ひょっとしたらと思ったら

先日、18年度のお仕事カレンダーが職場で発表になったので、せっせせっせと書き写しました。
来夏は出張も入ったので、前半のほうが忙しくなりそうかなあ~。

今年の出張準備はWM18ロシア大会を見ながら、となりそう。
もちろんロシア大会のトーナメント部分も「見たい」と思った試合は手帳に書き込みました。日本語のサイトだからだろうけれど、すべて日本時間になっているのにはびっくり。
タイムゾーンがいくつもあるロシアは現地時間で言われても…というときもあるので、ま、このほうが助かりますけど。WM18はNHKが生放送以外も「カットしまくり」(録画中継)しながら全試合を放送、とありました。3位決定戦も当然やってくれるよね?ってか、3位決定戦って決勝と同じぐらい大切なんだけどー!(勝って終わる、というのは優勝できなかったとしても次への自信になることもあるから)。

WMとEMだけはdaznに乗っ取られませんように・・・。

さてさて、父ちゃん幼稚園も、日本の学校暦に合わせたかのように(笑)3月末から馴らし通園が始まる予定。
ということで、TBS2で3月24日にはスペイン戦(生中継ではないけれど)、28日ブラジル戦(こちらも生中継ではないけれど)があり、同じチャンネルでは父ちゃんんちの試合の前にポーランドとvsナイジェリア、vs韓国のカードが生中継されるみたい。
WM18では日本と同じグループのポーランド。ちゃんと穿ッチの面々はこの試合を見て「自分で解説できるように!」だわ~。

父ちゃんの馴らし通園、休もうと思えば休めたんだなあーとちょっぴり遠い目で手帳をみてしまいました。いやいや、でも、この夏、たぶん、多額の出費が予想されるのだから、ここはグっと我慢をしなくては。


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# by eastwind-335 | 2018-02-15 06:06 | ドイツ・サッカー | Trackback | Comments(0)

5つの国のユルネバ

この時期に開催されているヨコハマフットボール映画祭に今年も行ってきました。
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観たのはドイツ映画「you'll never walk alone」。
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ドイツ映画といっても、英語のセリフが結構あるし、撮影国は「ハンガリー・オーストリア・アメリカ・イギリス・ドイツ」。ということで、最後に確認した字幕は4名(ひょっとしたら5名かな?)の連名になっていました。

主催者の上映前のあいさつでは「最初の20分はがまんしてください。そこから楽しくなります」って。

ほとんど予備知識なしで見に行ったので(公式HPにトレーラーもあったのですが、チラとみたかどうか、ってところ)、相当覚悟して見始めました。
今年の会場は、それまでの「ミニシアター系映画館」ではなく、横浜開港記念館ホール。予約番号順の入場。120番台のチケットをもっていた私。前のほうは若干あったけど、前は映画上映後のイベントにも参加するかどうか決めかねていたので空いたところに早く座らなくちゃーとあせって、よーし、ここ、と思ったら、私の前に座高が高く頭の大きな男性が!!!一日券を持っている人がそこを取っていたらしい(涙)。

写真は上映前の宣伝動画の時に撮りました。腕を高く上げて、ズームをかけてなので、前の男性は当然写っていません。
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ということで、私は自分の目の前の画面は全く見えないという状況。あー、1年半前のバイロイトの時を思い出します(とほ)。字幕は幸い画面下部に出るし、首をちょっと横にしたら半分の画面は見えたし、・・・だけど、右半分の画面は何が写っていたのかまーったくわからなかった。

映画は、ユルネバがどうやって誕生し、サッカーチャントとなり、リバプールのクラブのチャントから、ドルトムントのそれにもなり、「どんな時でもファンはチームと一緒なんだ」ということを示す世界各国のサッカーチャントになったのか、を一人のドイツ人俳優(Jaochim Krol)が追い求めていくというドキュメンタリー映画です。

主催者から「我慢かも」といわれた最初の20分余りは、私からすると、ユルネバは世界史の中で作られた曲なんだなーということがはっきりとわかって、そこだけでも感動だった。もともとは、オーストリア・ハンガリー時代にモルナール・フェレンツが作った戯曲「リリオム」をフェレンツが亡命したアメリカでリチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタインIIがミュージカル「回転木馬」にした、その中の1曲がユルネバなのです。以前、みすず書房のPR誌(『みすず』)で、第二次大戦後のアメリカのショービジネスの中でのユダヤ人問題や赤狩り問題を連載していた人がいて、関心をもって読んでいたことがありました。そこにつながる内容でもあり、そして、映画によってフェレンツの孫が語る祖父母の話、「回転木馬」ができるまで、そして、世界にそれが広まったのは、シナトラの歌であったり、2種類の方法で撮影をしたためにシナトラではない歌手が主演することになった同名映画であることも知りました。そう。映画がなければ、海を越えたリバプーではこの歌がチャントにならなかったのかも!?

しかし、これは「イギリス映画」じゃなくて「ドイツ映画」。私からすると「もう一人のヨギ」とも言いたくなる(単に名前が「ヨアヒム」だというだけですけどね)筋金入りのドルトムンターである俳優Krolは、BVB発祥の地に暮らす青年を訪れ、そして、結果としてBVBを産み出すことになったドルトムントの教会の今の司祭の語り(司祭はなんとストラの上にBVB色でかつBVBと入っているストラをつけてました!!)から、当時のドイツ社会における「フスバル」の価値、評価を知り・・・。

なぜドルでユルネバを歌うようになったのか。ドル風ユルネバの秘密とは?
そしてリバプー愛いっぱいのDie Toten Hosen(ライブの最後はユルネバだそう!)のメンバーとKrolのアンフィールドで語り合う「ユルネバ」。両チームともに、お互いが歌う「ユルネバ」は違う、とわかっている。

でも、サッカー愛は一緒!

リバプーとドルをつなぐのは、ご存じどっちの監督も務めた(片方は現在進行形ですね)ユルゲン・クロップ。彼の見る両チームにおけるこのチャントの違いの指摘、このチャントによって導き出される力の違いを、監督目線で語っています。WM06でドイツ人を感心させたという解説力がここでも発揮されてますよ!
またリバプー関係者の語る「ユルネバ」トークは単なるサッカーチャントじゃない。讃美歌のようなものだ、と。いつもともにいるのは、サッカーの時だけでない。ヒルズボロの悲劇(これは数年前に裁判が終結され、悲劇は群衆が生み出したのではなく、警察の対応のミスが原因であったことが最終的に認められました。事故があった時の映像も覚えていますが、それ以上に、認められたときの朝のBBCのニュースは私も覚えています)はユルネバによって癒される人たちもいるのである、と。そして、映画の中で知った、全国紙Sunとリバプール市民の緊張関係。メディアとサッカーという視点もちゃんとおさえてある映画です。

