一夜明けて・・・

ドイツがWM10への出場を決め、私が興奮していたさなか・・・家人が「あした、先生の誕生会なんだろ、誰にメールしてるかしらないけれど(←家人は私がブロガーとはまーったく知りません)、分担の仕事があるんだろ?」と注意に来ました。

そうなのでした。生まれたときは単なる「ボクの誕生日」だったのが、ある日突然「体育の日」になり、そして、いままた「単なるボクの誕生日」に戻った学生時代の恩師の誕生会だったのでした。

同じ専攻でも他の先生たちは「自分の方法に従うように!」という権威がギラギラしていた中、うちの先生は一見するとボンヤーリした雰囲気で、こちらとしては深刻な状況になっても「まあ、いいんじゃないですか、学部生が考えることなんてそういうもんですよ、ははは」でおしまい。そうなると、こちらも「あは、いいんだー」なんて感じになり、最後の口答試験で「キ、きみー、なんだー、これはぁ?」と怒り出す他の先生の前で一緒に「てへっ」みたいな表情をしてくれていた、私たちゼミ生にとっては仏のような存在でした。

多くの卒業生が「自分たちが出会ったときは、まだ先生は若かったのだ!」と、当時を思い出させることになったのも、めでたく77歳をお迎えになったからでした。どの代の誰もが「先生は枯れた人」というイメージを持ち合わせる、そんな恩師、とにかく知恵の宝庫。私は卒業してから、なにかの折に若い後輩たちにひっついて京都に行ったことがあります。その際に先生から教わったのが、昨シーズン前から何度かこちらでも書いた「仏像は仏堂を離れるときには魂が抜かれている」ということ。昨日、役得として最後の最後に二人でゆっくり10分たらずお話をする時間がとれ、思わず私が申し上げたのが、クリンシーの仏像設置事件のこと。

実はこの恩師は別にサッカーがすきでもなんでもないのですが、数年前のギリシャでのCL決勝時に、ツアー旅行でアテネにいたのでした。
彼は、私に「東風さんが行ったという島へは行けなかったんですよー。でも、こことあそこは行って・・・」と共通の思い出を語りたかったらしいのに、私と来たら、「えー?いやー、じゃあ、先生、CL見ました??街がすごいことになっていませんでした?」と返事をしていた・・・という(笑)。まあ、あれで先生も、各クラブチームはそれぞれ、チームを顕す色があるのだということをお知りになったはずなので、こちらも1ネタ提供した気分でいます(こらこら)。
なもので、私が、「昨夏ドイツのミュンヘンのサッカークラブで・・・・」と切り出しても、もう驚きません。さらには「仏像だけじゃないんですよ、五重塔が阪神の大震災で少しナナメになったのを直すときも、仏舎利の象徴だから、一度魂を抜いて、それからクレーンでまっすぐにして、また魂をいれたんですよ・・・」と、新ネタも披露していただきました。

静かで、でも好奇心旺盛で、私達一人ひとりを自分の4番目の子供のように気にかけてくださる先生。戦争がなければ、私たちは先生に、先生としてお会いできなかったのです。この夏、私は先生がいまの先生になる転機となった65年前の夏の一日につながるものを見てきた、と話したら、「相変わらずですね、東風さんの突然の行動は・・・」とにっこり。
私たちを前に、「いつか、行きたいと思っても行けなくなるのですね」と、この年にしていまだにカルチャーセンターで講座を持つほどの(しかも立って講義なさるのだとか)先生が、時間は有限であることをしんみりとご挨拶の中でお話くださりました。地に足がついていない、と他ゼミの先生から注意されるほど、フラフラしていた私達、いまだにその癖は抜けず・・・(笑)。行けるうちにあちこち行って、そこで見聞したことを先生にお話する日が一日も長くありますように・・・と願った秋の夕べでした。
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by eastwind-335 | 2009-10-12 08:22 | 日常 | Trackback | Comments(0)

東風のささやかな毎日のささやかな記録


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