先約があって欠席(笑)

ボブ・ディランのノーベル賞授賞式の欠席理由が「先約があって」と世界に配信されました。
いや、彼がそうそう「行く!行く!」ってなるとは思っていなかったので、驚きはないのですが、「先約があって」っていいよねえ。行きたくないってことだものねえ。

月末に年に一度の集まりがあるのですが、それに欠席する人たちのメールが出席者にも同報されてくる。読むと40代終わりになろうとしている女性たちの日常がうかがえ、、応援のメールを送ったり、自分の今を考えなおしたり。
誰一人として「先約があって」という書き方はしない。そのあたりが、ある時間を共に過ごした(それも隠し事なく)者たちにだけ許されることなのかもしれないなあ、と思いました。

私も先日、本当に時間をやりくりしたら行けなくもない会合の出欠を考えた挙句「先約がありまして」と断ったばかり。こういう表現は便利。これ以上の突っ込みはお互いナシになるから。しかし、反面で後ろめたい気もする。

大人になると、「推して知るべし」な表現が増える。子供の時のように「だって○○だから」と言えないというか、言わないというか。そこまで理由を知っておく必要はない、ということでもあるし、語る必要もない、ということでもあるし。時々思うのは、○○だから、というにはそこを理解してくれる相手が必要だってこと。
相手よりも先約を優先したいと思う気持ちを正直に伝えられる関係にない場合には「先約があって」で終えられるのは本当に便利だけれど、せっかく誘ってくださった方に内容を説明するのも申し訳ないという程度の先約っていうのもあるわけで。

どうやって先約の内容を説明しようかと考える関係があるって本当は素晴らしい(すごい)ことではないか、と思うこの頃です。




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by eastwind-335 | 2016-11-17 03:05 | 日常 | Trackback | Comments(0)

東風のささやかな毎日のささやかな記録


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