駅ビルは厳しい

新宿の「ベルク」騒動の時にもしみじみ思いましたが、JRの駅ビル運営って、利用者や「地元」を無視したことをするなーと思うことが。
仕事帰りに買い物をする最寄り駅の駅ビル。名前は何度か変わりましたが、変わらずあった、いわゆる地元密着型の生鮮食品店があって、便利で利用していました。
正直、仕事をしながらも、夕飯に「魚」を出せたのは、魚屋さんが鮮魚はピチピチとした状態(つまり目が死んでない)だし、切り身の大きさもしっかりとある(自宅近所の「高かろう悪かろうスーパーの1.5倍」の厚み)から。肉はお手頃価格で(同じチェーン店でも小田急に入ると単価が100グラムあたり15円以上高い・笑)、塊肉もちゃんとある。そして、私のお弁当作り(もちろん、いまも出勤する日は毎日お弁当を持って行ってます!)を支えている野菜もいろいろな種類がいつもそろっていて、せりやフキノトウといった季節の野菜は地方から、そして、なんと!台湾の金針菜などもおいてあるし、ということで、料理の腕は悪くとも、食材で家人を黙らせることができる、という助かるお店だったのです。

先日、八百屋さんで野菜を選んでいたら、店員さんが電話で「いやあ、お世話になりましたら。最後までよろしくお願いします。あ、そんな気を使わないでくださいよ」などと言っているのが耳に入ってきました。年明けといっても15日をすぎているけれど、なんかの「ご挨拶」なのかな、と集中レジに向かいながら思っていたら、ふと、八百屋さんの柱に貼ってある紙には「1月末で閉店します」という案内が!

えええええ~?!

その後も青果店が入るのかが書いていないのも気になるのですが、なんといっても、「JR東から言われて閉店」という内容のものだったのが、がっくりきちゃう。

私の職場のアルバイトさんたちも、あのお店を利用している人はそれなりにいて、「さしみの添え物がそろっている」とか「花野菜が入ることが多い」等々情報交換をしていたのですけどねえ。

JRは紀伊国屋や成城石井の株をもっているのか、どこの駅ビルにもこの二つが入っていて、それはそれで便利なのだけど、どっちも「ミニストア」だし、野菜は少ないし。これからどこで野菜を買おうかな~。
クレジットカード支払いができると、それはゆくゆくはマイルになるので、いろんな意味で便利だったのになあ・・・。



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# by eastwind-335 | 2018-01-18 07:41 | 日常 | Trackback | Comments(0)

車輪

私が住む区で、シャアリングサイクルポートがあちこちに設置されるようになりました。

会社員が利用しているようです。
そりゃ、住民は自分の家から自転車に乗ったほうがらくですからね。

ただでさえ、会社が多い街なので、住居者が小さくなって歩かざるを得ない歩道に、そのシェアリング自転車が我が物顔で走る。
それも、人の間をぬぐって走るのです。

私は比較的耳のよいほうで(子供のころは、バスが角を曲がる前から存在しているのがわかるほどだったし、今も、足音だけで人の区別がつくほど)、自転車が後ろに来ているのを感じることができます。けれど、歩道っていうのは、私一人が歩くわけではありません。向こうから歩いてくる人もいれば、当然ながら、向こうから子供を前後に乗せているママチャリ(電気自転車)が2台横並びに(つまりママ友が話しながら)走ってくることもある。
ということで、人をよけるために右によけたら自転車がまさに私の横を通り過ぎるという、タイミングが良かったから何事もなかったけれど、というときがありました。
おまけに「ばばあが」と捨て台詞まで。

ばばあ、じゃありません、おばさんです、って通り過ぎる自転車の後ろを掴んで(つかもうと思えばつかめた)抗議しようか、と思ったほどです。もちろんしませんけど。
ちら、と通り過ぎるときに見かけた感じではさほど年齢は変わらなさそうな「若ぶるおばさん」(どっかの会社員と思われる。OLというには薹がたっていた・笑)に「ばばあ」と言われたその時、心底思ったのは、こういう人にぶつけられたとき、彼女は(もしくは彼は)猛ダッシュで走り去るんだろうなあ、ということ。

あたり損にならないように、自分で身を守れといっても、目の前のことだったらどうにかなっても、後ろからは勘弁してください、だわ。

でも、自転車で通勤している人に、車道を走っている人はいないのも、職場のお昼の話でわかります。
で、そういう人は、なんでこの人はまっすぐ歩かないんだろう、って思うんだそうです。自転車に乗ると、こいだりする都合なのか、少し高いところから絶えず一定の高さで少し先にあるモノを見ることになるので、人の歩き方が気になるとのこと。

そうっすか?(棒読み)

私は人の輪を乱すつもりはないので、腹の中に収めておきますが、正直思います。
自転車だって道交法の対象なのだよ、あれ2輪「車」なんですもん!って。

17年の夏にパリでもシェアリング自転車をたくさん見かけました。お料理の先生から、簡単に手続きできて、あちこちに行けるからいいですよ、とご紹介をいただいていたので、通り過ぎる自転車をとても興味深く見ました。

パリだとOKで東京だとNGだといいたいわけではありません。歩道を走らないから、興味深い制度だと思えたのです。
ドイツも自転車道が確保されています。段差があるのではなく線がペンキで引いてあるだけ、のようなところが多く、ぼやっとして、ついつい日本の間隔で歩いていて、ベルを遠くから鳴らされて、ハッとすることもしばしばあります。

なんでも「東京オリンピック」を理由にしてコト(事業)を起こす風潮が嫌だ。
シャアリング自転車を「すばらしいこと」のようにメディアが取り上げていますが、人が風景を楽しみながら歩道をゆっくり歩けないで、なにが「すばらしいのだ?」と言いたくなります。正直、東京の歩道は、すでに、ベビーカーの3台横並び走行でいっぱいなのに、そこに蛇行して走る自転車が大手を振っている。その自転車の数を増やそうとするのだから。

歩道は、「歩行者優先」じゃなくて、「歩行者のみ」としないと、2020年、TOKYOは世界に対して、恥ずかしい思いをすると思うんですけどね、百合子ちゃん?歩行者優先、って「先進国じゃない」んじゃ?(笑)。

この頃、モルゲンターク新聞で、信号のない横断歩道前を徐行せず、むしろ加速して通行しないと車の運転上困る、という意見が乗っているのを見て、愕然としました。
道交法では、人が一番弱いのだ、ということを習うのに。私は運転をしないゴールドカードホルダーで、書き換えの時の30分ほどの勉強会で5年おきにそのことを学びなおしますが、実は私の職場前の横断歩道も信号なしのために、車が加速していくのをよく見かけます。

あの記事の発端は外国人の方の投書。

見られていますよ、TOKYOって思います。

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# by eastwind-335 | 2018-01-12 06:23 | 日常 | Trackback | Comments(1)

いてくださるだけでうれしいです

私は少しずつ年賀状の数を減らしています。といっても、出すのをやめた相手は「同僚たち」なのですが(笑)。
すぐに会う同僚たちとは「年賀状は会えない人に出そう」と言って年末休暇に入ります。年明け(今年は昨日)、米つきバッタのように「今年もよろしくお願いします」と言いながら頭を下げて回る一日でした。
一方で、定年退職した方々には変わりなく年賀状を出すことにしています。
就職仕立ての私を根気強く見守ってくださっていた方々は親よりさらに年長の方々。「80歳を迎えましたので、今年で年賀状は失礼します」「老人ホームに入るので、これで年賀状を終わりにします」という言葉がありました。
実は、私にとってこの文言は初めて。ついにそういう年齢に自分もなったのか、と思ってしまいました。
やはりその方に年賀状を出している同僚とその話になった時、彼が「〇×さんはこういう時に、出先から絵葉書を送るんだって」と教えてくれました。なるほど。

同窓(学科は違う)で同僚でもある友達からは、習っている学生も習わなかった学生も慕っていたある先生が静かに最期を迎える準備を進めている、と聞きました。たぶん、先生自身はご自身の信仰の支えによって、最期への怖れを「待っている場所がある」と捉えて抗わずに暮らしていらっしゃるだろうけれど、私たちは、一日といわず、一分一秒でもいいから、先生にはここにいてほしいよね、という話になりました。

そうそう会えなくても、いてくださるだけでうれしい、と思う人が減っていく年代になってきたね、といって、お互いのデスクに戻りました。

昨日、まとめて年賀状が届きました。そのうちの1枚は、秋に用事があってお電話した元上司。もう85歳を超えていらっしゃるのですが、毎年ワープロ打ちで1年間をお知らせくださっています。今年の年賀状には、その電話ののちの日に家で転倒してしまい、背骨ほかを骨折してしまったので、リハビリ病院で復帰のためにがんばっています、とありました。もともと、人工関節を入れていらっしゃるので、階段のあるところはなかなか大変なのですよ、とおっしゃっていたのに!と驚きながら、何の気なしに、表書きを見たら(最近、年賀状の表書きに住所を書かない方が多いので、裏しか見てない)、最初、この年賀状は、私の以前の住所あてに送っていたことに気づきました。古い番地名(同じ町内で越したので)が印字されている部分を赤い線で消し、「再送をお願いします」と今の丁目や番地を手書きで書き添えていることに気が付きました。
1年前の字とは異なる字の形でしたが、こうやってリハビリをしていますよ、とその字から伝わってきて、私は、涙がこらえられなくなりました。

私は両親に時折ハガキを送ります。母はガラケーのメールを打てますが、数年前に手術を受ける折、後遺症で金属のものを持つのが過敏になることがあるかも、と術前に言われました。お見舞いに来る必要はない(仕事を優先せよ)けれど、ハガキが来るとうれしいわ、と古い年賀状を渡されて(笑)、ハガキを出すようになりました。幸いにも後遺症はなく済みましたが、なんとなく続いています。両親の体調がよくないときは毎週(しかし、文面は決して病気のことに触れず、お茶らけた内容ばかり)、いまは10日に1度ぐらい。私からのハガキの間隔があくと、両親は「何か起きているのでは」と思うらしいし、誤字脱字があると(汗)父が「仕事はうまくいっているのか?」と案じている、と母から電話がかかってくることも。
以来、いままでに2円、10円と都合12円の値上がりが2度もありました。特にこの10円の値上げには納得がいかない私ですが(だって、値上がりしたら、ますます誰もハガキを買わないってば!)、今年も両親にどっちゃりある(そして今年の我が家の残り分も追加されたからどっちゃり、どっちゃりある)年賀はがきを使って手紙を送ることになりそうです。

年賀状ぐらい52円にしたらいいのにね、日本郵便も。

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# by eastwind-335 | 2018-01-10 07:08 | 日常 | Trackback | Comments(0)

