01-29 18:03 | 日常 | Trackback | Comments(0)

10年経っても持ってない

りんご社でiphoneを発表して、つまり、スマホができて10年なのだそうです。
ほほほー。結局買わなかった。

みんなが10年使うものを使わずに済んでいるのだ、と考えるべきか、10年分人より遅れている、と考えるべきか。
でも、なくても大丈夫なのよ、私の地味な毎日には!
家にもPCがあり、職場にもPCがあり、職場と家の往復か、土日のお稽古事しかない人生なので(笑)。

これが子供がいるだとか、介護が始まった、となると、隙間時間を大切にしようと思うのでしょうけれど、いまの私には「隙間時間」こそ神経やアタマのための休息の時間で、仕事と家の切り替えをする時間であるし。二つのことを一緒にできない私は歩きながら調べたり、見ながら歩くことはできない。だから、「私には使いこなせない」という理由にしてこれまで所有することはありません。

いや、いまのガラケーが使えなくなったら、今度こそスマホとは思ってますけれど。しかし、ガラケー派のちょっぴり年上のお姉さんから「ラクラクホンに移行しようよ」と誘われていて(爆)、心ゆれてます(笑)。

週末にあった母が「みんながリンゴをもっているのに羨ましくないの?」と真顔で私に尋ねてきましたが、実をいえば人より早くに私はリンゴ社の製品を使ってます。
1990年代半ば以来職場の私がメインで使うPCは一貫してリンゴ社のものです。といっても、別に、デザインなどを仕事にしているのではありません。単なる書類づくりとか、データ管理ですけれども!
Mac writeなども使っていた時期もありましたが、世の中にPCがふつうに使われるようになり互換性の問題もでてきたし、ソフトの質も安定してきたこともあって、8年ぐらい前から、mac用のofficeを入れて文書を作ってます。
ただし、メールを読むマシンはwindowsです。これは別に職場で強要されているのではなく、私のスタンスとして、私の仕事の性質上、預かっているデータや情報、作成文書をウィルスで冒されないようにするためです。
みんながもっていたipod miniも結局一度も買わなかった。今も夫のお古のwalkmannを使ってます。大体通勤中に音楽を聴くのは月の数日で、海外出張の前にラジオ英会話をダウンロードして聞くこともありますが、それだって出張やら旅行出発1か月前ぐらいからだから・・・。音楽であれ語学であれ聞いてるとシャドーウィングしたくなるので、家で聴いて心置きなくシャドーウィングしてます。

さて、私用では、3年ぐらい前から、旅行用にipod touchは持つようになりました。海外に出ているときは基本的にメールを読まないことにしていますし、職場も送ってこないのがルールですが、それでも他部署の掟破りのために(笑)職場との通信機器が必要となりました。かといって、パソコンを持っていくのは面倒。
ホテルで一般的になったfree wifiのおかげでskypeで翌月の支払いを気にせず実家の親に旅先から連絡をいれたり、お互い海外にいる家人との連絡をしてもいいかな(←ナニサマ?!)という気になりました。

私は比較的機械との相性がよくて、買い替えをしないですむタイプなのですが、このipodだけはこれまで2度の交換をしてもらってます。一度は昨夏のロンドン。
初めての交換の時にデータが全部なくなってしまうという哀しい体験をし、正直「こういう機械は絶対ではない」という気持ちでいっぱいになりました。いっそうスマホへの不信感が募ることに。
とはいえ、旅先ではipodのカメラ機能をつかって写真を撮ることもあります。しかしこれを雲の上に上げることはせず(Cloudって怖くない?)、いちいちメールに添付してせっせとPCに落としてデータをまとめるようにしています。
さて昨夏の旅行ではロンドンで新しいipodになったのを機に600枚ぐらい写真を撮りました(え?!)
しかし、忙しさにかまけて、データをそのままにしていました。ようやく、夏に一緒に旅行した人たちとの反省会という名のクリスマス会の前日に、合流した時のものだけはGmail経由で移し終えました。それを機に移せばよかったのですが、結局重い腰を上げたのは正月3日から。

ところが!Gmailに添付で送れていた写真が、送信されているはずなのに、gmailに送れられていない!
あきらめて、PCに直接落とすためにitunesも入れた。なのに、つないでもipodは「反応しない」。
itunesとipodが対応しないと、ipodのデータが壊れることがある、と以前説明をうけたことを思い出し、すぐにipodを外すことに。

あー、リンゴのおうちにまた行かなくちゃいけないかな。その前にアプリのアップデートしておかなくちゃ、と思い立ち、昨日せっせと更新したところ、カメラ機能のアプリは更新対象ではなかったはずなのに、試しに写真をgmailに添付してみたらスイスイ届く!