場面はあちこちと飛ぶので、そういう意味でもDVDで見直したい、良い映画でした。

映画上映後は、即座に退席する人も多いのですが、イベントとしては「みんなでユルネバを歌おう」がありました。ごひいきのチームのユニやマフラーで来るように、という案内があったので・・・
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ワタクシはFCB東京ファンクラブの一員という気持ちで赤いマフラーを持っていきましたよ!この日に合わせて、半年以上前に買ったFCBのおしゃれロゴの入っているニット帽もかぶっていきましたよ。
その歌唱指導をしてくれたのが、元JリーガーもいるYANO Brothers。最初はマフラーをかかげ、途中からは隣の人と肩を組み・・・。ちと50肩っぽくなりつつある私には苦行。加えて違う赤マフラーばかりの中で肩をすくめたくなりましたがでも、体をみんなで揺らしながらユルネバを歌えば、そんな気分もどっかにすっとび、楽しかったです。

映画祭の雰囲気は相変わらずサッカー愛にあふれていて、とってもよかったんだけど、上映会場が平たいところ、というのはどうかなあ。だいたい、男性のほうが圧倒的に多い映画祭で(特にこの映画はリバポーファンが多かった!)、背も高く座高も高く体格もよい中年も一定数いるわけで、そうなると、私なんか寄付しにいったような感じになってしまうわけです。けど、この映画祭で取り上げられる映画っていうのは、一部はすでにwowowで放映された著作権処理が比較的楽なものもあるのですが、たいていは「この映画祭のために字幕をつけた海外のサッカー映画(またはテレビドキュメンタリー)」なわけで、DVD化されることはないのです。だからやっぱり「行くしかない」わけで・・・。
それに、おまけで上映するのではなく、これは「映画祭」。そう銘打つ以上は、映画は「画面が見えてナンボ」という基本を忘れられちゃ困りますって感じ。
本当は、夏に野外映画上映とかあったりするといいんですけどねー。
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同時開催のフットボール文化祭で1冊500円で出ていた、過去の11Freunde2冊。

しかも、両方とも、雑誌用カバー付き!1冊は14年のWM14写真集「One night RIO」ミニ特集。「メッシよりうまいってことをみせてきなしゃい」と父ちゃんがゲッツエ坊やを送り出す写真が表紙。ひょっとしてラムたんも写ってるかなーと期待してたんですが、ま、肖像権の管理もキチっとしてそうなラムたんの写真はなし。コブタちゃんは2枚もあるのになー。後ろは2011年の号。ゲッツエが「期待の新人」扱い。ノイヤーも大きく取り上げられてます。シャルケからバイヤンへ移ってくるときだったからかな。

で、昨日帰宅して知ったけど、父ちゃん争奪戦が始まっているんですって?バイヤンはやめておきなしゃい(笑)。あそこは父ちゃんの好きにはやらせてくれないから。
ひさしく父ちゃんネタを日本語媒体で見ることがなかったので、今日は意外なところでつながってるなあーと感心しながら就寝しました。

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# by eastwind-335 | 2018-02-12 13:00 | 映画 | Trackback | Comments(0)

2年後の開会式の方向は?

昨日、残業があったり、帰宅前に本屋によったりで、開会式の途中で帰宅しました。
しかし、その「途中からの開会式」ですら、ああ、日本ではできないことをやったなあ、という思いが。

韓国の旅行バラエティ(例えば、花よりおじいさん)の映像だの、ソウルの地下鉄の駅に貼られている詩やイラストのポスターを目にするたびに、「韓国はすごいなあ」とそのデザイン力をうらやましく思っていたのです。

韓国は「ものつくりの国」だと世界に示す開会式でした。ハングルや朝鮮半島を象徴する動植物を、シンプルに世界に紹介している、そのセンスには脱帽でした。
加えて、ドローンを使った夜空の演出。もう日本はあの手は使えなくなりましたねー。それまでの歴史を振り返る、という方法ももう「こども」は使えない。
そして1台11万円ぐらいするらしいサムスンのスマホを参加選手にお土産に配っているらしい韓国オリンピック協会らしく、スマホをイメージさせる演出。やられたよねえ。日本は、アイボとかロボットで「おもてなし」?

Kpopだって、いわゆる「ポップな感じ」を強調するのではなく、踊りのキレだとかダイナミクスさとかを生かしていた。もう「ナントカ3代目」とかは使えないねー。48人のへたくそな踊りと歌でごまかせなくなったねー、と今日、休日出勤をしながらテレビを見ていて、みんなで「ニホン、やばいよね」という話になりました。ヤバイというのはこのままでは駄目だ、ってほうの「やばい」。

最後のキムヨナのすこーしだけレトロな服装で、清楚な雰囲気のたたずまいのなかでの点火。
日本だったら、間違いなく短いスカートをひらひらさせて、胸を強調したような恰好でおどらせたことでしょうね。

「人」を生かしたシンプルな奇をてらわない演出はすごかった。
この1か月の間にすっかりと国際政治的な色あいが全面に出されている大会になり、北部2国に翻弄されかかっていた大会準備の様子に、いろんな字の「チ」抜き?と思わなくもなかったけれど、そういうことを忘れさせる開会式だった。
もちろん、開会式を終えて帰宅する人たちの足を「もう終電は出ました」といってしまう、ロジスティックスの「ケンチャナ」精神なんかもあったりして、そこは「韓国」なわけですけどねー。零下で「終電おわりました」なんて、お寒すぎます・・・。

ソウルオリンピックの時は、点火台に向かって飛び込んでいった白いハトたちのその後が気になって仕方なかったのですが、平昌オリンピックは「開会式観戦者」たちの帰路だわ・・・・。

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# by eastwind-335 | 2018-02-10 19:54 | 日常 | Trackback | Comments(0)

チョコ商戦

私の職場では、いや、うちの部署では、のほうが正確かな?とにかく、バレンタインデー行事は一切ありません。
当時の部署のトップには私と同世代のお嬢さんがいらして、バブルな時代を背景に、2月14日近くになると職場から「チョコを手配してくるように」と言われ、同期数名で日本橋のデパ地下をはしごさせられていたそうです。あの頃は配送は少なく、直接お届けにいかねばなりません。取引先へ、のほか、職場の先輩からは部署やいわゆる「トップ用」のものも買ってくるようにと言われ、両手いっぱいに袋を下げて会社に戻る、というのが季節行事になっていたらしい。「バブリー」ではないお嬢さんは「こんなことのために私は雇用されているのか」と父親(つまり当時の私の上司)にボヤいていたそうです。

なので、私が久しぶりに「若い子」として配属されたときには、お嬢さんのことを思い、私には「チョコを買ってきてはいけません」とおっしゃったのでした。だいたい、うちの職場は都会にないし、私は2時間近くかけて通勤していたので、そんな新宿やら日本橋へ行ってこい、なんていわれると「勘弁してください」なわけですけれども。

いわゆる「彼氏」もいなかったので、あげる相手もいない。ということで、私は人生を振り返ると、長らく、2月10日前後のチョコ騒動とは無縁でした。父がまさに取引先からいただくチョコをお土産にもらう、おこぼれにあずかる日、といったところでしょうか。