いま、「4.0」らしい

先日、ひょんなことから、PCの横に出てきた政府広報動画を見てしまいました。勝手に(カーソルが当たってしまったのだろうと思うけど)に流れ始めたのです。

朝、起きてから、通学するまでの「未来の朝」を描いたもの。

朝は「10分後に荷物が届きます」という機械音に起こしてもらい(自分で目覚ましかけて、または、カーテンの隙間から入る光で体内時計を動かしたらいいのに)、
急ぎ縁側に出て(機械が届けてくれるからって、寝起きのパジャマ姿で縁側に出るなんて、みっともなくない?)、
ドローン(シュショー官邸の上は飛ばすな、というくせに)で届く荷物を(私は土日に宅急便の人のベルで目覚めるほど嫌なことはないんだけど)、
顔認証で荷物を受け取る(あー、iphoneも顔認証じゃなかったら、新しいのを買うんだけどな)、
今日の朝食のメニューを冷蔵庫に決めてもらい(たかがスムージーなのに・爆)、
不足品を注文するかと冷蔵庫から尋ねられ(待て待て、冷蔵庫になる中身ぐらい自分で把握してなさいってば)、
朝ごはんの最中に今日の天気を機械が教え(前の日の天気予報から、自分の暮らす街の天気の変化ぐらい高校生になったら「予測」しなさいよ)、
遅刻だとわかったら、機械に声をかけて、「(通学途中にあると思われる店に)お昼のパンの予約をいれておいて」と頼み、
家を駆けだす女子高校生。
その間、テレビ診察をしてもらうおじいちゃんやおばあちゃん、無人のトラクターが耕作中の農村風景が・・・。

そして、「未来投資戦略」「society5.0」という字幕が出て、消えていきました。

私は「政府広報」を信用していないので、ヘンなものを見ることになったなーという先入観があってのことなのですが・・・。
え?戦略ってこういうモノにまで使う?「ストラテジー」に対する多様(柔軟)な日本語がないからだと思いますが、政治も経済も企業も学者も「戦略」って使う文書を回してくるので、仕事先で私は辟易しています。
女子高校生を使って「戦略」はなかろうに。
「society5.0」って何よ?私、1.0レベルでも知らないんですけれども?!政府はAIをどんどん「生活」に取り込みたいと思っているらしいけど、こういうのって、外部からデータをいじられたら、一発アウトっていうか、個人情報ダダもれじゃん!

fake政府広報のサイトを見てしまったのか、と、ちょっと怖くなってしまって、検索をしてしまいました。
このCMは、どうも「君の名は。」の地上波放送でも流れたことで有名になっているらしい。

1.0は狩猟社会
2.0は農耕社会
3.0は工業社会
4.0は情報社会
5.0は超スマート社会。
「AIがビッグデータを解析して私たちの生活がより豊かになることを前提にした新たな価値観に基づく生活」ということで、最近はやりのIoT(顔文字かと思ってた!)が支える私たちの幸せな世界、みたいなものを描いた政府広報だったらしい。

まずは、「チョー」スマート社会ってネーミングに、あきれた。
超ってなんだろう。スマートって?国語辞典編集者たちの意見を聞いてみたいわ。ここまで漢字2字で来たんだから、もうちょっと頑張ってほしかったわ、内閣府も。シュショーの言語能力と同等の人しか重用されていないのでは?本を読んでいるとGWに自慢げに本屋に行くけど、読んでもらってるんじゃ?もとい、「超」が付く本ばっかり目にしているのかな?

私、その昔、理系の雑誌の表紙に「萌え」姿のお掃除女子マシンなるものが掲載されて、ニュースになった時にも思ったのだけど、なんですべて「マシン」化しなくちゃいけないのかな?って。しかも、なんで、このSociety5.0のCMを女子高校生が演じなくちゃいけないのよ、って。(←落ち着いて考えたら、「君の名は。」を一部パクっているらしいから、女子高校生じゃないとお話にならないのかな)

だって、CMの通りになるんだったら、つまり、IoTが日常にかかわれば便利になるんでしょ?男子だって女子が得意なことをAIが手伝ってできるようにしてくれるんでしょ?っていうか、朝ごはんのメニューは女子が決めて男子は食べるだけ、という「私作る人、僕食べる人」がこの5.0社会では復活・強化されちゃうわけ?

ったく、だからちょっとの情報しかないとその先が想像できず、「できません」「わかりません」「不親切」とか親も子供も言う時代になっちゃうのよねえ。

今日のような成人の日にこそ、「自分のことぐらい自分の頭をつかってストラテジーしようよ」ってCMを政府広報が作ってくれたらなあー。

何か起きたら、IoTは何もしてくれないんだよ、ってことを隠しての政府広報。どうしても、私にはIoTがIdiotの顔文字のように見えて仕方ない。
もうみんな3.11を忘れちゃったのかなあ。やたらと「絆」って言ってたけど、あれ、IoTじゃ解決できないって、避難地域から仮設住宅に強制移住させられたおじいちゃんやおばあちゃんが言ってるじゃん。

そんなことを、ブログに書いている(つまりPCを使い、ネットワークを使って残している)私が思うこと自体がヘンだなあと思うのだけど・・・。

「君の名は。」なるものが好きな人たちは、あのCMを好意的にとらえているらしいということもわかってきた。女子高校生を演じている女性はアニメの主人公を演じていて、どうも、あの政府広報CMはあのアニメのシーンそのまんまをパクって、もとい拝借して作ったからあの時間に流したらしい。

私は子供のころから「アニメーション」自体があんまり好きじゃないから、そんなことを思うのかな。
いよいよ、甥世代が職場に現れるようになってきた。別に若い人にウケたいとは思わないけど、自分の価値観とは違う価値観があるのを頭ではわかっていても、そちらの方向に向いていなかったから、子なし、流行外れの私(や家人)は、思い違いをしないように、と日々緊張しながら仕事をしています(笑)。

さてさて、一昨日、東方の三博士は無事に「ひとり子」に会え、クリスマス気分もおしまい。明日は私の仕事始め。体調不良を理由に、10日以上あった年末年始休みは、予定の半分以下のことしかしなかった。でも、十分。

そんな自分にも、今日、成人式を迎えたハタチになった(この3月末までになる)人にも!
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# by eastwind-335 | 2018-01-08 09:16 | 日常 | Trackback | Comments(0)

脳内読書すごろく

腰痛という思わぬ伏兵が昨年12月ごろから私の左半身に身を潜めていたようで、歩くのも小走りするのも問題ないのだけど、ちょっと体をねじって位置を変えたりするときに非常に「いたたた」なことが続き1か月。
夜、寝返りを打っているときに痛みを感じて目覚める毎晩でした。
レントゲンを撮ったら、背中の一部が側弯していると。内科でお世話になっている、本業は整形外科のドクターに「これは、姿勢が悪いからではなく、遺伝性のものだから」と言われました。外観では姿勢が悪いとは思えないとのこと。両親の親族の「だめだめ遺伝性のもの」は基本的に私が担うことになっているので、「あー、また?」と思うぐらいでしたけれど、老人になった時に備え、どっちの遺伝なのか両親に確認したい。でも、老親に腰痛もちになったと知れたら次の巡礼の旅はおろか、3月に予定している久しぶりの訪韓も、家人との家族旅行も、「やめておきなさいよー」と一度は言われちゃうなあーと思うと、実家に帰った時も言い出せず・・・。

腰痛の原因として思い当たるのは11月初めに、用務先の紅葉の美しさに気を取られ、石畳で尻餅をついたことぐらい。でも、尻餅をついたときにはお尻にこぶができるほど確かに痛かったけど、腰は痛くなかった。本当にどうしちゃったんでしょう。ホームドクターに伺っても「本当はもともと腰痛が起きてもおかしくない骨の配置だから、尻餅で身体が気づいちゃったのかも」という返事。

というか、腰痛がいままでなかったことのほうが「奇跡」ですって。確かに、リフレクソロジーをやってもらう都度「腰痛がありませんか?」って聞かれていたから。でも、マッサージより痛いものはなかったんですけどね(笑)。

そんな腰痛も3が日があけるぐらいから非常に楽になりました。まだ痛いところはあるのだけど、痛みの大小でいえば小さい。
そして、一昨日は代行のドクターが「背中、レントゲンの写真ほど湾曲してません。痛みがあるときは一時的に湾曲することがあるんですよ」と。そんな言葉も薬になったのかもしれません。
読書のスピードもあがり借りた本のうち2冊を読み終えました!
病院の待ち時間を使って少しずつ読んでいた『イングリッシュネス』。次にイギリスに出かけることがあったら、こういうことは気を付けて避けようとか、やってみよう、とか、勉強になりました。原著の半分しか訳してないそうです。続きも訳してほしいなあ。
そして、夜、痛みを感じない体形を布団のなかでさぐりながらページをめくっていた『イングランド・イングランド』。この2冊を同時に読み進めたことで、特に後者をよりおかしく(興味深く)読むことになったと思う。

イングランド人が思う「イングランド」はいったいいずこに?、がテーマの『イングランド・イングランド』。

最近の日本に置き換えても十分成立するストーリーだと思いました。
お子さまシュショーとそのお友達が強調する「日本」、マスコミが2020年に向けて作り上げようとしている「クール・ジャパン」、そんな調理方法で毎日ご飯を作ってる思われちゃ困るんだけど、というのが本音の世界無形遺産「和食」だの、国技という名を捻じ曲げはじめている相撲協会、そして、WM南アフリカ大会以降のサッカー日本代表に枕詞のようにつく「日本らしさ」。まだまだある。

外からの評価を受けいれず、中の人間がかたくなに「らしさ」を求めてしまう恐ろしさが気になっている私。
単なるユートピアコメディじゃないなあ、ジュリアン・バーンズの作品は、と思います。


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# by eastwind-335 | 2018-01-07 20:53 | Books | Trackback | Comments(0)

日はまた昇る!(24)荷を下ろして

*2017年の夏の思い出です*

レイナからパンプローナへ戻りました。
パンプローナのバスターミナルは、16年度、17年度前期のスペイン語講座でも、生徒役の平岳大さんが訪れたところで、映像では見ていました。
テレビは鳥瞰的に映しますから全体を知ることができますが、「人の目」でそれをするには時間と余裕が必要。

