出先で

今年は、久しぶりの方に再会できる一年なのかしら?と思う出来事が続いています。

年の初めには、ほんの数か月でしたが、お習字のお稽古の時間が一緒だった方と銀座の三越の地下の入り口でばったり。
私はボーッと歩いていたのですが、相手が気づいてくださって。

この春には学生時代にドイツ語学校で一緒だったみんなと飲む機会があり、それだけでも「お久しぶり」だったのですが、話の流れから、そのうちの一人のお姉さまが私の職場にパートにいらしていることが判明!ラインが違うのでお目にかかる機会はほとんどないのですが(実際、お姉さまにお会いできたのは2か月後)、名前は存じてましたので、うわーうわーうわー、と。

そして1か月半前、ある集まりで、そのドイツ語学校や寮の世話をしてくれていたミュンヘン大学の大学生と再会。これは27年ぶりのことですよ。
最初は日本語で話していたのですが、だんだんとドイツ語にシフトしていき(といっても私は相変わらずなんちゃってドイツゴでしたが)、私のドイツ語学習歴を説明することになったのでした。小さな田舎町だったので知らないと思いますが・・・と地名を言うと「知ってるよー、私も仕事をしてました」と。
え?いつ?いつ?から始まり、私がそのころの名物日本人コーディネーターの名字をいったら、彼は名前を答え!

昨日は知り合いがある大学の集まりで話をする、というので、応援方々参加したところ・・・。
斜め前に座っている二人の年配の女性たちの後ろ姿と声に覚えが・・・。
講演会中にふっと横顔がうかがえ、結構思うことを二人で「小声で」(つまり数列後ろの私には聞こえる程度の)話しているのが聞こえ、「うわー、やっぱり××先輩たち!」と大学のサークルの大先輩であることを確認!お目にかかるのは10年ぶりぐらいじゃないかしら?
講演会が終わり、「××さーん」と声をかけると「おや、見覚えのあるお若い人ね」とふたりがこそこそ。
で、自己紹介をしたら「あーら、あなた!どうして、またここへ?」と。
私は80年代の女子大生よろしく他大学と合同のテニスサークルにもいたのですが、大学の公認文化系サークルにもいたのでした。そのサークルの顧問は私が入学した時にはすでに退職されていましたが30年以上、ご自身の戦前のドイツ体験を話してくださったりする、そういうサークルだったのでした。卒業生は月に一度同窓会館や先生のお宅で読書会を続けていました。私は就職するまでに人より若干時間がかかっているので、顧問から「時間があるならいらっしゃい」と就職が決まるまで伺うことになり、母世代より上の先輩方とも知り合うことになったのです。久しぶりに20代が来た!ということで、先輩からは「お若い人」というニックネームまでついたほど(笑)。
(そのおかげで、読書会メンバーの方がお声掛けくださる会にもでかけ、そこでのご縁がうちの家人が長期出張するときに役立った、というオマケ付き)
「あら、あなた、講演者と知り合いなの?じゃあ、ちょっと、お伝えしといて、マイクの使い方をもう少しお勉強しておきなさいって。知りたいところがはっきり聞こえなくてね」と最後には大先輩らしい〆で。
やっぱり1950年代に大学に入学する女性たちは只者ではありません、と思いました。
しかし、私たちの出身校でもないところでご一緒するなんて~と3人でびっくり。そして私たちを結び付けてくださった顧問の先生をお互いに偲んでお別れしました。

次は誰とどこで偶然に再会できるのかしら?
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by eastwind-335 | 2016-07-17 07:17 | 日常 | Trackback | Comments(0)

東風のささやかな毎日のささやかな記録


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