旅の短信7:パリでシーズンスタート

今回泊まっているホテルでは、sat3とZDF、ZDFinfo、kika といったドイツのテレビ局が視聴できます。
おかげでシーズンスタートのvsレバクーの生中継が!国歌斉唱から楽しんでます。

a0094449_04112379.jpeg

新加入のズーデがシーズン第1点を取ったところも見ました。
嬉しい魔サカの視戦。今シーズンの生中継は諦めていたのに。
ちなみに、フランス語スポーツチャンネルでも生放送中。リベリのおかげ、かしら?


[PR]
# by eastwind-335 | 2017-08-19 04:03 | 旅の思い出17ヤコブの道 | Trackback | Comments(0)

旅の短信6:ボンジュール、パリ!

パリのオルリー空港からモンパルナス駅に向かうバスから見かけた風景。

a0094449_14211009.jpeg
生トンスラ❗️
修道士の皆さん。
バスの隣に座っていたおじさんがLINE で送ってるのに気づいて慌てて撮ったからピンぼけ。
『修道士ファルコ』の世界が目の前に‼️


[PR]
# by eastwind-335 | 2017-08-17 14:08 | 旅の思い出17ヤコブの道 | Trackback | Comments(0)

旅の短信5:「旅するスペイン語」ごっこ

まだ旅の途中ですが、土産はほとんどパンプローナのものにしました。
が、慌てて買物したから、下見したのに、ここ、行き忘れた!

a0094449_11474185.jpeg
ブエン・カミーノ」と声をかけあう日が、また私にも来ますように。

[PR]
# by eastwind-335 | 2017-08-15 11:29 | 旅の思い出17ヤコブの道 | Trackback | Comments(0)

旅の短信4:無事に今回のヤコブの道を終了

サン・ジャン・ピエド・ポーからパンプローナまでの行程を歩き通しました。
本当はここで終えるところでしたが、思うところもあり、次の街、レイナまで6時間余りかけて歩きました。
朝7時前に出発。30分ほど歩いた頃。
a0094449_09393018.jpeg


途中、こんな風景も。
a0094449_09452526.jpeg


ここが今回のホタテ道の終点。レイナ。
a0094449_09521090.jpeg


到着したら急に重く感じたリュック。
a0094449_10000413.jpeg

砂利道の多い1日でした。
a0094449_10024544.jpeg
徒歩では6時間余りも、バスでは30分たrです。


[PR]
# by eastwind-335 | 2017-08-14 09:23 | 旅の思い出17ヤコブの道 | Trackback | Comments(0)

旅の短信3:サン・ジャン・ピエド・ポーに到着

雨の朝、パリを発ち、乗り換え1回を体験して、スタート地点に到着。
アルベルゲも観光局のおかげ予約をしてもらいました。私で今日の収容分は終了。


[PR]
# by eastwind-335 | 2017-08-09 02:51 | 旅の思い出17ヤコブの道 | Trackback | Comments(0)

旅の短信2:サン・ジャックの塔

旅の始まりの始まり。
パリの右岸にあるサン・ジャックの塔に上がって来ました。
パリをしっかり見た気持ちになりました。
解説がフランス語だっていうのが難点。ま、気持ちで聴くのが旅の醍醐味です。

a0094449_01492429.jpeg

[PR]
# by eastwind-335 | 2017-08-08 01:43 | 旅の思い出17ヤコブの道 | Trackback | Comments(0)

旅の短信2:サン・ジャックの塔

旅の始まりの始まり。
パリの右岸にあるサン・ジャックの塔に上がって来ました。
パリをしっかり見た気持ちになりました。
解説がフランス語だっていうのが難点。ま、気持ちで聴くのが旅の醍醐味です。

a0094449_01492429.jpeg

[PR]
# by eastwind-335 | 2017-08-08 01:43 | 旅の思い出17ヤコブの道 | Trackback | Comments(0)

旅の短信1:エッフェル塔

今はパリにいます。
到着早々、某国にいる家人からSNSが。
エッフェル塔の事件、日没後なぶん、巻き込まれたら不安ですよね。
時差調整が目的のため、この数日の私は観光予定はありませんが、ますます遠くになったと思いきや。
ホテル近く通りからこんなにはっきりと。
気を引き締めて、休暇を過ごします。

a0094449_21231217.jpeg

[PR]
# by eastwind-335 | 2017-08-07 21:17 | 旅の思い出17ヤコブの道 | Trackback | Comments(0)

レントな旅(18)カンタベリーは古くて新しい

ロンドンに戻る朝、すばらしい天候に恵まれました。カンタベリー大聖堂見学へでかけます。

The Britishな朝食をこの次はいつ楽しめるかな~?
a0094449_08192243.jpg
ホテルは古くからあるため、床がふかふかしているところがあったけれど、食堂もお部屋も素敵でした。
a0094449_08191981.jpg
値段も高すぎず、だし。駅前から近いし、便利でした。また利用したいです。

そして家人と再び、カンタベリー大聖堂へ。
a0094449_08215045.jpg
朝、まだ10時前でしたから、観光客は少ない時間。

家人がボートで運河めぐりをしたい、とのことで、聖堂に入る前にボート乗り場を下見。
a0094449_08232989.jpg

到着した日に夕食を食べたレストランもこの運河沿い(手前左)。
ボート乗り場は下の写真の右手白い壁の入り口をくぐります。たぶん、NHK衛星放送の旅番組で紹介されていた「500年前からある家を直しながら生活している」人たちのシーンって、こういうあたりだったのでは?
a0094449_08225250.jpg

くぐると、こんな感じ。窓の一部を巧く活かしています。
a0094449_08225580.jpg

前日の雨でたまった水を掻き出す若者たち。っていうか、この「コップで掻き出す」のって、ボーイスカウトじゃあるまいし・・・。
a0094449_08233344.jpg