マドリッドやバルセロナと違って治安はよい感じがしますが、バスターミナルでは緊張をするに越したことはありません。
車内からシャッターを切るだけにしました。ので、何がなんだか、撮った私しかわからない写真です・・・(笑)。バスターミナルは地下にあり、地上は芝が敷き詰められている公園になっています。ガラス張りのところが地下にあるターミナルへの入り口。
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下の写真は地下へ入る道路。
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さてさて、バスターミナルから旧市街までは歩いて10分ほどなのですが、日曜日なので、お店もしまっているし、人も少ない。
貴重品をいれたサコッシュはファスナー側をおなかにあて、あたりをつけて(バスの中で地図をずーっと見ておいた)歩き始めます。途中、感じのよさそうな父娘が前を歩いていました。娘さんが英語ができて、旧市街の入り口まで一緒に歩いてくれました。よかったー。

一度、預けておいた靴などを引き取りにアルベルゲに戻ります。入り口には今日到着したであろうピルグリムたちが仲良く語らっていました。
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ああ、もう、私は、ピルグリムじゃないんだわ、とレイナでつけた一区切りを名残惜しく思いました。

宿直だった彼は、当然ながらもういなかった。下の写真は、このアルベルゲでも雇用している障碍者を支援している団体の紹介ポスターです。日本は雇用の必須を法制化するようになりました。大企業は積極的に関与するようになりましたが、それは「手帳」を持っている人への視点ではなく、経団連や厚労省に顔を向けての「プロジェクト」。実態が伴っていない話を耳にすることもあります。法制化以前に、日常からの協働、接点の積み重ねが必要なのにそれを飛ばしているからではないでしょうか。
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私がこの旅を始めるための「バイブル」のように読んでいた(といっても、パンプローナの道まで、だけど)ハーペー・カーケリングのIch bin dann mal weg の邦訳本の帯には「わたしにもやれたんだから、あなたにもできますよ」とある。夜勤の彼がスマホの画面を使って「あなたにもできますよ」という言葉を私に送ってくれた時、その言葉の励ましが手触りのあるものとなって私に届いたのでした。
(ということで、帰国後、私はメンターを引き受けたときには、最後に「大丈夫、あなたはできるから」と一言添えるようにしています)

今回のホテルは、私にしては「ちょっぴり高め」。
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ANAのマイレージを使って取りました。地図を見ても今一つピンときていなかったのですが、前日のそぞろ歩きで下見に来た時に「うわー、観光地のど真ん中じゃないの!」と。
フロントは蘭の花があちこちに飾ってあります。
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地下はエステサロン。宿泊者サービスがあると読んでいたけど、急な予約は受けてもらえないらしい。デトックスに使うオイルの香りがどこからともなく漂う。

ホテルに入り、荷を下ろします。
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ベッド、寝やすそう!もう自分でシーツを敷いたり、寝袋を広げたりしまったりしなくてよいのね(笑)。
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シエスタしようかな?と思いましたが、私はドロドロ。
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これまで洗濯はせいぜい下着(の下)だけだったので、今日はまとめて洗濯です。洗濯をして乾かないといけないから臭いがでにくいといわれるスマートウールをメインのウェアにしたのもそのためだったのです。

背負ってきたものを広げてみました。黄緑の袋にはおみせできない山用下着(上下)や薄目のヒートテック上下。黒いリサ・ラーソンの袋には街着用にもってきたユニクロのリラコ、スカーフ、Tシャツ。
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これ以上何かを軽くするにはどうしたらいいのかな?今後の課題です。まずは膝用のサポーター2種類はいらないな。パタゴニアのR1フリースも夏はいらないかも?アルベルゲについてから、の服を考えて持ってきたのだけど、重ね着してもいいわけだし。雨が降った日が1日しかなかったから、という前提ありでの感想ですが・・。

シャワーを浴びながら、踏み洗濯(!)を終えるころ、歌声が聞こえてきました。バルコニーに行きたいけど、外からあられもない恰好を見られるのははばかられ、急ぎ服を着て、顔を覗かせると、抗議集会中でした。
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垂れ幕の前に子供をおくのはズルいかも。ま、注目している人は少ないようでしたが。
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日本で私を案じているはずの(笑)両親に電話をかけ、「「日はまた昇る」の撮影時にカメラをここに据えたんじゃないかと思われる部屋にいまーす」と報告。
ね、どっかで見たシーンでしょう?
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バルコニーから見える向かいの通り。昨日は観光客相手のお店しか気づかなかったけど、それぞれのアパートメントは、カーブして建っているのね。

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母は「また来たらいいんだから、ゆっくりと体を休めなさいよー」と。そして、「もういい年なんだから、と思うんだけど、ついつい、あなたも耳を傾けてくれるから、あれこれ言っちゃうのよね」としみじみ言う。「放置されていたら、とんでもないオバさんになるから、いいんじゃない?いわれたからってその通りにやるわけじゃないけれども」と答えました。
だいたい、母が淀川長治さんの映画観賞会のチケットに当選しなければ、私はタイロン・パワー主演の「日はまた昇る」を見ることもなかったんだし、弟の書棚に原作本があることも気が付かなかったはず。「いうなれば、この旅の始まりはママだから」というと、「そうかしらねえ~」と笑っていました。

レイナまで足を延ばしたといえば、また一言お小言があるでしょうから、その時はシレっと黙っておきました。帰国してハガキがついて、父が「予定外のコトをやっぱりしたんだな」といったそうです。

そんな父ではありますが・・。
先月の、つまり17年のクリスマスは、私は海辺の町に暮らす両親と過ごしました。その時、旅で使った寝袋の話になりました。その話を聞いた父が「ボクはさ、大学4年の9月に友達と二人で千円とお米だけもって房総にでかけたんだよね」といいだしました。山を歩いていたので父が寝袋を持っていても不思議はないのですが、「キャンプ場に泊まればいいや、って思ったのに、シーズンが終わってキャンプ場は閉鎖になっていて、困って教会にお米を渡して泊めてもらった」だの、最後の晩は持ち合わせのお金を見せて「「お皿洗いとかしますから」とかいって旅館に泊めてもらった」だの、当時、父は喫煙者だったので「1000円のなかからたばこ代をひねり出すのに苦心した」だの・・・。

・・・!!!!切符買わないででかけたわけ?!宿泊先を決めてなかったわけ?

思わず「この8月、出発前に私のことをパパは無謀だの、杜撰だの、とあれやこれやとおっしゃったけど、父の娘だもん、私がそうなのは仕方ないわよね」と言ってしまいました。

言うことを聞かないワタクシ、そう、あの日も母から「5日も山を歩いたんだから、自重しなさいよ!」と電話を切る寸前にもお小言、もといアドバイスをもらっていたのですが、「さーて、でかけようっと」と部屋を飛び出したのでした(笑)。

観光客としてのパンプローナ観光の始まりです!

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# by eastwind-335 | 2018-01-06 10:04 | 旅の思い出17ヤコブの道 | Trackback | Comments(0)

日はまた昇る!(23)再試を受ける

*この夏の思い出です*

私は一度寝入ったら、たいていの場合、朝5時前まで寝ています(今は、腰痛に悩まされていて、寝返りを打つときに目が覚めることがあるけど)。
早寝早起きが原則のピルグリム生活が終わったわけですから、明日はみんなの邪魔にならないように起きようと思っていたのです。
ところが、なぜか1時過ぎに目を覚ましてしまった。

そして、頭によぎったのは、「お友達は私のインスタに165.pngマークをつけてくれたけど、確かに歩いてパンプローナまで来たけれど、私はいつも誰かに頼っていた。しかも、すべての荷物を背負ったのは最初の日だけだわ・・・。(日本人以外は)みんな荷物をもって歩いているのに。こんなの、いけないわ」という思いでした。
ヘッドライトをつけて、サンジャンピエドポーのホタテ事務所でもらった地図を広げます。
午後にフランス人が同じ地図を見せながら「明日のレイナへの道はアップダウンが少ないからだいぶ楽なんだけど、最後のところだけ下りが大変なんだよなあ」と話してくれたことも思い出されます。

しかし、ふと、「巡礼の旅の再試を受けなさいとヤコブが私に言ってるに違いない」と思えてきたのです。人生で一度も「再試」を受けたことはありませんが、今回の旅は合格にはちょっぴり足りないな、と。
荷物をもってもう一日だけ歩こうかな?日本から切り取ってもってきたガイドブックも、パンプローナからレイナまでの道の説明が書いてあるページがある。どうにかなるかも。

ムクっと起き上がり、受付に相談に行くことにしました。
受付は夜(施錠後)は、身体障害の人たちが担当をします。この日は少し発声がむつかしく、体に不自由のある男性でした。
この人は英語ができない。しかし、彼は、スマホを出して、スペイン語でなにやら打ち込みます。すると、それは英語に翻訳されるアプリだったのでした。そのおかげで、私たちはやり取りができたのです。
本当はパンプローナで今回の巡礼を終えるつもりだったけれど、レイナまで行こうと思う。ただ、すでにパンプローナにホテルを取っているので、レイナからパンプローナまで戻る必要がある。公共交通機関はあるのかしら?歩きとおせるのかも不安である、と私が不安を伝えると、彼は、
「大丈夫!一本道だし。レイナまでは23キロぐらいだから、朝7時前に出たら、途中、休んでも2時前には着くはず。パンプローナまではバスで帰ってきたらいいよ。だって、タクシーはとっても高いから。バスは便利だよ。」と。そして、「君は、絶対に歩くべきだ」と打ち込んだ画面を私に示したのです。
途中の町からタクシーを呼ぶこともできる、ということを確認し、「やっぱり、レイナまで歩いてみる!」と私が入力すると、彼は、私にその場で待つように、といいます。そして不自由な手を伸ばして、ブエンカミーノ、と言いながらレイナからのバスの時刻をプリントアウトしてくれたのです。

朝、みんなが起きるちょっと前に目覚め、急いで洗面に。前夜と打って変わって、とてもきれいな状態でした。私たちが寝ている間に彼が掃除をしたのだろうと思います。
早めに起きたつもりでしたが、持ち歩きやすいように荷物を入れ替える必要が出てきて、スタートが遅れてしまいました。

受付にいた彼に頼んで前日買った靴は受付で預かってもらうことに。「レイナからはバスだよ、ブエンカミーノ!」と書いた画面を振ってくれ、私は朝食を食べにアルベルゲの向かいにあるカフェに。
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さーて、どこから歩いていくべきなのかなあ。前日はそんなことを予定していなかったので、しまったなあ、と内心思っていたのですが、アルベルゲから自転車を持って出ている人たちが。勘では「こっちじゃない」という気分が。
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そうだ、背骨の底まで歩いてみよう。ホタテの印が立ってるところがあるんだし。
みんな同じ方向に向かっている。