いつまでこの調子が続くかわからないので、昨日は一日かけてせっせと写真をPCに送り、データを整理しました。
これでやっと旅行記が書きやすくなります。

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by eastwind-335 | 2017-01-10 06:39 | 日常 | Trackback | Comments(0)

今年の反省点

今年の反省点。来年には持ち越さないために。
こらえ性がなくなったこと。
特に秋になってからは、職場で怒髪天を突きまくった数か月でした。
私は幼いころから自分でも嫌になるほど辛辣なところがあって・・・。家人が私の愚痴が「きつすぎる」と注意をしたほど、参ってました。
部署が違うことを幸いに、当の本人には直接言わないよう工夫をしているのですが(例えば、電話だと声に出ちゃいそうだから、手書きのメモを回すとか)、時折「あー、頭使ってほしい!」と部署の人たちにこぼしちゃうことがあって、こぼすこと自体がイヤで、でもこぼさないと(当の本人を前に)あふれさせちゃいそうで。かといって、じゃあ私が頭を使って仕事をしているのか?と思うと反省することばかりで・・・。
「おたがいさま」と諦観できる、寛容さに満ちた1年に来年はしたいと思います。
平日は夕食しか一緒にできない家人とは、楽しい話をしたいし。

もう一つは、コミュニケーションが下手なコト。
月曜に他の用地に私が出勤するために2年前からパートさんを一人お願いしてあるのですが、火曜日に出勤して私の机においてある仕事が、質量ともに「がっくし」なことが多くて。1年目は初めてのことだろうし、と思いましたが2年目はそれが目につくようになり・・・。
とはいえ、人件費を減らしたい私たちの職場でパートをお願いするのは、仕事が部署の容量を超えるほどあるからなのです。パートさんがきちんと仕上げるべき仕事を翌日私たちがやり直す筋合いはありません。
その旨を指摘すると「そこまでするようには書いてなかったからしなかった」と。確かに、私が出勤する日に勤務するパートさんは、私が具体的に仕事を頼めるので、こちらのストレスも少ない。
以来、使うのは私なのだ、と視点を変えることに。ということで、金曜の午後は「パートさんへの仕事依頼文」を書くことに20分ほど時間をきちんととるようにしました。「この仕事の目的は○○のため」「このレベルで仕上げてほしい」と明治の商科の小姑のようにうるさく(笑)。
こらえ性がなくなっているから、パートさんの仕事一つにもケチをつけちゃうのかな、と反省していたのですが、数年前まで仕事をお願いしていた年長のパートさんたちが良すぎたのだ、と同じく(被害をこうむった他部署の)お姉さんはチラと私に言いました。私一人が悩んでいるのかと思いきや、案外、私世代はこの点で苦労しているのだ、というのが分かったのが今年の一つの収穫。

さて、反省はこのくらいにして、今年の良かったことも。

大きな病気をしなかったこと。
しかし、軽い金属アレルギーのために時計が当たる左手首が黒ずみ、時折かゆくもなるので皮膚科で処方されたステロイド剤が「効きすぎて」、夏のはじまりにむくみを覚える(指輪を朝つけて、夕方取るのが非常に大変になった!)、7月の中旬からは、肩の神経痛になり、痛くて重くて・・・なんてことも(とほ)。腕は旅行が始まる前日、嘘のように痛みがひいたのですが、皮膚科のほうは、疲れていると、この左手首がかゆくなります。ある意味でこの手首が私の体の新しいバロメータになった気がします。

歩いて通勤できたこと。
家を5分早く出るだけで、駅前でバスを待つことなく職場まで歩くことができる、とわかりました。もちろん、同僚と通勤のどこかで一緒になったらバスに乗ります。スタートを待つオリンピックの水泳選手みたいにウォークマンからお気に入りの曲を聞いて気分を上げて職場の入り口に到着することは、気分を上げるということもあるのだけれど、それまで聞き逃していた歌詞が急に耳に入ることもあって、新しい気付きというか、いかに日ごろ自分が注意不足かを意識する時にもなるのです。

お弁当を通勤時にほぼ全日作ることができたこと。
毎週どころか週を超えて同じ作り置きおかずを入れていたり、と、衛生的にはどうなのか!と突っ込まれそうなこともしていますが、二人暮らしの作り置きおかずってそういうもんじゃ?賞味期限は片目をつむるけど消費期限は守ってる、という心意気でお弁当を作ってます。