私がチョコをこの時期に手配するようになったのは、結婚してからです。
家人方の父、叔父二人に。亡くなった義父が2月14日が誕生日だったので、仏壇に供えてください、ということで送り続け、義姉のおなかに直行という状況になっています。義母・義姉は「ブランド志向」。この二人はその志向のために思考も偏っていて、親族つきあいとしては実に面倒なのですが、どこのデパートにも入っている「外国メーカー」の「ある程度の大きさの箱」を送ればいい。単純。
叔父二人は、どちらも義姉と二人暮らしの義母のことでお世話になっているから送っています。どちらも「ちょっとひねったもの」をすぐに気づいてくださるので、箱は小さくとも、おいしくて、かつ、形が素敵なものを選ぶようにしています。

ということで、チョコフェアーにも毎年行くようになりました。

今年は昨日。税理士さんに確定申告の相談、提出を終えてから、銀座三越のフェアーに行きました。三越のフェアーは初めて。会社が多いところなので、出店数はそれなりにある。味見を勧めているお店があるので、私もいただきたいなーと思うのですが、スッピン眼鏡のリュックを背負ったユニクロ・ジーンズ姿のおばちゃんからは目をそらす若い人たち(←特に男性)。
まだ独身のころ、母と出かけていたら「東風ちゃんと一緒だとティッシュを渡されるから、助かるわ」と言ったことがありました。母一人だと、スッとティッシュを持っている手を引っ込める輩が多いと。私は子供がいないし、うちの近所でティッシュを配るのはマンションの案内だから、むしろ私ぐらいの年代がターゲットだからか「ティッシュも入っているから受け取ってください」と押し付けられるほど(笑)。なので、気が付かなかったのですが、「おおおー、これか、母がいっていた「ティッシュをもらえなくなる年齢」って」としみじみ思いました。

これまで行っていた新宿伊勢丹とか、新宿高島屋は、その辺、店のしつけがいいのか、特に新宿高島屋は販売員が「ある程度の年齢の人たち」だからか、「おひとつ食べてみて」とつまようじを渡されたものですが、どうも銀座三越は年齢制限か見かけ制限があるらしい。

ぐるっと1周して、のちのち金額をチェックされずにすみそうなお店にあたりをつけて、いよいよ何にしようかと思案をしていると、「おひとついがかですか?」と声をかけてくれる売り子さんが何軒がありました。試食をし、またお店を3つに絞って3家のものを決めました。

複雑な思いにかられそうになった私の耳に入ってきたのは、ナントカという有名なチョコパティシエのサイン会があと20分したら始まりまーす!という声。ふとその方向を見ると、ボクシングのラウンドをお知らせするお姉さんよろしく、おじさんの社員を頭上に抱えて練り歩く店員さんが!エレベータ近くのそのお店の前でサイン会ですと!早くしないと、渋滞ができちゃう!

あと、近々お友達3人に会うので、300円ほどのチョコを3つ買いました。

配送をお願いしようとしたら9階へ行ってください、と。
配送はまた別のところで手配なのだそう。送り状を書いたら近くの店員に声をかけてくれ、というので、声を掛けたら、後ろから「こっちに来てください」と。え?レジに赴くわけ?だったら最初からそう言ってくれたらいいのになー。レジに3つの袋をもって言ったら「レシートを出してください」と。その都度、リュックを背中からおろし、がさごそカバンを探して財布を取り出し、レシート(私は毎週1度レシートチェックをするだけなので、すでに4日分のものがたまっていた・汗)を探し出し・・・と、母が言うところの「おばちゃん」な行動形態をとってしまい・・・。

それぞれの三越の手提げ袋にはチョコとそれぞれのメーカー(ブランド?)の袋が入っています。友達への手土産3個は、別に袋を入れようとしたので小分けの袋とともに、空いているところにいれてもらってありました。実は7階では、どうせ送るから内袋(メーカーの名前が入っている袋)はいいです、って言ったのです。ところが、売り子さんに「袋をつけないと段ボールにそのまま入れられちゃいますよ」と。なんか、アマゾンの配送方法が頭によぎり、言われるがままのものを受け取ったのでした。
で、配送に人に「どういう形で送られるのか」を確認したら、結局三越の手提げ袋からは取り出され、配送用の紙袋の中にプチプチに包んだチョコと内袋をいれ配送される、と見本をみせてくれました。
友達にあげるチョコを持って帰るために手提げ袋を1枚だけ手元に残し、二つを売り子さんに渡しました。もう1度使ってしまった袋だから、ほかの客用には使えないはず。もったいないなあー。でも、私自身は紙袋はさほどいらない。
配送をその場で手配できないチョコフェアーを行うのだったら、もう少し、環境にやさしい持ち運び(たかだか2フロアー上がるだけなんだし)を考えたらいいのになあ、と思いました。

ケチケチするんじゃなくて、志向のある工夫。

もともと社風が違うのに一つのホールディングスになった老舗デパート。この1年の間に、新聞ほかで、店舗人員の整理を進めていることは見聞していました。事情あってのこととは思いますが、そういうことを思いつく人まで、離れていませんように。

追記
うちの父はがっつり食べたい系(笑)。栗好きなこともあって、「音衛門」というお店の栗のパウンドケーキを誕生日とバレンタインデーにはいつも送っています。私は楽天経由ですが、都内にもいくつかのデパートに実店舗があるらしいです。
家人は、クルミが好きなので、失敗しないティーケーキのレシピにクルミをどっさり入れた東風バージョンを昨晩やきました。
今朝からとある島へお出かけ。さきほど二切れ持って出かけました。







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# by eastwind-335 | 2018-02-08 06:39 | 日常 | Trackback | Comments(0)

だから、旧暦で、でしょ!

今日明日と休日出勤。
気が抜けない仕事のためなので、出勤前から実はやや気が重い。

さてさて、昨日の雪。
私が暮らす街はさほど降っていなかったのですが、勤務地は東京西部。
念のため、すっころんでもいい恰好で通勤することに。

山スキーみたいな恰好。トレッキング用のパンツです。これだったら裾はねがあっても哀しくなーい!って。頭には、ネパールのお母さんが作ったニット帽。裏にフェルトが貼ってあるので、こういう日は暖かかくていいのです。柄も絶対に人と被らないし!しかし、悪目立ちするし、なんといっても、都心で50になった女性がかぶってもいいのだろうか、と思うことも。そう思った瞬間、次に思うのは「だいじょうぶ。北欧だったら80歳のおばあさんだってこういう帽子をかぶっているはずだ」と。これに夏にトレッキングのためにかった小さなリュックを背負う。リュックには雨用カバーをつけます(じゃないと、自分の部屋で漱石を乾かさなくちゃいけなくなるから・爆)。

午後、歌舞伎観劇のために上京した母と会いました。母が「えーっと、あなたは都民よね?23区民よね?」と。

帰宅すると、天気予報が若干外れたことをごまかすためか、ワイドショー化したNHKの夕方のニュースでお姉さんとお天気お兄さんが「寒い」「寒い」を連発。加えて、まあ、翌日が節分、あさっては立春だからでしょうか?「暦の上では春ですが」という。