結局、時間が合わないことがわかり、今回は断念。

再び私たちは大聖堂へ。
家人は「大聖堂って飽きるんだよね」とボートに乗りたそうに言いますが、カンタベリーに来て大聖堂を見ずに帰国するわけにはいきません。

もちろん、私だってこういう風景を目にしたら、運河からみるカンタベリーへの関心は高まるけれども・・・。
a0094449_08293913.jpg
さあ、大聖堂へ!
3度も4度も同じ道を歩いたけれど、歩いただけ新しい発見があるのが、街歩きの楽しいところ。
何度もお世話になったインフォメーションセンター。
a0094449_08215971.jpg
天気によっても違ったイメージになりますよね。これまで曇っていたり雨が降っていたり・・だっただけに、あらためて春の陽の下で見ると、建物の美しさが伝わってきました。

逆光に目がくらみそうになったベケット大主教の像。
a0094449_08292397.jpg
今回の新しい発見はコレ。すごいなー。イエス様も今の「パパ」も、ボブ・マリーも、同格!(笑)
a0094449_08310349.jpg
まだ人が少ないので、門の写真を色々と撮ることができました。
a0094449_08332081.jpg
すごいよねー。デザインも工法も。
今回は「観光」なので、大聖堂へは入場料がかかります。
今は修繕中だから、私たちの入場料がそれに役立つのね。
a0094449_08332524.jpg

a0094449_08334516.jpg

a0094449_08333266.jpg
(私たちより数か月前に知り合いが訪れた時も大聖堂は修繕中だったのですが、この方は「修繕してるんだから安くしてくれたらいいのにね」と宣った!)

一人だったらゆっくりできるけれど、家人が一緒だとテンポがなあ・・・。
帰国したら、あれあれ?見逃しちゃったかも・・・と後悔することばかりでしたが、写真を見ると、案外撮ってあった。

a0094449_08352342.jpg

柱、どうやってこの長さまで仕上げられたのかしら・・・。
a0094449_08355710.jpg

帝国主義化していくイギリスにおいて、郷土で有志が志願し大隊を組む時代があったのですが、そこで亡くなった人たちを偲ぶ石碑が教会内にありました。隊の旗が飾られてていました。
a0094449_08361058.jpg

a0094449_08361929.jpg
トマス・ベケットが刺殺された場所。
a0094449_08361470.jpg
礼拝堂は前日の主日礼拝と違ったイメージ。
昨日は緊張していて全く周りが見えてなかったことに気が付きました。
ここをくぐると礼拝堂。
a0094449_08405405.jpg

昨日は電気がついていたのですが、自然光だけもまた素敵。
a0094449_08421992.jpg
ここまでは誰でも入れます。
a0094449_08423576.jpg
式文が書いてあるのかな?
ステンドグラスもすばらしい。
順不同でご紹介。
a0094449_08462508.jpg

a0094449_08462967.jpg

a0094449_08463229.jpg


a0094449_08443210.jpg


a0094449_08423946.jpg

a0094449_08422944.jpg

a0094449_08442969.jpg

a0094449_08463892.jpg
地下の部分は写真撮影は禁止。大声も出してはいけません。ということで、その風景はもはや思い出のかなたに引っ込んだ感じがしますが、歴史が作り出してきた信仰の在り方を考えるひと時になりました。

びっくりしたのは、教会グッズ。いや、まあ、観光資源だしねー。
でも、大主教グッズまであるんですよー!気のせいか、大主教のところにライトが当たっている気が・・・。
ちなみに、私はハトの飾りを買って帰りました。
a0094449_08523339.jpg

クマになった大主教も!あやうく買っちゃうところでした!
いやいや、大主教って、宮中次席が人臣では第一位なんですってよー。エラい人なのに・・・。「観光で来た人たちは」親しみを持っちゃいますねー。
a0094449_08540552.jpg
ガイドブックも買わずに駆け足で見学したのが悔やまれます。またロンドンに来ることがあったら見学に来ようっと。十分日帰りで来られるのが分かったし!

そして、いよいよ、クリームティーを楽しむことに。
到着した金曜の午後、日曜日、ともにカフェに行く時間がなくて・・・。なーんと、日曜日は5時にはお店が閉まっちゃうらしいです。

あちこちにフライヤーが置いてあったティールームに入りました。
a0094449_08480388.jpg
ガラス越しにもおいしそうなお菓子が。しかし、大ぶりなこと。
a0094449_08480714.jpg
素敵なお部屋。
a0094449_09024110.jpg
春を告げる水仙の黄色に心が和みます。
どなたも座っていないテーブルを写しましたが、私たちのテーブルの後ろは、あっという間に埋まってしまい・・・。

お十一時(くまのパディントンで、定番の言葉)だー!とうきうき待っていたのですが・・・。
ケーキの味が大ぶりすぎる・・・。
a0094449_08481765.jpg
トイレは3階にあります。
a0094449_09032176.jpg
古い建物であるいわれが。ここは旅籠だったそうですよ!
a0094449_09030641.jpg
修繕して使っているのがよくわかります。
a0094449_09030976.jpg
こういう建物を知っちゃうと、トマス・ハーディやディケンズの小説を読むのが楽しくなりそう。
急な階段を、荷物をもって登ったり下がったりした人々の足音が聞こえてきそうです。
a0094449_09031286.jpg

厨房は2階。さりげなくポットや茶筒が飾ってありますね。ここから甘いものもしょっぱいものも出てくるのです。
a0094449_09031825.jpg
ちょうど下へお料理を持って降りるところでした!
a0094449_09031688.jpg
アフタヌーンティの時間じゃないけれど、もうスタンドで提供されるものもあるのね。
お客さんが途絶えることがなかったこのお店。イギリス人であれば、十分納得OKな味なのだろうと思います。
ま、この旅行の間、体調が不調だったから、もっと元気な時にいただいたら、また違う味に思えたかも・・。

体調って大切よね!(家人は、だからイギリスはおいしくないんだよ、というのですけれど。でも、ウェールズでのお茶はバッチリすばらしかった!)

