あたらしいこと

毎月2度の書道教室。
これまでは所属団体が指示してくる通りの課題をこなすだけでしたが、今月から、新しい課題にチャレンジすることになりました。

それが「創作」
歌は決められているのですが、字の指定がない。

お教室のほとんどの方がすでに取り組んでいる課題。私も大きな試験を一つ終えたので、今度はそれにチャレンジすることにしました。先生からは半年近く前に「始めるんですよ!」と言われていたのですが、引っ越しやら仕事がたてこんでいたり、なんやらかんやら。その間にも書初め大会への出品など、それなりに忙しくて(言い訳)、この3月から始めることに。

さて、字の指定がない、ということは、自分で考えなくてはなりません。

先日「次からは創作にも取り組みます!」という決意表明のお手紙を先生に出したところ、励ましのお返事の中に「好きな歌から始めるとよいでしょう」とありました。好きな歌って・・・。
特に好きな和歌があるわけでもなし(汗)。これまでも所属団体展に作品を出すとき、何回も岩波文庫の『古今和歌集』とか『勅撰和歌集』をめくって、団体展の季節に合わせた歌か、旅を歌ったもの、または幸せな恋の歌(ワタクシは個人的には悲恋だとか恨み節っていうのは苦手なもので・・・・)を探しては、先生にお手本を作っていただいていたのでした。

そういう時はいいなと思う歌が載っているページのコピーを渡します。たいてい、和歌集はテーマごとに構成されていますので、1枚のコピーに2,3首気に入る歌が入ることが多いです。そんな歌に丸をつけて先生にお渡しします。すると、先生が私の一番お気に入りの歌ではなく、2番手3番手、場合によっては選んでない歌の時のほうがいいんじゃないでしょうか?と言ってお手本を作ってくださることが多い。

歌としてよいものと、字にするときに効果的な歌がある、と先生が説明してくださったことがありました。
効果的な歌、とは、パッと見たときに印象に残る字が歌の中に入っているもの。
ところが、私がその「印象に残る」と言われる字、「し」とか「く」とか「ん」こそが苦手でして(とほ)。
これらは、画数の少ない単純な形ゆえに、緩急を必要とする筆の流れで書かねばならないのに、ぶきっちょな私にはむつかしく、堅い字になってしまうのです。
そんなわけで、歌を選ぶまでの歌心も字のセンスもないワタクシ、所属団体が指定してきた歌で「とりあえず」やってみようと思いました。ま、今回は「自分で考える」ってことが大切で、作品として仕上げるには時間がないから、雑誌への提出は4月の締め切り分からにしよう、と思い、「気楽に、気楽に」と字を考えます。

結局、字を決めたのはお稽古の日の朝。これまでは臨書だったので、古筆と呼ばれる元のお手本に忠実に書くのが大切でしたが、今度は、バランスなども自分で考えなければなりません。でもまったく新しく作り直すのではなく、これまでやってきたことを思い出す、というきっかけになりました。
例えば、かなの場合は字をつなげる必要があるので、連面線が不自然にならない字を選ぶ必要があります。また、一つの歌のなかに何度か同じ字が出てくる場合には、そのうちのいくつかは別の変体仮名を用いなくてはならず、また似た形の字が並ばないようにする、など、配置も大切になります。

2パターン作って先生の指導を受けました。最初に考えた方で十分よい、とのことでした。2枚目の方は「考えすぎた」と自分でも思っていたのですが、先生にもそれが伝わっていたのかもしれません。
二つほど字を直していただきましたが、気になっていたところの字の選択はOKサインが出たのでほっとしています。それどころか、もうそれを清書しなさい、ということで、今月から所属雑誌へ投稿することに。

「し」「く」「ん」などを美しく書く方も今月から創作を始めることになり!同じ歌なのに使う字が異なるから当然印象が違うはずですが、効果的な字やその字の流れが歌を活かすのがよくわかります。あまりの彼女の作品の美しさに「美しすぎる~」と憧れの目で見てしまいました。もうこうなってくると、技術だけでなく「センス」の域。