えー?新暦だと、だよね?旧暦だったらまだ冬だもん、雪ぐらい降るでしょうが!寒いのは当たり前じゃん!と、テレビに向かって言っていたワタクシです。もう年中行事化しているので、家人は「またか」みたいなこと言ってましたけど、気候は旧暦で考えるべきだと思う。

秋に暑いのは、まだ旧暦だと8月や9月に相当するからだよー、とか、天気予報の人たちぐらい「季節感」を旧暦に置き換えて言ってくださいよーと思う。紫外線情報だの、花粉情報だのより、そっちでしょ?人間の知恵として備えておくべきことは。

身体でわかるようにならないと!ということで、私は旧暦も毎朝チェックしてます!ちなみに、今日は旧暦12月18日です。





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# by eastwind-335 | 2018-02-03 06:36 | 日常 | Trackback | Comments(0)

日はまた昇る!(25)日曜日の午後

*この夏(2017年)の思い出です*(旧正月までには終わらせたかったけれど、年越しになりそう・・・)

自分の荷物をもって、25キロ近くを歩き、パンプローナに戻ってきた私。ホテルのバスルームに洗濯物を干しているうちに、この日、なにも固形物を食べていなかったことを思い出しました。
気が付くと、夕方5時すぎ。でも、ご飯は9時ごろから食べたほうがスペインっぽいし~。
ホテル近くのカフェに行きます。もう今日は日をよく浴びたので、屋内にあるカフェへ・・・。
それほど混んでいなかったので、ゆっくりできそう!
しかし、お店では、急に東洋人が一人で来たからか、ウェートレスさんが「私は英語ができません」と。
指さしをしながら、数だけスペイン語で。あとは、ポロファボール(Por favor)とつけるだけですが、やり取りをすませることができました。
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各国語のありがとう、こんにちは、さようなら、どうも(どうぞ)と1から5ぐらいの数字は言えるようにして旅をしていますが、思えば、この日までずっとカタコト英語を駆使していたのです。初めてスペイン語を使ったような気がします。

さーて、どこを歩こうかなあ。
もう博物館は終わりだし、今日はお店がお休みの日曜日。あまり期待をせず、前日は歩かなかった通りを進みます。
パンプローナはナバラ州の州都であり、バスクの文化を背負う街の一つです。だから、バスク語が併記されているところが多い。
たとえば、これ。
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詩が書いてある様子。
どんな意味なのかなあ。きっとググったら出てくるのでしょうね。

20時近いのに、まだ午後4時ごろっぽい感じ。しかし、オープンカフェはこれからが本番らしい。
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日曜日の広場は穏やかに時間が過ぎていくのを楽しむ人たちでにぎわっていました。


アジア系の顔は私しかいない(ちなみに、パンプローナには世界のどこでもある「中国系」のお店は1軒しかありませんでした!・驚!)。
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おじいちゃんたちばかりじゃありません。
この広場の真ん中には、こんな物見台が。
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子供たちも楽しそう。
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しばらく歩くと、州機関があったり。
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どうも、こちらは、史跡でもあるみたい。
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マンホールも「ナバラ」
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昔の王様の像。子供はたぶん、エラい人だと思ってないだろうなあ。いや、銅像に気づいていないかも?
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かっこいいストライダー!色がいいですね。ドイツや北欧でよく見かける白木のストライダーもいいけど、この子の黄色のは車輪もしっかりしてるし、まさにオートバイみたい!

ちょっと歩くと、みんなが足を止めるところがあります!
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おー、牛追いの像かあ~。
右手から見るとこんな感じ
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迫力ありますよ!牛に追われているはずなのに、どうしても、ハリウッドの「隕石から逃げる人たち」を思い出す私。
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何やら解説している人。ガイドさんのようです。
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広場に再び戻ります。

とても気にかかった建物。
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窓ガラスがきれい!鏡みたい!
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親なのか、おばあちゃまなのか、の後ろをついていく子供たちの恰好がかわいい。というか、40年前でも通じるはず。
スペインの子供たちは「子供」の服を着ているなー。日本のように「母娘」が同じ格好をしていない。こどもはこどもらしく、大人は大人らしく。自分の子供時代を思い出しました。

夜はホテルでもらったチケットを使ってピンチョスを食べる気満々だったので、軽く何か食べたい(さっき、ケーキを食べたばかりだっていうのに・・・)。

ふと見ると、みんな、おいしそうなアイスを食べている。
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何軒かアイス屋さんがあるようです。特にここの前にいる人たちが多い様子。
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にぎわっているお店から出てきた人に「ここ、有名なのかしら?」と尋ねたら「私の友達が働いているんだけど」といって彼女は振り返り店員に手を振り、「歴史あるお店だし、ぜひ、食べてみてください」と。そこで、今日のご褒美にアイスを食べてみることに。

お店の中でみんな真剣に選んでいる!
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おいしかった!ブレた写真ですみません・・・・。
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夕暮れに見えるけれど、けっこう遅い時間になっていた時、「東風じゃないの?」とよびかける声が。
ピルグリム仲間はみんな先へ行ってしまったから、空耳かしら?と声のするほうを振り返ると、最初の2日を一緒にしたオーストラリアのアイダ&アンソニー夫妻。
アイダのほうは包帯を足首に巻いている。
私と一緒の時から、アイダはリュックが重そうで、それをアンソニーがぎゅっときつく肩に沿わせていて、辛そうだった。二人で歩いていた日、途中でアイダは足をねんざしてしまったのだそう。で、歩くのは無理、と判断してパンプローナまで車でやってきたのだそう。医者からはドクターストップがかかって、様子をみているところなの、と。
私がパンプローナにいることはわかっていたけれど、まさか、会えるなんて!と二人から次々とハグを受けました。しかも、この日は私が荷物を背負ってレイナまで行ったと話したら一緒に喜んでくれ・・・。

私は、みんなとはもう会えないと思っていたから、再会が「ギフト」のように思えました。

おっと!もう9時だわー。でもまだ明るい。
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ホテルに戻り、一息ついて、ホテルのバールに向かいます。
うーん、人少ないな~。大丈夫かなあ~。

もらったチケットを見せながら、
あれと
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これと
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それと・・・と頼みます。
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もう15年以上昔ですが、家人の出張にひっついて、ビルバオで数日を過ごしたことがあります。でも、ビビリの家人は現地の人たちに交じってピンチョスを食べるのをなんだか嫌がったのです。計算を騙されそう、とかなんとか言って。
今回は一人だし!ホテルだし!安心して飲めるぞ!
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うーん。
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人が少ないからか、期待したほどの舌の感動がなく・・・(笑)。

そしてお勘定で驚くことが!チェックインでもらったバウチャーは2個分の値段で3個食べられると説明を受けた気がしたんですけれど、3つ目は安くなる、んだそうです!なんですと?!

