カテゴリ:日常( 698 )

責任者、でてこーい!

先週来、ある部署とのトラブルにおいて、若い人に説明をさせて、その説明も含めその部署のミスだったのに、謝りの電話を別の若い人にかけさせて、一向に管理職が出てこないという状況に遭遇しました。

そこの管理職って、自分の都合になることは、こっちに調子よい声で用事を言ってくる、そういう人。
仕事だけでなく、自分も遅刻しそうな時には「あ、自分もタクシー相乗りしてよいかな」と割り込んでくるくせに、私たちも乗せてほしい時にピシャリとドアを閉めさせてさっさと発車させる、そういう人。

以前、この人のさらに上を統括する管理者とともに、私のところで根回しをしようとしたことがある。妙に愛想のよい顔、声でこちらに来た。私は「いつも話しかけてこないくせに(というか、こっちからの質問もめんどーくさそうとか、いやそーな状況で対応してくる)、なにかあるな、ぜったいにあるな」と思ったらありました。私の判断でできることがほとんどでしたが、都合の良いときだけ話しかけてくるなーって意味で「うちの部署の管理職へおっしゃってください。私には権利はありません。」と返したことがあります。
うちの部署の管理職は「それは東風くんに尋ねないとわからないな。で、どうしてそういうことが起きたのかね」とツッコミ。
それにかかわる面倒はすべてあっちで見てもらう、という条件をつけて戻しました。その間、相手はずっと愛想良い声を挙げていましたが、案件が終了したら、ふたたび「愛想ナシ」に。

私は、愛想が悪かろうと、誰に対してもそうであれば、その人を信頼できる。都合で声を替えてくる人が一番信頼できない。
ただ、だからって、私がその人を悪くいう必要はないので、ほかの人にはその人の良い点を強調する評価を伝えるようにしてますが(特に若い人に対しては、私自身は「ああはなりたくない」と思う。本当に。



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by eastwind-335 | 2017-06-21 05:26 | 日常 | Trackback | Comments(0)

「甘」やかさないでー(笑)

金曜日、職場にいらしたお客様からいただいた羊羹のおすそ分けをいただきました。
いわゆる「おとな女子」に人気だったという「ツバキ文具店」。「おとな女子」ではないので(大人だもん)、私はドラマも原作も知らないけれど、原作で取り上げられたらしいこの羊羹。以前もいただいたことがあっておいしいのは承知済。嬉しかったです。

どうも、手紙を代筆しておいしいものをいただけるらしい、このドラマ。ドラマのロケ地巡りで、これから繁盛するんでしょうね。
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が、帰宅後すぐに冷蔵庫にしまって、あわただしい土曜日をすごし(お習字と知り合いの出版記念会のはしご)、この羊羹のことはすーっかり忘れていまして。

日曜日、銀座の裏道を歩いていたら、長野県物産館に行き当たり・・・。
野菜を買うつもりで入ったのですが、あまり「これが!」って感じがなくて、
しかし、奥にすすむと・・・。
毎日日替わりで長野から届くパンのコーナーにこういう袋に入ったものが。

牛乳パンなんですって。結構大きくて、もったらフワフワ。1つ200円もしないので買ってみることに。
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店内には写真がなくて、想像するだけです。
牛乳パンって、どんな感じなのかな?
家に帰って袋から出して、わかりました。
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コッペパンを思い出す色の焼き色がついた四角や三角形。
写真がお店にないのを残念に思っていましたが、写真であの「フワフワ感」を伝えるのは難しいかも?
どちらも牛乳版の記事は一緒で、中に挟んであるクリームが違うらしい。
特に牛乳パンのほうは「自家製クリームが評判です」と売り場に書き添えてあったのを思い出しました。
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かなり大きくて、その日のおやつでは食べきれず、今日、朝食代わりにするつもりでしたが、半分ずつ残してしまい・・・。
いわゆるバタークリームだし、明日まで持つかな?

というのも、羊羹の賞味期限が今日までなので。
今朝、羊羹が冷蔵庫に鎮座していて、疲れ切っていた金曜夜のことをうっすら思い出したのでした。
こういう時、夫婦二人っていうのは、食べきれないのよねー。

明日、一人お昼の予定だから、口直しにもっていこうかしらん?