現代も生き抜く古い歴史のある町とはお別れです。

列車に乗ってロンドンへ向かいます。
再び同じホテルへ。離れはウルサイから、本館にしてください、とはお願いしてあったけれど、でもでも・・・。
すごーく残念なお部屋へ・・・。(残念すぎて写真がない)

まあ、私は「アールズコートでこの値段だもんね」と思いましたけど。家人は安宿のほうが好きらしく。最初は「ホステルに泊まるのはどう?」でしたからねー。前に泊まったアールズコートのホテルに泊まれたらよかったのになあー。ま、私たちは1泊だけだから、がまんしたけれど(笑)。

そして、家人はお部屋でまったりと。私は一度行ってみたかった「スローン・スクエア」へ。地下鉄で数駅だもん、行かなくちゃ!ね!


[PR]
# by eastwind-335 | 2017-08-05 09:12 | 旅の思い出17受難節のイギリス | Trackback | Comments(0)

レントな旅(17)ここが、イングランドのキリスト教の礎

*3月に行ったイギリス旅行の続きです*
お昼を食べてから向かった先は、カンタベリーの観光名所の一つ(のはずの)聖アウグスティヌス修道院(跡)とセント・マーティン教会。
街の中心地から歩いて10分もしません。食事中、雨が降っていたので道が濡れています。ここの時計塔も観光名所の一つなのだそうです。
a0094449_04573354.jpg
アウグスティヌスは、フランスからキリスト教宣教のためにやってきた司教。私はいわゆる神学者であるアウスグティヌスと混同していたのです(笑)。カンタベリーに来る前は、てっきり、神学者であったアウグスティヌスにちなんだ名前なんだろう、と思い込んでいました。このカンタベリーのアウグスティヌスとは生まれた年も活動の場所も違う、と前夜、ググっているうちにわかってびっくり!(すみません、モノを知らないもので・・・)

街の城壁を超えたところ、10分もしないところに修道院があります。修道院と城壁の間には大きな循環道路が走っています。通りの向こうに見えた家がこれまた私のツボをつきました。
なんか、「良識ある人たちの家」って感じがしませんか?
a0094449_05034950.jpg
ここは昔、旅籠だったのでは?と思いたくなる門。馬車が通った感じがします。写真を撮った時は、形が目についただけだったのですが、こうやって見直すと、ドアの色が印象的・・・。どんな人が暮らしているのかしら?一人だったらブラブラするのですが、家人と一緒だとなかなかね・・・。
a0094449_05035393.jpg

さ、到着です!ここもナショナルトラストの一つ。前日のドーヴァー城見学で買ったパスポートがここでも利用できます。
a0094449_05064761.jpg
カンタベリーの聖アウグスティヌスは6世紀後半の人で、初代カンタベリー大司教です。この聖アウグスティヌス修道院は598年から建造が始まったとのこと。
a0094449_05073820.jpg
ヘンリー8世が修道院解散令を出したのちは荒れ果ててしまったのですが、現在は「観光資源」として、人々の記憶に残る場となっています。
素敵なタイルだな~。
a0094449_05074267.jpg

まったく予備知識なしで来たので、「え?遺跡なわけ?」とちょっぴり驚きもしましたが、逆に自由に歩くことができ、その広さを体感しました。

また、どのように拡大したのか、どのあたりに何があるのか、などの解説板が充実していましたし、イヤホンガイド(日本語版)もありましたから、私のような手ぶらででかけても十分楽しめます。
a0094449_05093074.jpg

前日にドーヴァーへ行ったため、フランスとの距離が体感できていたこともあり、この地がイギリスのキリスト教の礎なのか、ということは十分納得できました。一方で、あれあれ?積読化されつつある「フィデルマ」シリーズの舞台はいつの時代の話だったんだろう?あれは7世紀のアイルランドだったはずだけど・・・。帰国して、ちょっくら図書館でその手の辞典を引き、大雑把に把握したことをまとめると、古代ローマ帝国の侵攻により、ブリテンにはキリスト教が入っていた。しかし、ローマが撤退し、アングロサクソンが入植することでキリスト教は一時的に衰退。再びのキリスト教布教を担ったのがカンタベリーのアウグスティヌス。「フィデルマ」の舞台はアイルランドで、そこはケルト系住民によって受容されたキリスト教が展開されていた、ということらしい。

つまり、アングロサクソンとしてのイングランドでのキリスト教布教を担った中心が、カンタベリーの聖アウグスティヌスを中心とするグループ。

こんな大雑把なことすら知らずに行った修道院跡。見学者も少なくて、ゆっくり、過ぎ去った日を想像しながら歩きました。なんといっても、朝の雨が嘘のようにあがり、晴れて春の空が広がる、というすばらしい日曜の午後だったのでした。もちろん、ちょっぴり寒かったですが、「すごく寒い」わけでもなく。


a0094449_05091301.jpg
a0094449_05093481.jpg

a0094449_05092734.jpg


a0094449_05101131.jpg

a0094449_05092339.jpg

a0094449_05094678.jpg

近くに寮付きの学校かスポーツクラブがあるようで、少年たちがサッカーをしていました。
a0094449_05160570.jpg
寒いのに半そで半ズボン・・・。なんか、懐かしい丈のズボンだわ。
a0094449_05160979.jpg
ビジターセンターには、ナショナルトラストの売店があります。
a0094449_05185944.jpg
ここケント州はイギリスの農業を支えている州の一つ、ということで、特産物も扱ってます!私たちもジャムと甘いワインを数本買いました。
a0094449_05190340.jpg

