とうざい!とーざい!(東西)

2ヶ月連続で国立劇場に観劇に。
先月の歌舞伎同様にチャリティーとしてチケットを購入して、文楽デビューと相成りました。関東では数日前の夕刊に評がでたので、私はそれを読んでからの観劇。当日は、父が土日だけとっている経済新聞に掲載されていた文楽に関する記事の切り抜きを母が持ってきました。その冒頭に「中高年になって、日本の古典芸能を楽しみたいという人に文楽はいかがだろう。」と書いてあり、学生時代心理学の授業で聞いた実験での年齢区分ではバッチリ中高年(心情的には否定したいところですが)となると自覚している私は一人苦笑い。

諸事情で、ギリギリに小劇場入りとなったので写真は撮れませんでした。実は小劇場のロビーに狂言文楽の人形とかが展示してあるかもと期待していたのですが、ありませんでした。

劇場内には、太夫と三味線の方が座る床というのがあります。歌舞伎とは違う設えにすでにドキドキです。席は後ろの方でしたので、どのくらい人形が見えるのかという思いはありましたが、実際にはかなり良く見えたと思います。前々日にコンタクトの度も上げたばかりで、その甲斐はあったと思います。ただ、最後の演目「壺坂観音霊験記」はラストシーンで人形の顔が変わるのですが、その時はここは遠目かな、という印象も。こうやって良い席がどこかを知っていくのですね。

さて今回の観劇は第二部(午後)。以下の3演目でした。
「二人禿(ににんかむろ)」 禿とは廓に働く遊女になるまえの下働きの少女のこと。二人の禿が下働きで忙しい中で、お正月ということで羽子板や毬で遊ぶ様子を描いたもの。

「ひばり山姫捨松」 当麻(たいま)寺の中将姫の物語。今回は「中将姫雪責の段」の上演でした。イヤホンガイドに、継母が中将を自分の保身のためにこれでもかこれでもかと折檻するシーンがあり、現代だと虐待といわれるほどの描き方であること、しかし、芝居の世界なので了解してほしい、といった内容の説明が入っていました。難しい世の中です。お約束ごと、という言葉では済まされない時代なのでしょう。今年80歳になる人間国宝の吉田文雀が中将の主遣い(人形の右と首の部分を担当する人形遣い)でした。東京では17年ぶりの公演なのだそうです。

「壺坂観音霊験記」 眼病に効くという観音菩薩がある奈良の壺坂寺の霊験記をもとにした作品。明治時代に作られたそうです。今回は「土佐町松原の段」「沢市内の段」「山の段」でした。盲目の沢市(さわいち)とその妻お里の愛情と、観音信仰が描かれたもの。お里は吉田蓑助(こちらも人間国宝)が主遣いに、そして、切場(見せ場)である「沢市内の段」は豊竹住大夫(こちらも人間国宝)が太夫をつとめました。

題目が変わるときは必ず「口上」として頭巾をかぶった男子が登場。「東西、とぉざーい」という言い出しで、次の芝居の紹介をします。緊張しているのがわかります。そしてどうしても頭巾があるために声がこもってしまい、実を言うと最後まで口上を聞き取れないのです。

切場等、文楽独特の言葉については、各自、ググって調べてくださいね。






私は幼稚園のころ、当時の女子の定番おもちゃであるリカちゃん人形を持っていましたが、すぐに飽きてしまって、1年するかしないかで従姉弟宅へ養女(!)に出したことがあります。
自意識過剰な幼稚園児でしたので、人形の声も出して、人形も動かして、一人二役のようなことをするのがこっぱずかしかったのでした。
でも、人形劇を見るのは大好きで、「里見八犬伝」のような辻村ジュサブローさんの人形による公共放送の人形劇はよく見ていました。
サンダーバードも大好きだし、最近じゃクレイアートアニメというべきでしょうけれど、D11Bでしょう・・・。バンコクに行った時は、タイの伝説を文楽のように人形劇で演じる劇場があり、それを見に行きました。本当はコペンハーゲン滞在中も、チボリ公園で上映中という女王が製作にかかわった人形劇も観たかったのですが・・・。

文楽のすごいところは、人形は人形遣いの動作だけではないということ。三味線は単なる舞台の雰囲気を出すBGMではなく、人形の心情をちょっとした弾きかたで示すそうです。謡を担当する大夫もこれまた名演技なのです。表情豊かに歌い上げるのに思わず見とれてしまって、人形の動きをつい見忘れることも・・・。
国立劇場の場合、両端に字幕(日本語)が出るので、ついついそれも見ちゃって・・・と、正直疲れなかったわけではないのですが、人形遣いの人たちが人形と同じポーズでいるのを見たりすると、人形と遣いの関係が伺えるようで・・・。
1台の人形に対して三人が力を合わせて演じているわけですが、人形遣いは右だけではなく、左の担当者も重要(あ、左も重要といえば、岡ちゃんジャパン引き分けでしたねー。我が家では10回以上ワタクシが「左があいてる、左から切り込めっ!」とテレビを前に吼えてしまいました)で、そのチームワークに感心しながら劇場を後にしました。

一体の人形を三人で(一人で動かす人形もありますが、それは、「その他大勢」の意味)操りながら顔の向き動きの速度等を使って、まるで人間が演じているような印象を与え、そこへ一人の太夫と一人の三味線で音声による心情を聴く。全身で楽しむお芝居だと思いました。まだまだ人形、太夫、三味線の3者の間のみならず柱の字幕へまで視線がウロウロしてしまうドシロウトですが、生身の人間のお芝居(歌舞伎)もいいのですが、文楽のほうがもっと身近になるかもしれない!とその魅力にすっかり虜となってしまいました。
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Commented by オカジ at 2008-02-18 03:03 x
こんにちは。文楽デビュー戦はどうやら勝利だったようですね、おめでとうございます!
人形の動きをつい見忘れる・・・ということですが、文楽は太夫の語りがなければ始まりませんし、極端な話、人形がなくても作品として成立するという意味で、主役は太夫なのかなと思います。一方で、舞台の上でまったく無表情に気配を消しきって人形を操る人形遣いの姿にも、人形の表情の豊かさにも感動させられますし、文楽は一瞬一瞬に多くのひとの手が入っていて、とても密度の濃いものだと思います。
・・・なんていいながら文楽はあまり見てない(聞いてない)のですが、わたしは歌舞伎でも義太夫ものに好きな作品が多いのです。もともとが語りを聞かせるものなだけにストーリーがしっかりしていて、ストレートに心に響く(ベタに泣ける)作品が多い気がしています。
Commented by eastwind-335 at 2008-02-24 07:22
オカジさん、こんにちは。
お返事遅くなりました。
私が見に行った時の前後に多くの新聞で評が出ていました。特に私が「おおーっ」と思った太夫さんは最近ちょっと調子を落としていたのか(?)「復活」の舞台だったようです。
国立劇場までがちょっと交通の便が悪いのが難なのですが、次は何を見ようかなと、いまからワクワクしちゃいます。
by eastwind-335 | 2008-02-17 22:01 | 日常 | Trackback | Comments(2)

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