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by eastwind-335 | 2017-06-19 19:26 | 日常 | Trackback | Comments(0)

これはないでしょー

もう1か月以上前の話ですが・・・。
GWのある日、体調が悪いなか、どうしてもの用事で横浜へ出かけてきました。
行かねばならない場所の近くでやっていたのがドイツビールフェスティバル。家人がお腹がすいたというので、ヴルストを食べよう(一応、家人も2年ほどドイツに長期出張していたので、ドイツのお店の時にはソーセージとはいいません)と屋台を物色。
びっくりしたー。
カタカナ表記に・・・。
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えー?Wayern風German Wurst?(あえてアルファベットで綴ってみました)
Wayernって?
家人におもわず「これ、まちがってるし!」と出ない声(風邪で)で大声で訴えていました。
しかし、並び直して「違ってますよ」というには時間がなくて・・・。
日本的には「どっちもバ」なんでしょうけれど。
WとBの発音は口の形がまったくちがいます、と、ゲーテの東京校で先生が一生懸命教えてくださったのを思い出します。
ま、わたしもLとRを区別したつもりでも、人様からはL発音にしか聞こえない、というドイツ語を話したい者としては非常にゆゆしき問題を抱えているのですが、でも、書き取りのときはまちがえないもん!

たぶん、この屋台、東京のオクトーバーフェストなんかでも出店するんじゃないのかしら?(お祭りの屋台と一緒だとしたら、旅回りみたいなものでしょうから)
だれか、「ヴァイエルン」はちがってますよーって伝えてあげて~。
ババリアよりは本場風を醸し出してるかもしれなけれど、ヴァイキングじゃないから。
「バイエルン」と「ジャーマン」と「ヴルスト」と英語とドイツ語の混在している状況は、ヨーロッパのSuperdry(極度乾燥(しなさい))状態なのかしら・・。

それにしても、写真の3本が「バイエルン」のヴルストとも思えず・・・。
フランクフルターじゃないのかしら?と出ない声ながら大声で家人にぼやくと「風、だよ、風。だからなんだっていいってことになるんじゃないの?」と。
本場だったらバイエルン州のニュルンベルガーを出すとか、ちょっとは工夫をしたらいいのに。

本場風というのも「?」。体調が悪かった時に食べたからかもしれないけれど、脂っぽくて。焼いているらしいんだけど、皮はパリっというより揚げた感じだった。ドイツのお祭りの屋台に出ているような、炭火で、または鉄板でしっかり焼いた感じのものが食べたかったなー。

ニュルンベルクといえば・・・。日本時間今朝のWM18予選としてのサンマリノ戦の会場もニュルンベルク。TBS2はWM06の日本戦の会場としての話だけだった。歴史的な背景なんか、どうでもいいんでしょうけれど。予選については、また。


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by eastwind-335 | 2017-06-11 19:01 | 日常 | Trackback | Comments(0)

図書館で借りればよかった

堅い内容の硬い表紙の本、つまり「専門書」なるものを自腹を切って買いました。仕事に役立つ内容だと思ったからです。

評判がいい、というよりも、この人のソフトカバー本を読んだとき、ほほー、と「知らなかったこと」について勉強になったので、某大学出版局が出した本だったらもっと内容が濃いだろう、と思って新著を買ったのでした。

でも、読み始めて、序論(テーマや構成がまとめて書いてあるところ)からして、書き手の人格を疑いたくなるような文章が注に散見されて、私は気が滅入っています。

専門性のある仕事というのは、共通の手順がある。その手順を踏まず、著者のこれまでの業績を全く無視(つまり注に彼の名前が出てこない)した内容で近年業績を発表している人に対する批判が注に散見しすぎ・・・。

どんな仕事であっても、できるだけ、オリジンに近づくことへの手間を惜しんではいけない。コピペだの、盗作騒ぎだの、というのは、この手間を惜しんだ人たちが起こす。だから、この著者の警告というのは、傾聴の価値がないわけではないのです。

でも、なんというか・・・。文章の品格のなさ(別に乱暴な文章を書き連ねているわけではないんですけどね)に、「はいはい、そうだよねー、でも、それ、私がしたことじゃないだけど?」という気分に。

どうしてもその人に何かを言いたいんだったら、あなたがたの研究雑誌とか研究集会とかでやってほしいんだけどなー。
著者はどっかの大学の先生になったらしいのですが。講義もこんな感じで、学生にとっては一生会うことがないような研究者(この著者は研究者とも認めてないんだろうけど)の批判を聞かされ続けていたら・・・と、なんだか学生のことが心配になってしまったほど。
この人のソフトカバーの本に掲載されていた著者近影が風変りだったことを思い出しました。あの時は、「シャレ」でやってるのかと思いましたが(私自身は軽い嫌悪感を覚えた)、そうじゃない、この人はその手のひとなんだ!と確信。
いろんな事情があるのでしょうけれど、自分が無視されるのが嫌なのでしょう。自己主張が強いタイプというか・・・。