そこからさらに10分ぐらい歩いたところにあるセント・マーティン教会へ向かいます。
後で気づいたのですが、私たち、留置所の前を歩いていたみたい。その塀沿いに埋め込まれていたポスト。日本の郵便制度の祖であるイングランドの郵便制度ですが、いまや、一日一度しか回収しない。東京では日に何度も集めてくれることに感謝します。たとえ、インターネットが日本どころか世界中に網の目を広げても、やっぱり、郵便物のもつ温かさにはかなわない。そしてその温かさを感じることができる感性だけは保っていたい。
a0094449_05223165.jpg

門が堅く閉まっていたので隙間から撮ってみました。
a0094449_05223480.jpg
さて、道なりにあるいていくと、こんな感じの門が見えてきます。
なんかどっかで見たな~こんな雰囲気。
a0094449_05204058.jpg
とここまで来て思い出しました。五反田のドイツ語教会の入り口になーんとなく似てる気がします。
a0094449_05204209.jpg

a0094449_05211619.jpg
ここは4世紀半ばに建造されたイギリス最古の教会なのだそうです。つまり、古代ローマ帝国の影響で広まったキリスト教の流れでできたもの。中に入って見たかったのですが、残念、しまっていました。カトリックだといつも扉が開いているものですが、プロテスタント教会って礼拝前後のみということもありますよねー。
ぐるっと教会の周りを一周しました。
屋根が美しいなー。こういう石積みの教会って素敵です。
a0094449_05291344.jpg
a0094449_05294455.jpg
帰国して、知ったのですが、内部も素敵なのだそうですよ。ステンドグラスも小さいながら良質のものがあるそうです。
外からじゃわからないけれど、この向こうから見たら素敵だっただろうなあー。
a0094449_05311639.jpg

あー、行きたかったなー。第一日曜日には音楽会もあるんだとか。えー、私たちがいたのは、第一日曜日だったんですけどー(涙)。
私と家人はまったくの不勉強ででかけたので、「お墓の形いろいろあるねー」なんて言いながら歩いたのですが、歴史的著名人の墓もあるそうです。
a0094449_05282212.jpg
再び街の壁の中に戻ると、2時間は経っていた!
a0094449_05332475.jpg
時計のあたりが素敵なんですよ!この時計を支えているのは誰?戦争で一度崩れた塔ですが、再現されたのだそうです。
a0094449_05352563.jpg

また明日出直すのだけれど、天気が良いので夕刻のカンタベリー大聖堂を写したいという家人の希望があり、ちょっぴり外側だけ見学。
a0094449_05353941.jpg
a0094449_05355469.jpg
この日の見学の終わりは、ホテル前にある城壁。
a0094449_05483182.jpg
どうやって石を積み上げていったのか。当時の人たちの地道な努力と、経験と心と頭とで計算されつくした建築を目の当たりにすると、「防災」目的にパソコンで数字を入れて作り上げている日本各地の防波堤は空しくみえてきます・・・。

こちら側が、私たちのホテルから見える風景。
a0094449_05484262.jpg
ちなみに、城壁から見える私たちの宿泊したホテルはこちら。
a0094449_05483686.jpg
a0094449_05483867.jpg
ホテルの向こうにある公園にも足を延ばしてみました。物見塔があるんですよん。
a0094449_05484684.jpg
ヨーロッパの各都市に残る「街を区切る城壁」を視点に街を見るのも面白そう。
a0094449_05485344.jpg
反対側は先ほど歩いていた旧市街。
頭一つ飛び出ているのが大聖堂です。
a0094449_05485053.jpg
公園の周りには大小さまざまな、しかしいかにも「イングランドっぽい」家があるようです。芝の緑と建物の白さが印象に残りました。
a0094449_05565425.jpg

a0094449_05565667.jpg
上の写真の裏側はこんな感じ。
a0094449_05570175.jpg
夕焼けが美しい日曜のひと時を楽しみました。
素敵なパブもみつけたのですが・・・。
a0094449_05570483.jpg
夜は・・・お昼でお腹がいっぱいになったので、お部屋で日本から持ってきたアルファー米などを食べて過ごしました。イギリスで3食外食はやっぱり無理だなー。

[PR]
# by eastwind-335 | 2017-08-04 05:59 | 旅の思い出17受難節のイギリス | Trackback | Comments(0)

驚きの再会

振り向いたら「父ちゃん」がいた、だの「韓流スター」がいた、だの、偶然の出会いがそれなりにあるワタクシですが、この10日の間にかつて一期一会だと思っていた場を共有した方と思いもかけないところで再会することが2件も続きました。

まずは先日、山道具の使い方の勉強会でのこと。勉強会終了後のメーカーの方を囲んでの質疑応答の時間に、プロの使う道具や詰め方に興味津々で質問をしたり、商品を実際に触っていました。すると、私の目の前でお友達と一緒に商品を寸評している女性がひとり。声と話し方に特徴があり(良い意味で!)、ふと顔をあげると、昨年、私の職場に講師としてレクチャーに来た方が。講演会の時は眼鏡姿でなかった(お互いに)こともあり、ひょっとして・・・と思いつつ「あのう~、昨冬にうちの職場へレクチャーにいらっしゃいましたよね・・」と声をかけてみたら、やはりそうでした。
実はこの方、うちの部署のお兄さんのサークルの先輩(ということでもうオバカン)。翌日、部署のお兄さんに報告。まだ職場にはお盆休みにどこへ行く、と言っていないため、「なんで、そんなところで会うのかな?」と軽く突っ込まれました(笑)。
この方は、海外のほうが長く、この数年ようやく日本に戻れたそうで、日本の山道具の今を知らないので友達に誘われていらしたのだそうです。メーカーの方もおっしゃってましたが、海外のメーカーであっても、日本の気候に合わせたものは日本支社が開発し、本家が逆輸入しているそうです。だから、本家のある国に行くから、といっても、日本で買った方がよい場合もあるのだとか。勉強になったなー。