そうか、ついていけばいいんだわ。
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朝早くに街を歩く地元の人は少ない。だからこそ、彼らがすれ違う時に「ブエン・カミーノ」と声をかけてくれるのがうれしい。
歩いていくと、公園がでてきた。ああ、ガイドブックに公園を超えて大学のそばを抜けるとあったなあー。
横断歩道で同世代と思わしき女性と一緒になりました。彼女はウィーンからやってきたのだそう。片言のドイツ語で話しながら歩いていたのだけど、この日の私のミッションは「2時すぎのレイナを発つバスにのってパンプローナまで戻る」。私はストックをついてどんどんと歩けるのだけれど、彼女と歩いているとテンポが悪い。写真を撮るタイミングを失してしまう(公園の写真も撮りはぐった・・)

天気が良くなる一日だから、なるべく「涼しい時間」に距離を稼いでおきたい。

この旅行の直前、新宿のレストランで偶然隣席となった「日本サンティアゴの会」の方から言われたことを思い出した。
「自分のペースで歩かないと、疲れますからね」という言葉。

勇気を振り絞って言ってみた。「私、もう少し早く歩きたいのだけど・・・。先へ行ってもいいかしら」。
彼女は「残念。ドイツ語で話ができると思ったんだけど・・・。でも私はあなたほど速く歩けないから、先に行って!」

30分も歩くと、突然、農村風景が・・・。山から太陽が見えてきた。
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途中、日本人大学生たちと合流。数名で同じ大学から来ているのだけど、一番「山男」っぽい学生さんが「全くの素人」で、「大丈夫かな?」という人が高校時代は山岳部だったとか。数日に一度同じ宿で集合する、という彼ら。昨日のパンプローナは一緒だったけど、出発時間もそれぞれで、この日の目的地もそれぞれらしい。
「え?東風さん、昨日で終わりなんじゃ?」「それが、夜中に急に荷物を持たずに歩いたことが気になって、「これは試験を自力で解いたというよりも、教科書ガイドの答えを覚えて書き写した」感じがして、再試を受けることにしたの」
どうしようもない例えですが、4年生が数名いるグループだけに「わかります、おっしゃりたいこと」という反応が。

自分のテンポでないのに歩くのは大変。大山ハイクの時も思ったけれど、荷物をしょって話しながら歩くのは体力を使う。
写真を撮っていくから、と断って、大学生の皆さんには先に行ってもらいます。
出発して1時間余り。
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曲がり角にはこういう案内がある。黄色い矢印に向かって歩きます。
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のどかな風景ながら、日差しが強くなってきます。遠くに見えるのがパンプローナの町。だいぶん歩いたなあ~(この時出発して2時間ぐらい)。
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ところどころには、ベンチがある。
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巡礼の道を歩いた故人をしのんで、でしょうか。
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こういう場所をみかけたら、時折、荷を下ろして、水を一口含み、ドライフルーツやアミノ酸を補給して歩きます。

しばらく歩くと、この日初めての集落を通り抜け。
ここで、顔見知りの人たちに追いついたり追い抜かされたり。みんな「あれ?東風、今日はもう歩かないんじゃ?」と。
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「レイナまで荷物を持って歩かないと、今回の試験にパスできない気がして」と答えるとみんな大笑い。
夜中に急に思い立った、というところが「カミーノの不思議よね」とつくづく言った人もいました。「あんなにみんなずぶ濡れでロンセスバジェスについて、今日まで誰一人風邪をひかないことがこれまでの不思議だったけど、今日、あなたの話を聞いて第二の不思議を知ったわ」といった人も。

一人で歩くということは、全身をつかって自分のために身を守るということ。この日は、狭い道を歩くことが多かったのですが、自転車で来る人たちが多い。
これから向かっていくのだろうと思われる場所へ目を向けていました。
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日本と違って、必ずベルを鳴らしてくれるけれど、それじゃ遅い。車輪の音が少しでも聞こえたら、立ち止まるための比較的広い場所を見つけなくてはなりません。
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「ブエンカミーノ~」と何台もの自転車が通りすぎます。平らな道や下りは、ボコボコの道でも楽そうですが、上りは大変そう。押して上がる人もいました。
ひまわり畑と低木が繰り返し出てきます。

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風力発電装置を左手に坂を歩ききると、風が強くなり、こういう場所が!
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あ、ここは、ガイドブックでも写真が使われていたところだわ!なんだ、レイナへの途中だったのね。私はパンプローナまでで旅を終えるつもりだったので、ガイドブックも体験談もパンプローナ到着までしか読んでいなかったのでした。

ここがこの日の一番高いところだったかな?(写真がないので記憶もあいまいに・・)とにかく、次に覚えているのは「坂」
確かあの人懐こいフランス人も、坂で足を取られやすかった、とこれまでの日程を振り返っていってたなあ~。
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そしてこの坂の下のほうで、例の人懐っこいフランス人がかわいい女の子と歩いているのを見つけました。
「ブエンカミーノ!」「ブエン・・・あれ?東風、なんだよ、パンプローナで牛を見てるんじゃなかったの?」
そして、今日の「連れ」に私を紹介してくれました。
次の集落まで一緒に歩いていると、あるおじいさんが私たちを手招きで呼び、洋ナシをくれました。連れの女の子はスペイン人とのこと。で、おじいさんが「今日、そこで摘んできたばかりだから、途中で食べなさい」と。「日本には洋ナシはないだろ?」とフランス人が突っ込むので、「あるわよー、もっと大きいのよ」と答える私。「いつか日本に行ってみたいな」と二人が言うので、来るんだったら2019年までよ、2020年はオリンピックになるから物価はすべて上昇しちゃうからね!と私。
本当はおじいさんの写真を撮りたかったのですが、なんだか、彼らに不思議がられるのは困るし・・・。

カフェを前に、連れの女の子が「お茶をしていきたい」と言ったので、私は彼らと別れて歩き続けます。

日が高くなっているのがこの写真でわかりますよねー。この二人は親子。ほかにも子供が二人、奥さんと5人でかわるがわる自転車を乗って進んでいました。みんなが自転車を乗るのは無理だから、とのこと。
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実をいうと、私は暑さよりも足首の痛みが気になっていました。
ベンチがある場所が見えてきたので急いでいたら後ろから「東風さんじゃないの?」という日本語が。後姿が私だったそうです(笑)。
昨日ご一緒だった二人が追いついてきたのでした。1時間以上遅れて出発したのに、さすが、山岳会所属の人たちだわ。

二人には先に行ってもらい、足を見ると、くるぶしの上のあたりが大きく赤くはれている。
ホテルに戻ってみたら、こんな感じになっていた!
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足首を固定しすぎたのかしら?ヴァセリンをしっかり塗っておいたのに・・・。
前日まではそんなことになっていなかった。つまり、これだけの重さの荷物(←といっても重さを測らずに背負っていたのだけど)を持って歩けば、いつもの歩き方と異なった癖のある歩き方になってしまうのだ。
あー、レイナまで歩ききれるのかしら?とりあえず大きなバンドエイドを貼り、歩き始めます。

あと2時間ぐらいは歩くのかなあ?今度の集落は坂の上にあるみたい。
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通り過ぎるたびに、タクシーを呼ぶためのカフェがないか、と見まわす。しかし、人っ子ひとりいない。もうミサの時間は終わっているのかな?
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しばらくすると、日本からの二人に追いつきました。レイナまで一緒に歩くことになりました。母語が一緒の人と歩くと、とたんに私は自分のペースが崩れてしまう。写真に残したい風景には彼らが写ってしまう。先に行ってくださいといっても、しばらくすると振り返るので、シャッターを押す回数も少なくなります。また、話していると、風景を楽しむことが減り、帰りのバスで「あー、こんなところにあったんだ!」と見逃しているものがあったことに気づく羽目に・・・。
加えて、数日の間には何枚も二人のカメラで写真を撮ってもらったのですが、いまだもらえず・・・。

再試だから一人で受けたいんだけどなあ、という思いと、誰かと一緒にいることで学ぶものがあるということなんだなあ、という思いがレイナの入り口が見えつつある道を歩きながら浮かんでは消えていきます。
台湾からの人が、変わった銅像の写真を撮っていました。私も撮りたかったけど、大型車が通り過ぎようとしたこともあり、断念。
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「もうレイナですよ」と台湾の方が教えてくれました。

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レイナに到着!

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私は観光案内局へ。彼らはこの日の宿泊先として予約しておいた私営アルベルゲへ。地図は、右へ90度回したほうが、実はより正確なんだけど、どういうわけかこういう感じになっていたのです。
通り過ぎた銅像が地図の1番のモニュメントだと気づき、自分の今いる位置と地図上の位置がわかったのですが、一緒だった人たちは、何度言っても「いや、違うでしょう」の一点張り。また、彼らは宿泊するアルベルゲの名前が地図に載っていないこともあり、そちらに気を取られている。通りの名前から見つけたらどうですか?と言ってみたけれど、疲れていたのでしょう。スマホで行き方を探り始めました。
私はそんな彼らに「じゃあ、どうぞこれからもお気をつけて」と声をかけ、振り返ることもなく歩き始めていました。
一緒にいても、たぶん、彼らはここで「じゃあ、さようなら」となるはずだから。

この道でよいはず、と思いながらも、何度か通りすがりの人に場所を確認しつつ、観光局へ到着!
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観光局で地図をもらい、バス乗り場を教わります。観光局の写真、撮ったつもりだったのだけど、どこにもない!(消しちゃったのかなあ)
1時間ほどあるから、観光局への道中にチェックしておいたカフェでとりあえず甘いものを補給。
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普段はコーラを飲みたいと思わないのだけど、なぜかこの日は「暑いし、のどをすっきりさせたいから!」とコーラを頼む。
いろいろな甘いもの、しょっぱいものがおいてある。