私が高校時代、自分が巧くクラス運営をできないだけだったのに、担任をしている生徒たちがあれやこれやを起こすたびに「あいつらはバカばかりで。キミたちの学年は優秀なんだから、ああいう先輩みたいなことになってはいけない」と1年にわたる授業で何度も愚痴る国語教師がいました。あの時に感じた不愉快な感覚(人を巻き込むな!)を久しぶりに(30年以上ぶりに!)思い出すことになってしまいました。

高い本だったのになー。本のテーマや構成はいいのになー。文章から醸し出される人柄がなー。読み終わったら早々に手放したくなるような、気の重くなる本です。図書館で借りればよかった。


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by eastwind-335 | 2017-06-05 06:28 | 日常 | Trackback | Comments(0)

ハガキまで旅人

数年前、あることがあって、月になんどか、両親あてにいつでも手に取って見直すことができるハガキを送るようになりました。

その日の朝、通勤の電車で噴出した記事の見出しや4コマ漫画を貼って、感想を一文で書く、とか、この上なく「ヘタ」な絵ではありますが、「サザエさん打ち明け話」のような絵文字を使った文章にしてみるとか。私は下書きなしでハガキをかきますので、ちょっとした「ライブ感」を感じます(笑)。
もちろん、文房具屋さんで素敵な絵葉書を買うこともあります。写真をハガキに仕立てて送ることもあります。春の桜のハガキは毎年「どこで買えるのかしら?」というので「自作です」と答えています。ああ、桜って有能!

私からの手紙が減ると、「ああ、仕事が忙しいんだな」と両親が私の状況を知るわけです。誤字があると、父が私の調子が悪いのではないか、と心配しているそうです。
かといって、親を喜ばせることばかり書いているわけではありません。
良いことばかり書くのではなく、職場で「うー!」となったことも書いてしまうことがあります。街であった「ヤな感じ」の体験も書いています。それを読み、両親は街を歩くときに気を付けることもあるそうです。

昨日、母からは「最後の52円切手!」といつぞやの年賀状のくじであたった切手を貼ったハガキが届きました。

日本郵便はいきなり10円の値上げ、ってどーいうつもりなのか。年金生活者にとって10円っていうのは大きいよね。ますます携帯おかんメールが全国を行きかうのではないしょうか・・・(笑)。

ハガキとは別に携帯電話(お互いにガラケー)にメールが来ることも。ちなみに父は携帯を個人で所有はしていません。携帯から電話をするのが精いっぱいで、メールを入れてくれるのは、誕生日と父の日のプレゼントを贈った時だけ。それも母の大特訓があってこそ、らしく、4月(誕生日)と6月(父の日)は母が「ほんとーに、パパは毎年同じことを聞きに来る!」とグチの電話をかけてきます(笑)。

いや、まあ、母が、携帯の達人かといえば・・・。
件名のところに文章を書き込んであったり、誤字脱字があったりというのは、まあ、想定内なのですが、いきなり素敵な絵文字が入っていたりして、驚かされることがしばしばです(笑)。
そして、最近評判の言葉を「もじって」送ってくることも。
・・・それが一番私には判読不能なものでして。

一昨日も、母からのメールの件名が「ロンドンよりただいま戻りました」でした。
私はこの夏の旅行に突っ込みが入るといけないので、まだ両親に話していないのですが、えー?まさか、この夏に一緒にロンドンに行こう、ってことだったらどうしよう?とドキドキしながら本文を読み始めました。

3月初めにロンドンから両親に送った絵葉書が長らくブタペストにとどまっていたらしく、ようやく海辺の街の両親のところに届いたんだそうです。私、ちゃんとポストに投函したのになー。Japanって書いておいたのになー。
3か月近く放浪していたってこと?!なんでブタペストに?その間、私、仕事のことで何度キーってなっていたっけ?!
私、ハガキに軽いジェラシーを覚えました(笑)。週末に実家に帰るので、そのときハガキを見せてもらいます。

昨日母に「件名」について確認したところ、白鷗の優勝セリフから思いついたそうなんです。相撲、やっていたのも白鷗の優勝も新聞で読んで知っていたけれど。テレビといえば、平日はBS、休日はCS放送ばかり見てるなあ、私(笑)。

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by eastwind-335 | 2017-06-02 06:28 | 日常 | Trackback | Comments(0)

同僚に怒る

「同僚に怒る」というタイトルにふさわしい、今日の昼以降の(昼ごはんの最中からコトは起きた!)不愉快極まりなかった半日のありさまを、グチグチ書いていたのですが・・・。

ポスティングしようとしたら、パタっとfirefoxが終わってしまい、再び自動的に立ち上がったものの、書いた文章は消えてしまった!