そして、昨日。新宿駅近くの小さなフレンチレストランで。いい意味で隣のテーブルとの間が狭く、「ビストロっぽいよねー」と家人とお食事が出てくるのを待っていました。隣のテーブルにいらしたお上品なご婦人二人の話が聞こえてきました。私が入店した時から、そのうちのお一人の顔や話し方になんとなく馴染が。大学の大先輩との会合でご一緒したことがあったかなー、なんて思っていたら、この夏私が行く山の話をなさっている!家人に小声でそのことを話したら「それは、話しかけて情報を得た方がいいよ」と。
勇気を出して話しかけ、お二人から貴重なアドバイスをいただくうちに、私が気になっていた女性は、私が5月にあるグループに非会員扱いで参加した時にご一緒していたことがわかりました。そのときは大山登山。一人参加だったし、いい気になって社交的に話せば体力を失いかねない天候の良さでしたので、私は黙って登山。すでに出来上がっているグループへの参加だったので目立たないようにしていたこともあり、その方の記憶には残っていませんでした。実は、ふもとまであと何キロ、とゴールが見えてきたころに、彼女のお姉さまに話しかけられ、お話を伺ったのでした。途中、彼女やお姉さまたち60代越えのみなさんはテンポを落とすことになり、一方私は、ストックを貸していただいた方々がバスへ急ぐという話でしたので、ろくろく挨拶もせずお別れしてしまったのでした。

なんか、すごく夏の旅が、充実したものになりそうな予感。
でもまったく荷造りが終わってない、だけでなく、途中の交通機関や一部のホテルをまだ取ってない。あと1週間余りで出国なのに!

ブログ、書いてるヒマないはずなのに。でも嬉しかったから、書き残しておきます。


[PR]
# by eastwind-335 | 2017-07-28 06:22 | Kammmuscheln道への道 | Trackback | Comments(0)

怖れていたことが・・・

Jスポで生中継中のインターナショナルチャンピオンカップ。
録画するだけでまだ見ることができない私ですが・・・。
文字媒体を追う限り、シーズンスタートが大変そうに思える、わたしたちのバイヤン。

さて、今シーズンの最初の試合は、見ることができませーん。ドイツ入りは第一節が終わってからだから。
録画したくとも、「17-18シーズンは、Jスポでの中継はない」と公式HPにさりげなく出ているのにさっき気づきました。
わかっていたけど、はっきりと書かれるとががーんって感じです。

バイヤンTVだとネット経由で見ても許せるけれど、ダゾーンは納得いかないんだぞーん、というのはですね、だって、バイヤンTVは日本で制作放送されているからじゃないんだもん。もう家族で一台のテレビを囲む団欒なんていうのはありえない、というのが世の流れなのかもしれません。テレビという「どっちりおかれた場所」の前じゃないと見られない、という環境を壊す「黒船」なのかもしれないけれど、ある空間における感情のシンクロ性を奪われた、という悔しさを覚えるのです。

だいたい、サッカーはスタジアムという「どっちりおかれた場所」で行われているんだし。

ラムたんも引退しちゃったことだし、もう必死になって見なくてもいいんじゃないの?って家人に言われてしまった。ラムたんの後継者がキミッヒだ、と何度も繰り返す日本人解説者のセリフを聞かずにすむのにはいいのかなー。
実は、キミッヒらしい巧さが今一つ感じられない私です。彼が下手だ、というわけではないのだけど、ポスト・ラムたんと説明する日本語サッカージャーナリズムに納得がいかない。ポジションがそうなだけで、正直、安定感や信頼感はまーったく違うと思うんですけどね・・・。そして、キミッヒのここが巧いのだ、という説明ができる日本人解説者に出会っていない気がするのは、私だけ?

ブンデス・ドイツ代表レベルで右サイドバックの人材が危機的に枯渇してる気がします。だからキミッヒが定着できるのだ、ぐらい言ってくれる解説者がいるといいんですけどねー。
まあ、もう少し、わたしも彼のSBとしてのプレーを見れば考えが変わるのかもしれないけれど・・・
いかんせん、放送してもらえないから、気づきは遅くなりそう。

ま、ときたまの視戦(NHKエイセイ放送を想定中。そこも放送しなくなったらどーしようで、「お、キミッヒ、うまくなったねー」と思えるといいなー。そうだ、「ときたま」の出会いは「違い」を感じさせるよねー。


[PR]
# by eastwind-335 | 2017-07-27 06:35 | バイヤン | Trackback | Comments(0)

レントな旅(16)憧れのサンデーロースト

翻訳家中村妙子さん。
彼女を通してロザムンド・ピルチャー、ミス・リードといったイギリスの女性作家を知り、本来だったら10代のうちに知っておくべき「家庭小説」ともいうべきジャンルに大学を卒業してから近づいていったのでした。
これらの家庭小説の中でしばしば描かれていたのが「サンデーロースト」。
教会に行く前にオーブンに羊や豚肉の塊を突っ込み、礼拝に行き、帰宅したら焼きあがっている、というロースト。
イギリス料理は高くてまずい、というイメージを覆すこれらのシーンに、いつの日か、食べてみたい!と思っていたのです。
家庭料理のイメージの強いサンデーローストですが、パブやレストランでも食べられる、とこの数年のイギリス旅行の旅に、あちこちのサイトやら現地在住日本人のインスタなどで紹介されていたこともあり、気になる気になる。