うーん、やっぱり疲れているのかなあ。

明日は、前日のピルグリム定食を食べた通りでピンチョスを食べよう!と心に誓い、部屋に戻ります。
この日はマドリとバルサの試合がありました。テレビで中継されたのだけど・・・途中で寝ちゃった。
そりゃ仕方ないですよね。だって、一日歩いたんですもん。

しかし、前夜とは違って、満足して眠りについたのは間違いありません。
あんまり記憶ないけれど(笑)。

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# by eastwind-335 | 2018-02-02 21:00 | 旅の思い出17ヤコブの道 | Trackback | Comments(0)

出版社がかわるパディントン

私は翻訳シリーズ物が好きで、一度面白かった場合は、買いそろえるようにしています。
ということで、我が家には同じ作者の本がずらずらあります。

もうすぐ、日本でも「パディントン」の映画第2弾が公開され、そこに、イギリス人らしい「笑い」を醸し出すヒュー・グラントが出る、と知り、どんなつくりになるのかなあ、と今から楽しみになっています。しかし、たぶん、映画館で見るのではなく、またもやBDになって買うのではなかろうか、と。

大人になってから、改めて『パディントン』シリーズを、まさに「大人買い」したのですが、松岡享子さんの翻訳が、そのうち、カナダに暮らす田中治さんという学者さんとの共訳になっていることに気づき、数年。
マイケル・ボンドさんの逝去の折にも、未訳のものがあるのは知っていましたが、出るとしたら福音館書店から出るのだと思っていました。

とーこーろーが!!!
WAVE出版から出るというじゃないですか!
正しくは「出た」か。

大人の事情があるのかもしれませんね。ボンドによるパディントンの小説の未訳本は、実は残り3冊だったから、本当は同じ出版社から出してほしかったけど。児童書っていうのは、信念にのっとった翻訳となるはずだから、ここで「訳の感じが変わる」となるのは・・・という思いがあるのです。ええ。

誰の日本語だからイヤだ、ではないのだけど、特定の人による「翻訳の日本語」によってその世界を作ってきたので、急に違う世界に連れていかれると、そこはパラレルワールドなんじゃないか、って思ってしまうわけです。私は。そんなことを文句つけるのであれば、児童書ぐらい原著を読め、と突っ込まれそうですけれど。

本屋で新しい訳者による、他出版社からの発売と知り、衝撃を受けたのですが、あえて、本屋では実物を見ないことにしました。
ポイントがたまっているので、今回は取り寄せをすることにしました。普段は、本は本屋で、なのですが、ためらっちゃいそうだから。

まあ、翻訳が途絶えるよりはずっといいんですけれどねー。ええ。
東京創元社のように、ボンドの「パンプルムース」シリーズを尻切れトンボで止めちゃうとか、早川書房のように、あと数冊のウェストレイクなり、アーロン・エルキンズの作品を長らく放置しているとか、翻訳じゃないけれど秋田書店のように「エロイカより愛をこめて」の文庫本化を止めちゃうとかねえー。

ハヤカワはカイガイノイヤラシイレンアイ小説から手を引けー!!!!と本当に思います。いや、カイガイノイヤラシイレンアイ小説だって「翻訳小説」の範疇でしょうけれど(ガイジンが作家だし)、でも、ハヤカワで出さなきゃならないのか?ってことなのです。意外性で売らざるを得ないってことにしても、することをきちんとしながら、でしょうが!!!(怒)。

閑話休題。

新訳を出す翻訳の方もご苦労があると思います。出版社が変わる時に今風の言葉遣いになってないといいなーと思いますが、それじゃ、コドモに受けないでしょうね。礼儀正しいクマ、の日本語より、ブラウン一家の言葉遣いが気になるのです・・・。その辺の家じゃないですよー、ちゃんとしたお宅のクマですからねー。
そして、出版社が変わってしまったこと!そのあたりの事情が新訳本のどこかに書いてあるのかしら?届いたら、最初にワタクシはあとがきから読んでしまいそう(笑)。

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# by eastwind-335 | 2018-02-01 07:03 | Books | Trackback | Comments(0)

歴史を考えると・・・

昨日のZDF、France2のニュースで報道されていた、ドイツの自動車メーカーのディーゼル車の排ガス実験。
動物実験のみならず、ヒトに対してもおこなっていた、という。
安全性を強調するための実験というけれど、記憶違いでなければ、その前日、ロシアTVでは、旧ソ連軍がアウシュビッツを開放した記念式典をロシア政府が開いて、プーちゃんが大演説をぶっていたシーンが流れていたし、ほかの局でも(もちろん日本の公共エイセイ放送も)アウシュビッツサバイバーを招待しての式典の様子を紹介していたのを見ていました。

わー。

ガス室行によって多くのユダヤ人が亡くなった、という事実を踏まえた報道があって数日もしないうちに、アメリカになる研究所(しかもメーカー3社が合同で作ったとか!?)でそういうことをしていた報道がなされるとは!

かなりがっかり。自動車メーカーが数値をいじったことも「げげげ、ドイツまで、なんでそんなことを?!」と驚くことでしたが、今回の実験の方法やそこからイメージされることはなかったのかしら、という思いしかありません。
実験からイメージすることはできなかったのでしょうか?

政府は動物実験のみならず人体実験も行ったことに対し、非難する声明を出しました。政府主席報道官は、かつてZDFのHeuteのメインキャスターだったシュテファン・ザイベルトさん。2010年秋にメルちゃんに抜擢されてアナウンサーから報道官へ。


職を変え、もうテレビで毎朝見られないのねー、と極東にいながらもがっかりしていたのですが、意外なことに(ま、そしてZDFを通じて、ですが)政府報道官として数か月に一度「日本語放送」ながら彼の姿を見ることに。そして、みかける彼は、顔色が以前に比べると白くなっていて(TVに出ていたときはドーランを塗っていたんでしょうね)、全体になんかねえ・・・。そして、眉が「八の字」のことがほとんど。

当然、この日も。彼のtwitter(があると、今日、ググって初めて知った!!)にその記者会見の動画がupされています(こちら)。

ZDFのキャスターだったときはすごく生き生きしていたんですけどねー。

次は、いいニュースで彼が広報官としての仕事をしているところを見たいです!
(お、父ちゃんと同い年じゃん!とググって知りました。)
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# by eastwind-335 | 2018-01-31 18:19 | 日常 | Trackback | Comments(0)

おべんとう

モルゲンターク新聞の投書欄に、夫にお弁当を作ることになった女性の不安が寄せられていました。
それに対して、読者から、アンサーがあったようで、先週、小特集がありました。

私は女性の不安を記した投稿を読んだとき、なぜこの人は投書したのだろうか、と不思議に思いました。
「この人は作りたくないのに事情で作ることになったから、こんな内容の投書を送ったのだろうか?」
「自分が作る、と言い出したのに、自分の「思っていたように」できないから、こんな内容の投書を送ったのだろうか?」
「人生で一度も誰にもお弁当を作ってもらったことがないのかしら?」
「っていうか、何が不安なのか?!!」