ま、感情を一度リセットして、また明日の新しい朝を迎えなさい、ってことなんでしょう。

しかし、更年期とはいえ、正論を言ってるとはいえ、カーっとなりやすい自分がとてもイヤだ。仕事をしているので「人と接しないで済む」という状況は選択肢にない。
母曰く、母方の祖父が常々言っていたそうです。「短気だからこそ、人の話を「そうだなあ」「そうかなあ」と聞いておくべきだ」と。祖父はユーモアがあったし、必ず人の良いところを見つけて褒める人だったのですが(そしてそれに精神的に救われた私)、短気ゆえに若いときにはいくつかのチャンスを逃したことがあったらしい。
私も気を付けなくちゃ。

実は、今日はラインは違うけれど年次の近い同僚にあんまり不愉快なことを聞かれたので、「じょうだんじゃない」って啖呵きっちゃったんですけどね。そのときには、祖父の話をしてくれた母の声もどっかに飛んでしまい・・・。

反省、反省。

おじいちゃんが亡くなって35年近くになる。時々、あって仕事のことを相談したくなる。

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by eastwind-335 | 2017-05-02 22:30 | 日常 | Trackback | Comments(0)

もう一つ先をめざす

数年前までこの時期はちょっぴり憂鬱でした。
書道団体の試験があったからです。異例の飛び級結果が来たときもありましたが、そのときから実はドヨーンとしていたのです。月例の課題が掲載されている雑誌は、数級ごとに課題が異なるのですが、やっぱり、その課題をきちんとやってこそ、次のステップへスムーズにいくのだろうと思うのです。
そのツケは最後に来ました。いわゆる「試験」のなかで一番最後の段階に何度となく落ちてしまったのでした。先生は「次は大丈夫」とおっしゃるのだけれど、やっぱり合格した方の作品を見ると、どんくさい私のそれはどんくさい線で構成されていて、なんといっても「作品としての色気がない」と思ったのでした。自分にオットル君を重ねたくもなりました。「悪くはない、でも」という評価が一番つらいのもわかります。トップチームには上がれてもそこからが大変という選手の気持ちを書道にて体験した数年ではありましたが、これまた、腐らずやる、というオットルくんの言動が支えにもなり、「幼いころから身体の小さなラムたんは、それをカバーするために基本的な動作を毎日練習していた」というエピソードで自分に喝をいれては、試験の課題を書き・・・としていたら、どういうわけか合格していたのです。
合格のお知らせを頂いたときには、試験のために字を書くのはもう嫌だ、とも思いましたけど。

同じことはもう30年近く前のドイツ語学習の時もありました。「東京のゲーテ」では当時のA1(つまりアルファベットの発音はわかる、挨拶ぐらいできるようになる、でも質問にドイツ語ではすらすら返せない、すらすら読めない、ちゃんと聞き取れないの「3ない」状態で終了)だったのが、そのクラスが終わって2週間後の「ドイツのゲーテ」で初級終了近くを指すC1に入れられたことがありました。
何もズルをしたわけでもなかったので、どうしてこんなことに!?と思ったし、なんといっても、C1に来た日本人の学生さんは、東京にいくつかあるドイツ語(文学)教育で有名なドイツ語学科生だとか、ドイツ史を学んでいるだとか、「ドイツ繋がり」がはっきりしている出自のみなさんばかり。どこを叩いても「ド」の字すら出てこない専攻のワタクシ、本当に授業中、雪山にいるような気分。ちょっとしたことも見逃したり聞き逃したら命とりだ、という必死さだけで4週間を終えたという感じです。先生がこんな私がちゃんと理解しているか授業中もその他の時間でも気配りをしてくださることは感謝でしたが、「良くできる日本人の独文科(ドイツ語学科)のみなさん」には、迷惑な存在だったのではないかな、と思います。