ということで、今回、家人に無理を言って、「サンデーロースト」を体験することにしました。

表通りよりも裏通りのほうが素敵なお店があったのかもしれないけれど、午後は観光したいところがあったので、もういいや、ここで、って感じで入ったお店。留学中なのか、それとも観光で来たのか、日本人女子大生の一団もいました。スッ転び方を机の上に載せていたので、紹介されているお店かもしれません。
a0094449_04021376.jpg
もともと家人はイギリスの食事にまったく期待をしていない(19年前、うどん?って言いたくなるようなパスタをビクトリア駅の上で食べたよねー、と盛り上がるほど)。

私はラム、家人は豚肉で!
a0094449_04020868.jpg
記憶違いでなければ、ラム、ヨークシャープディング、ニンジン、ジャガイモ、ブロッコリー、赤キャベツを焼いたもの。
焼き加減はこんな感じ!
a0094449_04022697.jpg
そこそこ人が入っているから大丈夫かな?と思ったのですが、あ、そうなんだ、って感じの味でした。
憧れすぎてしまったのでしょうか?(笑)。
グレービーソースの量がもう少し少ない方が私好みかも!(爆)。やっぱり、家庭料理は家で食べるのが一番おいしいのでしょうね。

お肉の焼き加減は私にはちょうどよかったです。オーブンに入れるだけでよいはずですが、絶対にコツがあるはず!ということで、いつかサンデーローストの作り方、習ってみたいなーと思っています。

では、世界遺産巡りにでかけましょうか!雨もすっかり上がって、春の空が見えてきましたよ!







[PR]
# by eastwind-335 | 2017-07-26 07:13 | 旅の思い出17受難節のイギリス | Trackback | Comments(2)

私の文庫本第一号

最近、すっかり、地上波を観なくなってしまったこともあり、新聞のテレビ欄はザザーっと眺める程度。
先週の土曜日は出勤だったこともあり、新聞も斜め読み。

昨日は家人の家の墓参りに行くことになり、道中の電車の中で新聞を広げていてびっくり。番組解説欄に「悦ちゃん」という名前と、かんたんなあらすじが。

えー?獅子文六の『悦ちゃん』がドラマ化されたの?!
この数年、獅子文六の作品が文庫本化されていて、意外に思っていたのだけど。

実は、私が生まれて初めて所有した文庫本がこの『悦ちゃん』。この本との出会いは、小学校6年生までさかのぼります。欠席した同級生の家に教師から頼まれたプリントを届けに行った時、知ったのでした。お見舞いにいったはずなのに、そこのお宅に揃っていた「少年少女文学全集」に目が行ってしまい(おいおい)、その中で唯一しらないタイトルがこの『悦ちゃん』だったのでした。そこのお母さんが「○○は読まないから、どーぞ、東風ちゃん、読んで頂戴」と貸してくださり・・・。

母が「獅子文六なんて懐かしいわね」と、母が娘時代に流行っていた流行作家であったことや、朝ドラの原作になった本があるだの、作家の背景を教えてくれたのでした。6年生の時は、社会科は歴史を学ぶ時で、年表を作るのが1年間の課題だったので、さっそくこの悦ちゃんから「円本」だの「タクシー」だの「ラジオ」だの「疫痢」だの、と「戦争前の文化」にいろんな言葉を書き込んだのでした。
江戸っ子だから寿司とてんぷらが好き、といった表現から、私は東京の子じゃないけれど、寿司もてんぷらも好きなんだけどなー、と思ったり。

あー、この本からいろんなことを勉強しました!
銘仙だの、丸ビルだのと、わからないコトバは両親に尋ねまくったなー。今と違って丸ビルは古い古いビルになっていたころでした、
横浜より北上することはほとんどない頃だったので、「丸ビル」という言葉に惹かれるものがあり・・・。
私が丸ビルに出入りするようになったのは、大学4年生になってから。ドイツ語の本を扱う書店が丸ビルに入っていたので、覗きに行くようになりました。といっても、背表紙のドイツ語の意味すらわからず、眺めているだけでしたけれど。

私は小学校を卒業した数日後に海辺の街に引っ越しました。初等教育から中等教育へとただでさえスタートが大変なのに、誰一人知らない学校へ行くのですから、最初の数か月、馴染めないことが続きました。特に辛かったのが、「本を読む=真面目」と揶揄られることだったのでした。学校の図書室へ行けば司書さんが親切にしてくれる分、悪目立ちをしてしまい「東風さんはいい子ぶっている」と不良ぶっている人たちから後ろ指をさされたり。市の図書館は当時1館しかなくて(!)、家からそこへ行くにはバスに乗って行かねばならない。月に1000円の小遣いの子供がバス(いきなり大人料金になりますしね)代を出すわけにもいかず。駅前の本屋も非常に充実していなくて、だいたい制服姿の子が一人で入店すれば「なんですか!?」と店員が寄ってくる。

そんなある日、『悦ちゃん』が文庫本化されていることを知ったのでした。
でも、海辺の街の本屋にはない。

父がある週末、渋谷に出かけるというので、「渋谷の大盛堂書店で買ってきて!」とお願いしたのでした。
私が所有する文庫本第一号でした。(ちなみに第2号は星新一の『ボッコちゃん』
あまりにうれしくて、大盛堂の紙カバーもそのままで、まだ持っています。
a0094449_17274973.jpg
あのころ、とっても「大人ぶって」みたくって、母からつけペン式の万年筆を借りて、カバーにタイトルや買った日を書いたのでした。
文六の文の字、はらいが気に入らなかったのかしら。なんかゴチャゴチャに書き足していますね。いまはもうこういう字を書かなくなりましたが、中学の時は「周りから浮かないように」と字だけはこういう字にしておいたのだった。
a0094449_17275736.jpg
でも心底「丸文字」な性格じゃないから、苦心してたなあ、ってあの頃を思い出しました。