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常連さんはお孫ちゃんを連れてくるみたい。来ている服もかわいいし、表情もかわいい。私も小さなころ、こういう服を夏には着させられていた写真が残っているけど、いまの日本の子はこういう恰好じゃないんですよねえ。
そう、スペインで出会った子供たちは、50年前におばあちゃんが来ていただろう子供服を着てるのよね・・・。
入り口そばにある箒、欲しかったなあ~。航空会社から別料金を取られそうだし、日本にもいい箒を作る職人はまだいるんだしね、と無理やり自分を納得させます。
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荷物を置かせてもらって、観光局の人に見ておくとよいといわれた橋まで散歩しました。左の白い3階建ての建物が観光局。その左手(つまり橋の端)に門があります。
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レイナまで歩ききった!無事に合格できたんだなあ、としみじみ。
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店に戻ると、「あの小さい女性がこれを持って歩いたんだよ」と店主が常連さんに説明をしてくれました。真顔で「あんたの体にはこれは重すぎるよ」と。
次に歩くときには何を減らしたらいいのかな。
ザック自体も重たい(1.5キロほどある)のだけど、腰回りのところがしっかりしているから、実は歩いているときには重さを感じないのです。むしろ持ち上げるときのほうがつらい。
さっきより人の数が増えている!お昼の時間なのかしら?
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教会、行ってみたいなー。でも、そういうことをしているとバス停に到着するのがギリギリになりそうだったから、バス停へ向かいます。
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まだ時間があるから、もう一杯何か冷たいものを・・・と通りの向こうを見ると・・・。
あ、馬だ!みんなおとなしい。
カフェから出てきた少年はナルトのシャツを着ていました(爆)。
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子供も乗馬パンツをはいているのねー。このお嬢ちゃん、すっごく美少女でした。お店からオレンジジュースのカップを持って出てきたのですが、子供なのに色っぽい(笑)。
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こんどはスプライトを一杯飲みました。ほんと、ごくごくごく・・・と。目の前にはおいしそうなピンチョスが。でも食べるほどの食欲はありません。ま、無事にレイナへ着いたので、軽い脱水状態になっていたのかも。
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お店を出てもまだ馬がいます。
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放牧されていた馬は何度もみかけていましたが、実際に人が乗っているのは初めて見たかも。しかもアスファルトの道を!
(なぜか、子供時代に土曜日の夜、家族で楽しく見ていたアメリカのテレビドラマ「警部マックイーン」を思い出しました)
飼い主さんに断ってなでていたら、「カメラがあるんだったら、写真を撮ってあげるよ」と言われたのでお願いすることに。
人懐こい馬だと思うのですが、飼い主さんが「いやあ、キミのことが好きなんだなあ。ここまでおとなしく顔を寄せるのは珍しいんですよ」と。
割と近くに住む乗馬グループのみなさんだそうです。
まだ小学生ぐらいの子も自分でちゃんと乗り、お父さんと出発をします。
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時間よりやや遅めにバスが到着しました。
中長距離バス仕様で、下に大きな荷物を置くことができます。
「再試合格!」と心にポンとスタンプを押して、バスに乗り込みます。
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さあ、パンプローナに戻りましょう。

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# by eastwind-335 | 2018-01-05 19:33 | 旅の思い出17ヤコブの道 | Trackback | Comments(0)

日はまた昇る!(22)試験後の解放感

*この夏の思い出です*

それまで一緒だった方とわかれ、公営アルベルゲを目指します。
部屋が空いているかという不安から、真剣に歩きます。
修道会を利用したアルベルゲとは聞いていましたが、案外普通の家の間にある感じで、特別な門があるわけではなし。ただし、看板にはホタテ貝が!
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久しぶりに、一人で受付に立ちました。
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受付のブースにいる女性二人に、宿泊したい旨を伝えたら空いてますよ、と。
その時初めて「ああ、パンプローナまで歩いたんだ」という気持ちがこみあげてきて、不覚にも涙がこぼれました。

英語で自分の心境を伝えるには疲れすぎていたので、ただ「今回は、ここまでが目的地で、いま、ここにいることがとてもうれしいです」と言いました。
受付のおばさんたちはそういうことには慣れているのか、ニコニコとうなづき、「日本からは遠いわよねえ」と。
シーツと枕カバーを受け取り、ベッドの番号を教わり、翌朝の朝食券をもらいます。
「あ、ザックをデリバリーしてもらったんですけれど!」と言ったら、「あなたのだったのね、そこのロッカーに入っているから」と。自転車も預かってもらえます!
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二段ベッドが二階建ての建物の上下階どちらにもズラーっと並んでいました。私は40番。
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1階のベッドの下の階。天井のところどころに間接電灯が点いているだけだったので、しばらくその暗さになれるのに時間が必要でした。歩いているうちに、この3日の間にどこかで一緒になった人たちから「東風!」「着いたんだ!」、そして「ほかの日本人は?」と声をかけられました。2階に上がってみようとおもったのに、忘れちゃったな(残念)。
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荷物を置いて、ザックから着替えを取り出し、シャワールームへ。いろんなシャンプーの香りが混ざる。
修道会系のアルベルゲはシャワーやトイレは男女別と聞いていたのですが、オッと!ここは男女一緒。
性別にわかれたシャワールームが備わっていたロンセスバジェスのアルベルゲでは、逆に目のやり場に困ることがあったのですが、ここではタオル一枚を巻き付け、だのパンツ一枚だので出てくるひとはいません。みんな服を着てブースに入り、服を着て出てきます。
とはいえ、小さなブースの壁は先着のみなさんがすでにべちょべちょにしている。足元がぬれている中での着替えはむつかしい。

ベッドに戻り、日焼け止めを塗って、髪を乾かすために、日当たりのよい中庭へ。
壁沿いに、顔見知りたちが寝っ転がったり、ぼんやりと座っていたり。
洗濯物を干す人たちもたくさん!あっという間に乾きます。
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ロンセスバジェスで知り合ったフランス人男性が「あれ、ほかの日本人は?」と声をかけてきました。30分ぐらいお互いのことを話しました。気さくな人で、かといって「下心」なんぞはなく(←こんなおばちゃんに下心をもつはずもない)、いくつかの仕事を体験してきた人らしく話題は豊富。そして、お互いの仕事への考えや悩みを(片言の英語ながら)語り合いました。
彼はいろんな人を知りたいと思う気持ちが人より強いんだ、と言いました。だから、この旅では、一人で歩かない。でも、毎日違う人と一緒に歩くことにしているんだ、と。男性であれ、女性であれ、ね。すっごく話好きのくせに、アルベルゲがうるさいのは嫌なんだそうで・・・。ズビリの公営アルベルゲはすっごく煩かった、と。

私は一人で街へ出ます。まずは、翌日から履く靴を買わなくちゃ。
便所つっかけで観光案内所へ向かい、靴を売っている店を教わります。靴を扱う通りは2か所あるとのこと。
観光局からさほど離れていない通りで購入。
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本当はエスパドリーユを買うつもりだったのですが、この通りにはその扱いがなく・・・。予算重視で選び、街歩きに出発!
観光局でもらった地図だけでうろうろと。翌日は観光に充てることにしてあったので、土地勘を養うためのそぞろ歩き。

観光地である前に人々の生活の場だから、いろいろな顔を持ち合わせているのがすぐにわかりました。
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まずは背骨になる道。
首の部分は大聖堂で終点。また明日見に行きまーす!
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近くにはこんなカラフルな建物が。博物館かと思ったのですが、役所みたい。
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大聖堂前の集合住宅。生活感が伝わってきます。
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短パン・リュック・低いかかとの靴の姿の人はたいていがピルグリム中。
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ここから巡礼を始めてもいいように、山グッズのお店もあります。
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スペイン人にとっては、マドリッドからの交通の便がよいここが起点になる人が多いそうです。パンプローナからはサンジャンピエドポーまでバスも出ています。飛行機での移動よりはずっと楽。帰国後、NHKBSの「世界街歩き」でパンプローナが取り上げられたとき、北欧から来たという女性がこのお店で一式をそろえて出発するシーンを見ました。私が訪れた日は、店主が「もうピレネーみたいな山を越えることはないから、ストックは細く軽いほうが扱いやすいです」と説明していました。次はこの町から歩き始めるので、私も帰国したら軽いストックを買おう、と思いました。

背骨になる道を確認し終えたら、横に走る道をうろうろと。
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アコーディオンを弾くおじさんがいたり。
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横に走る通りには素敵なお店がいくつも。フラッと入ると、接客の感じがとってもよかった。写真はコーヒー味の砂糖菓子。パンプローナで家族経営で作っているものだそう。どこでも扱っているのだけど、ここは「一つ食べてみませんか?」と声をかけて差し出してくれたの。
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お土産はここで買うことに決めました!ほかの商品もパンプローナや周辺の町で作ったものだけを扱っているのだそう。
「月曜日の午後にもう一度来ますね!」
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バルコニーがすてきなアパートメントが多い。赤い小さな看板は、牛追いの時の通路ですよ、という意味。
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そう、パンプローナといえば牛追い祭りで有名。
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ですが、サッカーチームもあるようです。
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将来はビルバオの選手をめざしてまーす!
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大人も多いのですが、子供たちの姿も多くて楽し気な声があちこちから聞こえてきました。
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地元の子供たち。女の子一人に男子4,5人のグループ。
みんな、チュッパチャップスをなめていましたよ。女の子も大人のようなスパッツ姿なのねー。
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車で旅行中という家族の赤ちゃん。ごきげんな顔でした。

持っているのは、巡礼のシンボルの一つ、ひょうたん。
ベビーカーで巡礼中、かな?
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地域センターかしら?「ナバラの家」という組織があるようです。ガラスドアからのぞくと、高齢者の方々がカードゲームを楽しんでいました。
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まったりと午後を過ごす人たちも。
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ぐるっとめぐって、アルベルゲ近くのカフェで一休み。
ちょうどシフォンケーキを切り分けているところ。
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スペインでシフォンケーキって珍しい。カフェで作っているのではなく、パンプローナに暮らすお菓子作りが好きな女性に作ってもらっているそうですよ。
私はチョコレートケーキをお願いしました。
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ブエニッシモ!(おいしい)というスペイン語を教わる。

そろそろ夕食にしなくては。
今日は、私にとっては今回の巡礼の最終日なので、ピルグリム定食も食べ収め。ところが!こんなにたくさんの飲食店があるのにピルグリム定食を出すお店は少ないのです。見るからにおいしそうなピンチョスがおいてあるお店が多いから、旅の一休みを兼ねてそっちへいくんでしょうね。
ようやく見つけたピルグリム定食のお店。
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奥がレストランになっているけれど、ピルグリムっぽいひとは少ない。誰かいたら相席させてもらおうと思ったけれど、旅を振り返るためには一人がいいかなあ~。となりに座ってビールを飲んでいるおじさん二人が、ちろちろこっちを見る。観光客っぽくなくて、特にそのうちの一人は地元の労働者っぽい感じ。すると「英語はわかりますか?日本の人ですか?観光にきているのですか?」と話しかけてきました。
ドキっとしましたが、何かあったら中座したらいいんだし、と腹を巡礼の旅でここまできたことを話しました。
すると、この二人も自分たちもそうだ、という。それもオランダからずっと歩いてきたんですって!
幼稚園から60年来の友達で、一人は大学教員、一人は農家と進路は違っても、小さなときからサッカークラブで一緒で、こうやって旅をするのだとか。大学教授だった方が定年になったので、時間ができて巡礼に出ることにしたのだとか。
時間ができたら、できた分を歩くといいんですよ、と農家のおじさんが次の旅へのエールを送ってくれました。

お店を出ると、夕食を食べに来た人たちが通りにいっぱい!
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みんな、店の前でおいしそう。たのしそう。子供たちも親と一緒にあれこれ食べています。
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アルベルゲに戻ると、顔見知りの人たちが「あー、東風、どこにいたんだよ、夕食に誘おうと思ってたのに!」と。
最後の晩だということで、みんなからハグの嵐をうけているうちに、ああ、もう彼らには会えないんだなあ、と語学学校が終わるときの寂しさと同じような思いがこみ上げてきました。楽しい時を一緒にすごしてくれてありがとう!