チューターをしている人にも、似たようなことで、ぐずぐずぐずぐずと与えられた課題に対して不安を言ってくる人がいます。

多すぎますよ、この手の人。

四の五の言う暇あったら「やりなさいよっ!」だわ。

おにぎり二つでいいじゃん。おかずが欲しいっていうんだったら、スープジャーに前の日のお味噌汁入れちゃえばいいじゃん。子供じゃないんだから、ウインナーは破裂させないために2本ぐらい切込みを入れればいいだけじゃん。リンゴはウサギに切らなくたっていいじゃん。卵焼きを作るのが大変ならゆで卵にすればいいじゃん(個人的にはゆで卵を作るよりは卵焼きのほうがすぐに仕上がるとおもうけどね)。

私は中学2年生の時以来、3年間、母が週単位で、父方の祖父母の入院付き添いや母方の祖父の看取りが立て続けに発生し、家を空けることが続きました。小さなおかあさんがわりで、朝ご飯の準備、お弁当、夜ご飯づくり、洗濯、掃除をしてから学校へ行っていました。中学はお弁当持参が必須で、持ってこられないときには、教師に400円ほど渡してお弁当を買ってきてもらわねばなりません。当然理由を尋ねられるので、母は家を空けていることを知られるのを嫌がり、私に「お弁当だけは絶対に作らなくてはいけません」と弟と二人分のお弁当作りを命じたのでした。
その時に私に「ウィンナーはタコにしなくていいの。薄いお肉に塩コショウだけでもいいのよ。リンゴは皮がついていてもいいのよ、ゆで卵とかいり卵があると、黄色のものができるからいいわよ。前の日のおかずを少し残しておきなさい」と教えてくれたのでした。赤いものと緑のものは、トマトとキャベツのサラダでできる、とか。

しました。やりました。やらなくちゃいけなかった。

高校生には土曜日の午後、クラス全員が集まってボーリングに行くことになった時がありました。土曜日だから父もいるから、もうお任せでいいかなあ、と思いつつ、母の「家庭画報」をペラペラめくっていたら「肉じゃが」が紹介されていた。家にある材料でできる。「書いてあるように」作ってみた。すると本当においしくできた。すごく好評で、お鍋一杯につくったのに、帰ってきたら半分以上がなくなっていた。父はまさか私が肉じゃがを作れるようになっているとは思えず、母に相当感動して語ったらしい。
いや、私だって、最初は作れるとは思わなかったけれど、母がいないときに失敗したのは、母にはバレずに済む、というある種姑息な理由から取り掛かったのでした。ジャガイモの皮を厚く向いたって、田舎にいる母には見えないし(笑)。

私は「あれー、カレーの作り方と途中までいっしょじゃん!」という発見があり、以来、料理本を見ては、「書いてあるように作る」ことを覚えました。
テレビの料理番組を見ると、音でタイミングがわかるんだ、と気づきました。

やってみなくちゃわからない。

あの投書の方には声を大にして言いたい。
やってみてごらん、って。


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# by eastwind-335 | 2018-01-28 09:26 | 料理 | Trackback | Comments(0)

長い冬

毎年降雪の時期がある東京ですが、今年は、降雪後が非常に寒い毎日となっています。
夏の長雨、秋の天候のせいもあり、お正月が過ぎても「葉物」やダイコンなど季節の野菜がいっこうに安くならないねえ、と言っていたところの降雪。もうこの春まで野菜の値段はこれぐらいかな、と腹をくくって、毎晩献立を考えています。

年明け、私の周りでもアメリカからの帰国が、大降雪のために遅れてしまった人たちがいます。
ほんの数日の差で「楽勝」で帰宅できた人もいれば、「帰りたくても帰れない」と連絡をしてきた人も。もともと、アメリカはホワイトクリスマスになっていたそうで、留学先から連絡をしてくれた知人のお嬢さんは「ホストファミリーに、案外ホワイトクリスマスにならないのよ、と聞いてます」とのこと。
年明け早々のアメリカの豪雪、寒波のニュースを見たときに、ふと、『長い冬』を思い出しました。
ローラ・インガルス・ワイルダーの「小さな家」シリーズの1冊です。
私にとっては、小学校3年生の時のクリスマスプレゼントの1冊で、実家の押し入れにまだ入っているはずです。12月のある土曜日、新聞を広げると、岩波書店のクリスマスプレゼント向けの本の広告が目に付いたのです。あの頃、8時を過ぎて起きていても良いのは、「ローラのドラマ」を見るときだけ。福音館書店の本は1冊が高く、子供心に、親にセットを買ってください、とは言えなかったのだけど、岩波少年文庫だとセットでも安い、という計算を即座にした覚えがあります。
あの頃、土日に家に父がいるときは「寝貯め」する日だったので、静かにしておくべきだったのですが、がまんできず、まだ布団にいる両親に「ほしい」と新聞を見せてお願いしたのでした。
ところが両親はまず、親より先に新聞を見た、と私を叱り、本についても父が「小学3年生が中学生の本は読めないからダメ」といいました。あの頃、両親は社宅からの脱出を図っていたときで、海辺の街に土地を買う話を進めて家計を締めていたころ。だからあの頃はやっていた目を閉じる人形だの、モンチッチだのと社宅の子が持っていたものは「東風ちゃん、リカちゃんだってすぐに飽きたでしょ?」の一言であっさり却下。でも本は「おもちゃじゃない」んだから買ってもらえると思ったのに、「中学生になったら買う」と言われてしまったのです!

とはいえ、人形と同様、ふだんだったら、「そう、わかった」といったと思います。でも、どうしてもこの本(複数)はいま私のものにしたかった。そこで、「弟くんには、新しい本をいつも買ってあげるのに。私には図書館で借りなさいっていう。どうして私が本が欲しいと言ったらだめなの?」と泣いてしまったのでした。

父はそれほど読書好きではないので、「中学生の本はわからないはずだ」の一点張りで、最後には「どうして普通の子のようなもので我慢できないのか」と言いましたし、母は「そんな頼み方、ありますか!」と私の口答えを叱り・・・。弟は「またお姉ちゃん、おこられてる」というので、また私が号泣し・・・。

結果としては、あとから母が父に口添えをしてくれたようで、その年のクリスマスプレゼントとしてセットを買ってくれました。まだ10歳になったぐらいの子には難しかったかもしれませんが、私にはそうでもありませんでした。なんでも器用によくできる兄弟がいる、思ったことを口にしては気まずい思いをするローラはまるで自分のようでした。「とうさん」じゃなく「父ちゃん」という翻訳に戸惑いがありましたが、ドラマで見るローラの家の話とは違うことが次々と描かれていました。自然災害や病によって家族に事件が起きる。それをどうやって乗り切るのか。私にできることは何か。私が今なお就業を続けているのは、実をいうと、この時の読書がきっかけだったのでした。私は小学生の時に将来何なりたいか、という具体的な夢はなかったのですが、私にはアルマンゾみたいな人は出てこないはずだから、絶対に働き続けなくちゃいけない。何がいいんだろうか。