あんまりうれしくて買ってもらった日もちゃんと書いておきました。
a0094449_17281008.jpg
昭和55年って・・・1980年かあ。もうこういう数字の書き方もしないなあー。
a0094449_17281765.jpg
35年以上経ってますので、もう紙はすっかり茶けてしまっていますが、お嫁入り道具だし、引っ越しの時には大切に箱にしまいましたよ!
たぶん、棺桶にも入れてもらうことになるでしょう。甥っ子くんに頼んでおかねば(笑)。

HPを見たところ、えーっと、まあ、いまだったらそういうものなのかな?と思いつつも、ユースケ・サンタマリアは線が細すぎるし、いいトコの「呑気な弟気質」もどう演じるのかしら?

原作は、いまは、ちくま文庫に入っているのですね。私のは写真にあるように角川文庫。

先日、誰の文章だったかしら、中学生になったら背伸びをして文庫本を手に取るようになった。文庫本は大人の証だった、って書いてある新聞のインタビューを読み、うんうん、とうなづいてしまいました。単行本が文庫本になるまで待つのも楽しかったなあ。

中学校で本の話ができる友達はいなくて、毎月、先生に出さなくてはいけない読書カードには「これは小学生が読む児童文学全集に入ってるんだから、書けない」と自主規制をかけて。この本の話をしたのは、両親以外だと母方の叔母。叔母曰く「本は読んだことはないけれど、ドラマは見た」と。ミネラル麦茶のCMに出ていた女優さんが子役時代で悦ちゃんを演じていた、と。

私にとっては初めてのドラマ化だから、見てみたい気はするんですけどねー。でも、イメージがあるからなあー。

そして、ちょっと考えちゃう。この小説は昭和のはじめの東京を描いたもの。いわゆるモダニズム文学。この話には描かれなかった「執筆をしている時の」時代は・・・?こういう明るい小説を書かなくちゃやってられないって時代だったわけで・・・。なんだか、なんだか、ひっかかる。いま、なぜ、この小説を、時代背景を替えずにドラマ化するのかを。


[PR]
# by eastwind-335 | 2017-07-23 17:35 | テレビ | Trackback | Comments(4)

ルミ子、すごいぞ!

サッカーを愛してやまない女性のみなさん、おはよーございます!
そういう女性を身近に持つ男性のみなさん、おはよーございます!

昨日、サッカーを愛している女性たちは、こういわれたのではないでしょうか。「キミもルミ子みたいなこと言うよね」って。

私は、昨晩、夕飯づくりにいそしんでいたので(なんと、魔サカの土曜出勤。しかも、放送日・放送時間を勘違いしていて試合開始直前に帰宅)、実をいうと、最初の興梠の得点以降はほとんど試合を見られなかったのです。
(ちなみに昨晩のメニューはゴマサバの洋風焼き、イカを煮た汁を使ったあさり味噌汁、ニンジンサラダ、ナスの甘辛煮、きゅうりの浅漬け。たったこれだけなのに、なんだか時間がかかってしまったのよねー)

その間「実況:家人、解説:私とルミ子」状態。
浦和に先制されるかも、というのは私の予想通り。だってこれだけ暑いんだから、ドルのみんなには辛いよねーと。でも、先制されてもそれじゃ終わらないと思う。っていうか、監督が代わったばかりのツアーだから、ここで手を抜けないでしょ?と。
その後、ルミ子の解説を聞き逃さないように(録画してあるっていうのに・笑)していたので、食事作りの手が遅くなる一方な私。
時々テレビを覗きに行くと、画面の3分の1が、どうでもいい選手の写真とデータ。

世の中のみなさーん、あの画面割、赦せましたか?

だからフジテレビはダメなのよ!ロクなドラマも作れないのに、画面を映しっぱなしでもよいスポーツ中継すらできない!と私はテレビに向かって雄叫び。

家人はルミ子の解説担当自体知らなかったので、こっちが表番組と思っていたらしく、「音声を切り替えたら画面も切り替わったりして」と呑気なことを言って試していましたが「あれえ?なんだ、これ?」と。データ放送でやってよ、そんなのは!

あと、アーセナルユースの練習生だった、というJOY。えーっと、1年とかじゃなくて夏休みの数週間だったんですねー。それって、いま文科省が「留学」の範囲を1か月の語学研修まで含んで「日本の国際化」ものさしを作ってるのと同じレベルじゃ?
そりゃ、練習生に選ばれるまでも大変だったと思いますけれど、でも、まあ、ほら、参加費が払えれば・・・ムニャムニャ。だし、そういう体験があったり、県代表に選ばれたり、なのに、この解説において、そんなことがまーったく醸し出されない発言ばかり。
あれじゃ、4チャンネルのFIFA提供サッカー大会の中継に「ぼく、元サッカー少年なんで」という触れ込みでさんまのカバン持ちをしてるあのタレントと一緒じゃ・・・。

