自粛ということば

お花見をするのも結構
経済が回らないという理由なんかつけないで正々堂々とお花見したらよい。
お花見を自粛するのも結構
自らの気持ちを大切に自粛したらいい。
花をめでてはいけないというわけでなし。

今年は、それぞれがそっと桜を愛でるという時なのかもしれない。
逆に、こういう時こそ何人も集まってわいわいするほうがいいのかもしれない。
どちらだって、桜はうれしいはず。

でも、テレビで東北の人が桜の木の下で酒盛りをしている東京の人たちを見た時どう思うのかな、と考える人がいるのは当然。
「まだ」地震が起きて3週間しか経っていない。
しかし、200キロ圏では「もう」になりつつあるのかな。

自粛をお願いされても、「自ずから粛む」かどうかはその人の判断。強要、禁止じゃないんだからその言葉に目くじらを立てるのはどうかな、と思う。
そして、慎み方は人それぞれ。たった一つの基準じゃないはず。
だから「控え目に」の基準は違う。そのさまざまな基準が自分と異なるとわかったらどうすべきか。そこがこれからの日々に問われることなのかもしれない。

30日の夕刻、我が家近くのデパート系チェーンスーパー。打ち上げ準備なのか、店内を小走りに動きビールやジュース、お惣菜、調理パンなどを前にあった、あった、と大声で仲間に声をかけながらものすごいスピードでかごに入れていく若い会社員たちの姿は、テレビで見る買占めの様子さながら。
薄着・つっかけ姿なので、このスーパーの上にある会社の人たちなのでしょう。「いつもは××(近くにあるレストラン)でやっていたから、準備、大変だよねー」という声も聞こえてきました。その××は計画停電区外の最近の傾向でもある時間短縮営業中。夜はお店を開けてもらうことができないのでしょう。
彼らは彼らなりに謹んで打ち上げをしているのだろうと思います。
彼らの背中の後ろに、商品に手を伸ばせず遠巻きに棚を見ている人がいることには気づくことなく。

この頃、スーパーで見ていると、全体に棚に手を伸ばしたりかごに物をいれるスピードが上がっている気がします。私もそうなのだろうと思う。気を付けなくちゃ。あせることはないんだから。

私は毎年と同じ。通勤途中の住宅地に植えてある木の花のつぼみが重たくなっていくのを毎朝見るのが花見。一瞬足を止めて、昨日とちがう、先週と違う風景をそこに見る。それで十分。
昨日より今日の方が、先週よりも今週のほうがちょっとでもよいことに気づけますように。

追記:漢和辞典で粛を引きました。訓読みはないのですね。シュクという音だけ。でも意味は「つつしむ」を筆頭にいろいろあります。
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Commented by 筍母 at 2011-04-04 00:13 x
どんちゃん騒ぎのお花見にはそもそも縁がない私、毎春文字通り花を見るために、桜並木の下を一眼持ってお散歩するのが楽しみです。
今年は梅を撮り逃したから、霞ヶ浦を望むチューリップの公園まで足を伸ばそうかな。
今年の花は今年だけ。目の前のことを大事にしていきたいと今すごく思ってます。
Commented by eastwind-335 at 2011-04-04 06:39
筍母さんこんにちは。
私もドンチャン騒いだり、食べ物を持って、の花見はしないのですが、それが楽しみという人には公園からの自粛勧告にはいろいろな考えがあるようです。職場でもいろんな意見があります。
木蓮、レンギョウ、桜、水仙、チューリップ、タンポポ・・・庭先の花の美しさに、毎年、毎朝感嘆するのですが、今年はその次の瞬間、このような春が来ると思っていた人たちのことを想います。
本当に今年の花は今年だけですね。チューリップの花の写真、楽しみにしてます!
by eastwind-335 | 2011-04-02 12:08 | 日常 | Trackback | Comments(2)

東風のささやかな毎日のささやかな記録


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