あの日もこんな朝だったのでしょうか

私は両親が広島で成長したので(二人とも戦争中はそれぞれ別の地にいたのですが)、8月6日というのはふざけちゃいけない朝でした。
平日の場合は母と、土日には両親と共に、平和式典の中継を見ましたし、黙祷もしていました。社会人になってからは通勤途中のことが多く、8時15分に、ということは難しくなりました。朝のニュースで広島の風景が中継されるときに無意識に黙祷しています。昨日は遅出でしたので、中継のアナウンスにあわせ黙祷までして、それから出勤しました。
恩師も広島の出身なのですが、国の政策で山奥に学校ごと疎開させられていたので6日は市内にいなかったため、あの日の朝を迎えることはなかったのでした。しかし、恩師と同い年の親戚は勤労奉仕にでていたため、8月7日を迎えることができなかったのだそうです。

一瞬にして、自分が存在しなくなる。それがどういうことかを考えると、胸が痛くなります。またあとで、とか、またあした、という言葉を交わせる幸せを思います。

今年は、国連事務総長のスピーチもある、ということで、例年に比べ外国メディアの数も増えていたようですね。事務総長は韓国人、アメリカ、フランスは大使が出席、と、65年を経た今年の式典は、後世、小さいながらも一つのステップになるのかもしれない、と思いました。
が、その国連事務部長のスピーチ、全部見られたのは中国地方だけだった、そうですね。
ワタクシ、遅出とはいえ、8時15分の黙祷を終えたらさっさと出勤せねばならぬ身でしたので、その後のことは全く知らなかったのですが、帰宅したら、家人が「公共放送、ゲゲゲをやっちゃったんだって」と教えてくれました。
中国地方は式典が終わるまで中継したそうですが、それ以外は首相あいさつでおしまいだったとか。
同局は「番組の編成の中で、全国放送で中継するのは菅総理のあいさつまでと判断した」と説明した。
とネット新聞で紹介されてましたが、公共放送の使命はなんなのよ!?
実を言うと、私は全国に式典を最後まできっちり中継しない公共放送に対して、なんだかな~と思っていたのです。15分のドラマなんて朝1度みられなくたっていいのに。9時からのオクサマバラエティー番組内でだっていいのに。ミズキ先生は平和のことを考える漫画家なんだから、1回ぐらい飛ばしたってかまわないって思うはず。この日の内容がどんなのだったか知らないけど、別にヒロシマに思いを馳せる内容だったわけでもなかろうし(そういう内容だったら、公共放送だってもう少し強気になるでしょうからね)。
公共放送は地上波、エイセイ、ハイビジョンとその日一日色々な特番を流し、ヒロシマのことを取り上げたようですが(帰宅が遅くて一つも見られなかった)、どんなによいドキュメンタリーだって、それじゃ台無し・・・。
それと、スピーチっていうのは最初から終わりまででスピーチって言うんであって、キャッチーだとメディアが勝手に取り上げるところは、案外大したことのない(普遍的な)内容だったりするのに。本当に公共放送はどうしちゃったんでしょうね・・・。
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by eastwind-335 | 2010-08-07 10:58 | 日常 | Trackback | Comments(0)

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