ルミ子ノートを活かした解説を、ルミ子は一生懸命しているのだけど、それを潰すようなJOYと女子アナの発言。ルミ子に失礼なんじゃ?と家人と心配になっていたところ、家人が「この女子アナ、サッカーわかってないと思うんだよね。選手の名前も言えないようだし」と。家人は「こうろぎ」選手のことはそれなりに認識していたのですが、漢字で書かれるとお手上げ(一応日本人なんですけどね・爆)。で、画面に興梠選手のデータが出た。私に「これってどう読むの?」というので「だから、これが「こうろki」よ!」と答える私。
ユニフォームに「KOROKI」とは言っているから「ころき」じゃないの?l女子アナも「ころき」って言ってるよ、としつこい。私は台所で包丁を握りながら(だってニンジンサラダを作り始めていたので)「グーグルに聞きなさい」と一蹴。「キミの言う通りでした」と。
ところが、女子アナは相変わらず「ころき」だったらしい。
ハーフタイムの時には、カガヴァがルミ子たちのブースにやってきたのだけど、もちろん時間切れにならないように、という配慮なんでしょうけれど、ルミ子がいい事いってるのに「あと○○分!」と遮るような声。最初、ディレクターの声が入ってしまったのかと思ったのですが、何度もそうだったし、女子アナがそれを言ってる、と家人が教えてくれて。いくらどれだけお茶らけてもいいとはいっても、これは、失礼、ルミ子にヒドすぎるよね、と。
ということで、家人にこの人を調べてもらったら、なんと、キクちゃんじゃないですか!
なんでキクちゃんなわけ?というか、アナウンサー室の役職になっているのに、この程度(の仕切り・中継)でいいのか!おいっ!って気分よ。やっぱり、フジテレビは終わってるかも。素人なら素人なりの準備があるでしょーが、プロのアナウンサーなんだから。

よっぽどスポーツアナの育成ができてないんだな、男子のほうも。あそこの女子アナはナレーション事務所に入れてもらえなかった人の集まりみたいなところだから、もともとそれほど期待してなかったんだけど。でもヒドすぎる。キクちゃん、準備しておいで。給料もらってるんだから。部下に示しがつかないよ、あれじゃ。

ルミ子に対して酷すぎる、と家人がもっと腹を立てていたのはカガヴァの態度。「は?おばちゃん、なにいってまんねん?」って感じがありあり。
家人は「カガヴァはルミ子が何者かわかってないんだろうな。相当のバカだな。挨拶もろくにしないし、うちの職場の若いのを見てるようで、イヤだなあ」と。
ほんと、カガヴァのハーフタイムの仕事はルミ子との対談なんだから、もうちょっと、ルミ子のこと調べておけばいいのにねー。
「まるでお母さんのよう」と言われっぱなしでしたけれど、メッシから入ったルミ子が言った一言はズシンと伝わってきた。
「彼と同時代にいて彼の活躍を見られてうれしい」と。
私もラムたんの引退の時にツクヅクそう思いました。

自分ではプレーはしないけれど、社会経験がある人がサッカーを見る時のある種の視点をルミ子は持っている。チームで仕事をする人だったら、習慣として試合や選手を分析すると思う。物事を成功させる、魅せるための工夫をサッカーから見出せるから。
そんなルミ子の語りについて、きっと賛否両論あると思うけれど、裏だったんだから、よかったのでは?
私はまるでバイヤンのファンクラブの時の集まりにいるような気分でした。よくわかっている人の語りを聞く楽しさよ!この選手のココっていいよね、とか、あの時、こんなプレーをしたよね、と自分が見逃したり、または自分も見ていたプレーや人柄を聞いているような。
家人は「キミが言ってること、ルミ子も言ってる。ゲッツエはバイヤンに行くべきじゃなかった、とか、DFのパスが大切とか、体幹が大切とか」と。オバメヤンのことも家人はいままで気にしていなかったそうですが「うまいな」と。そりゃ、うちのレヴァンドフスキーを超えて、シーズン得点王になったんだし。

そして試合について。私は家人の実況で試合を聴戦するという哀しい時間を過ごしましたが(爆)、家人が90分ずっと感心していたのがシュールレ。もともと、WM、EMで「最後にスーパーサブで入ってきっちり決められるのがシュールレ」と私が絶賛していたので、家人も「学校」とあだ名をつけて注目してきた選手。後半の終わりには「ゲッツエじゃなくて、シュールレだ、と。こんなに頑張って走ってるのに、なんでみんなシュールレの話をしないのだ!」と。最後の最後でシュールレにも言及があったようですけれどね。ドイツ代表ですからね、もっと解説してほしかったのに、ルミ子さーん。我が家では「たぶん、好みの顔じゃないんだな」と。(シュメルツァーをディカプリオに充てていましたけど、私はゲッツエのほうが似てると思う!)。
あとは、2点を決めたトルコ代表のモルでしょう。すごかった。
来シーズンのブンデスはバイヤンだけでなくほかのチームももっと見たいな、と家人が口にしてから、ハッとしたように付け加えました。「あ、ダゾーンじゃないとみられないんダゾーンだから、もう君はサッカーを見られないんだな」と。

「ダゾーンのやり方は日本のサッカー文化をダメにするんダゾーン」って思ってる夫婦です。だいたい、ほら、あれの橋渡しをした日本サッカー協会の理事は「しでかし」で解任になったわけだし。絶対に今のキャビネットなみの問題がいっぱい隠されていると思うんですけどねー。
家でテレビのスイッチをヒョイとつけて、わいわいとサッカーを見る。そういう環境って大切だと思うのだけど・・・。
さてさて、ルミ子とピケの対談って何に掲載されるのかしら?そのことがとっても気になってます。ピケという点では「ナンバー」か?なんとなく「週刊朝日」か?いやいや、ルミ子だったら「婦人公論」かも、と想像が膨らむばかり(笑)。
「フットボリスタ」だったりすると面白いんですけどね(爆)。いや、それはスペイン班の木村氏が許さないかな?

対談で何を話したのか、それも気になります!

[PR]
# by eastwind-335 | 2017-07-16 08:04 | 極東のサッカー | Trackback | Comments(0)

東風のささやかな毎日のささやかな記録


by eastwind-335
プロフィールを見る