昔の知り合いに再会できたこと。
まず、3月に学生時代参加した語学学校時代の友達と10年ぶりぐらいに集合したこと。
5月にその語学学校時代にお世話になった方と偶然再会したこと。
8月に違う語学学校(20年ぐらい前に通ってた)で同じクラスだった人と旅先で合流できたこと。
12月にこの2年ほど連絡をとっていなかった先輩と再び一緒に仕事ができたこと。

一人じゃないって改めて感じたこと。
公私ともに、自分は一人じゃない、と。第三者がきけば厳しい一言だって、言わないでスルーできるのを言ってくれるってことは、どこかで私を(面倒と思いつつも)気にかけてくれているからなんだと思います。ま、私が叱られ体質だから、でもあるんですけどね(笑)。
私も誰かにとって「自分は一人じゃない」と思うきっかけになれれば、と思うのですが、そこは難しい。ふつうの人はただ寄り添ってほしいはず。まずは、反省点にあげたように、寛容でなくちゃ人のそばには寄れません・・・。

来年の目標は「寛容」。ルーズじゃなくて寛容。
まずは、10時間後から始まるヨメ修行から実践したいと思います。

みなさま、良い年末を!

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by eastwind-335 | 2016-12-31 08:05 | 日常 | Trackback | Comments(0)

世界はどこへ向かうのか

昨日の朝は、目覚めてからびっくりすることばかりでした。
毎朝私はNHK衛星放送で放送されている国際ニュースを見ています。いつもだったら5時早々にチェックをするのですが、昨日は5時半すぎに起床。ZDFの放送は終わっていたので第一報が放送されたのかわからないのですが、ベルリンのクリスマスマーケットでの事故が字幕で速報として入っていました。
一方、国際ニュースはトルコの首都アンカラでのイベントに出席した在トルコロシア大使が射殺されるという事件をどこも扱っていました。
大使が撃たれるまでの状況も写真だったとはいえ(今朝は映像になっていた!)直前、直後まで紹介されていたし、昨晩、残業を終えて帰宅したら始まった夜10時の国際ニュース(日本人キャスターがまとめて紹介する)では、イベント会場外から、犯人となった警官が銃を構えるまでの様子を映像で撮っていたものが放送されていました。あまりに疲れていて、ベルリンのニュースまで見る間もなく就寝し、今朝、BBCやZDFを見て、初めて、その会場がカイザーヴィルヘルム教会のそばだったことを知りました。

大学生を終える時、いわゆる卒業旅行とはちょっと意味合いは違ったのですが、私は偶然にも「壁は開いたけど、まだ東西ドイツが存在していた」状況の3月のベルリンで数日を過ごしたのでした。ミュンヘンからベルリンへ列車でえっちらおっちらでかけて(東ドイツになったらスピードが落ちたのは想定外だった!)、西ベルリンで危うく宿無しになりそうになった(あのころから無茶ぶりを発揮)夜を過ごした翌日、「地球のすっころび方」をめくりながら絶対にここへ行こうと思ったのが、この「ヴィルヘルム教会」だったのでした。

初めて、この道に立った日は、春の日差しに満ちた3月の土曜日の午後でした。教会の見学を終えて、そのまま真っすぐ歩いて、KDWの最上階で軽いランチをしたのも覚えています。

その後、私は22年ほどの時を経て、ベルリンを再訪し、その後2年経って再びベルリンを訪れるというチャンスを得ました。
特に3回目のベルリンでは、毎朝自分の部屋からカイザーヴィルヘルム教会の屋根が見える、教会から徒歩5分ほどのアパートメントに部屋を借り、教会の前を良く通りました。映像を見ると、ああ、この右手にはこれがあって、左手にはあれが見えて・・・と頭の中で地図がまさに「3D」状態で描けるほどです。たった数回の滞在しかない旅行者であった私でもメルクマールになっているこの道、この場所。多くのベルリンっ子にとっては、まさかここで・・・という気持ちになったのではないでしょうか。

いま、カトリック、プロテスタント教会においては、待降節(アドベント)の第4週目を迎えています。
4本目の蝋燭は「愛」を意味する、と学校で習いました。
亡くなった方、傷を負った方、そして今日もベルリンで難民のため働く人々のために祈ります。

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by eastwind-335 | 2016-12-21 06:08 | 日常 | Trackback | Comments(0)

東風のささやかな毎日のささやかな記録


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