巡礼の旅は朝が早い。だからみんな9時過ぎにはベッドに戻る。早寝早起きの私にはちょうどいい。

インスタに「有言実行!」と文章をつけてパンプローナへの途中に撮った写真をupして歯磨きから戻ると、仲良しさんから165.pngの絵文字入りでメッセージが届いていました。パンプローナまで歩く、ということができてよかったな、と思いながら就寝。ほんとコロっと寝入ってしまいました。


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# by eastwind-335 | 2018-01-04 07:09 | 旅の思い出17ヤコブの道 | Trackback | Comments(0)

笑いがとまらない

昨年(といっても一か月前にもなりませんが)熱帯雨林.deから取り寄せた、念願の(?!)父ちゃんCD3枚。
いわゆる「吹き込み内容」はまったくないので、想像しながら聞くしかありません。セリフが文字起こしされていたら、辞書を引きながら聞くんですけどねー。なので、最初は、父ちゃんやポ王子のそっくりな声音、口調を楽しむだけだったのです。

以前、クレイアニメーションでupされていた「Deutsche 11 Backstage」でも、父ちゃんやポ王子、コブタちゃんたちの声を担当する人たちがいて、特徴をつかんだ発声の中で、唯一納得できなかったのが、ラムたんの声。
なんだか、なさけない声で、え?え?ドイツではそういう扱いなわけ?と思いました。
ボクちゃん扱いというか。まあ、ポ王子たちのようなキャラはないと、常々思っていましたけれど・・・。
あれからもう何年も経っているので、カピテンとしてしっかりとした口調になっているのかと思いきや・・・。

え?え?これ?!
早口だとか、いい子ぶった声とかじゃないんですよ。

相変わらずなさけない声。「フィリップ!」と父ちゃんやポ王子に呼びかけられ(そりゃ、ラムたん、なんて呼ばれるはずはなかろうが)、答える声が・・・。動物アニメでいえば、気の弱い小動物系の声。(そして実際にウサギとかいわれてるし)
まあ、聞き取れない私からすれば、その声音だけを追っていけばいいわけですけどね(笑)。

クレイアニメ時代から変わらない設定に、まあ、そういう扱いなんでしょうね、と思いました。それに、彼にそっくりな声音だったりすると、本人からクレームがつくのかもしれません。

聞き取れないとはいえ、これまでの父ちゃん一家のあれやこれやを扱っているので、時折、セリフがクリアに耳に入ってくることがあるのです。
それも電車に乗っているときに。
満員電車だったりするときに。

笑いの種が私のおなかの中あたりで、ムフムフムフとなっていくのです。
ヘンなおばさんが、笑うに笑えないヘンな顔をしているのは、周囲に迷惑なのでウォークマンの電源を切りイヤホンを外すのだけど。けどけど・・・。土の中の種から芽が出て、葉が出てくるスローモーション画面のように、笑いが成長していくというか・・・。

ああ、声をあげて笑いたい!
座って新聞を読んでいるときは顔を隠して「くっ、くっ、くっ」と体を震わせることができますけど、立っているときは・・・(汗)。

年の瀬に聴き始めた3枚目はEM14を扱ったもの。
WM14優勝の期待を背負っていたわけですが、すでにラムたんは代表引退をしています。
それなのにラムたんがまだ登場するんですよねー。ポ王子が「あれ?フィリップは?」というと、「もうボクは参加するには年をとっちゃったから」と答えたり、コブタちゃんが「おうちの人が行っちゃいけませんっていうんだってさ」なんてセリフが聞こえたり。

一番ブフフとなってしまったのは、国歌斉唱練習の巻。WM06以来、「歌わないやつがいる!」とポ王子やエジルほか、ダブルの国籍をもっている選手たちが突っ込まれていますよね。ブッフォンの音痴でも吠えるように歌うイタリア国歌なんかと比較すると、確かにドイツは国歌斉唱の時に「腹から声が出ていない」。ということで、父ちゃんが練習をさせるのですが・・・。
すぐに歌声がしぼむ(←まずここで「ぷっ」となる)。コブタちゃんが「歌詞がむつかしいんだよ」という(←またここで笑いを飲み込む)。そこへ、全身を使って声を張り上げたと思わしきラムたんの声で「ちゃんと、練習、ちろよ!」(←超勝手訳)が飛び込んでくる(←笑いを飲み込むことがむつかしくなる)。気を取り直した父ちゃんが「1,2,3」と掛け声をかけて再度歌わせようとすると「4,5,6」と答えるポ王子たち(←あるある!と声を上げそうになる)。父ちゃんがクチャクチャ注意をするのを黙らせるようにポ王子が「こんな曲じゃ歌えねーよ、ラップにしたらいいんだよ」と歌いだすと、ほかの選手も合いの手を入れ始め・・・。

もうダメ。私、声をあげて笑いたくなりました。しかし、仕事納めの会社員がどっちゃり乗っているためにいつもと比べて混んでいる山手線で、笑い声をあげるわけにはいきません。もう辛かった。

しかし、ポ王子の声役の人のラップ、よかったなー。ポ王子自身がラッパーとしてCDを出している、っていうのが多分台本の背景にあるんだと思うのですけれど・・・。

まあ、よく父ちゃん一家を観察している脚本家がホンを書いているだなあ、って。
父ちゃんは、結局、4ワ”カ(ポ王子・コブタちゃん・ラムたん・メルテくん)と絡んでナンボなんだ、ってよくわかってる。メルテ君の声を当てる人が見つからないのか、彼よりも真似をしやすいミロやカーンが出てくるのですけれど。

映像モノでは真ん中にいたがるミュラーなんかは、このラジオショーでは全くの端役。なんか、わかる気がするんですよねえ。彼の言動って計算が見えるというか。それに大きな大会で役にたった例がないし。単なる目立ちたがり屋ではダメなのだー。

来年もこのシリーズの新作が出るそうです。ポ王子もコブタちゃんもいない父ちゃん保育園、どうなるんでしょうねえ・・・。
ポの日本日記、なんていうのがあったりして(爆)。
DFBもJFAともう少しつながってほしいのになあ。チーコクよりいろんな意味で安心なのに。

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# by eastwind-335 | 2018-01-03 09:01 | ドイツ・サッカー | Trackback | Comments(0)

あけました、おめでとうございます

2018年があけました。おめでとうございます。
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毎年恒例の「ヨメ修行」で年末年始を迎えました。シウトメと、還暦すぎたのにお嬢さまぶる義姉が、二人で(いや、ヘルパーさんが何人も来てくれるゆえに)生活を続けてくれていることに感謝しています。しかし、内心に彼女たちの言動に納得しがたい思いを抱いてしまう自分の器の小ささを自覚する年明けでもあり、それが19回目になりました。
絶えず喜び、祈り、感謝する。自分はそうしているのか、できるのか、とこの数年、自問する日々が続いています。特に信条や言動内容が自分の志向と異なる義家族の家から帰るお正月とお盆の時には強く意識します。パウロには親戚はいなかったのかしら?

帰路のさなか、家人がぼつぼつと語る家族への積年の苦悩に、心苦しくなります。それでも、昨晩は、マンション近くで、夜空に大きく白く輝く月に気づいた私たち。空を見上げるよう、見えない力が呼び掛けてくれたのでしょうか。
浄化されるような気がしました。

今年も悩み考える1年となるでしょうが、「絶えず喜び、祈り、感謝しなさい」という言葉を抱いて、思い出して、なるべく実行できるように過ごしたいです。

仕事の縁でこの数年、大学駅伝の応援に行っています。がんばれ、どの出場校も!
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# by eastwind-335 | 2018-01-02 07:20 | あいさつ | Trackback

#白黒紙面でインスタ映え指南

暮れになると、樹木希林演じる綾小路さゆりの「美しいひとはより美しく、そうでない方はそれなりに」のCMが懐かしくなります。

実は、私はインスタをやってます!
ブログをやっていることを知らない家人、友人がフォローしているだけ。旅先から生存報告がわりに「今日見たもの」とか「今日食べたもの」をupする。
その写真はブログで使うものと同じ。粘って粘って撮ることはない。加工もしない。
私は化粧もせずに出勤するようなオバさんなのに、写真だけ加工するなんてコトは、オンナが廃ると思っています。
ハッシュタグなるものもつけていません。あの「シャープをハッシュタグと呼称する」だなんて、すみません、今年の夏、「インスタ映え」という言葉が氾濫するようになって初めて知りました!

「シャープじゃないってば!」と同僚に注意を受けて、初めて知りましたよ。
まさか、音楽の時間もハッシュタグとかいうのかなあ?

さてさて、今朝の朝日新聞の1面に出る注目記事に「#おせち インスタ映えのコツ」という案内がありました。生活面をめくると、2名の料理ブロガーさんの顔写真と彼女たちが作ったおせちが。

ただし、白黒印刷で。白黒って、新聞のいうところの「白黒」ですよ。個人的には白黒写真から色を想像するのは楽しいけれど、待って!待って!この記事はインスタ映えする撮り方について、ですよねえ。新聞に添えられていた写真は、インスタ映えしないと思うのだけど(笑)。カラーだったら大丈夫なのかしら?

毎週掲載されている料理はカラーで掲載されているのだから、インスタ映えの記事もカラーにしたらいいのにね。
ひょっとして「詳しくはデジタル版で」とか出ているのかと思いましたが、それはなかった(笑)。

うちの家人もインスタをやっているのだけど、お直しばっちりの写真をupしている。おいおい、だったら韓流俳優や女優の「お直し」に突込みを入れちゃいけないわよ~(怒)。同じ穴の狢、といったら思いっきりにらまれました。でも、一緒だよ。ほんと。何度直したら気が済むのか?みたいなことになっちゃうわ。キッチュって言葉はもう存在していないのでしょうか?

パソコンがなかった時代の「腕で勝負」の頃がなつかしい。カメラを上手く使いこなそうって努力していたなあ、あの頃は。そんな私にちょっとしたコツを教えてくれた駅前のカメラ屋のおじさん、当時の上司たち、お元気かしら?









