もし今ミュンヘンにいたら?

中国出張からの帰国翌日から出勤だったワタクシ。職場で「よくぞご無事で!」とあちこちから声をかけられ、困惑気味。たしかに帰国日は件の軍事パレード当日でしたが、私は前日に空港近くのホテルに移ったし(しかも、諸事情があって昼前には市内を離れたし)、ストレスなく空港の出国手続きも終わり、飛行機は小一時間遅れただけで無事に帰国したんですよねえ~。

テレビで見たパレードについてはまた、後日、ゆっくりと考えを書くつもりですが、えーっとえーっと。
日本は私が留守中にどんな報道を北京からしていたのでしょうか?って突っ込みたくなるほどです。
移動が何度かある日程だったので、ホテルを移るたびに日本の両親に連絡をいれていましたが、その都度両親から「中国はいま日本に対して気が立っているんだから、ホテルでじっとしておきなさいよ」と言われていた私。でも、中国に留学をしたり駐在をした経験のある先輩たちから出発前に「デモはある通りでしか起きない。その3本先は日常なんだよ」と伺っていたので、両親の言葉は心に留めつつもフラフラしていました。

同じころ、ヨーロッパではシリア難民受け入れで大変なことに。
ハンガリーからオーストリアを経由してドイツへ、というのは、25年前の夏「ピクニック作戦」を思い出すわけです。しかし、今度はもっと大変。
だって、宗教も生活習慣もことなる社会の人たちが大挙してくるんだから。
それも「難民」として。
ハンガリーからミュンヘンへの国際電車がストップした、とipod経由でZDFのライブストリームで見たとき(地方都市はもちろん、北京で3泊したいちおう4つ星になってるホテルでさえ、20チャンネル近くあっても海外のテレビ局の選択肢がなかったり、北京市内はあってもキレイには映らなかった!)、「うわあ、この時期って日本の大学生はヨーロッパを遊びまわってる時じゃ?」と思ったワタクシです。
私だって、今回の出張がなかったら、8月末から9月にかけてドイツに行きたかったもん!
で、きっとミュンヘンに行ったら、フランクフルトまでは列車で行くよね。
もちろん、DBは国際電車よりも国内電車のほうが多いので混乱は少ないだろうけど・・・・
それより、ハンガリーから列車でいわゆる「西欧」に入ろうとおもってる若い旅行者たちはどうだったのかしら?等々、「ヨーロッパ列車旅行」といえば「世界の車窓から」のBGMしか考え付かないような私は、ブタペストの駅構内の様子に驚きを隠せません。私が中国へ向かう直前は「ギリシャの島にたくさんの難民が・・・」だったのが、いつの間にかブタペストまで北上したのか!と。

ドイツにこそ彼らの求める安全がある、ということらしいのだけど。私が中国へ出張準備をしながら見ていた8月頭のZDFのHeuteでは、メルちゃんが泣いているシリアからの難民女学生に「誰もがいつまでもここにいられるわけではないのよ」と声をかけるというシーンをみたんだけど。何にしても、上限というものがあるはずで、いくらドイツでも無条件に難民を受け入れることは無理だと思う。ドイツを通過してフランス、イギリスへ、となるだろうか?

1989年11月の壁崩壊の時、東京のゲーテの先生の一人は言いました。「私たちは、非常に大きな喜びと共に、これから何十年とかけて国を一つにする労苦もある」と。東ドイツの生活水準を西ドイツに合わせるのにどれだけのお金と時間がかかるか、と。そこに、もう一つ大きな動きを加えることになったのだから。
私はかつてボンの歴史博物館で見たポスターを思い出す。「あなたの隣の人は、ドイツ人だけじゃありません」というコピーと共に、ポスターには他民族社会になりつつあるドイツの様子が描かれていた。ここに描かれる「ドイツ人」は東西ドイツ人、つまり統一後のドイツ人。

シリアからの難民受け入れがドイツ政府の最優先マターになったいま、現実には色々あるだろうけれど、この国がどうやって新しい集団と折り合いをつけていくのか、注目される。マスターピースになる可能性があるから。そしてどうやって持続していくのか。持続可能、という言葉は、私が学生の頃にはなかった言葉で、しかし21世紀、少しでも国際的だと評されることにコミットしたらここから逃れることができないコトバになった。この「持続可能」がいま新しい側面で試されることになったんだ、と思う。

家人がテレビを見ながら「ドイツはトルコ人をはじめとするイスラム系移民の融和に必ずしも成功していない」とする報告書を出したはずなんだけど、とつぶやいた。そういう国を安全とするのだから、今のシリアの状況を考えると、ヨーロッパを目指す難民たちに対して胸が痛む。と同時に思う。どうして、周辺のイスラム教国家は彼らを受け入れられないのか。イスラム教の教義解釈の違いからなのか?この宗教には汎用というものがないのか。

日本のメディアは列車が到着した様子だけを流している。私が知りたいのは、たくさんのホームのある中央駅のどのあたりに列車が止まったのか、どのあたりは「日常」を保っているのか。市民生活はどうなっているのだろう?とか。
数か月前に宿泊した時、本当にミュンヘン駅前で、なんどもあのあたりを(緊張しながら)ウロウロした身からすると、本当はどんな様子なんだろう?と思う。

北京の3日間の日々で感じたことを思うと、メディアは本当にほんの一部のことしか取り上げないと思う。それがメディアなんだろうけれど。
だからこそ、難民が到着する前後数日ミュンヘンの中央駅全体を誰かが報じてくれる日があるのだろうか、と思うのです。ハンガリーのテレビ局やZDFがドキュメンタリーを作ってくれることを期待しています。

バイヤンは早々とミュンヘンに到着した難民たちへの支援を表明したり、ハピマルが個人資格で援助を始めたり(「子供たちへの援助といえばラムたん」だったわけですが、彼や彼の財団はどうするのかな?とそこにも関心があるのだけれど)。他のブンデスのチームもチャリティーゲームの企画をしたりと、早々と社会活動をブンデス全体が行っている。

そういうことは、日本語のサッカー情報サイトでも紹介されたわけだけど。
けれど、けれど。
美談だけではいかない、そういう気がする。ギリシャの金融危機ですら回避できていないEUが、独仏がどう対応していくのか、と思う。

日本もどうするのかな。難民キャンプへの支援といっても、そこから人がいなくなってしまうようだったら?

どうなるんだろう、世界は。
[PR]
トラックバックURL : http://ew335.exblog.jp/tb/21621620
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
by eastwind-335 | 2015-09-07 11:04 | バイヤン | Trackback | Comments(0)

東風のささやかな毎日のささやかな記録


by eastwind-335
プロフィールを見る