東京のゲーテに4月から戻ったときは「ドイツのゲーテ」の成績が送られていて、次のクラスへ入れられていたこともあり、初級文法の大切なところをいくつも逃してしまっていた私。結局、初級終了試験に一度で合格できず・・・。卒論提出もあったりしたので、不合格の理由は自分なりには付けられますが、やっぱり試験に落ちることは気持ちのよいものではありません。
おかげさまで、のちに合格できたのですが、今も思います。
ちゃんと段階を追って試験を受けたかったなーと。
動物的な勘のようなものでだけ対応している、というのは、よりどころがないので、ホントに困っちゃいます。

さて、書道のことに話を戻します。
この「動物的な勘」だけではだめなわけで、やっぱり、ちゃんとした基本を体得しないと・・・と思うことは今もあって、課題を仕上げながら先生が赤をいれてくださったり、実際に私の筆で書いてくださったりしたときの作品は、その部分だけ切り取って、お手本にして練習をしたりするときもあります。
しかし、試験のために字を書くのは嫌だ、と思ったくせに、一連の試験から解放された今、じゃあ、作品がプレッシャーのないのびのびしたものか、といわれたら、「・・・。」なんですよね~。
そんなダメな生徒である私に、先生が「東風さんは次のレベルに行ってもいいと思うのよね」と先日おっしゃったのでした。最初は「試験に合格してからダラダラしていて、これじゃダメ」という注意なのかとドキドキしながら次の言葉を待っていたのですが、どうも、月例の評価を出してもらうクラスを一つ上げてもらうようにいずれ頼んでみたい、とのことだったのです。
その「いずれ」はすぐに、というわけでもなさそうです。とはいえ、帰りの地下鉄の中で、私は「先生が推薦しましょう。とおっしゃって下さる日に備えて、また一から頑張り直しだ」という気持ちになっていました。

地味な字しか書けず、同じお教室でも後から始めた人にも追い抜かれてしまう、というドンくささ満載のワタクシですが、こうやって声をかけてくださる人がいて、気持ちが変わるのですから、言葉って大切です。自分が備えたつもりになるのではなく、他人が見たら「備えてある」と思ってもらえるように、精進しなくては・・・。

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by eastwind-335 | 2017-04-30 08:45 | 日常 | Trackback | Comments(0)

脇の下をくぐるひとたち

この数日の間に不思議なことがあったので、ちょっと書いておこうと思います。
通勤電車では、私が乗り込む朝の時間帯は車内の座席の間の通路までたどり着くことができず、いつも出入り口前の空間に押し込められています。個人的には老若男女問わず仁王立ちでスマホを覗くのをやめてくれれば、もう一歩ずつ奥へ詰めてもらえるはずで(だって、座席前の通路の真ん中ってたいていエアポケット状態で空いているでしょう!)、こんなもみくしゃにされることもないはずなのに・・・と思うのです。電車の作りもひどいんだけど(人間を貨物扱いしてる!)、乗り込む人たちも「わたしファースト」だから。

さてさて、仕事の都合で午後の電車で訪問先へ移動するときも、たいていの場合は座れません。

私は、つり革を握って立っている前に座っている人が下車しようとするときには、つり革を手放して、とか、つり革を握っているにしても身体を片側に寄せて、「目の前の人が立ち上がって、つり革を握っている人たちの間から通路に出る」ことができるようにしようとします。

ところがですよ!この間、遭遇した人はちがった!立ち上がるやいなや、つり革と私の腕の間にできる空間を潜り抜けて行こうとする。だから、肘とかがその人の頭にぶつかることがある。

片花道を通り過ぎたい人がいる、と気づいたのは、私の前に座っているご夫婦が降りる時でした。実は私も同じ駅で降りるつもりで、もう少ししたら右手で握っているつり革を離して乗降口へ移動しようと思っていました。すると、走行中だったけれど私の前に座っていた男性がおもむろに立ち上がり、私の左側から降りようとした。ま、それはわからないわけでもない。すると、私の斜め前に座っていた奥さんが、彼女の前はすっかり空いていたのに、つり革と私の腕でできあがった片花道の下を通り通路に出よう
としたのでした。
私は人のわきの下なんか通りたいと思う人はいない、と思っていたし(少なくとも私は嫌だ)、男性に道を作るために身体を半身返していたときだったので、お隣の奥さんの動きまで読めなかった。半身を返すというのは、通路側に身体を向けることになるから、男性が通り抜けたと同時に身体をもとに戻しました。すると、その奥さんに「ちょっと通りたいんだけど!」と有楽町の超高い食パンの入った紙袋(焼きたてなので封がされていない)を盾のようにして(そうすればみんながぶつからないとでも思っている様子)私に腕(脇)を挙げろ、といわんばかりのジェスチャー(顎揚げ)をしたのでした。
私も降りますから、って言いたくなったんですけれどねー。勝手にダイブして「ファールだ」と言われたような気分(笑)。

