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レントな旅(12)私と家人とつなぐもの

*3月のイギリス旅行記の続きです*
昨日だったか、ドーヴァー海峡でタンカーがフェリーに衝突したとのニュースが一瞬流れましたが、その後どうだったのでしょうか。
子どものころから、ドーヴァー海峡という名前はよく耳にしました。具体的には、この海峡を泳いで渡る人のニュースです。私が子供時代だったか、ティーンエイジャーだったか、記憶はあやふやですが、女性が単独で泳ぎ渡ったというニュースを目にし、父に「遠泳」という競技というか体験を戦後の子供たちの多くは夏に行ったという話を聞きました。

枕が長くなりましたが、ドーヴァー城はドーヴァー海峡の崖の上に建てられた城です。
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19世紀になるまでドーヴァーはイギリスとフランスは軍事的対立の象徴ともいうべき場所でもあったわけです。ドーヴァー城が要塞として用いられたのは、第二次世界大戦の時。ダンケルクの戦いの際に、フランスから撤退するイギリス兵を収容するための作戦基地となりました。ダンケルクからの撤退作戦を指揮したのがこのラムジー提督。
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私はダンケルクの戦いを、ポール・ギャリコの短編『スノーグース』で知りました。大学の頃、なんともいえないやるせない気持ちになることが多かった年頃、ギャリコの作品を本屋で知りました。『スノーグース』と『雪のひとひら』は矢川澄子さんの日本語の美しさもあって、とてもお気に入りになって、何度も立ち読みしたものです(ドイツ語学校の学費を捻出するのにせいいっぱいで、ハードカバーの本を買う余裕がなかった)。数年後、就職し、本代に悩むことがなくなった時には、この本を出していた出版社が倒産し、店頭からいつの間にか消えていました。新潮社によって文庫本化されたときには、わが目を疑ったほどです。
家人との結婚前の数少ない共通点は『スノーグース』。家人はこれにインスパイアされた音楽を気に入って原作(しかもハードカバーを!)を買っていた。良い人なのかもしれない、と思ったのはこの時。その後なにかあっても家人のことを「良い人なのだ」と思い直すときには『スノーグース』を思い出す。

そんな思いをもってこの将軍の像を眺めていました。
が、家人は、楽曲が好きなのであって、原作には思い入れはない、と像の前で言い切りました。いいの、いいの。「良い人なのだ」。

ここから見られる風景は、まさにイギリスの海の玄関口であるドーヴァー港。
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ここは無料地域なので、結構散歩の人も多いようです。犬連れの人もちらほらと。
この女性が見つめている先もドーヴァー海峡です。
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要塞だけあって、丘の中腹に軍事施設もあったそうです。当時のままで保存されている部分が多いのにはびっくり。
説明係の人に従って中へ入るため、人数が揃うまでまたなければなりません。ここは、ダイナモ作戦と名付けられたダンケルクからの撤退作戦の作戦ルームへの入り口。

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この親子はお家から持ってきたサンドイッチを食べて待っていました。寒い一日だったのが、子供の恰好(カワイイ)で分かりますよね!でも手袋はいらなかった。
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こちらは病院。手術もこの中でしたそうです。
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dressing stationってどういう意味かわからないままで中へ入場。後ほど「応急手当所」という日本語訳があることを知りました。仮包帯所と書くこともあるみたい。ダンケルクから帰国した負傷兵の手当てをした場所です。RAMCは国際赤十字という意味です。

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どちらも、最新の技術を使って、当時の場所でそれを感覚的に追体験できる仕組みになっています。見学のしがいがありました。洞窟は匂いがこもるところです。当時のにおいまでは体験できませんでしたが、かび臭いし、余計な明かりをつけていないので1945年以前を21世紀の人々も体験できる。日本では「怖いものを展示すると見学者が減る」という理由で広島の原爆記念館もリニューアルしたそうです。私は小学生の頃に弟や従妹と見学に行きました。甘えん坊の従妹がギャン泣きして途中から出たいというので戻ったのですが、私はひとりで再入館(あとから弟が追ってきた・笑)。館内展示の疑問を口にする私をみて従妹の父親(つまり叔母のつれあい)は「あんたは、こどもらしくないなあ。かわいげないなあ」と呆れていましたっけ。

なお、両者ともに見学の際、施設内の写真撮影は禁止となっています。ナショナルトラストではあるけれど、有事にはふたたびここは要塞の一つになるのでしょう。また、入国に厳しいイギリスにおいて、沿岸の施設情報というのは機密事項の一つなのかも、と思います。

それぞれ、見学が終わると、「ご褒美のように」小さいながらもなかなか面白いものを扱っている売店に到達します。「ダイナモ作戦指令室」めぐりのあとに出てきた売店はこんな感じでシャレたものが置いてました。
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商品はいくつかの種類に大別できるのですが、私と家人の関心を引いたのがこれ。
Dad's Army。

白黒のカバー写真を見るに、60年代ごろの映画だかテレビドラマだか、舞台だか、なのだろうとあたりをつけました。
Home Guardとあるので、銃後のおじさんたちによる町内会モノ(今でいえば「火の用心」と言って歩くような)?。お涙頂戴、じゃなくて、きっとモンティー・パイソンみたいにニヤっと笑いたくなるような内容なんだろうなーと想像。
DVDも出ているので1枚買ってみることにしました(我が家には全世界対応のブルーレイデッキがあるのです)。

ここはダイナモ作戦にかかわった人たちが陸上から海辺を見た場所らしいです。
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時代なのかもしれませんが、女性に焦点をあてた展示もありました。
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「刑事フォイル」がそうでしたけれど、第二次大戦中、イギリスでは女性が代行として軍部で勤務する例が多かったようですね。

さらに奥へ進むと、いわゆる「お城」の展示に。
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ここがドーヴァーで一番古い教会(礼拝堂)。いまもここで礼拝が守られているようです。
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中はこんな感じです。
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椅子にはクッションが置かれています。ボストンでもみたけれど、刺繍がすばらしい。座るのがもったいない感じ。
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続いては居住区へ。手前の門の上にはナショナルトラストの旗がたなびき、奥の建物の上にはユニオンジャックが。なんでもない自転車を引いて歩くカップルがとても素敵でした。
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居住区も素敵でした。
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台所。
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子どもたちが楽しそうに当時の鍋の中身をかき混ぜていました。
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このシーンを目にしたときも、そして写真を撮ってからも、なぜか私の頭のなかではリュートの音が流れてしまいます・・・。

こんなところから見える風景って、こんな感じ。

高いところから失礼しまーす。
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次は、ドーヴァーの白い崖のある地域へ。そこまではタクシーを用います。

by eastwind-335 | 2017-07-07 21:51 | 旅の思い出17受難節のイギリス | Trackback | Comments(0)

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