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# by eastwind-335 | 2017-12-28 15:26 | 日常 | Trackback | Comments(0)

図書館ありがとう

私は人さまより一足先に年末の休みに入りました。

今日、1か月ぶりぐらいに、銀行に記帳をし、お金の出し入れをし、残高チェックをし、ボーナスの額の少なさにのけぞり(若干ですが天引きをしているからでもあるのですが)、銀行近くの図書館の棚をうろうろと。

借りたのは、
レイチェル・ジョイス『ハロルド・フライを待ちながらークウィーニー・ヘネシーの愛の歌』
ジュリアン・バーンズ『イングランド・イングランド』
エリザベス・ボウエン『リトル・ガールズ』
ケイト・フォックス『イングリッシュネス』
森田安一『『ハイジ』の生まれた世界ーヨハンナ・シュピーリと近代スイス』
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4冊はイギリス文学とイギリス文学を理解するための導きになるはずの本。
最初の本は去年の5月ごろ読んだ本(その時の感想はコチラ)の続編、というか、番外編。
2冊目はジュリアン・バーンズ。何冊も並ぶ背表紙の1冊はバーンズの愛妻をなくしてからの日々を記した本。いつかその本も読むだろうけれど、今は、もうすこし軽い話を読みたい。見開きには「アイロニーと風刺に満ちた傑作!」とある。デイビッド・ロッジよりは薄いし(笑)、EU離脱問題にゆれる「英国」(っていうか、イングランド)のことをもっと知ることができるかも、という期待から。
同じ棚にある(ボとバは近い)ボウエンの本は第一次世界大戦が少女を女性にしていくという話らしい。
なんか、イングランド本が多いなあーと思いながら新刊の棚へ戻ると4冊目があった。図書館に入館したときにはなかったのだけど、思いがけず長い時間を「外国文学」の棚の前で過ごしていたのだろうなあ、私。その間に、誰かが返却したのでしょう。
タイミングって大切よね!

・・・この年末年始は、第二段階の交渉が始まるイングランドのことを「知る」時間を過ごすのでしょうか、とふと思いました。自分が選んだわけなのだけど。3月のお休みの時にロンドンに行きたい!と思っているから(でも、あの「棒茄子」の額では・・・)イングランドのものばかり目に付くのかしら?

最後の1冊はいわゆる「ハイジ本」だけど、私はこの方を刀水書房のPR誌で「スイス史」の専門家として知ってまして、「ハイジ」だけではないシュピーリのことを描いた本だと伺ってました。シュピーリの初期作品、買っただけでまだちゃんと読んでいないなあ~。1年以上寝かしていることに気づきました。

図書館に文庫本を入れないでほしいという文藝春秋社長の発言。わからなくもない。文庫本というのは、もともと「所有するための本」だったと私も思います。安くて、しかも「解説」が付く、ということで、お得感満載!
ところが、いまは、文庫本書下ろしもあるし、1冊1300円ぐらいする場合もある。それでも私が新刊を買ってまで手元においておきたいのは、好きな作家。もちろん、「所有するための本」だから「高い!」と思うことはない。そして、図書館から文庫本を借りるのは何となく躊躇してしまう。
バッグに入れて折ったりしたらどうしよう、とか思うわけで・・・。借りている(他人の本なのに)表紙やページに持ち癖がつくのも気になる。

本だけはデフレになることはありません。むしろどんどんと値上がりする「嗜好品」になっています。だからといって、本を読まないのはもったいない。納税者の権利として図書館を利用するのは当然。ただ、図書館は本屋ではない、ということが前提。最近は話題の本が棚に4冊も5冊も並ぶことはないけれど(『マジソン郡の橋』なんて、人口の少ない海辺の町の図書館ですら6冊並んでた!)、図書館も矜持が必要なわけですよ。
文庫本は半年ぐらいたってから入れる(かつての貸しCDショップみたいに)としてもいいのかも。



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# by eastwind-335 | 2017-12-27 21:30 | Books | Trackback | Comments(0)

日はまた昇る!(21)学期末試験のようなもの?

*この夏の思い出です*
いよいよ、この夏の大イベントの区切りの一日。
この日で私の「今回」のヤコブ道の旅もおしまい。毎日、道中では歩けないかも、と言い続けたけれど、それもあと1日。今日はどんな道なのかしら。ここでずっこけたら、いくらネタ続きの毎日だったとはいえ、笑いごとでは済まされません。学期末試験を受けるような気分です。
とはいえ、大して準備もせずにチャレンジ、というのも学生時代となんら変わりません、ええ。

ヤコブの道としては最後の朝のはずなのに、諸事情があって(私に関することではなく同室になった人たちのことで)そういう感慨にふける間もなく朝ごはんです。
アルベルゲの前にあるカフェでピルグリム朝食を食べました。
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わお、こんなところにもホタテマークが!
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ここは「甘いもの専門」(昼はピザがある)ので、サンドイッチなどをお願いすることはできません。
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まあ、スペインやイタリアは「甘い甘い朝」で始まりますものね~。
一人で切り盛りしているお姉さん、休む暇がありません。
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なんとなく、前夜からの流れで日本から来た人たちと一緒にパンプローナまで一緒に行くことに。
みなさんはパンプローナの宿が決まっているそうなので、出発前もゆっくり。私はパンプローナ到着翌日からのホテルはとってあるけど、この晩は人気の公営アルベルゲに泊まりたい。ということで、早く到着したい、とちょっぴり気が焦ってました。

朝8時前に出発。
光の当たり方で見える風景が違う。昨日は向こうの道から来たのよねえ。
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前夜までは余裕なく「到着→出発」だったんだなあ、と。歩き慣れてきたのかなあ。

ズビリがどんどん遠くなっていく。
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今日の旅程
ズビリからパンプローナまでの22.8kmはそれほど高低差ない模様。山の中を通り抜けるようですが、どちらかというと幹線度悪露沿いを歩くみたい。
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写真の整理をしていて、下の写真に気が付きました。あらら、道中は大切なものを見逃しちゃった様子。ここにはこういう風景が、というところまで気を遣う余裕がなかったのだと、改めて思います。

これまでは天気を気にしながらの歩みでしたが、天気予報通りの「暑い」一日が始まります!
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土曜日だからか、ズビリの町はまだ眠ってます。

しばらく歩くと、道沿いに小さな教会が見えました。
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入口で、「日本の方ですか?中をみませんか?」と声をかける女性がいました。ちょっと特別な教会らしい。
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この日は私も加わっていた先発隊(早歩き組)が後発隊(ゆっくり組)を待つために、見学することになりました。
ここは巡礼を守る教会だったそうです。鉄砲水が起きやすく、道が違う場所に作られるようになったことがきっかけで、神父が不在となり、荒れ果てた礼拝堂だけが残っていたのだそうです。
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ロマの人たちが宿代わりにつかっていた時もあったとか。かつてこの集落に縁があった(都市部へ移動していた)人が少しずつ建物の中を時間をかけて再現を続けています。
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巡礼の道を歩く人たちに、古い礼拝堂を見せ、その由来を話していたら、ある年、パリから来た巡礼者がヤコブの像をもって巡礼に来てくれたのだそうです。
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「木像だから10キロちかくの重さなのに、自分の荷物と一緒に歩いて持ってきてくれたんですよ」
ボケた写真で申し訳ありませんが、人々の思いが詰まっているヤコブ像は外見以上の何かを内側から伝えている気がします。
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後発隊も礼拝堂へやってきました。私たちはお先に出発。

馬を見たのはこの日はここが最後。
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ここはバスクだ、ということを教えてくれる壁書き。
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道しるべに従って歩き続けます。道が整備されていなかった時代は本当にさみしい道だっただろうなと思います。
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小川が流れる音が聞こえます。
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ヘミングウェイの『日はまた昇る』のとあるシーンが思い浮かびました。皮袋に赤ワインを入れて冷やしておくシーンです。水は冷たく、21世紀になっても同じことをしている人がいるような気がします。

ちょっぴり一休み。一番小さなリュックが私のものです。
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こんな素敵なところを散歩する犬を何匹もみかけました。日本とちがって「愛玩犬」系は見かけない。当然ながら、乳母車のようなドギーカーもみかけない。ただ、この国でも迷い犬がいるみたい。早く飼い主のもとに戻れますように!
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自然に満ちた道を抜けると、進行方向右手にはこんな風景が。月がきれい。岩肌の上を歩く人たちもいるのでしょうか。
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実際には、ガイドブックであらかじめ読んでいたように、この日は国道に沿うように歩きます。
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ガラガラと音がする。振替えると、同じ宿だったショッピングバッグで移動中の彼だ!
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国道を横切ります。

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舗装された道が続きます。
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自転車を引きながら歩くひともいれば、替えのタイヤを背負う人もいたりして。
この日は自転車をよく見かけました。天気がいいしね。
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小さな集落(アケレタかな?)を抜けます。
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少し歩くと、また家の姿がなくなります。もう少しゆっくり看板を読みたかったのですが(といってもスペイン語はお手上げですけどね)、あまりそういうことに関心がない人たちを待たせるわけにはいかないので、とりあえず写真だけ。そうそう行く道じゃないから、あとから思うとちょっぴりもったいない。でも、仕方ないわよね。
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この道を歩いたことがある人の墓標でしょうか・・・。
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また集落(イロツ)を一つ越えました。すごい坂に沿った家だというのがわかりますよね!紫の方向へ進めば、見るべき修道会があった模様。(別の方のブログによれば、右手に行くと丘を15分ほど歩くコースがあり、左の道と合流するのだそうです)
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途中、イチジク(まだ青いけど!)やキイチゴ?が成っているところがありました。甘くておいしかった。

私の日々の暮らしでは見ることができない風景です!
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まだ11時前だというのに、どんどん日差しが強くなっていきます。
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「ブエンカミーノ!」と声をかけながら、自転車は気持ちよいでしょうね~、と見送ります。
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上の風景がまだまだ続くのかと思いながら歩いていると、びっくり!地下道みたいなものが。
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なんだなんだ?このブタちゃんは!
ホタテマークはなくて、白と赤のマーク。これは、フランスから見たもの。
そこを超えると、整備された公園のような休憩所が見えました。
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一息つくことに。ここには休む場所と水道はありますが、売店はありません。
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オヤツタイム。私は自分が持って行ったドライフルーツ(アプリコット・イチジク・プルーン・アーモンド)と朝購入したマフィン。旧刑事には、まめにアミノ酸も取りました。
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先に休憩を終えたショッピングバッグの彼は「お先に!」と山道に繋がる坂を上がっていきます。どうやって上がっていくのかしらと公園から眺めてみた。後姿を写真に撮っておいた(笑)。
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まずは地図で場所を確認。絵を描きに来たといったほうが通じそう(笑)。
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登り始めました。あれよあれよという間に彼の姿が見えなくなっていく!
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こんな道を登るのだけど~!!!気が付いたら、もうあそこ!?
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ズームをかけてみました。階段は持ち上げて歩くのね。
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私たちのオヤツタイムは後発隊の顔を見た時点で終了。

急な坂道が待っている。入り口はホタテマーク付き。
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先発隊の人たちは日本でも山岳会に入っているような「歩きなれている人たち」。だからついていけるか不安だったけれど、私は荷物が軽いからそれほど負担にならない。そして、宿が決まっていない私はゆっくり歩くつもりはない。

気が付いたら、あのお買い物カートの彼が上がったペースで私も階段を上がっていましたよ!
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歩きやすい道は注意が必要!柵はありますけどね!
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しばらく行くと、農家らしき場所が(振り返って撮りました)。
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馬をつなぐ場所があったり。
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向かいの建物は廃屋のようですが、廃屋の向こうは畑になっている様子。昔はここは旅籠を兼ねた農家だったのでは?と思われ・・・。もっとゆっくりと見たい!
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あの公園で使った時間をここで使いたかったなあ。かといって、一人で歩いていたら、建物について話をすることもなかっただろうし、と振り返りながら思いました。
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もう放し飼いの馬がつけるベルの音も、羊の鳴き声もない。

あ、工場のようなものが見えてきた!あそこがパンプローナだよ、という声も。え?工場なんて地図にあったっけ?
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するとそのグループのお父さんのような人が「違うな」と。
あーあ、あと2時間ぐらい歩くのかな?