以来、高校生になるぐらいまでの私の悩みは「手に職をつけるには不器用すぎる自分」でした。

一方、これらの本をテレビドラマシリーズよりも先に読んでしまったため、実をいうと、岩波少年文庫版のドラマ化部分は「えー、ちがうじゃん、これ」と見なくなってしまったのでした(笑)。思えば、その頃から文字で得たイメージを愛しすぎるところがあったのでしょうね。でも、一人の俳優が交代することなく成長をみせながら演じていたというのはすごかった。

さて、その少年文庫本ですが、私は鈴木哲子版を読み育ちました。ローラが書いた自分自身のシリーズの最後の1冊は、私が高校生になってからようやく少年文庫版に翻訳がでました。それが「ローラの旅日記」で、谷口由美子さんが訳していました(今入手できる少年文庫版は鈴木訳はなくすべて谷口訳なのだそう)。この本には、結婚しました、めでたしめでたし、ではなく、生まれて数か月の子を一瞬にして失うローラたちの姿であったり、病気で足がマヒするアルマンゾの姿が描かれていました。同じころ、私は父が(のちに持病となる)腎臓疾患を発症して入院・退院をする、という出来事を体験していました。その頃も相変わらず「きっと独身だろうな、私」と思っていましたが、結婚したとしても、夫に何かあれば私が働かなくちゃいけないんだ、と。

もちろんローラの本で「パッチワーク」なるものを知ったり、いろいろとおいしそうな食事(ルバーブのジャム)を知ったりもしたのですが、一番影響を受けたのは「一生働く」ってこと。一生働いていてもイヤミを言われない職場を見つけよう!

そして今に至るわけです。

久しぶりに『長い冬』を思い出していた時に、ローラの幻の原稿が翻訳され、それを記念しての何種類かの講演会があると知りました。うち一つに申し込みました。まだ数週間先のことですが、楽しみです。
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# by eastwind-335 | 2018-01-27 12:17 | Books | Trackback | Comments(0)

東大門か、光化門か

人事課から「休日出勤の代休を取ってください」という依頼文書が回ってきました。

2月末までは半日の休暇は取れても、全日休んだら、自分がつらくなることが明らか。取りたくても取れない時期にそんなこと言うかー!と私たちのラインはバリ怒り状態。

有休だってまだ持ち越し分とは別に20日あるっていうのに・・・。

ということで、3月、月の半分ぐらいは休む!と宣言しました。私の部署は2月末までが山場。世間的には3月は忙しい職場ではあるけど、私のラインはたかが知れている。

で、3月の初めは家族旅行を。そして中旬に一人旅で仁川、ソウルに行くことにしました。仁川に初宿泊!早々に予約を入れました。
いま、ソウルのホテルを考え中。
東大門か光化門か。いますごく悩んでます。帰国時の移動を考えると、東大門のほうが空港バスでも地下鉄5号線でも行けるしなあー。でも光化門でソウル駅に出て空港鉄道に乗ってもいいんだよねー、とか。しかし!光化門は基本的には階段で駅まで降りなくちゃいけないし~。
光化門は、すでにこれまで泊ったことがあるホテル。7000円台か10000円チョイか、と悩み中。どちらも浴室あり。
東大門は定宿と勝手に思っているアパートメントホテルか、比較的新しいビジネスホテルか。どちらも似たような宿泊費。そして浴室なし。しかし、チムジルバンが近いから、気にならない。

ソウルに住む後輩ちゃんは新学期が始まる時で忙しそうだけど、1日ぐらい夜を一緒にしてもらえそう。先日、私の渡韓を知った彼女から「先輩、こういうの、好きなんでは?」と面白そうなところを教えてもらいました。でも、彼女は「一人で行ってくださいねー」とのこと。あはは。いきなりハードル高そうなことになるかしら。

久しぶりの韓国!情報収集が楽しいこの頃です。単語レベルですが、韓国語を思い出すために「聞く単」を聞きなおし始めています。

(おっと、その前に、夏の旅行記を仕上げなくちゃ)

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# by eastwind-335 | 2018-01-25 06:58 | 日常 | Trackback | Comments(0)

まさかの終わり方だった

EMの試合以外はあまり見ることがないのですが、私はWOWOWを契約しっぱなしにしています。
時々、例えば、盆暮れの長期休暇1か月後あたりになると、無性に映画が見たくなって、あれこれと見逃していたものがないか、とその月に来た放送案内とにらめっこをします。

お正月は結局見られなかったのですが、昨日、「絶対にどこへも出かけない一日」と決めて、ためてあった録画を見ました。
その1本がアメリカ映画『手紙は憶えている』。公開は2016年の秋。公開される前のPRも積極的だったし、ドイツ映画もいわゆる「ヒトラー物」が続いたとき。BSの朝の国際ニュースショーでF原先生がおすすめする映画の1本にもなっていた。その時は、認知症が始まっているアウシュビッツサバイバーが、自分の家族を強制収容所で殺した男性を見つけ出すためのロードムービー的な紹介だったと思います。

それがWOWOWで初めて放送されるというので、録っておき、昨日、本日と二日がかりでみました。
重たい内容の映画でしたが、最後の最後、「え?真実はそこ?!」と思わず声を上げてしまったほど、よく練られた映画でした。

勧善懲悪モノかと思っていたのですが、違う、ちがう。そして、狂言回しのような存在で出ていた彼が、そうだったのか!と。彼のセリフで映画が終わるのだけど、歴史はまだこの問題を解決していない、ということと、アメリカ合衆国憲法の「修正第2条」のもたらす問題と、過去と現代のいくつかの問題を埋め込んだ内容になっていました。

また、音楽の使い方がうまかった。
ワーグナーか・・・。伏線だったのね。

そして、この映画に元天使、もとい、アルムのおんじ、ブルーノ・ガンツが出ていると最後のクレジットで気が付きました。え?え?どこ?とググってみたら、あそこで出ていた人がそうだったんだ!と。
おじいさん役うまいなーと思ったのですが、ブルーノ・ガンツってうちの母より1歳年長なのね。いつまでもなんとなく「50代」って感じがしていた私。いかんいかん。
でも、録画だったから、巻き戻すことができてよかったわ。映画館だったら地団駄踏んでたことでしょう(汗)。


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# by eastwind-335 | 2018-01-21 19:16 | 映画 | Trackback | Comments(0)

4Gに乗り換える

リンゴ会社のCEOが、世界的なツッコミをうけ「バッテリー消費量を上げたり動作が遅くなるような操作はさせません、ごめんなさい」といったそうですね。
うちの家人もリンゴ電話をつかっているので、日本でもそうなのか、と聞いたら、「バージョンアップさせたり買い替えさせようとしているからね」とのこと。

「ガラケーはそんなことないんだよねー」って自慢したかったのですが、4月以降海外では3G対応をしないという通知を受け取って以来、私のガラケーも実は最近すぐに充電しなくちゃいけない。
ちょっと母と30分ほど話したらあっという間にバッテリー量が70パーセント。メールはそれほどでもないのだけど、電話は短くてもすぐに減る。
思えば、この3Gのガラケーに替えるときもそうだったわねえ。

いよいよ私もガラケー卒業というか、3Gからの進級はしなければならなくなりました。

4Gのガラケーにするか、スマホにするか、いま、まだまだ思案中。
だって、4Gのガラケーで私は十分なんですもの。正直、親からの電話がつながればいいのです。ほんとに。自分で歩けない道を機械につれていってもらう必要はない。
ある時、ちょっとした集まりでご一緒した世界を代表するIT企業でプログラマーとして働いている方が「え?私だってガラケーよ」と。私とは業種も職種も違うのだけど、通勤時間帯はモニターから遠ざかりたい、ということで意見が一致!