で、自分だけがそういう体験にあったのかな、と思っていたら、私が座っていた電車(下りゆえに座りたい放題)でも案外「片花道」を通ろうとする人がいるのを発見。立ってる人は本当に迷惑そうな顔をしてました。そりゃそうだ。片手には書類カバン、片手はつり革+スマホだから(笑)。しかも立ち上がって2歩歩けば空いている通路に出られるっていうのに。

最近、車内の扉そばのシール状の商品広告は各社制汗剤を扱うことが増えています。それを見るたびに、片花道通り抜けの人々を思い出し、夏になったらそういう動きをする人は少しは減るのかな、とか、こういう人は欧米に行ってもするのかな?ノックダウンされませんように、と思ったりしています。

片花道とでもいうべきなのか、人のわきの下を潜り抜けようとする人の心理はいかに?!
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by eastwind-335 | 2017-04-20 06:38 | 日常 | Trackback | Comments(0)

各県物産館で野菜をかう

週末に銀座に出る用事があると、点在する各県物産館を覗くことが増えました。
地方野菜を楽しめるからです。

ニンジンだとかは、なるべくフードマイルが短いものを食べたいと思うのですが、時々、その土地にしかない葉物が届いているのを見ると、買ってしまいます。

よく行くのは山形県物産館。
昨年、はじめて山形へ行ったときに買った野菜を食べたのがきっかけです。
有楽町駅からそれほど離れていないから便利です!
初めて聞く葉物を見るとついつい買ってしまいます。売り場に調理方法を書いてある紙を置いたり、野菜の名前の横に調理のヒントが掲げられている野菜がほとんどですが、ない場合には、レジで質問をします。その県出身者が勤務しているので、みなさん親切ですよー。

もっと時間がないときには、有楽町駅前の交通会館内にある「まちからむらから館」で四国の野菜を買うことも。
ここはあまり「珍しい」野菜はないのですけれど、スーパーよりお値打ち感が強い気がします。

いま、東京でも買い物難民が増えている、という記事を読みました。私が暮らす街はタワーマンションが建つようになり、小学校の教室が足りなくなっているそうです。新しい小学校を開学すべきでは?という話も出ているそうです。しかし、どんなに人が増えても、買い物環境は改善されず、我が家から歩いて15分するかしないかのところにあるスーパーはすべて同じ会社のもの。ここはPBの取り扱いの多いスーパーですから、買い手には選択の自由がありません。ここのPBは作り手が見えないのが怖くて。お得感もないし。なんといっても、生鮮食品がおいしくないので、自然と足が遠のいてしまいます。

買い物ができないわけではないけれど、選択の自由がない、という点においては、私も買い物難民の一人かもしれません。ゆっくり時間を取ることができる週末には魚料理を増やしたいのですが、逆に週末はあのスーパーしか選択肢がありません。結局、週末に銀座や新宿に行く用事を作って(定期があるから交通費自体は発生しない)、デパ地下の魚屋さんで買って帰ります。

どこか、いい魚屋さんがあるといいんだけどなー。

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by eastwind-335 | 2017-04-18 05:36 | 日常 | Trackback | Comments(0)

私の花見

毎朝桜を上から眺め、下をくぐる道を歩くので、わざわざ「花見」をすることはありません。
一人、この季節になると、朝晩と桜にチラと目を向けて、ああ、いつになったら新年度のバタバタが落ち着くのかなと思うばかりです。

実は私は桜が花開くときよりも、ぎゅっと蕾が付くとき、つまり1月末から2月にかけての桜の枝が好きです。エネルギーを感じます。


満開にはまだ至っていない、ところどころに青空がのぞく古い古い桜の木の下で

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もうすぐほかの花に追いつこうとするつぼみを見つけ、

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意外なところにも枝が伸びようと

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枝にすらなっていないところからでも花は開く
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私たちが見逃しているものはあまりにも多く、そしてはかない。
だからこそ、気づいたときが喜びとなる。

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by eastwind-335 | 2017-04-08 12:57 | 日常 | Trackback | Comments(2)

東風のささやかな毎日のささやかな記録


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