ふう。
私の字は面白みがないのです。遊び心もなければセンスもなしという・・・。そんな私でも先生から一つだけ褒めていただくことがあります。墨継ぎの場所。初心者は黒々と書きたいと願うものですが、「かな」は濃淡がとても大切で、墨を筆に含ませ直すのは、歌の最後の5文字ぐらい。そうなるように最初の時点で含ませ方を調整する必要があります。それだけは私は最初から合格点をいただきました。
というのも、同じ時間帯にいらしてる方に先生が指導されているのを「耳学問」していたからでもあるのですが・・・。私は「あ、これか~」って感じで、耳学問を実践できた!って思いました。
ま、つまり、怖いもの知らずというか、大胆なわけです。性格丸出しですね。そういえば、昔、職場にレポートを出したとき(まだ手書きの時代だった)、私のをちらっと見た役職者が「この人、ずいぶんと大胆だろうねえ」と言ったんだそうです。いえ、別に非常識な大きさの字だったわけでも、例えば右上がりの字を書いていたわけでも、ましてや「丸文字」でもないのですけれど、かしこまったわけでもなかったからでしょうかねえ・・・。

さて、古筆にはいろいろあります。同じ歌でも人によって書き方(筆の使い方)は違う。書道雑誌の臨書課題は3か月置きぐらいに手本になる古筆が変わるのですが苦手な字がある。「どーして、こういう字で残したのよ!」と恨み言を言いたくなるような筆法の名筆もいます。私が好きな字は西行のような明るい字。いや、西行が「明るい人」だったかは、えーっと、な気もしますけど、字は明るく温かい感じがします。

今年の私の目標は「職場での自筆メモの字は明るく書く」です。
苦手な人への手書きメモ、ホントーに気持ちがこもってない字(オイコラ)になりがち。いかんいかん、と思って、いつも誰に対しても同じ字で、と思ってます。
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Commented by ぷるぷる at 2016-03-14 11:19 x
こんにちわ。何をかくそう高校時代は書道部の副部長でした、私。いえ、決してうまかったわけでなく、新設校の弱小超少人数の部活で人手がなく、じゃんけんで負けたとかそんな感じで…(汗) 学生時代でやめてしまったのですけれど。
歌の歌詞やら草書の巻物とか仕上げてました、今も手元に残しています。墨付けの場所、子供の時に習っていた書道教室の先生にとても厳しく言われていました。字の流れを止めてはいけないと。だからテレビとかで芸能人が書を披露しているときに何度も墨をつけ、穂先をそろえているのが気になります。
穂先をいちいち何度もそろえなくてもいいように筆を運べと。
そして字は確かに性格出ますよね、娘の字を見てると思います。今の子らしからぬ丸文字でもなく、小さいかわいらしくもなくしっかりとした大きながっちりとした字。実はそんな娘の字、私はとても好きです。
Commented by eastwind-335 at 2016-03-17 13:56
ぷるぷるさん、こんにちは!
書道仲間がいて嬉しいです!
そして学生時代にすでに巻物も仕上げられたのですね!私もいつかそれに取り組みたいと思いますが、まだまだ団体の競書に出すのが精いっぱいです。
いつだったか、埼玉の高校の書道部の様子がテレビで紹介されていたのですが、最近はやりのパフォーマンス系ではない書道部の様子にホッとしたものです。
ただ、パフォーマンス系の人たちの筆の動かし方も参考になりますが・・・。
私も、団体の書道教習会で、条幅の作品を習ったとき、字がまだかすれなくてよいところでかすれ「筆に墨を含ませ足りなかったようで」と言い訳を口にしたところ、ある先生から「自分がそういう風にしたのです」と注意を受けたことがあります。筆のいろんな面を引き出すのは自分次第ということが頭ではなく身体でわかるまで時間がかかりました。
私も職場の他部署の新人ちゃんと接するときには、メモを見るようにしています。が、昨今、メールで連絡が来ることが多くて見極めがむつかしく(涙)。あ、メモをどんな字であれ手書きで書いてくる人は、鍛え甲斐があるな、というのが私たちの職場で間で一致した意見です!
by eastwind-335 | 2016-03-13 19:11 | 日常 | Trackback | Comments(2)

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