海外ではipodを愛用していますが、free wifiが使えるところで十分。道端でスマホなんかいじっていたら、スリに狙われそう、とパリでも首からかけたカメラで撮影するほうが多かったし。

などと思う反面、これを機会にスマホになっておくべきなのかしら?と思ったり。
どのくらいお金がかかるのかしら?ま、いまも昼の休み時間などに海辺の街の両親と話し込む日が続くと「おお?!」という金額になっているから、少し安くなるようなプログラムにしなくちゃね、と思っているのだけど。

と、「ガラケー、バイバイ」な気持ちになっているこの頃。ふと、3Gに切り替えたときのことを思い出しました。ちょうど、クラス会があったころで、同級生が「じゃあ、メルアド交換しよ!」と赤外線でのデータ通信を携帯を向き合わせてしてくれたことを思い出します。彼女がそうやってみんなにつながってくれて、今の年に1度の集まりがあるのよねえ・・・。
スマホにすると、また新しい「何か」があるのかなあ?

追記:ipodもバッテリーフルにしていたのに、使っていないのに、ちょっと減っている!え?え?写真、早く移しておかなくちゃ。
(icloudを使わないワタシ)


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# by eastwind-335 | 2018-01-21 07:43 | 日常 | Trackback | Comments(0)

月曜が雪らしい、ということはわかったけど

昨日から「東京23区も月曜日は雪になる恐れがあります」とニュースで言うのを耳にしました。

今日も、ずっとずっと言う。
雪への備えは日曜のうちに、とも。

しつこいなー
わかったわよー
知りたいのはもっと違うことなのよお~

と思う私。
いや、月曜に雪が降るのは困るのです。
雪が降るのは、自然の力がなす技なので、そのこと自体は構わない。だいたい、私が「やだ~」といったところで、どうなるわけでもなし。
困るのは、日曜の深夜から降り、朝、職場へ出勤できない事態になること。電車が動かないとか、駅に入れないとか・・・。

だから、早ければいつ頃から降り始めるのかを知りたいのに!こんだけ宇宙衛星をとばしているくせに、なんで、日本気象協会は具体的な時間帯をニュースではっきり言わず「月曜は積雪の怖れ」とばかり、バカの一つ覚えよろしく言うんだろう・・。

NHKはもう少しまともな文章で言うのかと思ったのに、メーンキャスターの女子アナは眉を八の字にし、「月曜は23区でも積雪の可能性が」と。

画面にむかって「おねーちゃんは、月曜の出勤のためにNHKから車を出してもらえるのかもしれないけど、こっちは自力(自分の足)で移動なのだ!もう少し具体的に言ってよー。Jアラート並みの国民生活に影響のある話だっていうのに!」と暴言を吐きました。

昼間に雪が降るのはいい。
夜は怖い。
朝つるんつるんになっているのはもっと怖い。

だいたい、私、いま、腰痛&足の甲痛だし!

月曜、いつから雨にせよ雪にせよ降り始めるのかなあ~。


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# by eastwind-335 | 2018-01-20 19:39 | 日常 | Trackback | Comments(0)

エリザベス・ボウエンは手ごわい

年末年始休みのために借りてきた本。
結局お休み中に読み終えたのは3冊。
今は、ボウエンの『リトルガール』と森田安一の『『ハイジ』の生まれた世界』を平行読み。通勤時にはボウエン。病院ではハイジ。

森田さんの本には、あのアニメの「ほのぼの」を期待してはいけません。まだ、シュピーリの母親の育ちのあたりまでしか読み進めていません。進められない、というか、進まない。宗教改革の厳しい時代のなかで生きてきた一族のところで行き詰ってます。まだシュピーリが生まれてないのです!母親は詩人として有名な人だったそうで、彼女の生い立ちの部分がそれなりにある。
似たような名前の登場人物が多いのは、欧米の翻訳ミステリーでばっちし慣れている私ですが、背景の歴史についていけなくてページをめくるスピードが遅くなっています。これってどういうこと?!と思う文言も多い。スイス史の本もだし、17世紀前後の宗教史も読まないといけないかなあ・・・。
昨年、ルター500年ということで、宗教改革をめぐる読みやすい本も出たので、私も手に取ってみたのですが、目から鱗!世界史受験じゃなかったと言い訳をしながら書きますが、ルターだけじゃないのね、と。

じゃ、小説である『リトルガール』がすいすいと読み進められるか?といえば、これがまた難関で。
登場人物が多く、訳が右往左往しているのです。訳が悪いのではなく、本文がそういう文体なのではないか、と思います。ようやく第1章を読み終えたところ。セリフがどこへ向かうのか?セリフの口調が示す意味は何なのか?セリフをつなぐ地の文の意外性(セリフからは想定できない文章が続く)をまだ味わえず、「漢字」と「ひらがな」を目で追っているだけの修行中です。
第2章は主人公3人が10歳前後をすごした女学校の日々から始まります。イギリスの女学校といえば、バーネットの『小公女』を思い出す私。『小公女』の原題である『リトルプリンセス』にかけた小説なのかな、これ?と思っていたものの、それもよい意味で裏切られそうなセリフ展開。読みがあたったらうれしいけど、どうかなあ?

ボウエンってどんな作家なのかなあ、とググったところ、ほかの作品の読書感を記しているブログがありました。ちょっと読んだら、やっぱり文章が独特らしい。あの世界に入っていけない人がいる、と書いてあった。ググるまでは訳者あとがきから読もうかな、と思っていたのですが、その文章を目にして、もう観念しました。どのくらいの深さかわからないけど、とにかくボウエンという名の湖に飛び込んでみようと。海ではないのです。この小説。湖。だから、どこかに泳ぎ着くことが可能なはず。

年譜もついていたのでそちらだけは先に目にしたら、そうか、自分自身を投影した小説なのかもしれないわー、と思える記述も。
そして「いつ」と書いてないけど、セリフや地の文から「1960年代ごろのロンドンなのかな?」とか想像しながら読める楽しさも。中産階級の女性たちの生き方(中産階級の中での立場逆転とか、成長による容姿変化は第1章ですでに、変化球的なセリフや地の文から伝わりつつあったけど)が第2章以降には一層明らかになるようだから、がんばって読み続けようっと。


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# by eastwind-335 | 2018-01-20 09:13 | Books | Trackback | Comments(0)

東風のささやかな毎日のささやかな記録


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