しばらく歩くと、橋が見え、集落(トリニダ・デ・アッレ)にでてきました。
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ズビリでも顔を合わせていた人と再会!
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ドイツから来たそうです。すごく荷物が大きいから大変~と笑っていました。私の小ささにも驚いてました。デリバリーサービスの説明をしながら、なーんとなく後ろめたい気分が・・・。

もちろん、ピルグリムだけがここに来るのではありません。素敵なカップルもみかけました。後日調べたところによると、この川はウルサマ川というのだそうです。
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門に入る人、出ていく人。
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門の上にもホタテマークが!ここもアルベルゲなのかな?教会みたい。でも人がたくさん集まっていることもあり(ミサではなく)、同行の人たちはスルー。あとで知りましたが、ここには「セルフサービス」のスタンプがあるそうです。(巡礼はある種のスタンプラリーでもあるのです!)
自転車でどこへ向かうのでしょう?ブエンカミーノ!とお互いに声を掛け合います。
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人が多かったのは、結婚式があったから。フラワーボーイとフラワーガールかな?お揃いの恰好ですもんね。
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日差しが強くて白っぽい画面になってますが、とっても素敵な恰好で集まっていましたよ!
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ここもアルベルゲがある街の一つ。8月のバカンス中の土曜日だからなのか、人っ子ひとりいない・・・。洗濯物が人の存在を伝える程度。
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石畳にも巡礼マーク(白・赤、黄色の矢印)が!
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ガイドブックやブログではパンプローナは混む時期もあるから、一つ前で宿泊するのもよい、ってあったなあ。
ご一緒の方が日本からの電話に応える必要があったので、ここで一休み。
冷たいものを買いにお店へ。日々子供たちが寄って、ひとつ、ふたつ何かを買ってもらうのでしょうね。
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レジにはピクルスが。ああ、絶対にこういうところの手作りのものはおいしいはずだわ。
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教会を中心に広場が作られてします。
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それにしてもだれもいない。暑いからかな?


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公営アルベルゲに行ってみました。スタンプを押してもらうためです。教育施設を抱える大きなビルの中に入っている様子。
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今日私が歩いた道はこっちから。どこを通り過ぎたのか、まったくメモを取らずに歩いちゃったなあ。誰かと一緒ってペースを作りにくいよねえ。せっかくの集落の名前ぐらい写真に収めておくべきだった。折れ線はまさに降りて登ってのこの数日を示しています。いま、私がいるのは、Atarrabia、またの名をVilliavaという地域みたい。
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広場に戻ります。
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おじいさんがお孫ちゃんたちとラケットゲームをしていました。私も誘ってもらい、おじいちゃんのラケットを振りました。
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テニスと違ってボールが重かった!

3世代が共に生きる、ということを示しているような壁画。あ、バスク帽(ベレー帽)だ!
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ここからは「町を歩く」という感じになりました。シエスタだからか、人気がない。歩くのは私たちのようにホタテ貝をリュックにつけている者か、おうちにいるのもつまらないから出てきました感がありありのおじいさんたちぐらい(笑)。
本当にパンプローナまで4キロなのかしら?
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ご主人の姿に「ああ、バスクにいるんだな、私」としみじみ思いました。

ここからは、街というか住宅地を歩いていきます。
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舗装された道にホタテが!
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山をやっている友達が言ってましたが、トレッキングシューズでアスファルトを歩くのが一番疲れちゃう。
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時折、遠くに山が見えます。
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けれども、基本的には住宅地のほうが多くなります。
たんなる飾りかもしれませんが、家の番地表示もホタテで囲っているお宅があると、家から「ブエンカミーノ」って呼び掛けてくれているような気が。
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巡礼を自転車でしている人たちの印。
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参道だからか、外壁のタイル模様にも気を遣うのでしょうね。
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いつ、また自然道に戻るのかしら・・・・。あ、橋だ!
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また、どうせどっかの町なんだろうな、と地図も見ずに(というか、私は地図を持っていなかった!)期待せずに一休みのためにカメラを出していたら、ある母娘に「写真、撮ってください」とカメラを渡されました。
「あなたもパンプローナが今日の宿かしら?」と尋ねられたので、私は「そうなんです、もうひと歩きしなくちゃいけませんね!」と答えたら、「ここ、もうパンプローナよ」と。

日本人の皆さんは、かつてこの地を歩いたお友達の作ってくれたというガイド替わりのPDFで確認。あ、ほんとだ、ここがパンプローナへの入り口なんだ。
次に私の頭の中によぎったことは、あ、ここを間違って歩いちゃうと大変なことになる!ってこと。このマークをみたら、まっすぐ歩いていきたくなるかも・・・。ホタテの位置とか、自転車の形を気を付けてみればわかるのだろうけれど、ね。
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幸いにもみんなが歩いていく方向についていった私たち。公園を抜けると、城壁が見えました。
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あの右手の角をぐいっと曲がると、こんな風景が見えますよ!買い物袋を持って歩く人もいたりして。トレドもこんな感じで坂を上がったなあ、と思い出す私。

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門は軍事施設よねえ・・・。
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無事に旧市街に入ることができました。

ああ、今回の目的地に到着しちゃった。もっともっと「ヘトヘト」になるかと思ったのだけど、なんだかあっさりとした到着だった。ピレネーを超えたときよりも、もっとあっさりしていた。
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それまでは、リュックを背負った「同志」しか見かけなかったのに、急に、色とりどりの姿の人たちが。上の写真は地元の人っぽいですよね。

トレッキングシューズじゃなくてサンダルだし!ちょっと前までは通りすがりの人が「ブエンカミーノ」って言ってくれたり答えたり、だったけど、その率がぐっと下がります。普通の観光客の人もたくさんいる町ですもんね。

一緒だった人たちは予約済の宿に。さようなら。お世話になりました。

街の地図はまだ持っていなかったけれども、大丈夫。見上げたらちゃんとアルベルゲの場所が方向指示版に出ているから。
さあ、急ごう。


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# by eastwind-335 | 2017-12-27 11:23 | 旅の思い出17ヤコブの道 | Trackback | Comments(0)

クリスマスおめでとうございます!

クリスマスおめでとうございます。
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せめてこの日だけは、世界のどこにおいても、何もおきませんように。
今年のクリスマスは、お友達からいただいたピンバッチとともに!
ちょっとピンボケしてますが、平和ボケではありません。

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# by eastwind-335 | 2017-12-24 09:52 | あいさつ | Trackback | Comments(0)

スマホは現代のおしゃぶり

昨晩、帰宅途中の道に若いサラリーマンが座り込んでいるのが遠くから見えました。立ち上がってよろよろと横へ向かい、しばらくすると、大型マンション前の誰でも入ってよいスペース(←これって、必ず設けなくちゃいけなんですってね。うちのマンションの場合、建物入り口から出たところすぐにある椅子は平日昼は近所のOLとか会社員が「ぼっちごはん」または「二人ランチ」のために占領!人んちの前でご飯食べる?!)のほうへ向かい、歩道際に座りこむ。

見ると、血が指に。量が増えていく。指を切ったのかと思い、「大丈夫ですか、指を切ったのですか」と声をかけながらポーチからバンドエイドを出そうとしたら、「鼻なんです」と。で、本人もバッグからティッシュを出して鼻を抑えているから大丈夫かな?と思いつつも、指先に触れたハンドタオルを渡しました。手をぬぐってもらえばいいや、と思って。その場を離れたのですが、まだ座っているようだったら家から保冷剤を持ってきてあげるといいのかな、とちょっと気になって振り返った。

すると、膝をついて前かがみになっている。具合悪いのかしら?
ちょっと心配になって戻ると、スマホを道に置き、片手でLINEをやってる!
LINEって話してるのを文字化して送りあうようなものなのでしょう?(←やってないから知らないけど)
私がそばに向かうまでに何往復かやりとりがあったのが画面の動きからわかる。

いつまでも顔を上げないで、止まらない血に「ちっ」とか言ってるので、おばちゃん化したワタクシ、「ちょっと、あなた、そんな恰好でいたら一生鼻血は止まりません!」と声をかけ、再びスタスタと家に戻りました。
そんなに連絡しなくちゃいけないのだったら、電話だったら鼻を上にむけても話せると思うのだけどなあ。

先に帰宅していた家人に「まったく、ばっかじゃないの!鼻血は派手に出るから大したことなかったのかもしれないけど、こんなに寒いし、血だらけの顔なんか見せて歩くのは見るほうも気持ち悪いし、とタオルを渡したんだけど、おせっかいだったかも」と話しながらテーブルにあったauからの手紙を開けると・・・。

私が愛用しているガラケーは4月から海外では使えません、ですってさ!
3G携帯の海外用のサービスを止めるそうです。国内のサービスはまだ使えるそうですけれども。

次の夏も海外に出かけることが決まっているので(ああ、早く、この夏の思い出をまとめなくては!)、いよいよスマホに変えなくちゃいけないのかなあ・・・。
4G LTE携帯っていうのもあるそうですけどね。
基本的にはホテルのFree Wifiで十分な私。出先で検索をしない旅が私のスタイルだし。と考えると、国内ではまだ使えるんだしねー、という気持ちでいっぱい。
でも、老親を日本において海外で過ごすときには、連絡は密に取れたほうがいい。

あー、考えちゃうなあ。

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# by eastwind-335 | 2017-12-22 06:17 | 日常 | Trackback | Comments(0)

東風のささやかな毎日のささやかな記録


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